知的財産高等裁判所第2部(清水響裁判長)は、本年(令和6年/2024年)1月22日、拒絶査定不服審判の拒絶審決に対する取消訴訟において、特許庁が、新規事項の追加及び独立特許要件違反を理由に、拒絶査定不服審判の請求と同時にした補正を却下したのは不相当であるとして、審決を取り消す判決をしました。

事例判決ではありますが、新規事項が問題となる技術的事項の認定判断等、実務的に興味深い内容になっているほか、拒絶査定不服審判の請求と同時にした補正の却下について、審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶理由通知をしないことが手続違背となる余地があるとの考え方を示した点で参考になると思われます。

ポイント

骨子

新規事項の追加について
  • 特許請求の範囲等の補正は、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならない(同法17条の2第3項)。これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、補正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
  • 前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」となる。そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。
独立特許要件について
  • 本願補正発明1と引用発明が同じであるとはいえないから、本願補正発明1に、独立特許要件としての引用発明に基づく新規性欠如の拒絶理由があるということはできない。
  • そうすると、本願補正発明1が引用発明と同じであるとした本件審決の判断には誤りがある。また、本件審決は、仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても容易に発明することができたとしたが、当該判断が前提とした相違点は何ら特定されておらず、本件審決では前記相違点に関する具体的検討がされていない以上、少なくとも、独立特許要件違反に関する本件審決の判断は不十分であったといわざるを得ない。
手続違背及び審理不尽について
  • 特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条ただし書の規定によれば、拒絶査定不服審判の請求と同時にされた本件補正について同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定による却下の決定をするときは拒絶の理由の通知をすることを要しないとされているが、審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背の違法となる余地があるものと解される。
  • 本件においては、前記のとおり、本件補正を却下したことは相当ではなかったと認められるのであるから、それだけで本件審決は取消しを免れない。そして、本件補正を却下しない場合において、被告が本願補正発明について査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したときは、特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条本文の規定により拒絶の理由を通知することになるはずであるから、手続違背を理由に本件審決を取り消さなくても原告の利益保護に欠けるところはない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和6年1月22日
事件番号
事件名
令和5年(行ケ)第10024号
審決取消請求事件
対象出願 特願2019-570026
「経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ、および関連した製造方法」
原審決 特許庁令和4年10月24日
不服2021-17054号
裁判官 裁判長裁判官 清 水   響
裁判官    勝 又 来未子
裁判官    浅 井   憲

解説

特許法における手続の補正

手続の補正の原則と明細書等に関する例外

特許庁における手続については、以下の特許法17条1項本文により、手続の補正、すなわち、出願手続における誤りを正し、または不足を補うことができます。

補正のうち、実務的に重要なのは、願書に添付した明細書等の書面、特に特許請求の範囲の記載です(本稿では、具体的な書面を特定しないときは「明細書等」と呼びます。)に記載内容について変更を加える場合ですが、同項但書は、願書や訂正請求書、訂正審判請求書に添付の明細書等については、同法17条の2以下において許される場合を除き、補正することができないものとしています。

(手続の補正)
第十七条 手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。ただし、次条から第十七条の五までの規定により補正をすることができる場合を除き、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、図面若しくは要約書、第四十一条第四項若しくは第四十三条第一項(第四十三条の二第二項(第四十三条の三第三項において準用する場合を含む。)及び第四十三条の三第三項において準用する場合を含む。)に規定する書面又は第百二十条の五第二項若しくは第百三十四条の二第一項の訂正若しくは訂正審判の請求書に添付した訂正した明細書、特許請求の範囲若しくは図面について補正をすることができない。
(略)

明細書等の補正の要件

出願係属中の明細書等の補正については、補正の主体と時期が制限されるほか、内容面では、新規事項追加の禁止、シフト補正の禁止、補正目的の制限、独立特許要件といった要件の充足が求められます。これらの内容的要件のうち、シフト補正の禁止と補正目的の制限は、願書添付の書面の中でも、特許請求の範囲を補正する場合にのみ適用される要件です。

補正の要件は、どのような状況において補正を行うかによっても異なるため、適用関係を整理して理解しておく必要があります。

明細書等の補正の主体と時期の制限

明細書等の補正は、要するに出願内容の補正ですので、特許法17条の2第1項本文により、補正をすることができる主体が「特許出願人」に限定され、また、審査を経て拒絶理由通知があった後は、同項但書により、補正が許される時期が以下の各時期に制限されています。

① 審査や拒絶査定不服審判における前置審査、再審において拒絶理由通知があった場合(1号)
② 拒絶理由通知後に文献公知発明にかかる情報の記載不備の通知があった場合(2号)
③ 最後の拒絶理由通知があった場合(3号)
④ 拒絶査定不服審判の請求と同時にする場合(4号)

(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の二 特許出願人は、特許をすべき旨の査定の謄本の送達前においては、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる。ただし、第五十条の規定による通知を受けた後は、次に掲げる場合に限り、補正をすることができる。
 第五十条(第百五十九条第二項(第百七十四条第二項において準用する場合を含む。)及び第百六十三条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定による通知(以下この条において「拒絶理由通知」という。)を最初に受けた場合において、第五十条の規定により指定された期間内にするとき。
 拒絶理由通知を受けた後第四十八条の七の規定による通知を受けた場合において、同条の規定により指定された期間内にするとき。
 拒絶理由通知を受けた後更に拒絶理由通知を受けた場合において、最後に受けた拒絶理由通知に係る第五十条の規定により指定された期間内にするとき。
 拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求と同時にするとき。
(略)

新規事項の追加の禁止

明細書等の補正は、以下の特許法17条の2第3項により、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(略)に記載した事項の範囲内においてしなければならない」ものとされています。これは、新規事項の追加の禁止、すなわち、出願当初の明細書等に記載されていなかったことを後で付け足すことはできない、との考え方を示したものです。特許出願は早い者勝ちの制度なので、出願後に技術事項を付け足すことで特許を受けることは許されないわけです。

(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の二 (略)
 第一項の規定により明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をするときは、誤訳訂正書を提出してする場合を除き、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(第三十六条の二第二項の外国語書面出願にあつては、同条第八項の規定により明細書、特許請求の範囲及び図面とみなされた同条第二項に規定する外国語書面の翻訳文(誤訳訂正書を提出して明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をした場合にあつては、翻訳文又は当該補正後の明細書、特許請求の範囲若しくは図面)。第三十四条の二第一項及び第三十四条の三第一項において同じ。)に記載した事項の範囲内においてしなければならない。
(略)

どのような場合に補正が「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」におけるものといえるか、という点はしばしば議論になるところですが、知財高裁(特別部)平成20年5月30日平成 18 年(行ケ)10563 号「ソルダーレジスト事件」判決は、以下のとおり、「明細書又は図面に記載した事項」とは「明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」をいうものとし、出願時の明細書や図面に形式的・直接的な記載がなくても、それらの記載から導かれる技術的事項の範囲内での補正であれば、新規事項の追加にあたらない、との考え方を示しています。

「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

この判決は、直接的には、いわゆる「除くクレーム」を対象に、特許無効審判の訂正請求における新規事項の追加が問題になった事案について判示したものですが、上記引用文にも見られるとおり、補正と訂正に共通する新規事項の解釈を示しています。上述のとおり、訂正は、特許登録後における手続で、補正とは異なるものである一方、明細書等の記載の変更を可能にする点で補正に近い機能を営む面があり、補正と同様に新規事項の追加が禁止されているため、裁判実務では新規事項にかかる認定判断等において同様の考え方が適用されます。

なお、判決が引用する特許法134条2項は平成6年改正前のもので、現在の条文構造とは異なるため、以下に当時の同条項を引用します。

(答弁書の提出等)
第百三十四条 (略)
2 第百二十三条第一項の審判の被請求人は、前項又は第百五十三条第二項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書又は図面の訂正を請求することができる。ただし、その訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず、かつ、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 特許請求の範囲の減縮
 誤記の訂正
 明りようでない記載の釈明

単一性要件とシフト補正の禁止

現在の特許法は、1つの出願で複数の発明について特許を請求することを許容していますが、以下の特許法37条は、それらの発明が、「経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす」ことを求めています。

第三十七条 二以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができる。

ここにいう「経済産業省令で定める技術的関係」は、以下のとおり、特許法施行規則25条の8第1項で「二以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していること」によって、「これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している」ことを意味するものとされ、さらに、ここにいう「特別な技術的特徴」について、同条2項は、「発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴」をいうものとしています。要するに、単一性は、先行技術との関係で特徴となる技術事項が共通していることを意味するもので、こうした技術的特徴は、しばしば「STF(Special Technical Feature)」とも呼ばれます。

(発明の単一性)
第二十五条の八 特許法第三十七条の経済産業省令で定める技術的関係とは、二以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう。
 前項に規定する特別な技術的特徴とは、発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴をいう。
(略)

ここで、特許請求の範囲に補正があると、それが新規事項の追加にあたらない場合であっても、出願時の発明の技術的特徴が異なる技術的特徴に置き換えられ、出願時の発明との関係で単一性が失われることがあり得ます。このような補正は、「シフト補正」と呼ばれますが、出願審査の中で発明の技術的特徴が置き換えらえると審査の負担が過重になるため、平成18年の特許法改正時に、特許法17条の2第4項によって禁止されました。これも、補正の要件に位置づけられます。

(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の二 (略)
 前項に規定するもののほか、第一項各号に掲げる場合において特許請求の範囲について補正をするときは、その補正前に受けた拒絶理由通知において特許をすることができないものか否かについての判断が示された発明と、その補正後の特許請求の範囲に記載される事項により特定される発明とが、第三十七条の発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するものとなるようにしなければならない。
(略)

補正の目的の制限

すでに実質的な補正の機会があった後の補正、具体的には、拒絶理由通知に加えて分割ファミリーにおける先行の拒絶理由通知と同じ拒絶理由の通知であることが通知され、または、最後の拒絶理由通知があった場合に補正をするとき、及び、拒絶査定不服審判の請求と同時に補正をするときは、特許法17条の2第5項により、補正の内容が以下のいずれかを目的とする場合に制限されます。

① 請求項の削除
② 特許請求の範囲の限定的減縮
③ 誤記の訂正
④ 不明瞭記載の釈明

(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の二 (略)
 前二項に規定するもののほか、第一項第一号、第三号及び第四号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶理由通知と併せて第五十条の二の規定による通知を受けた場合に限る。)において特許請求の範囲についてする補正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 第三十六条第五項に規定する請求項の削除
 特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)
 誤記の訂正
 明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)
(略)

独立特許要件

訂正審判においては、以下の特許法126条7項により、独立特許要件、すなわち、訂正後の発明が、出願時点において独立して特許を受けられたものであることが求められます。これは、補正が認められるために、出願時に補正後の発明について出願があったならば、新規性や進歩性といった特許要件を充足するものであったことを求める要件です。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 第一項ただし書第一号又は第二号に掲げる事項を目的とする訂正は、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。
(略)

明細書等の補正においても、特許法17条の2第6項が訂正審判に関する上記規定を準用し、補正後の発明について独立特許要件の充足を求めています。

(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の二 (略)
 第百二十六条第七項の規定は、前項第二号の場合に準用する。

補正の却下

明細書等の補正が前述の要件を満たさないときは、審査官は、以下の特許法53条1項、2項により、理由を付した文書の決定により、補正を却下します。

(補正の却下)
第五十三条 第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて第五十条の二の規定による通知をした場合に限る。)において、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面についてした補正が第十七条の二第三項から第六項までの規定に違反しているものと特許をすべき旨の査定の謄本の送達前に認められたときは、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならない。
 前項の規定による却下の決定は、文書をもつて行い、かつ、理由を付さなければならない。
(略)

補正の却下に対しては、以下の特許法53条3項が規定するとおり、拒絶査定不服審判による場合を除き、不服を申し立てることができません。

(補正の却下)
第五十三条 (略)
 第一項の規定による却下の決定に対しては、不服を申し立てることができない。ただし、拒絶査定不服審判を請求した場合における審判においては、この限りでない。

拒絶査定不服審判と前置審査

特許出願に対し、拒絶の査定があったときは、出願人は、その不服申立てとして、以下の特許法120条1項に基づき、拒絶査定不服審判を請求することができます。

(拒絶査定不服審判)
第百二十一条 拒絶をすべき旨の査定を受けた者は、その査定に不服があるときは、その査定の謄本の送達があつた日から三月以内に拒絶査定不服審判を請求することができる。
(略)

出願人は、上述の特許法17条の2第1項4号に基づき、拒絶査定不服審判の請求と同時に明細書等の補正をすることができますが、その場合には、以下の同法162条に基づき、審判官による審理に先立ち、審査官が審査(前置審査)を行います。

第百六十二条 特許庁長官は、拒絶査定不服審判の請求があつた場合において、その請求と同時にその請求に係る特許出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正があつたときは、審査官にその請求を審査させなければならない。

前置審査によって審判請求に理由があるものと認められるときは審査官が特許査定をしますが、そうでない場合には、審判官による審理に移ります。

拒絶査定不服審判における補正の却下

補正の却下に関する上記特許法53条は、以下の特許法159条1項により、一部の文言を読み替えて準用されています。

第百五十九条 第五十三条の規定は、拒絶査定不服審判に準用する。この場合において、第五十三条第一項中「第十七条の二第一項第一号又は第三号」とあるのは「第十七条の二第一項第一号、第三号又は第四号」と、「補正が」とあるのは「補正(同項第一号又は第三号に掲げる場合にあつては、拒絶査定不服審判の請求前にしたものを除く。)が」と読み替えるものとする。
(略)

その結果、拒絶査定不服審判の請求と同時にした補正も、補正の要件を満たさないときは、却下されることになります。

拒絶理由通知と拒絶査定不服審判における補正の却下

審査における拒絶理由通知

特許の審査において、特許出願に対して拒絶査定をするときは、審査官は、下記の特許法50条本文により、出願人に対してその理由を通知し、意見書の提出や補正の機会を与えるものとされています。この通知は、「拒絶理由通知」と呼ばれます。

他方において、同条但書は、上述の特許法17条の2第1項各号に定める補正ができる場合のうち、審査等で実質的に同一の拒絶理由の通知があり、その旨の通知をした場合と、最後の拒絶理由通知があった場合において、上述の特許法53条1項に基づいて補正を却下する場合には、拒絶理由通知をする必要はないものとしています。

(拒絶理由の通知)
第五十条 審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし、第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)において、第五十三条第一項の規定による却下の決定をするときは、この限りでない。

補正が却下されると、補正の前提となった拒絶理由通知に記載された拒絶理由が適用されることになるため、これらの場合には、再度拒絶理由通知は必要ないこととされているわけです。

拒絶査定不服審判における補正の却下と拒絶理由通知

拒絶理由通知に関する上記規定は、以下の特許法159条2項により、条文の一部の文言を読み替えて拒絶査定不服審判に準用され、同項本文により、「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」には拒絶査定理由通知をすべきものとしていますが、他方において、読み替えて準用される特許法40条但書には、「第十七条の二第一項・・・第四号に掲げる場合」が含まれることになるため、拒絶査定不服審判の請求と同時にした補正を却下する場合には、拒絶理由通知をする必要はないことになります。

第百五十九条 (略)
 第五十条及び第五十条の二の規定は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。この場合において、第五十条ただし書中「第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)」とあるのは、「第十七条の二第一項第一号(拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限るものとし、拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)、第三号(拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)又は第四号に掲げる場合」と読み替えるものとする。
(略)

しかし、この規定は、読み替え後の但書が適用される限り、「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」にも拒絶理由通知を不要とするもので、特に、拒絶査定不服審判の請求と同時にする補正について、拒絶理由通知なく補正を却下し、拒絶審決ができるとなると、出願人には、新たな拒絶理由に対応した補正をする機会もないため、酷な結果になり得ます。

そこで、この場合に、上記条文の文言とは別に、具体的な事情に鑑みて拒絶理由通知が必要になると考えるべきかが問題になるところ、裁判例には、形式的に条文を適用してこれを不要とするものがある一方で、知財高判平成23年10月4日平成22年(行ケ)第10298号「逆転洗濯方法」事件は、以下のとおり述べ、具体的な審理の状況によっては、拒絶理由通知をしないことが、「特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得る」とし、この事案では、拒絶理由通知をして出願人に意見を述べる機会を与えるべきであったと判断しています。

平成6年法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。審査段階と異なり,審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。),拒絶査定を受けたときとは異なり拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決(拒絶審決)を受けたときにはもはや再補正の機会はないので,この点において出願人である審判請求人にとって過酷である。特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。

前置審査における取扱い

特許法50条や同法53条の規定は、前置審査においても、以下の特許法163条1項、2項により、同法159条によるのと概ね同様の読み替えの上準用されています。

第百六十三条 第四十八条、第五十三条及び第五十四条の規定は、前条の規定による審査に準用する。この場合において、第五十三条第一項中「第十七条の二第一項第一号又は第三号」とあるのは「第十七条の二第一項第一号、第三号又は第四号」と、「補正が」とあるのは「補正(同項第一号又は第三号に掲げる場合にあつては、拒絶査定不服審判の請求前にしたものを除く。)が」と読み替えるものとする。
 第五十条及び第五十条の二の規定は、前条の規定による審査において審判の請求に係る査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。この場合において、第五十条ただし書中「第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)」とあるのは、「第十七条の二第一項第一号(拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限るものとし、拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)、第三号(拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)又は第四号に掲げる場合」と読み替えるものとする。
(略)

事案の概要

経緯

本件の原告は、発明の名称を「経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ、および関連した製造方法」とする発明について、平成30年6月18日に特許出願をした出願人です。

同出願に対しては、令和3年7月30日付けで拒絶査定があったため、原告は、同年12月10日、拒絶査定不服審判請求をすると同時に、同日付け手続補正書を提出し、特許請求の範囲について補正をしました(「本件補正」)。これに対し、特許庁は、令和4年10月24日、本件補正を却下した上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(「本件審決」)をし、本件審決の謄本は、同年11月7日、原告に送達されました。

この審決に対し、原告が、令和5年3月7日、取消しを求めて訴えを提起したのが、本訴訟です。

本願発明(補正前)

本願発明は、皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータに関するもので、補正前の特許請求の範囲の記載は、以下のようなものでした(判決では、請求項1にかかる発明は「本願発明1」、請求項17にかかる発明は「本願発明2」と呼ばれ、両者を併せて「本願発明」と呼ばれています。)。

【請求項1】

皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータであって、

前記アプリケータが、前記皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された挿入アセンブリと、

前記挿入アセンブリを受容するように構成されたハウジングであって、前記皮膚上アセンブリが通過するように構成される開孔を備える、ハウジングと、

作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材と、

前記ハウジングの内部環境と前記ハウジングの外部環境との間に滅菌バリアおよび蒸気バリアを提供するように構成された封止要素と、を備える、アプリケータ。

【請求項17】

前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。

本願補正発明

これに対し、補正後の特許請求の範囲は、以下のようなものでした(判決では、請求項1にかかる発明は「本願補正発明1」、請求項17にかかる発明は「本願補正発明2」と呼ばれ、両者を併せて「本願補正発明」と呼ばれています。)。なお、請求項16は、補正前の請求項17に対応する請求項で、請求項15が削除されたことにより番号が繰り上がっています。

【請求項1】

皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータであって、

前記アプリケータが、前記皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された挿入アセンブリと、

前記挿入アセンブリを受容するように構成されたハウジングであって、前記皮膚上アセンブリが通過するように構成される開孔を備える、ハウジングと、

作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材と、を備え

前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている、アプリケータ。

【請求項16】

前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。

審決の骨子

審決は、以下の2つの理由により、本件補正は不適法であって却下すべきものとし、拒絶理由通知をすることなく拒絶審決をしました。

① 本願発明2の補正における新規事項の追加
② 本願補正発明1の独立特許要件違反(新規性欠如)

その上で、審決は、補正前の請求項1は新規性または進歩性を欠き、特許を受けることができないとして、本願は拒絶されるべきものであると結論付けました。

判旨

新規事項の追加について

審決が補正却下の理由として指摘した新規事項の追加の問題に関し、判決は、まず、一般論として、以下のとおり、「『願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項』とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味する」と述べました。これは、ソルダーレジスト事件判決に示された考え方を踏襲するもので、直接的には訂正に関する同判決の趣旨を補正に適用したものといえます。

特許請求の範囲等の補正は、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならない(同法17条の2第3項)。これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、補正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

その上で、判決は、原告が請求項17の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」を「10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料」へと補正した点について、特許請求の範囲の記載にも明細書にも、水蒸気透過率の単位が24時間であることの開示はなく、また、出願当時のJIS規格や文献からも、水蒸気透過率を24時間単位で表示するのが通常であったとは認められないとしつつ、以下のとおり、当時の文献によれば、水蒸気透過率は1時間単位または24時間単位のいずれかで表すのが通常であったとは認められるとし、特許請求の範囲の記載をその一方に限定することに特段の技術的意義はないことから、新規事項の追加にはあたらないとの判断を示しました。

もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」となる。

そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。

独立特許要件について

独立特許要件との関係では、審決は、本願補正発明1と引用発明との間に相違点はないとの判断をしていましたが、判決は、本願補正発明1は「前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている」のに対し、引用発明はそのような構成を有していない点において両者は相違するとの判断を示した上で、審決の判断には誤りがあるとしました。

なお、判決は、続けて、審決が新規性または進歩性を欠くと判断していた点について以下のとおり述べ、「独立特許要件違反に関する本件審決の判断は不十分であったといわざるを得ない」と結論付けました。

また、本件審決は、仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても容易に発明することができたとしたが、当該判断が前提とした相違点は何ら特定されておらず、本件審決では前記相違点に関する具体的検討がされていない以上、少なくとも、独立特許要件違反に関する本件審決の判断は不十分であったといわざるを得ない。

手続違背及び審理不尽について

本件において、原告は、審決が、本願に対する拒絶理由通知の際に示されたものと異なるクレーム解釈を採用したにもかかわらず、審決における解釈に基づく拒絶理由通知をしなかった点について、手続違背または審理不尽の取消理由があると主張していました。

この点について、判決は、以下のとおり述べ、一般論として、「審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背の違法となる余地がある」との見解を示しました。

特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条ただし書の規定によれば、拒絶査定不服審判の請求と同時にされた本件補正について同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定による却下の決定をするときは拒絶の理由の通知をすることを要しないとされているが、審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背の違法となる余地があるものと解される。

もっとも、判決は、本件においては補正の却下が相当でなかった点で審決は取消を免れないことに加え、補正が却下されなければ、特許法50条但書の「第五十三条第一項の規定による却下の決定をするとき」との要件を充足せず、特許庁が再度拒絶審決をするためには拒絶理由通知を要することになることから、手続違背を理由に取り消さなくても、出願の保護に欠けることはないとして、この争点に対する判断は示しませんでした。

本件においては、前記のとおり、本件補正を却下したことは相当ではなかったと認められるのであるから、それだけで本件審決は取消しを免れない。そして、本件補正を却下しない場合において、被告が本願補正発明について査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したときは、特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条本文の規定により拒絶の理由を通知することになるはずであるから、手続違背を理由に本件審決を取り消さなくても原告の利益保護に欠けるところはない。

結論

結論として、判決は、原告の請求を認容し、本件審決を取り消しました。

コメント

本判決は、あくまで事例判断を示したものではありますが、新規事項が問題となる技術的事項の認定判断は、実務的に興味深い内容になっています。具体的には、発明を限定する数値範囲の単位を補正によって変更するにあたり、その単位が特許請求の範囲や明細書に明示されておらず、また、技術常識にかかる文献においても2種類の単位が用いられていて、その補正によって選択された単位が通常用いられていた単位とは認められないという状況において、判決は、当該単位を選択して特許請求の範囲に記載することについて、「この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえない」と述べて、当初技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入したものではないと判断しています。

この点については、本件のような補正をした場合、いずれの単位を選択するかによって発明の技術的範囲が変動する可能性があることとの関係をどのように考えるか、という疑問が残りますが、権利範囲に影響がないか、他の選択肢より限定される場合には、新規事項の問題を回避する補正の手法として参考になります。

また、本件の事実関係のもとでの具体的な認定判断には至っていないものの、拒絶査定不服審判の請求と同時にされた補正の却下につき、審査手続及び審判手続の具体的経過に照らして出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背となる余地があるとの考え方を示した点は、今後の裁判例の動きを見ておきたいポイントです。

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(文責・飯島)