知的財産高等裁判所第3部(東海林保裁判長)は、本年(令和6年/2024年)4月11日、「Nepal Tiger」の文字を標準文字で表してなり、指定商品を第27類「じゅうたん、敷物、マット、ラグ、ヨガ用マット、織物製壁紙、壁掛け(織物製のものを除く。)」とする商標についての商標登録出願にかかる拒絶査定不服審判の審決取消訴訟において、原審決を取り消す判決をしました。同商標出願は、商標法3条1項3号及び同法4条1項16号を理由として拒絶査定を受けていたところ、本判決は、「Nepal Tiger」の語は、一体の造語であって、取引者・需要者が指定商品に係る商品の産地、販売地又は品質を表示したものと認識するとはいえず、また、ネパール産のトラ柄のラグ等以外の指定商品に使用されても、商品の品質の誤認を生ずるおそれはないと判断しています。
本判決の認定判断は国名である「Nepal」の語を含む商標について拒絶理由を否定した点で実務上参考になるほか、本訴訟の関連事件として、同一の原告による「Tibet Tiger」や「Tibetan Tiger」といった商標を巡る訴訟で、原告の請求がいずれも棄却されているため、本件との対比が興味深いものとなっています。
ポイント
骨子
- 商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くと規定されているのは、このような商標は、指定商品との関係で、その商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠くものであることによるものと解される。
- そうすると、出願に係る商標が、その指定商品について商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、審決がされた時点において、当該商標が当該商品との関係で商品の産地、販売又は品質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に、将来を含め、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるか否かによって判断すべきである。
- そして、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定商品に関する取引の実情を考慮して判断すべきである。
- 「Nepal Tiger」の語句は、これが本願の指定商品に関連して用いられる取引の実情があるとは認められず、かつ、一体として組み合わされた一種の造語であるとみるのが相当であることからすれば、本願商標の取引者及び需要者は、「Nepal Tiger」の語句について、指定商品に係る商品の産地、販売地又は品質を表示したものであると直ちに認識するものではないというべきである。
- そうすると、本願商標の取引者、需要者は、「Nepal Tiger」の語句について「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラ形状を模したじゅうたん」、「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物」又は「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」を表示するものであると必ずしも認識するものではないから、本願商標は、その指定商品に使用された場合に、本願商標の取引者、需要者によって、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるとは認められない。
- 本願商標は、特定の商品の産地、販売地又は品質を表示するものであるとはいえないから、本願商標がその指定商品のうち「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラ形状を模したじゅうたん」、「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物」又は「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」以外の指定商品に対して使用された場合であっても、商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標とはいえず、商標法4条1項16号に該当するものとは認められない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
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判決言渡日 | 令和6年4月11日 |
事件番号 事件名 |
令和5年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁令和5年8月18日 不服2022-13795号事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 東海林 保 裁判官 今 井 弘 晃 裁判官 水 野 正 則 |
解説
商標の識別力と登録要件
商標法3条1項は、以下のとおり、商標登録を受けるための要件として、「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」であることを求めるとともに、同項各号に、商標登録を受けられない商標を規定しています。
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
(略)
同項6号が「前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」と定めるとおり、ここに列挙されているのは、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標」、すなわち、識別力を欠く商標ということができます。
記述的商標と商標登録
商標法3条1項3号の趣旨
商標法3条1項3号は、上に引用したとおり、同項が列挙する商標のうち、記述的商標、すなわち、商品の産地や品質、役務の提供場所や質といった商品・役務の属性を普通に用いられる方法で記述した商標について、商標登録が受けられないものと定める規定です。
この規定の趣旨について、最三判昭和54年4月10日 昭和53年(行ツ)第129号 集民第126号507頁(「ワイキキ」事件)は、以下のとおり、記述的商標は、識別力が欠如するものであることのほか、「取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものである」こと、すなわち、独占適応性の欠如を理由に、商標登録できないものとしたとの考え方をとっています。
商標法三条一項三号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であつて、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であつて、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。
商標法3条1項3号の適用基準
商標が産地等を「普通に用いられる方法で表示する」ものといえるかどうかは、取引の実情を考慮し、その標章の表示の書体や全体の構成等が、取引者において一般的に使用する範囲にとどまらない特殊なものであるかどうかの観点から判断されます(商標審査基準第1・五・5)。
また、最一判昭和61年1月23日昭和60年(行ツ)第68号集民第147号7頁(「GEORGIA」事件)は、以下のとおり、産地や販売地を示す商標について同規定を適用するに際し、出願にかかる指定商品が現実に商標が表示する土地で生産ないし販売されていることは求められず、表示された土地において生産されまたは販売されているであろうと需要者・取引者に一般に認識されれば足りるとしました。
商標登録出願に係る商標が商標法三条一項三号にいう「商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというためには、必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず、需要者又は取引者によつて、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りるというべきである。
なお、商標法3条1項3号の該当性判断に関しては、「登録商標が商標法3条1項3号に該当するとして登録無効審判における不成立審決を取り消した『くるんっと前髪カーラー』事件知財高裁判決について」や「『レインボーストーブ』に関する位置商標が商標法3条1項3号に該当し、同条2項に該当しないとの審決を支持した知的財産高等裁判所判決について」もご覧ください。
品質等の誤認の恐れがある商標と商標登録
商標法4条1項16号
商標法4条1項は、公益的な理由や他者の権利との関係で登録を受けられない商標を列挙しており、同項16号は、公益的理由による登録拒絶理由のひとつとして、以下のとおり、商標が商品の品質や役務の質について誤認を生じるおそれがある場合を規定しています。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十六 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
(略)
商標法3条1項3号との関係
この商標法4条1項16号と上記の3条1項3号の関係について、ワイキキ事件最判は、以下のとおり述べ、同法3条1項3号の適用にあたって、産地や販売地について誤認のおそれがあることは求められず、そのような場合には、専ら同法4条1項16号の適用が問題になるものとしました。
叙上のような商標(注:商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章)を商品について使用すると、その商品の産地、販売地その他の特性について誤認を生じさせることが少なくないとしても、このことは、このような商標が商標法四条一項一六号に該当するかどうかの問題であつて、同法三条一項三号にかかわる問題ではないといわなければならない。そうすると、右三号にいう「その商品の産地、販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」の意義を、所論のように、その商品の産地、販売地として広く知られたものを普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるものであつて、これを商品に使用した場合その産地、販売地につき誤認を生じさせるおそれのある商標に限るもの、と解さなければならない理由はない。
地名を含む商標と商標法4条1項16号
地名を含む商標の商標法4条1項16号の適用に関する最近の裁判例として、知財高判令和6年3月27日令和5年(行ケ)第10131号があります。この判決は、以下のとおり、「hololive Indonesia」の標準文字商標について、「hololive」は造語であるとしながらも、これに接する需要者は、その構成中の「Indonesia」の文字から、インドネシアで生産・販売された商品や、インドネシアに関する役務といった商品の品質等を通常理解するものというべきであるとし、指定商品にインドネシアに由来しない商品や役務が含まれる点で、商標法4条1項16号に該当するとの判断を示しました。
①本願商標のうち「hololive」の部分は造語であり自他商品又は自他役務の識別力を有するのに対し、「Indonesia」の部分は、一般に知られた東南アジアの共和国であるインドネシアを意味することは需要者において容易に理解できること、②自他商品又は自他役務の識別力を有する文字と、「インドネシア」あるいは「Indonesia」の文字を組み合わせたものがインドネシアで生産される物又はインドネシアで提供される役務に関して使用されていること、③本願の指定商品及び指定役務には一般消費者が需要者となるものが含まれ、これに対応する商品又は役務でインドネシアで生産等されたもの、ないしはインドネシアに由来するものが我が国で販売ないし提供されていることが認められるのであって、そうすると、本願商標をその指定商品及び指定役務について使用するときは、これに接する需要者は、その構成中の「Indonesia」の文字から、インドネシアで生産又は販売された商品や、インドネシアに関する役務といった商品の品質又は役務の質を通常理解するものというべきである。
一方、本願の指定商品及び指定役務は、インドネシアに関するものに限定されていないから、インドネシアで生産又は販売された商品以外の商品やインドネシアに関する役務以外の役務も含むことになる。
以上によると、本願商標をその指定商品及び指定役務中、インドネシアで生産又は販売された商品以外の商品や、インドネシアに関する役務以外の役務に使用した場合には、商品又は役務の質の誤認を生じさせるおそれがあるから、本願商標は、商標法4条1項16号に該当するというべきである。
拒絶査定及びその不服申立手続
商標登録出願にかかる商標が、商標法3条1項3号や同法4条1項16号に該当するときは、審査官は、所定の手続を踏んだ上で、以下の商標法15条1号に基づき、拒絶査定をすることになります。
(拒絶の査定)
第十五条 審査官は、商標登録出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
一 その商標登録出願に係る商標が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定により商標登録をすることができないものであるとき。
(略)
また、商標登録の出願人は、拒絶査定を受けた場合、以下の商標法44条1項に基づき、拒絶査定不服審判を請求することができます。
(拒絶査定に対する審判)
第四十四条 拒絶をすべき旨の査定を受けた者は、その査定に不服があるときは、その査定の謄本の送達があつた日から三月以内に審判を請求することができる。
(略)
さらに、拒絶査定不服審判において出願人(審判請求人)の主張が認められず、不成立審決があったときは、出願人は、その取消を求める訴訟を提起することができます。産業財産権法上の審判の審決の取消しを求める訴訟は「審決取消訴訟」と呼ばれ、商標法上の拒絶査定不服審判の審決に対する訴訟も、その一類型に位置づけられます。
事案の概要
経緯
本件の原告は、「Nepal Tiger」の文字を標準文字で表してなり、指定商品を第27類「じゅうたん、敷物、マット、ラグ、ヨガ用マット、織物製壁紙、壁掛け(織物製のものを除く。)」とする商標(「本願商標」)について商標登録出願(商願2021-102626号)をした出願人で、被告は、特許庁(正確には、特許庁長官)です。
特許庁は、原告による上記出願に対して拒絶査定をし、また、拒絶査定不服審判(不服2022-13795号)においても不成立審決(「本件審決」)をしました。原告がこの審決の取消しを求めて提起したのが、本訴訟です。
審決の理由
本件審決は、審判請求不成立とする理由として、第1に、「Nepal Tiger」の文字よりなる本願商標をその指定商品中「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したじゅうたん、ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物、ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」に使用した場合について、以下の事実によれば、これに接する取引者、需要者は、単に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと理解するにとどまり、自他商品の識別標識とは認識しないというべきであるとして、本願商標は、商標法3条1項3号に該当すると判断しました。
- 本願商標は、構成全体として「ネパールのトラ」ほどの意味合いを容易に理解、認識させるものであること
- 本願の指定商品中の「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、チベットやネパールは、じゅうたんの生産地及び販売地として世界的に知られており、じゅうたんは、チベット民族の伝統的な手工芸品であって、チベット民族や、ネパールに在住しているチベット難民によって手織りされているじゅうたんは「チベットじゅうたん」と称されていること
- 「チベットじゅうたん」の中でもトラのモチーフは、位の高い僧侶のためにつくられていたことから由緒あるものといわれ、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した「チベットじゅうたん」は、「Tibetan Tiger (Rug)」、「チベタンタイガー(ラグ)」又は「チベットタイガー(カーペット)」などと称されていること
- 「チベットじゅうたん」がネパールでも生産及び販売されているということ
第2に、本件審決は、本件商標を上記商品以外の「じゅうたん、敷物、ラグ」に使用するときは、商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるとして、同法4条1項16号に該当するものと判断しました。
判旨
商標法3条1項3号の趣旨及び判断基準
判決は、まず、ワイキキ事件最判を引用し、商標法3条1項3号の趣旨は、独占適応性を欠くことと識別力の問題にあることを指摘しました。
商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くと規定されているのは、このような商標は、指定商品との関係で、その商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であって、取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに、一般的に使用される標章であって、多くの場合自他商品識別力を欠くものであることによるものと解される(最高裁昭和53年(行ツ)第129号同54年4月10日第三小法廷判決・集民126号507頁)。
ついで、判決は、下記のとおり、同規定の適用基準として、以下の2点が充足される場合に適用されるものとしました。
①審決時において、当該商標が当該商品との関係で商品の産地、販売又は品質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であること
②審決時及び将来において、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであること
そうすると、出願に係る商標が、その指定商品について商品の産地、販売地又は品質を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるというためには、審決がされた時点において、当該商標が当該商品との関係で商品の産地、販売又は品質を表示記述するものとして取引に際し必要適切な表示であり、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に、将来を含め、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるか否かによって判断すべきである。
また、判決は、以下のとおり述べ、上記②の判断にあたっては、商標の構成や指定商品に関する取引の実情を考慮すべきであるとしました。
そして、当該商標の取引者、需要者によって当該商品に使用された場合に商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるかどうかは、当該商標の構成やその指定商品に関する取引の実情を考慮して判断すべきである。
本願商標について
本件における認定判断にあたり、判決は、まず、証拠上、トラの形状を模した「チベットじゅうたん」を「チベタンタイガーラグ」又は「チベタンタイガーカーペット」との名称で表示するウェブサイト等の記載の存在を含め、以下の事実が認められるとしました。
(ア) ネパールにおいてじゅうたんの生産が行われていること。
(イ) チベットからネパールに移住した者、あるいはチベット難民がネパールにおいてじゅうたんの生産に従事しているとするウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(ウ) ネパールで生産されたじゅうたんを「チベットじゅうたん」あるいはこれに類する「チベタンじゅうたん」「チベタンラグ」などの名称で表示するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(エ) トラの図柄が描かれたじゅうたん又はトラの形状を模したじゅうたんを紹介するに当たって「タイガー」の語を用いているウェブサイトの記載が複数存在すること。
(オ) トラの形状を模した「チベットじゅうたん」(あるいは「チベタンじゅうたん」「チベタンラグ」)を「チベタンタイガーラグ」又は「チベタンタイガーカーペット」との名称で表示するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
(カ) ネパールで生産されたもの又はネパールから輸入したものであるトラの形状を模したじゅうたんを紹介するウェブサイト等の記載が複数存在すること。
なお、本判決には現れませんが、別件の知財高判令和6年4月17日令和5年(行ケ)第10114号審決取消請求事件の判決によれば、「Tibetan Tiger (Rug)」ないし「チベタンタイガー(ラグ)」と呼ばれる絨毯は、以下の【写真1】のようなものです。
【写真1】
*知財高判令和6年4月17日令和5年(行ケ)第10114号より引用
他方、判決は、以下のとおり、「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」の文字が一体として用いられた例は認められず、指定商品に関連して「Nepal Tiger」の語句が一体として用いられる取引の実情が存在するとも認められないとしました。
上記・・・新聞記事、書籍及びウェブサイトのいずれにも、「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」との記載は存在せず、その他本件の全証拠によっても、本願の指定商品に関連するウェブサイト等の記載において「Nepal Tiger」又は「ネパールタイガー」の文字が一体として用いられたものがあるとは認められない。
したがって、「Nepal Tiger」の語句が、一体として「ネパールで生産された、トラの図柄を描いた、あるいはトラの形状を模した、じゅうたん、ラグ」を意味するものとして、じゅうたんの取引者等によって使用されている取引の実情が存在するとは認められず、その他の本願の指定商品に関連して「Nepal Tiger」の語句が一体として用いられる取引の実情が存在するとも認められない。
また、判決は、以下のとおり、「Nepal Tiger」の語句が一体のものとして辞書等に採録されているとは認められず、トラに関する亜種の名称や通称名でもないとしました。
そして、「Nepal Tiger」は、前記⑵のとおりの意味を有する「Nepal」の語及び「Tiger」の語を組み合わせたものであるといえるところ、「Nepal Tiger」の語句が一体のものとして辞書等に採録されているとは認められず、トラに関する亜種の名称や通称名等として「Nepal Tiger」、「ネパールタイガー」又は「ネパールトラ」と呼ばれるものがあるとも認められない。
以上の認定事実に基づき、判決は、以下のとおり、「Nepal Tiger」をもって一種の造語と見るのが相当としました。
そうすると、「Nepal Tiger」の語句は、通常は組み合わされることのない「Nepal」の語と「Tiger」の語とが組み合わされ、まとまりよく一体的に表されたものであるといえることからすれば、これを一体として組み合わされた一種の造語とみるのが相当である。
商標法3条1項3号該当性について
判決は、さらに、本件の指定商品によれば、本件商標の取引者はじゅうたん類の製造業者及び販売業者であり、需要者は一般の消費者であると認定し、以下のとおり、それらの者が、「Nepal Tiger」の語句について、指定商品に係る商品の産地、販売地又は品質を表示したものであると直ちに認識するものではなく、本願商標は、その指定商品に使用された場合に、本願商標の取引者、需要者によって、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるとは認められないと判断しました。
そして、前記・・・のとおり、「Nepal Tiger」の語句は、これが本願の指定商品に関連して用いられる取引の実情があるとは認められず、かつ、一体として組み合わされた一種の造語であるとみるのが相当であることからすれば、本願商標の取引者及び需要者は、「Nepal Tiger」の語句について、指定商品に係る商品の産地、販売地又は品質を表示したものであると直ちに認識するものではないというべきである。
そうすると、本願商標の取引者、需要者は、「Nepal Tiger」の語句について「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラ形状を模したじゅうたん」、「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物」又は「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」を表示するものであると必ずしも認識するものではないから、本願商標は、その指定商品に使用された場合に、本願商標の取引者、需要者によって、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであるとは認められない。
商標法3条1項3号該当性に関する被告の主張について
以上に対し、被告(特許庁)は、以下の各事実を総合考慮すれば、指定商品である「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、「Nepal」及び「Tiger」の文字は、生産又は販売の地域を表す「Nepal(ネパール)」と、トラの図柄やトラの形状を表す「Tiger(タイガー)」の文字を結合したものといえると主張していました。
- 本願の指定商品中の「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、ネパールは、じゅうたんの生産又は販売の地域として古くから知られていること
- チベットじゅうたんは、チベット民族の伝統的な手工芸品であって、チベット民族やネパールに在住のチベット難民によって手織りされていること
- 「Tiger」又は「タイガー」の文字は、本願の指定商品中の「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、トラ柄又はトラの図柄、あるいはトラの形状等を表す語として一般に使用されていること
- 「チベットじゅうたん」の中でも、トラの図柄を描いた、あるいはトラの形状を模した「チベットじゅうたん」が、生産又は販売の地域を表す語と組み合わせて「Tibetan Tiger (Rug)」、「チベタンタイガー(ラグ)」又は「チベットタイガー(カーペット)」と称されていること
これに対し、判決は、以下のとおり述べ、取引者・需要者が、「Nepal」がじゅうたん等の生産又は販売の地域を示し、「Tiger」がじゅうたんに描かれたトラの図柄や形状を示すと認識するものとは認められないとして、被告の主張を排斥しました。
(被告が主張する各事情を総合考慮したとしても)本願商標の取引者及び需要者が、(略)本願商標のうち「Nepal」はじゅうたん等の生産又は販売の地域を示し、「Tiger」はじゅうたんに描かれたトラの図柄や形状を示していると認識するとは認められず、本願商標が、その指定商品に使用された場合に、当該商標の取引者、需要者によって、商品の産地、販売地又は品質を表示したものと一般に認識されるものであると認めることはできない。
商標法4条1項16号該当性について
商標法4条1項16号違反の点について、判決は、以下のとおり、本願商標は特定の商品の産地、販売地又は品質を表示するものであるとはいえないことから、ネパール製かつトラの形状のラグ以外の商品に用いられたとしても、商品の品質の誤認は生じないとして、同号該当性を否定しました。
本願商標は、特定の商品の産地、販売地又は品質を表示するものであるとはいえないから、本願商標がその指定商品のうち「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラ形状を模したじゅうたん」、「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した敷物」又は「ネパールで生産又は販売される、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模したラグ」以外の指定商品に対して使用された場合であっても、商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標とはいえず、商標法4条1項16号に該当するものとは認められない。
結論
以上の検討を経て、判決は、原告の主張にかかる取消事由はいずれも理由があるとし、結論として、本件審決を取り消しました。
コメント
本件商標は「Nepal」という地名を含む商標ではあるものの、本判決は、「Nepal Tiger」は、取引者・需要者に特定の産地・形状の製品を示すものと認識されるものではなく、商品の産地、販売地又は品質を表示したものとは認識されないとの判断を示しました。具体的には、証拠上チベタンタイガーラグないしTibetan Tiger Rugとして認識される商品があることが認められ、また、チベタンタイガーラグがチベットからネパールへの難民によって生産されることがあるとしても、取引者・需要者の取引の実情に照らし、「Nepal Tiger」がチベットのそういった商品を示すものとは認識されない、という考え方ですが、基本的には、「Nepal Tiger」を一体の造語と捉えることで、「Nepal」や「Tiger」といった単体の記述的な記載から差別化されたものと考えられ、実務的に参考になる判断と思われます。
なお、この事件と並行して、原告は、指定商品「じゅうたん、敷物、ラグ」に関し「Tibet Tiger」や「Tibetan Tiger」の文字を標準文字で表してなる商標についても拒絶査定を受け、それぞれ不成立審決に対する審決取消訴訟を提起していました。これらの事件のうち、「Tibet Tiger」にかかるもの(知的財産高等裁判所令和5年(行ケ)第10116号審決取消請求事件)については、本判決に先立つ令和6年2月28日に判決があり、また、「Tibetan Tiger」にかかるもの(知的財産高等裁判所令和5年(行ケ)第10114号審決取消請求事件)については、本判決の6日後である令和6年(2024年)4月17日に判決がありました(上記【写真1】の引用元となった判決です。)。これらの判決では、いずれも原告の請求が棄却されています。
これらのうち、「Tibetan Tiger」事件の判決が商標法3条1項3号該当性を認めた理由は以下のようなもので、「チベタンタイガーラグ/Tibetan Tiger Rug」と呼ばれる商品との結びつきが主要な理由とされています。
前記・・・において認定した取引の実情に基づいて検討するに、「Tibetan Tiger Rug」を構成する「Rug」の部分及び「チベタンタイガーラグ」を構成する「ラグ」の部分は、敷物の一種である「ラグ」一般を指し、本件ラグ(筆者注:チベットを産地とするチベットじゅうたんの一種又はこれをモチーフとして製作されたもので、トラの図柄を模し、トラを上から見たときの平面形状をかたどったラグ)であることまでは表示しない語であると認められるから、「Tibetan Tiger Rug」のうちの「Tibetan Tiger」の部分及び「チベタンタイガーラグ」のうちの「チベタンタイガー」の部分は、「Tibetan Tiger Rug」又は「チベタンタイガーラグ」と称される商品が具体的に本件ラグであることを直接的に表示するものであるといえる。そうすると、「Tibetan Tiger」の文字からなる本願商標は、その指定商品中の本件ラグとの関係においては、トラの図柄を模し、トラを上から見たときの平面形状をかたどったチベットじゅうたん又はこれをモチーフにした敷物という商品の品質等の特徴を表示する標章のみからなる商標であると認めるのが相当である。
そして、本願商標は、「Tibetan Tiger」の語句のみからなり、当該語句を標準文字で表してなるものであるところ、前記説示したところにも照らすと、その指定商品中の本件ラグとの関係においては、商品の品質等の特徴を普通に用いられる方法で表示するものと認められる。
他方、「Tibet Tiger」事件の判決は、以下のとおり、チベットじゅうたんにかかる取引の実情を認定した上で、「Tibet Tiger」をトラの図柄や形状のチベットじゅうたん等に使用した場合、取引者・需要者は、単に商品の産地または販売地であるチベット、あるいはトラの図柄または形状といった品質を表示したものと理解するにとどまる、として商標法3条1項3号の適用を肯定しました。
証拠・・・によれば、ウェブサイト上では、本願の指定商品中の「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、チベットやネパールはじゅうたんの生産地及び販売地として知られており、じゅうたんはチベット民族の伝統的な手工芸品であるとされ、チベット民族やネパールに在住しているチベット難民によって手織りされているじゅうたんは「チベットじゅうたん」と称され、世界4大じゅうたんの一つに数えられ、丈夫で耐久性に優れているなどと紹介されていることが認められる。
また、同様にウェブサイト等では・・・、本願の指定商品中の「じゅうたん、敷物、ラグ」との関係において、トラ柄又はトラの図柄等を表す語として「Tiger」又は「タイガー」の文字が使用されており、「チベットじゅうたん」の中でも、トラのモチーフは、位の高い僧侶のために作られていたことから格の高い文様、由緒あるものといわれ、トラの図柄を描いた、あるいは、トラの形状を模した「チベットじゅうたん」は、生産地及び販売地の地域を表す語(チベタン〔Tibetan〕、チベット〔Tibet〕)と、トラを意味する「Tiger」とを組み合わせて「Tibetan Tiger (Rug)」、「チベタンタイガー(ラグ)」又は「チベットタイガー(カーペット)」などと称されて多数販売されていることも認められる。
上記・・・のような取引の実情を踏まえると、「Tibet Tiger」の文字よりなる本願商標をその指定商品中、トラの図柄又はトラの形状のチベットじゅうたん、チベット製ラグ等に使用した場合、これに接する取引者、需要者は、単に商品の産地又は販売地であるチベット、あるいはトラの図柄又は形状といった品質を表示したものと理解するにとどまるというべきである。
この判決は、「Tibetan Tiger」事件判決と比較すると、直接的にチベタンタイガーラグの存在を論拠とするよりも、チベタンタイガーラグが販売されている背景事実も含めた取引の実情を認定し、取引者・需要者の認識を認定判断したものと考えられますが、結論部分を見ると、「Tibet」と「Tiger」を個別に捉えた上で、それぞれの語に対する理解を問題にしているようにも見え、取引の実情の認定がどのように判断に影響しているのか、理解しにくいようにも思われます。
これらの判決と本判決を比較したとき、本判決は、「Nepal Tiger」の使用例がない中、チベットからの難民がネパールでチベタンタイガーラグを生産しているという事情を考慮しても、「Nepal Tiger」についてまで、「Tibet Tiger」や「Tibetan Tiger」におけるような認識が取引者・需要者に生じるとは認められないとしたもので、合理性があるように思われます。「Tibet Tiger」の判決のように、「Nepal Tiger」についても、「Nepal」と「Tiger」を分離観察した上で、それぞれ産地や図柄等を表示したものに過ぎないと考えるなら、商標法3条1項3号の適用が可能になりそうですが、「Nepal Tiger」の使用例がない中、これを一体の造語と捉えることは不自然ではなく、必ずしも個別に判断する必要はないと思われるからです。
また、少々感覚的ではありますが、商標法4条1項16号との関係で「hololive Indonesia」と比較すると、同商標は「hololive」が造語であって、その部分がより強い識別力を有するだけに、「Indonesia」が付された場合、それがより強く独立した意味を持ち、インドネシアの商品・役務であることが前面に出やすい半面、「Nepal Tiger」は、「Nepal」または「Tiger」のいずれかに強い意味があるわけではなく、全体として一体の造語として成り立ち得るもので、「Nepal」が単独の地名表示としての意味を持ちにくくなっているという面はあるかも知れません。
これらの判決は、いずれも事例判断を示したもので、判決間の整合性を考えることにさほど大きな意味があるわけではありませんが、こうしてみると、本判決は、商標法3条1項3号との関係でも、同法4条1項16号との関係でも、微妙な判断をしたものといえそうです。
なお、原告は、本件及び別件のいずれにおいても、最大判昭和51年3月10日昭和42年(行ツ)第28号民集30巻2号79頁「メリヤス編機」事件判決に依拠して、被告が審査及び拒絶査定不服審判の手続において提示しなかった証拠を審決取消訴訟で提出することは許されないと主張しいます。この点について、本件の判決では判断をしていませんが、「Tibetan Tiger」事件の判決は、原告の請求を棄却する上で、以下のとおり述べ、この主張を明示的に排斥しています。
審決の取消訴訟において、当事者が提出する証拠の範囲を制限した法令の規定は見当たらない。解釈上、拒絶査定不服審判の手続において審理判断がされなかった拒絶理由につき、これを当該手続に係る審決の取消訴訟において主張することは許されないとしても、拒絶査定不服審判の手続において審理判断がされた拒絶理由に係る具体的な事実の有無は、それまでの手続において当事者の攻防の対象となっていたものであり、取消訴訟において裁判所が審理判断すべき対象そのものである。したがって、裁判所が、自由な心証に基づき、拒絶査定不服審判の手続において示された資料以外の資料(証拠)を当該取消訴訟において参酌することは、最判昭和51年の趣旨に何ら反しないものと解するのが相当である。
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(文責・飯島)
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