知的財産高等裁判所第1部(鶴岡稔彦裁判長)は、平成29年(2017年)2月22日、消費税法基本通達5-2-5に依拠し、特許権侵害行為によって侵害者が得た利益を特許権者の損害額と推定することを定めた特許法102条2項の「利益」に消費税が含まれ得るとの判断を示しました。

下級審判決ではありますが、特許権侵害に基づく損害の算定における消費税の考え方を明示的に示したものとして、実務上参考になると思われます。

ポイント

骨子

  • 特許権者が特許権侵害による損害のてん補を受けるためには,課税されるであろう消費税額相当分についても損害として受領し得る必要があるというべきである。すなわち,「利益」には消費税額相当分も含まれ得ると解される。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成29年2月22日
事件番号 平成28年(ネ)第10082号
特許権侵害差止等請求控訴事件
原判決 東京地方裁判所平成27年(ワ)第12480号
特許 特許第3966527号
「生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置」
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    杉 浦 正 樹
裁判官    寺 田 利 彦

解説

特許権侵害に対する救済

特許権侵害があった場合、特許権者は、救済として、侵害行為の差止、損害賠償、信用回復措置といった請求をすることができます。実務的には、差止と損害賠償の2つが主要な救済となり、将来の侵害行為に対しては差止を、過去にすでに行われた侵害行為に対しては損害賠償を求めるという構造となっています。

なお、両者の関係につき、比較法的に見ると、英米法圏ではcommon law(普通法)に基づく損害賠償が主たる請求となり、金銭賠償では賄えない差止や特定履行をequity(衡平法)に基づいて請求する、という補充的関係となっていますが、我が国の特許法のもとでは、特許権は物権類似の権利であると考えており、侵害行為があれば、ほぼ自動的に差止請求が認められています。

損害額の算定

特許権は発明、すなわち技術的思想を保護の対象とするもので、動産や不動産の所有圏とは異なり、有体物に関する権利ではありません。動産や不動産が盗まれたりすると、所有権者は、その動産や不動産を使用収益できなくなることで損害を受けますが、特許権の場合、第三者が侵害行為をしたからといって、特許権者が何かを物理的に奪われたりするわけではないため、損害の計算に困難が伴います。

そこで、以下のとおり、特許法102条に損害額の算定に関する規定が置かれています。

(損害の額の推定等)

第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。

3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。

4 前項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。

第1項は、特許権者の利益率に侵害品の販売数量を掛け合わせることで損害を算出しようとするもので、第2項は、侵害者が得た「利益」を特許権者の損害と推定するもの、第3項、第4項は、実施料相当額をもって損害の最低額とみなす規定です。

損害賠償金と消費税

消費税法4条1項は、以下のとおり、「国内において事業者が行なつた資産の譲渡等」が消費税の課税対象となることを定めています。

(課税の対象)

第四条

1 国内において事業者が行つた資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。

(略)

上記の文言のうち、「資産の譲渡等」の意味については、消費税法2条1項8号が以下のとおり定義しています。

(定義)
第二条
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。

特許権侵害に基づく損害賠償金が消費税の課税対象となるかについて、消費税法基本通達5-2-5は、以下のとおり定め、「無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」は資産の譲渡等の対価に該当するとの考え方が示されています。

(損害賠償金)
5-2-5 損害賠償金のうち、心身又は資産につき加えられた損害の発生に伴い受けるものは、資産の譲渡等の対価に該当しないが、例えば、次に掲げる損害賠償金のように、その実質が資産の譲渡等の対価に該当すると認められるものは資産の譲渡等の対価に該当することに留意する。
(1) (略)
(2) 無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金
(3) (略)

なお、この通達は、あくまで行政庁である国税庁が自らの解釈を示したものであって、裁判所に対する拘束力があるわけではありません。

事案の概要

本件は、特許第3966527号「生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置」の特許権者である原告が、被告らに対し、同特許権の侵害行為の差止と損害賠償を求めて提起した訴訟です。原判決は、一部を除いて原告の請求を認容し、双方が控訴し、原告は、さらに控訴審において請求の追加をしました。

本判決は、控訴審におけるものであり、種々の論点が含まれていますが、その1つとして、特許法102条2項の「利益」に消費税が含まれるか、つまり、消費税も損害賠償請求の対象となるかが争われました。

判旨

判決は、以下のとおり、消費税法基本通達5-2-5の記載に基づき、「特許権者が特許権侵害による損害のてん補を受けるためには,課税されるであろう消費税額相当分についても損害として受領し得る必要があるというべきである。すなわち,『利益』には消費税額相当分も含まれ得ると解される」との考え方を示しました。

消費税は,国内において事業者が行った資産の譲渡等に課されるものであるところ(消費税法4条1項),「例えば,次に掲げる損害賠償金のように,その実質が資産の譲渡等の対価に該当すると認められるものは資産の譲渡等の対価に該当することに留意する。…(2) 無体財産権の侵害を受けた場合に加害者から当該無体財産権の権利者が収受する損害賠償金」(消費税法基本通達5-2-5)とされていることに鑑みると,特許権を侵害された者が特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金を侵害者から受領した場合,その損害賠償金も消費税の課税対象となるものと推察される。そうすると,特許権者が特許権侵害による損害のてん補を受けるためには,課税されるであろう消費税額相当分についても損害として受領し得る必要があるというべきである。すなわち,「利益」には消費税額相当分も含まれ得ると解される。

コメント

判決は、「含まれ得る」と、若干の含みを残した表現を用い、常に「利益」に消費税が含まれると断言したわけではないと解することもできなくはありません。もっとも、特許法102条2項の損害への消費税の算入を認めたものとして、実務上参考になるものと思われます。

(文責・飯島)