2020年2月28日、特許権の侵害訴訟において、特許法102条1項に基づく損害額の認定について判断した知財高裁大合議判決がありました。

特許権侵害訴訟における損害論に関しては、2019年6月7日に特許法102項2項及び3項に関する知財高裁の大合議判決があったところですが(詳細は当該判決の解説を参照)、今回は102条1項の論点につき、知財高裁が大合議判決により初めて考え方を示した点に意義があります。

ポイント

骨子

  • 特許法102条1項所定の「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りる。
  • 特許法102条1項所定の「単位数量当たりの利益の額」は、特許権者の製品の売上高から、特許権者において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にある。
  • 特許法102条1項に基づき特許権侵害による損害を算定する場合において、本事案の事情の下では、特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎないとしても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるが、特徴部分の特許権者の製品における位置付け、特許権者の製品が特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力などの事情を総合考慮すると、事実上の推定が約6割覆滅され、これを限界利益から控除すべきである。
  • 特許法102条1項所定の「実施の能力」は、潜在的な能力で足り、生産委託等の方法により、侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合は実施の能力があるというべきであり、その主張立証責任は特許権者側にある。
  • 特許法102条1項ただし書所定の「特許権者が販売することができないとする事情」は、侵害行為と特許権者の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当し、上記の事情及び同事情に相当する数量の主張立証責任は、侵害者側にある。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所特別部
判決言渡日 2020年2月28日
事件番号 平成31年(ネ)第10003号
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判官 裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官    森  義之
裁判官    鶴岡 稔彦
裁判官    大鷹 一郎
裁判官    佐野  信

解説

特許権侵害とその救済

特許法68条本文は「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定しており、特許権者の許諾なしに「業として特許発明の実施をする」ことは、特許権の侵害となります。

特許権の侵害に対し、特許権者は、①差止(侵害の停止または予防及び侵害の予防措置・特許法100条)、②損害賠償(民法709条)及び③信用回復措置(特許法106条)を請求することができます。

特許権侵害に基づく損害額の認定

特許権侵害の本質は、財産的価値のある技術情報の冒用ですが、第三者が技術情報を冒用したからといって、特許権者がその技術情報を使えなくなるわけではありません。そのため、有体物を滅失棄損するような所有権侵害行為と異なり、特許権侵害行為によって生じた具体的な損害額を算定することには困難が伴います。

そこで、特許法は、同法102条において、損害額の推定等を認めています(以下の条文は、令和元年改正法施行前のもの)。

(損害の額の推定等)
第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。

3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。

4 前項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。

この規定の構造として、3項は実施料相当額をもって損害の最低額とみなし、2項は被告が侵害行為によって得た利益をもって原告の侵害とみなし、1項は侵害品の販売数量に原告の利益率を掛け合わせることによって損害を計算することを認めています。

また、4項は、3項のみなし規定において実施料相当額より大きな損害額の認定が妨げられないこと(第1文)や、その場合に、侵害者の主観態様を考慮することができること(第2文)を定めています。

消費税及び弁護士費用

特許法102条2項によって認定される被告の利益相当額の損害については、消費税も損害に含まれると解されています(詳細はこちらをご覧ください。)。

また、伝統的に、裁判所は、認定した損害額の1割に相当する額を弁護士費用として認定し、損害賠償請求の対象としています。

特許法102条を巡る動向

昭和34年に現行特許法が制定された際の特許法102条には、現在の同条1項に相当する規定はありませんでした。

しかし、侵害者が得た利益を特許権者が立証するのは必ずしも容易でなく、また、たとえ証明できたとしても、侵害者が特許権者よりも廉価に実施品を販売している場合には特許権者の損害を十分に回復できないため、平成10年改正特許法により特許権者の利益率に基づいて損害を計算する現在の1項が設けられました。

また、昭和34年改正法は、実施料相当額の損害について「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」と規定していたところ、平成10年改正特許法は「通常」を削除し、通常の実施料相当額よりも大きな損害額を認定することを可能にしました。

さらに、令和元年の特許法改正においては、特許法102条が以下のとおり改正され、これが令和2年4月1日から施行されます(なお、本稿では、特に断らない限り、特許法102条の規定を引用するときは、令和元年改正前のものを指しています。)。令和元年の改正の趣旨については、こちらをご覧ください。

第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。

 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額

 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額

2 (改正前の2項と同じ)

3 (改正前の3項と同じ)

4 裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があつたことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。

5 第三項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。

これらの一連の法改正は、特許権侵害に基づく損害賠償額を拡大し、特許権者により手厚い保護を与えようとするものといえます。

損害計算を巡る近年の裁判例

知的財産高等裁判所は、令和元年(2019年)6月7日、特別部において、特許法102条2項及び3項に関し、その解釈を詳細に示しました(詳細はこちらをご覧ください。)。他方、同条1項の解釈をめぐっては、多くの争点があるものの、これまで網羅的に解釈を示した判決はありませんでした。

特許法102条1項に関する論点

特許法102条1項の規定

特許法102条1項は、本文において特許権の侵害者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡数量に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができるという損害賠償額の推定を定めています。

一方、但し書きにおいては、「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」と定め、本文により推定された損害の減額を認めています。

「侵害行為がなければ販売することができた物」の意義

102条1項の適用に関しては、まず、「特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物」の意義として、特許発明の実施品であることを要する説(実施品必要説)と、競合品であれば足りるとする説(競合品十分説)があります。いずれの見解を採る学説、裁判例ともあり、考え方が分かれていた状況ですが、近年は知財高裁の裁判例で競合品十分説が採られたほか、競合品十分説を採用する判断が有力となっていました。

「単位数量当たりの利益の」の意義

次に、特許法102条1項における「単位数量当たりの利益の額」の意義については、純利益か、または、限界利益かが問題となりますが、学説、裁判例とも限界利益であるとの考え方が支配的となっていました。もっとも、この点につき判断をした知財高裁の大合議判決はありませんでした。

特許発明の実施が製品の一部にとどまる場合の評価

特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合において、損害賠償額の算定において考慮することができるかが問題となります。

また、考慮が可能であるとして、その考慮方法として、102条1項本文の「特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」の問題とするか、但し書きの「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」として考慮するかについても見解が分かれていました。

特許権者の「実施の能力に応じた額を超えない限度」の意義

102条1項に基づく損害賠償は「実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において」認められるものであるところ、ここでいう「実施の能力」が①現存の能力であることを要するか(現存能力説)、②潜在的能力であっても足りる(潜在的能力説)かが問題となります。

また、②潜在的能力説を採った場合において、当該能力は具体的な可能性であることを要するか、抽象的な可能性で足りるかも論点となります。

推定の覆滅が認められるための事情

さらに、但し書きにおける「譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」としてどのような事情が考慮されるかについてもしばしば争いになるところ、知財高裁レベルで統一的な判断がなされていませんでした。

事案の概要

本件の一審原告(特許権者)は、健康機器、美容機器、医療用具、医薬部外品の企画、開発、製造、販売等を業とする株式会社であり、発明の名称を「美容器」とする特許第5356625号に係る特許権(以下「本件特許権1」といいます。)及び特許第5847904号に係る特許権(以下「本件特許権2」といいます。)を有していました。

他方、一審被告は、健康機器、美容健康機器等の販売、輸出入業務等を業とする株式会社であったところ、一審原告が、一審被告が「ゲルマ ミラーボール美容ローラー シャイン」という名称の9種類の美容器等(以下、総称して「被告製品」という。)の製造、使用、譲渡、貸渡し、輸出、又は譲渡若しくは貸渡しの申出をすることは、上記各特許権を侵害すると主張して、一審被告に対し、①特許法100条1項及び2項に基づき、上記各特許権による被告製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、②民法709条に基づき、特許権の侵害による損害賠償の請求を行いました。

原審は、被告製品の製造販売等は、本件特許権2を侵害すると判断した上で、被告製品の製造販売等の差止め及び廃棄、並びに、損害賠償請求の一部を認容しました。 (判断の順序としては、まず本件特許権2の侵害が判断され、これが認められない場合に本件特許権1につき検討する形としており、本件特許権2の侵害が認められたことから本件特許権1の侵害については判断していません。)

損害賠償額の認定に関しては、原判決は、被告製品の譲渡数量のうち、5割については、「侵害行為がなければ販売することができないとする事情」があるから控除し、これに原告製品の単位数量当たりの利益額及び一審原告の特許の寄与率10%を乗じるという方法で損害額を算出し、原審での認容額は1億0735万0651円及び遅延損害金となっていました。

これに不服とする一審原告及び一審被告の双方による控訴に対して判断をしたのが本判決です。

なお、一審原告は、控訴審において、被告製品の製造、使用、貸渡し、輸出及び貸渡しの申出の差止めの訴えを取り下げ、損害賠償の請求額を一部請求として5億円(一審での請求額は3億円)に拡張しています。

本件の争点は、侵害論、無効論及び損害論と多岐に渡っていますが、損害論においては、一審原告が主張していた特許法102条1項に基づく損害額の認定に関する複数の論点が問題となっていました。

本稿では、知財高裁が見解を示した損害論に関する判断を解説します。

判示事項

特許法102条1項の「侵害行為がなければ販売することができた物」の意義

特許法102条1項所定の「侵害行為がなければ販売することができた物」の意義につき、裁判所は、「侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りる」と述べ、競合品十分説に立つことを明らかにしました。

その上で、本件では、一審原告の製品が希望小売価格の2万3800円またはこれに近い金額で販売されていたのに対し、一審被告の製品は3000円ないし5000円程度の価格で販売されていましたが、裁判所は、こうした価格差には特に言及することなく、両製品は市場において競合関係に立つことは明らかであると判断しています。

なお、上記の価格差は後述するように、推定の覆滅事由である「販売することができない事情」で考慮されています。

単位数量当たりの利益の額の意義

次に、裁判所は、通説及びこれまでの裁判例と同様に、102条1項における「単位数量当たりの利益の額」とは、「特許権者の製品の売上高から、特許権者において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額をいう」とし、限界利益の額の立証責任は特許権者側にあると判示しました。

その上で、本件で限界利益を産出するために売上から控除するものとしては、製造原価のほか、①販売手数料、②販売促進費用、③ポイント引当金、④見本品費、⑤宣伝広告費、⑥荷造運賃、⑦クレーム処理費用、⑧製品保証引当金繰入、⑨市場調査費を認めています。(算定の際には、①、③、④、⑥~⑨については一審原告の全製品に対する原告製品売上比率を、②及び⑤については、原告製品が含まれるブランドの製品における原告製品の売上の占める比率をそれぞれ乗じた額を控除しています。)

特許発明の実施が製品の一部にとどまる場合の評価

本件では、一審原告が製造販売していた美顔器(以下「原告製品」といいます。)一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより、皮膚を摘まみ上げて美容的作用を付与するという美容器であったところ、本件で侵害が認められた本件特許権2に係る発明はローリング部ではなく、軸受け部分と回転体の内周面の形状に関する発明であったため、原告製品の一部についてしか特許発明が実施されていない状況であり、このような事情をどう評価するかが問題となっていました。

特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合において損害賠償額の算定においてどのように評価するかにつき、裁判所は次のように判断しました。

ところで、本件のように、特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。

そして、原告製品にとっては、ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり、そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も、原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。

しかし、上記のとおり、原告製品は、一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより、皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから、原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は、ローリング部の構成であるものと認められ、また、前記アのとおり、原告製品は、ソーラーパネルを備え、微弱電流を発生させており、これにより、顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると、本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから、原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく、したがって、原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。

そして、上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け、原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると、同覆滅がされる程度は、全体の約6割であると認めるのが相当である。

(中略)

以上より、原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては、原告製品全体の限界利益の額である5546円から、その約6割を控除するのが相当であり、原告製品の単位数量当たりの利益の額は、2218円(5546円×0.4≒2218円)となる。

上記のとおり、裁判所は、特許発明の特徴部分が特許権者の製品の一部分にすぎない場合においては、本条項本文の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たって、原告製品の他の特徴やその顧客吸引力等を考慮して減額を認めるという方法を採用しました。

もっとも、「特許発明を実施した特許権者の製品において、特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても、特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上される」、「原告製品においては、上記の事実上の推定が一部覆滅される」との表現から、一旦限界利益の全額を逸失利益として推定したうえで、特許発明の実施が一部である場合に逸失利益の額の推定の一部を覆滅するものであって、判断手法は102条1項但し書きを適用した場合に近いと評価できるでしょう。

特許権者の「実施の能力に応じた額を超えない限度」の意義

102条1項の「実施の能力」につき、裁判所は、ここでいう「実施の能力」潜在的な能力で足り、生産委託等の方法により、侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべきであり、その主張立証責任は特許権者側にある、と判断しました。

そして、原告製品の販売数量から、一審原告は、毎月の平均販売個数に対し、約3万個の余剰製品供給能力を有していたと推認できるのであるから、この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原告製品を追加して販売する能力を有していたと認めるのが相当であるとし、推定される損害額は「実施の能力に応じた額を超えない限度」であると認めました。

裁判所の判断は上記にいう「潜在的能力説」を取ったものであり、また、その判断においては、自社製造だけではなく生産委託等の方法による供給が可能である場合も実施の能力があるものとして認めています。判断としては、ある程度具体的な実施能力が必要であるとの前提に立ったものと思われます。

特許法102条1項の推定の覆滅事情

次に、102条1項の推定の覆滅事情について、裁判所は以下のように判断しています。

特許法102条1項ただし書は、侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情(以下「販売できない事情」という。)があるときは、販売できない事情に相当する数量に応じた額を控除するものとすると規定しており、侵害者が、販売できない事情として認められる各種の事情及び同事情に相当する数量に応じた額を主張立証した場合には、同項本文により認定された損害額から上記数量に応じた額が控除される。

そして、 「販売することができないとする事情」は、侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。

その上で、原告製品と被告製品の価格差を「販売することができない事情」として認めました。

他方、原告製品は大手通販業者や百貨店において販売されているのに対し、被告製品はディスカウントストア等で販売されるという販売態様の差異については覆滅事由として認めていません。

この点、一審被告は①競合品の存在、②特許発明の実施部分は被告製品の製造費用の僅かな部分を占めるに過ぎず付属品に類するものであること、③発明の実施部分は外見上認識することができず代替技術が存すること、④原告製品の特許発明以外の機能、および⑤一審被告の営業努力を覆滅事由として主張していました。

しかし、裁判所は、①は競合品の存在が認められない、②はすでに限界利益の額の算定で考慮している、③及び④は購買動機を左右するものではない、⑤は販売できない事情と認められる程度の営業努力があったとは認められないと述べて、これらの主張を排斥しています。

その上で、販売できない事情に相当する数量は、全体の約5割であると判断しています。損害額の算定に当たっては、算定された原告製品1台当たりの限界利益の額につき特許発明の寄与を踏まえた6割の減額をした上で、但し書きに基づき更に5割の減額を行いました。

結論

結論において、判決は、損害賠償として、原審の認容額を大きく上回る4億4006万円及び遅延損害金の支払いを命じました。

コメント

特許法102条の適用に関しては、知財高裁レベルでの統一的な規範が出ていないものも多かったところ、本判決は、昨年6月の知財高裁大合議事件に続き、知財高裁が102条1項に関して規範を明確にしたという点で、実務上大きな意義を有すると考えられます。

とりわけ、特許発明が実施品の一部にとどまる場合においては、それをどう評価するかによって損害賠償算定の計算式が異なってきますが、本判決ではその場合を102条1項本文の問題と位置付けて単位数量当たりの限界利益の算定で考慮しつつ、実質的には但書きによる推定の覆滅と同様の考え方をとっている点に特徴があると考えられます。

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(文責・町野)