知的財産高等裁判所第1部(本多知成裁判長)は、本年(令和6年/2024年)1月23日、サポート要件違反を理由とする特許庁の無効審決を取り消す判決をしました。特許請求の範囲に記載された数値範囲を備えた実施例が明細書に記載されていない発明について、特許庁はサポート要件に違反するとの判断をしましたが、本判決は、明細書の記載と技術常識に基づいてサポートが認められるとし、無効審決を取り消しました。

サポート要件の判断基準は、偏光フイルム事件の知財高裁判決に従ったものですが、具体的な認定判断において技術常識がどのように考慮されるかを見る上で参考になると思われます。

ポイント

骨子

サポート要件の判断基準
  • 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
サポート要件の充足
  • 本件発明1及び2、すなわち、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも 陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、「曲率φp≧φp1」(本件発明1)又は「曲率φp≧φp2」(本件発明 2)という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能を低いものとしたものについて、本件明細書には、これをそのまま実施した実施例は記載されていない。
  • もっとも、本件明細書は、バイリニアモデルを前提とした地震応答解析により、杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査しているところ、バイリニアモデルでは、塑性域に達するまでの弾性範囲内では、応力とひずみとの間にはヤング係数を定数とする比例関係が成り立ち(フックの法則)、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できる。
  • そうすると、本件明細書の実施の形態2及び3に関する上記記載に接した当業者は、上記技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp2」という関係を満足するものとしても、杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、地中部の他の部分の鋼管杭の変形性能を低くすることにより、建設コストの増加との課題を解決することができることを認識できるというべきである。
  • また、実施の形態1についても、実施の形態2とはレベル2地震動の最大加速度の条件が異なっているにすぎず、開示されている技術的思想において実施の形態2と異なるところはないから、本件明細書の記載に接した当業者は、技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp1」という関係を満足するものとした場合であっても、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和6年1月23日
事件番号
 
事件名
令和5年(行ケ)第10020号
令和5年(行ケ)第10021号
審決取消請求事件(特許)
対象特許 特許第5967862号
原審決 令和5年1月20日
無効2021-800024号事件
裁判官 裁判長裁判官 本 多 知 成
裁判官    遠 山 敦 士
裁判官    天 野 研 司

解説

サポート要件とは

特許法36条は、以下のとおり、第2項において、特許出願に際して特許庁長官に提出する願書には、特許請求の範囲を添付することを求め、かつ、第6項第1号において、 特許請求の範囲の記載要件として、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を求めています。

(特許出願)
第三十六条 (略)
 願書には、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
(略)
 第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
(略)

特許請求の範囲に関するこの記載要件は、一般に「サポート要件」と呼ばれています。

サポート要件の充足性の判断基準

特許法36条6項1号がサポート要件として求めているのは、上記のとおり、特許請求にかかる発明が明細書中の発明の詳細な説明に記載したものであることですが、その意味として、特許請求の範囲と同様の文言が明細書に形式的に現れればよいのか、より実質的な記載が求められるのかについて、議論がありました。前者は、「形式説」と呼ばれ、実質的な記載は実施可能要件で判断されるべきものとするのに対し、後者は、実施可能要件とサポート要件は、特許権という独占権の付与にふさわしい開示の要件として、発明にかかる課題が解決できることを、特許請求の範囲と明細書のそれぞれの記載から担保するものと把握する点で、「表裏一体説」などと呼ばれていました。

この点について、知財高裁は、平成17年(2005年)、特別部の判断として、単に特許請求の範囲に記載された発明が形式的に明細書に記載されているだけでは足りず、当業者が明細書の記載・示唆及び技術常識から特許請求の範囲に記載された発明の課題を解決できると認識できることを要するとの考え方を示しました(知財高判平成17年11月11日平成17年(行ケ)第10042号「偏光フイルムの製造法」事件)。

同判決は、サポート要件の趣旨に関し、以下のとおり、明細書は発明の技術内容を一般に開示するとともに、権利範囲を明らかにするものであるから、特許請求の範囲の発明の記載は、当業者が明細書の発明の詳細な説明によって課題が解決できると認識できるものでなければならないとしました。

特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法旧36条5項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。

その上で、同判決は、以下のとおり、サポート要件の充足は、特許請求の範囲と発明の詳細な説明を対比したときに、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載や示唆、出願時の技術常識から、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか、という観点から判断されるべきものであるとし、その証明責任は、出願人または特許権者にあるとしました。

そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である。

現在は、この考え方が実務に定着しています。

サポート要件が問題になる場面

特許法36条は、特許出願に関する規定で、そこに定められた事項の適否が一次的に判断されるのは、審査の段階です(特許法49条4号)。他方、同条に規定された願書ないし添付書類の記載要件のうち、いくつかのものは、特許登録があった後に、特許異議申立て(同法113条)における取消理由や特許無効審判(同法123条1項)における無効理由にもなります。

サポート要件は、そのような記載要件のひとつに位置づけられるもので、その非充足が、特許異議申立てにおける取消理由にも、特許無効審判における無効理由にもなるため、特許登録後においても争われる可能性のある要件といえます。

サポート要件と特許無効審判・審決取消訴訟

サポート要件違反が特許登録後に問題になり得る場面のうち、特許無効審判については、特許法123条1項が以下のとおり規定し、同項4号により、サポート要件違反が無効理由に位置づけられています。

(特許無効審判)
第百二十三条 特許が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許を無効にすることについて特許無効審判を請求することができる。この場合において、二以上の請求項に係るものについては、請求項ごとに請求することができる。
(略)
 その特許が第三十六条第四項第一号又は第六項(第四号を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたとき。
(略)

特許無効審判の審決に対しては、行政事件訴訟法に基づき、その取消を求める訴訟を提起することができます。この訴訟は、「審決取消訴訟」と呼ばれ、知的財産高等裁判所が審理判断を行います。

事案の概要

本件は、特許無効審判の審決取消訴訟で、審判当事者の双方が審決の取消しを求めていますが、判決では、審判段階における被請求人、つまり、特許権者が原告と表示され、審判請求人が被告と表示されています。

原告は、名称を「鋼管杭式桟橋」とする発明についての特許(特許第5967862号。「本件特許」)の特許権者で、本件特許の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりです。

【請求項1】
海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋において、前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことを特徴とする鋼管杭式桟橋。
【請求項2】
φp≧4.90×10-3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。
【請求項3】
φp≧5.65×10-3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。

これらの請求項は、請求項1の「曲率φpが、φp≧4.39×10-3/D」との構成について、請求項2ではこの数値範囲が「φp≧4.90×10-3/D」と限定され、請求項3ではさらに「φp≧5.65×10-3/D」と限定される関係にありますが、請求項3については、発明の構成に対応する実施例の記載が明細書にあるのに対し、請求項1及び2については、それがありませんでした。

特許庁は、本件特許について被告が請求した特許無効審判(無効2021-800024号)の審理をし、令和5年1月20日、請求項3については審判請求が成り立たないとしつつ、請求項1及び2については、それぞれの構成にかかる実施例の記載がないことから、サポート要件違反を理由に特許を無効とする審決をしました。

この審決に対し、原告は請求項1及び2にかかる部分について、被告は請求項3にかかる部分について、それぞれ取消しを求めて提起したのが、本訴訟です。

争点は、サポート要件のほか、進歩性、明確性要件及び実施可能要件にも及びますが、ここでは、本件の実質的な争点であり、また、裁判所が特許庁の認定判断を覆す理由となった、請求項1及び2にかかるサポート要件の充否の問題について紹介します。

判旨

本件発明の課題と解決手段

判決は、本件で問題になった個々の論点の検討に立ち入るに先立ち、以下のとおり、本件発明の課題と、その解決手段を認定しています。

本件発明は、鋼管杭を海中に複数本打設し、複数の鋼管杭の杭頭部を鉄筋コンクリート製の上部工で一体化することにより構築される鋼管杭式桟橋に関するもので、本件発明の課題は、鋼管杭式桟橋の耐震上の要求性能を満足する上での問題にあります。

具体的には、鋼管杭式桟橋のうち、耐震強化施設に該当するものは、港湾基準により、桟橋を構成する杭の中に、2箇所以上で全塑性に達している杭、すなわち、杭に生じる曲げモーメントが全塑性モーメントに達している杭が存在しないことが求められるところ(「杭の全塑性の要求性能」)、レベル2地震動が大きな地点で杭の全塑性の要求性能を満足しようとすると、鋼管杭の板厚を厚くし、または鋼管杭の径を大きくするなどすることが考えられます。しかし、以下のとおり、その効果は限られるか、逆効果のこともあり、また、建設コストの増加につながるという点が、課題であったと認定されています。

ところで、レベル2地震動が大きな地点では、岸壁法線の変形等の要求性能を満足できても、杭の全塑性の要求性能を満足できない場合がある。このような場合、鋼管杭の板厚を厚くし、又は鋼管杭の径を大きくすることが考えられるが、全塑性モーメントに対応する曲率への影響は軽微あるいは逆効果であり、仮にこれらにより杭の全塑性の要求性能を満足できるとしても、使用鋼材の重量が増加するため、建設コストの増加につながるという課題がある。(【0008】~【0010】)

判決は、続いて、本件発明は、以下のとおり、鋼管杭の局所的な変形性能を上げることで上記課題の解決を図るものであること、具体的には、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭列の一部であり、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の「地中部における発生曲率が大きい部分」の変形性能を高め、他方で、鋼管杭の「地中部の他の部分」は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことが解決手段であることを、それぞれ認定しています。

本件各発明は、上記課題について、鋼管杭の局所的な変形性能(本件明細書や本件審決には、「変形能力」との語が使用されていることもあるが、その意義は実質的に異なるところはないと認められるから、本判決においては、原則として「変形性能」の語を用いる。)を上げることにより解決を図るものであり、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭列の一部であり、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の「地中部における発生曲率が大きい部分」の変形性能を高め、他方で、鋼管杭の「地中部の他の部分」は前記部分よりも変形性能が低いものとした。(【0015】、【0037】)

サポート要件の判断基準について

サポート要件の判断について、判決は、以下のとおり、発明が、発明の詳細な説明に記載されたものであって、「発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか」という基準を示しました。これは、上述の偏光フイルム事件知財高裁判決に沿ったものです。

特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

サポート要件の充足について

本件における具体的な認定判断にあたり、判決は、まず、特許庁と同様に、請求項1、2の各発明について、明細書には、それを直接的に開示する実施例の記載はないとの認定をしました。なお、判決文中に現れる「φp1」と「φp2」は、それぞれ、請求項1の「4.39×10-3/D」と請求項2の「4.90×10-3/D」を指しています。

本件発明1及び2、すなわち、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、「曲率φp≧φp1」(本件発明1)又は「曲率φp≧φp2」(本件発明2)という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能を低いものとしたものについて、本件明細書には、これをそのまま実施した実施例は記載されていない。

他方、判決は、明細書の記載から、杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査するにあたり、バイリニアモデルと呼ばれる考え方が用いられていることや、構造物に一般的に用いられる構造用鋼のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を認定した上で、以下のとおり、当業者は、明細書の実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や鋼管杭の全部の変形性能を同じにしても、地中部の一部のみの変形性能を高めても、ほぼ同じ結果が得られると理解すると認定しました。

もっとも、本件明細書は、バイリニアモデルを前提とした地震応答解析により、杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査しているところ、バイリニアモデルでは、塑性域に達するまでの弾性範囲内では、応力とひずみとの間にはヤング係数を定数とする比例関係が成り立ち(フックの法則)、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できる。

その上で、判決は、以下のとおり、この特許の明細書に接した当業者は、技術常識に基づき、請求項1、2のいずれの発明についても、課題を解決できることを認識できるとしました。

そうすると、本件明細書の実施の形態2及び3に関する上記記載に接した当業者は、上記技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp2」という関係を満足するものとしても、杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、地中部の他の部分の鋼管杭の変形性能を低くすることにより、建設コストの増加との課題を解決することができることを認識できるというべきである。

また、実施の形態1についても、実施の形態2とはレベル2地震動の最大加速度の条件が異なっているにすぎず、開示されている技術的思想において実施の形態2と異なるところはないから、本件明細書の記載に接した当業者は、技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp1」という関係を満足するものとした場合であっても、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。

被告の主張について

被告は、図面に現れる数値の変化は無視できない誤差であることを主張していましたが、判決は、以下のとおり、課題が解決できると理解することを阻害するような誤差ではないとして、これを排斥しました。

被告は、【図8】及び【図11】~【図13】に示された数値の変化は無視できない誤差である旨主張するが、これらの図に記載された数値が近似していることは、前記のとおり、バイリニアモデルを前提としたフックの法則とヤング係数の値がどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識から導かれる「本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうこと」を裏付けるに十分なものといえ、被告が指摘する誤差の程度をもって、その結論が左右されるものとは認め難く、上記主張は採用することができない。

また、被告は、明細書の記載によって効果が確認されたのは特定の条件下に限定されていることを指摘していましたが、判決は、以下のとおり、明細書が開示しているのは、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に特定の数値以上の変形性能を有する鋼管杭を用いるという技術的思想であって、これに接した当業者は、他の条件においても、適宜上記技術的思想を取り入れて課題を解決できるとし、被告の上記主張を排斥しました。

被告は、本件明細書には特定の条件下(鋼管杭列の数、水深、地盤構造、鋼管杭の板厚、直径)での地震応答解析(シミュレーション)で確かめられたことが記載されるにとどまり、別の条件下においても曲率φpの数値範囲とすることで課題が解決できるとは理解できない旨主張するが、もとより鋼管杭式桟橋が設置される地盤等は様々であって、その性能照査は状況に応じた適切な方法によらねばならないものであるが、本件明細書が開示しているのは、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に特定の数値以上の変形性能を有する鋼管杭を用いるという技術的思想であって、これに触れた当業者は、現実に地震応答解析等の性能照査を行う場合、他の条件を加味した上で、適宜上記技術的思想を取り入れ、本件各発明の課題を解決することが可能であるから、特定の条件下での結果のみが記載されていることのみをもって、本件各発明がサポート要件を満たさないとする理由とはならないというべきである。上記主張は採用することができない。

さらに、被告は、本件発明には、明細書に記載された「実施の形態3」とは異なる構成が含まれることも指摘していましたが、判決は、以下のとおり、当業者は、本件発明の構成を備えることで課題を解決できると容易に認識できるとして、被告の主張を排斥しました。

被告は、請求項の記載が、実施の形態3(鋼管杭の地中部の中間部分にのみ変形性能が優れている鋼管杭が用いられている形態)とは異なる場合(地中部における上部分全体、又は下部分全体の変形性能が優れている場合や、地上部全長の変形性能も優れている場合等)を含む記載となっており、これらの場合でも課題が解決できるとは理解できない旨主張するが、本件各発明の構成を備えることにより、局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、それ以外の場所で変形性能の高くない鋼管杭を用いて建設コストの増加との課題を解決することができることは容易に認識でき、被告が例として挙げる場合であっても異なるところはないから、上記主張は採用することができない。

以上の検討の結果、判決は、請求項1ないし2のいずれもサポート要件を充足すると判断し、請求項1、2についてサポート要件の充足を否定した点において審決には取消理由があるとしました。

コメント

本判決で用いられているサポート要件の判断基準は、偏光フイルム事件の知財高裁判決に従ったもので、そこで技術常識が参酌されることは、定着した考え方であるといえます。本判決は、偏光フイルム事件判決に基づき、実施例に直接的記載のない数値範囲につき、技術常識に依拠してサポートを肯定しているため、そこでの具体的な認定判断は実務の参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)