知的財産高等裁判所第2部(清水響裁判長)は、令和5年(2023年)9月7日、登録商標「くるんっと前髪カーラー」について、指定商品である「頭飾品、ヘアカーラー(電気式のものを除く。)」(第26類)との関係で、商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるとし、当該商標登録は、商標法3条1項3号に基づき無効にされるべきであるとしました。
特許庁は、この商標について登録査定をし、また、登録無効審判においても請求不成立(有効)の審決をしていましたが、本判決は、この審決に対する取消訴訟において、特許庁の判断を覆しました。適用された規範に目新しい面があるわけではありませんが、商標権者にとって厳しい限界的な事例と思われますので、判決理由中の認定判断に関する部分を中心に紹介します。
ポイント
骨子
本件商標の認定及び商標法3条1項3号該当性の判断手法について
- 本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の文字を標準文字で表してなるものであるから、本件商標を構成する文字は、当然に、同じ大きさ及び同じ書体のものであり、また、これらの文字は、当然に、等間隔かつ横一列に、まとまりのある態様で並べられている。したがって、本件商標は、これを構成する文字の全体をもって、一連一体の語句を表すものであると理解されるものである。本件商標の商標法3条1項3号該当性を判断するに当たっては、このような一連一体の語句を構成する各語の意味に加え、取引の実情に照らし、取引者又は需要者によって、当該一連一体の語句が、商品の品質、効能、用途等の特徴を示すものと一般に認識されるものであるかどうかを検討する必要がある(昭和61年最判参照)。
「くるんっと」の意味について
- (「前髪」が「額に垂れ下がる髪」の意味を有し、「カーラー」が「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」の意味を有することは需要者にとって極めて明確であった一方で)辞典に記載された「くるん」の語の意味及び用例・・・、本件査定日前のウェブサイト及び新聞記事における「くるんと」等の語の使用例・・・並びに日本語の文法に照らすと、「くるんと」の語は、前髪を含む毛髪について用いられるときは、通常、「(毛髪が)丸く曲がった様子」を示す語として用いられている。また、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例・・・に照らすと、「くるんと」の語と「くるんっと」の語は、促音の有無により互いに意味を異にするものとは認められない。そうすると、「前髪」の語の直前に置かれた本件商標の構成中の「くるんっと」の語は、それが副詞として修飾することになる用言(動詞、形容詞等)が明示されていなくても、その内容は自明であって、通常、「(前髪が)丸く曲がった様子」を示すものとして、本件需要者等に認識されるものと認めるのが相当である。
- ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例の中には、「くるんと」等の語が、毛髪が丸く曲がった様子を示すというよりも、商品であるカーラーを回転させる動作の様子を示す副詞として用いられていると認められるもの(①「くるんと巻きます」・・・、②「はさんでクルンとする」・・・、③「はさんでくるっの超簡単ステップ」・・・、④「挟んでくるっとするだけ」・・・がある。しかし、仮に、本件商標の構成中の「くるんっと」の語がカーラーを回転させる動作の様子を示す語として用いられていたとしても、当該語は、カーラーを使用する者の当たり前の動作を表現するものにすぎないから、商標法3条1項3号該当性との関係では、商品の用途や使用の方法を普通に用いられる方法で表示したことになるだけであり、かつ、当該動作によりカーラーを使用した結果は、前髪が丸く曲がった状態のはずであるから、本件商標に接した本件需要者等の認識が前記したもの(「くるんっと」という語は、前髪が丸く曲がった様子を示すものであるとの認識)と異なるものになるとは思われない。
「くるんっと前髪カーラー」の意味について
- 本件査定日当時、被告商品・・・及び商品名を「前髪くるんとカーラー」とする原告の商品・・・を除くほか、「くるんっと前髪カーラー」の語句又はこれに準ずる語句を本件商品について用いる例があったと認めるに足りる証拠がないことを考慮しても、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、通常、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味するものと認識することになると認めるのが相当である。
- 確かに、「くるんっと」という擬態語は、文法上、用言(動詞、形容詞等)を修飾する副詞であると考えられるにもかかわらず、本件商標の構成中の「前髪」及び「カーラー」の各語は、いずれも名詞であるから、「くるんっと」の語が修飾すべき語が本件商標の構成中には見られないことになる。しかしながら、本件需要者等において、「くるんっと」、「前髪」及び「カーラー」の各語の相互の修飾関係が文法的に正確なものでなければ、これらの語を順番に並べた語句の意味を一義的に把握することができないということはできない。実際、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例の中にも、「前髪くるんっの仕方」との語句を用いた例・・・、「くるん前髪」との語句を用いた例・・・、「くるんがキマる」との語句を用いた例・・・、「くるん前髪」との語句を用いた例・・・等がみられるところ、これらは、いずれも文法的に正しい表現ではないが、そのことをもって、その意味するところが不明確になるということはできない。
- 被告は、「くるんっと前髪カーラー」の語句からは、①「「くるんっと丸まった弾力のある表面」を有する前髪用のカーラー」、②「「くるんっと振り向いても」キープされるカールを作る前髪用のカーラー」、③「「くるんっと寝返りを打っても」前髪のカールを作ることができるカーラー」、④「前髪を挟んで「くるんっと回す」カーラー」などの様々な意味合いが想起されるとも主張する。しかしながら、このうち、前記①から③までのような意味合いは、理論的にはあり得るとしても、前記ウェブサイトの使用例その他本件に提出された全証拠によっても、「前髪」や「カーラー」と一緒に使用される場合の「くるんっと」という語は、もっぱら「(前髪が)丸く曲がった様子」を示すために用いられていることが認められ、被告が主張するような意味合いで用いられている例は見当たらない。また、前記④の意味合いについては、そのような意味合いが生じる使用例・・・は存在するものの、前記・・・説示したところに照らすと、商標法3条1項3号該当性に関する判断を左右するに足りるものではない。
商標法3条1項3号該当性について
- 「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味すると認識することになるところ、「カーラー」は、「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」であるから・・・、「くるんっと前髪カーラー」の語句は、単に本件商品(電気式のものを除くヘアカーラー)の効能等を述べたものにすぎない。また、本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の語句のみからなり、当該語句を標準文字で表すものであって、本件商品の効能等を普通に用いられる方法で表示するものである(「くるんと」の語に促音を付加した「くるんっと」の語を用いた表現が特殊なものであるということはできない。)。したがって、本件商標は、本件商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるということができるから、商標法3条1項3号に掲げる商標に該当する。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
---|---|
判決言渡日 | 令和5年9月7日 |
事件番号 事件名 |
令和5年(行ケ)第10030号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁令和5年2月14日無効2022-890041号 |
裁判官 | 裁判長裁判官 清 水 響 裁判官 浅 井 憲 裁判官 勝 又 来未子 |
解説
商標の識別力とは
商標は、商品や役務(サービス)の出所を識別するために商品や役務とともに使用する標章(マーク)です。
たとえば、スマホに一部が欠けたリンゴのマークがついていれば、そのスマホの出所がアップル社であることを識別できますし、たとえアップル社を知らない人であっても、リンゴのマークのないスマホとは異なる会社が提供するものであると認識することができます。このリンゴのマークのように商品や役務の出所を識別できるマークがある場合において、そこに事業者の信用が結びつけば、そのマークを使用することにより、事業主体の信用を目に見える形にして商品や役務に紐付け、他の事業者の商品や役務との差別化を図ることができます。デザインが似た商品であっても、ブランドとなる商標が付されているかどうかで価値が変わってくるのは、商標を通じて、その事業者の信用が商品に紐づけられるからなのです。
このように、マークを用いたブランディングを可能にすることは商標の重要な機能で、商品やサービスの出所を識別できる、というマークの特性は、識別性ないし識別力と呼ばれます。
識別力と商標登録の要件
商品や役務に使用する商標について商標登録を受けると、商標権によってその使用にかかる独占権を得ることができます。ここで、上述のとおり、商標は、商品や役務の出所を識別するためのものですので、商標に用いる標章は、出所を識別できるものであることが求められます。
このような理由から、商標登録が認められるためには、登録出願された商標に識別力があること、つまり、その商標によって、需要者が、その商標が付された商品や役務が何人かの業務にかかる商品・役務であることを認識できることが求められます。
具体的には、商標法3条1項が、以下のとおり、識別力がない商標の類型を同項各号に列挙し、これらに該当する商標は商標登録を受けることができないものとしています。
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 (略)
また、上記各号のうち、3号から5号に該当する商標については、当初は登録が認められなくても、実際に商品や役務に使用しているうちに需要者から認知され、識別力を獲得した場合には、以下の商標法3条2項により、商標登録を受けることができるようになります。
(商標登録の要件)
第三条 (略)
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
商標法3条1項3号該当性の判断
上記の商標法3条1項3号は、「産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴」を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標について、登録を受けられないものとしています。
この規定の該当性の判断手法に関し、最一判昭和61年1月23日昭和60年(行ツ)第68号集民第147号7頁(「GEORGIA」事件)は、産地や販売地を示す商標が問題になった事案において、以下のとおり、出願にかかる指定商品が現実に商標の表示する土地で生産ないし販売されていなくとも、表示された土地において生産されまたは販売されているであろうと需要者・取引者に一般に認識されれば足りるとしました。
商標登録出願に係る商標が商標法三条一項三号にいう「商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというためには、必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず、需要者又は取引者によつて、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りるというべきである。
要するに、コーヒー飲料を買った人が「GEORGIA」という商標を見て、「米国ジョージア州はコーヒーの産地・販売地なのだろう」と認識するのであれば、実際にジョージアがコーヒーの産地・販売地でなくとも、ジョージア州が産地・販売地であることを普通に用いられる方法で表示した標章である以上はこの規定に該当する、というわけです。
同様に、商標審査基準は、以下のとおり、商標が指定商品に使用されたときに、需要者・取引者によって商品の特徴を表示するものと一般に認識される場合には、商標法3条1項3号に該当すると判断するものとしています。
商標が、その指定商品又は指定役務に使用されたときに、取引者又は需要者が商品又は役務の特徴等を表示するものと一般に認識する場合、本号に該当すると判断する。
一般に認識する場合とは、商標が商品又は役務の特徴等を表示するものとして、現実に用いられていることを要するものではない。
(1) 商標が、「コクナール」、「スグレータ」、「とーくべつ」、「うまーい」、「早ーい」等のように長音符号を用いて表示されている場合で、長音符号を除いて考察して、商品又は役務の特徴等を表示するものと認められるときは、原則として、商品又は役務の特徴等を表示するものと判断する。
(2) 商標が、商品又は役務の特徴等を間接的に表示する場合は、商品又は役務の特徴等を表示するものではないと判断する。
(3) 商標が、図形又は立体的形状をもって商品又は役務の特徴等を表示する場合は、商品又は役務の特徴等を表示するものと判断する。
商品の品質の誤認を生じる商標
上述のとおり、商品の特徴を普通に表示した標章は識別性欠如を理由に商標登録が認められませんが、商品の品質について誤認を生じるおそれがある場合には、以下の商標法4条1項16条により、やはり商標登録が拒絶されます。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十六 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
(略)
商標登録無効審判と審決取消訴訟
商標登録無効審判とは
商標が、上で紹介した商標法3条や4条1項に違反するときは、商標登録を受けることができませんが、登録されてしまった後であっても、これらの規定の違反等所定の事由があるときは、以下の商標法46条1項に基づき、その商標登録を無効にすることについて、特許庁で審判を請求することができます。
(商標登録の無効の審判)
第四十六条 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。
(略)
この審判の審理を経て、商標登録を無効にする審決があり、それが確定すると、以下の商標法46条の2第1項に基づき、商標権は、原則として、初めから存在しなかったものとみなされます。
第四十六条の二 商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、初めから存在しなかつたものとみなす。ただし、商標登録が前条第一項第五号から第七号までに該当する場合において、その商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、その商標登録が同項第五号から第七号までに該当するに至つた時から存在しなかつたものとみなす。
(略)
審決取消訴訟とは
特許庁の審判における審決について不服があるときは、その取消を求める訴訟を提起することができます。これを審決取消訴訟といいます。
商標登録無効審判の審決取消訴訟について、商標法に直接の根拠条文はありませんが、行政法上の一般概括主義に基づく行政訴訟に位置づけられ、行政事件訴訟法上の類型としては、伝統的には当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)と解されていましたが、現在は抗告訴訟(同法3条)と解する考え方も有力です。最高裁判所の判決にも、商標登録無効審決の取消判決において、抗告訴訟に固有の規定である行政事件訴訟法32条1項の適用を前提とする判断をした最二判平成14年2月22日平成13年(行ヒ)第142号民集第56巻2号348頁があります。
事案の概要
本件の原告は、商標登録無効審判の請求人で、被告は、無効審判の対象となった商標(「本件商標」)の商標権者です。無効審判で争われた被告の商標登録は以下のようなもので、原告は、この商標登録は、商標法3条1項3号、同項6号及び同法4条1項16号に該当し、無効にされるべきであると主張しました。
登録番号 | 商標登録第6399042号 |
---|---|
登録査定日 | 令和3年5月24日(「本件査定日」) |
登録日 | 令和3年6月7日 |
商標の構成 | 「くるんっと前髪カーラー」(標準文字) |
商品及び役務の区分 指定商品 |
第26類 「頭飾品、ヘアカーラー(電気式のものを除く。)」 |
特許庁は、この無効審判を無効2022-890041号事件として審理し、結論において、これらの規定の該当性はいずれも認められず、原告の審判請求は成り立たない、つまり、商標登録は無効にされるべきものではない、との審決をしました。
これを不服とし、原告が審決の取消しを求めて提起したのが、本審決取消訴訟です。
判旨
判決は、結論において、本件商標は商標法3条1項3号に掲げる商標に該当するとし、他の無効理由について検討することなく、審決を取り消しました。具体的な認定判断が本件のポイントになるため、以下、判決の理由を少し詳しく紹介します。
本件商標の構成の認定及び判断の基準について
判決は、以下のとおり、本件商標はこれを構成する文字の全体をもって一連一体の語句を表すものであると理解されるものであると認定したうえで、商標法3条1項3号の適用については、上記GEORGIA事件判決の趣旨に従い、「一連一体の語句を構成する各語の意味に加え、取引の実情に照らし、取引者又は需要者によって、当該一連一体の語句が、商品の品質、効能、用途等の特徴を示すものと一般に認識されるものであるかどうか」という観点で判断をすべきことを示しました。
本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の文字を標準文字で表してなるものであるから、本件商標を構成する文字は、当然に、同じ大きさ及び同じ書体のものであり、また、これらの文字は、当然に、等間隔かつ横一列に、まとまりのある態様で並べられている。したがって、本件商標は、これを構成する文字の全体をもって、一連一体の語句を表すものであると理解されるものである。本件商標の商標法3条1項3号該当性を判断するに当たっては、このような一連一体の語句を構成する各語の意味に加え、取引の実情に照らし、取引者又は需要者によって、当該一連一体の語句が、商品の品質、効能、用途等の特徴を示すものと一般に認識されるものであるかどうかを検討する必要がある(昭和61年最判参照)。
商標を構成する語の意味について
判決は、上記判断基準のもと、まず、以下のとおり、「前髪」が「額に垂れ下がる髪」の意味を有し、「カーラー」が「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」の意味を有することは需要者にとって極めて明確であったとした上で、「くるんと」が前髪を含む毛髪について用いられるときは、「(毛髪が)丸く曲がった様子」を示す語となり、「くるんっと」のように促音が加えられても、その意味は「くるんと」と異ならないとの認定をしました。
他方、辞典に記載された「くるん」の語の意味及び用例・・・、本件査定日前のウェブサイト及び新聞記事における「くるんと」等の語の使用例・・・並びに日本語の文法に照らすと、「くるんと」の語は、前髪を含む毛髪について用いられるときは、通常、「(毛髪が)丸く曲がった様子」を示す語として用いられている。また、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例・・・に照らすと、「くるんと」の語と「くるんっと」の語は、促音の有無により互いに意味を異にするものとは認められない。そうすると、「前髪」の語の直前に置かれた本件商標の構成中の「くるんっと」の語は、それが副詞として修飾することになる用言(動詞、形容詞等)が明示されていなくても、その内容は自明であって、通常、「(前髪が)丸く曲がった様子」を示すものとして、本件需要者等に認識されるものと認めるのが相当である。
この点に関し、訴訟で取り上げられた「くるんと」の使用例には、カーラーを回転させる動作を示す副詞として用いられているものもありましたが、判決は、以下のとおり、それらは商品の用途を普通に用いられる方法で表示したものであり、また、そのように使用した結果は前髪が丸く曲がった状態になることから、需要者の認識が変わることはないとしました。
なお、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例の中には、「くるんと」等の語が、毛髪が丸く曲がった様子を示すというよりも、商品であるカーラーを回転させる動作の様子を示す副詞として用いられていると認められるもの(①「くるんと巻きます」・・・、②「はさんでクルンとする」・・・、③「はさんでくるっの超簡単ステップ」・・・、④「挟んでくるっとするだけ」・・・がある。しかし、仮に、本件商標の構成中の「くるんっと」の語がカーラーを回転させる動作の様子を示す語として用いられていたとしても、当該語は、カーラーを使用する者の当たり前の動作を表現するものにすぎないから、商標法3条1項3号該当性との関係では、商品の用途や使用の方法を普通に用いられる方法で表示したことになるだけであり、かつ、当該動作によりカーラーを使用した結果は、前髪が丸く曲がった状態のはずであるから、本件商標に接した本件需要者等の認識が前記したもの(「くるんっと」という語は、前髪が丸く曲がった様子を示すものであるとの認識)と異なるものになるとは思われない。
以上の検討を経て、判決は、以下のとおり、「くるんっと前髪カーラー」に接した需要者は、「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味するものと認識することになると認めるのが相当としました。
以上によると、本件査定日当時、被告商品・・・及び商品名を「前髪くるんとカーラー」とする原告の商品・・・を除くほか、「くるんっと前髪カーラー」の語句又はこれに準ずる語句を本件商品について用いる例があったと認めるに足りる証拠がないことを考慮しても、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、通常、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味するものと認識することになると認めるのが相当である。なお、証拠・・・及び弁論の全趣旨によると、被告は、本件査定日当時、被告商品の品質、効能等をうたう宣伝文句として、「くるんっとカールした前髪ができちゃう!」及び「くるんっと内側にカールした前髪をセットするためのカーラーを考えました」との文言を用いていたとの事実が認められるが、これは、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等において、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」などを意味するものと認識したとの上記認定に符合するものである。
権利者の主張について
これに対し、商標権者である被告は、「くるんっと」の語は副詞であるのに、本件商標の構成中にはこれを対応する動詞が存在せず、本件商標の意味は一義的に特定できないと主張していましたが、判決は、以下のとおり、各語の修飾関係が文法的に正確でなければ意味を一義的に把握できないわけではないとして、この主張を排斥しました。
確かに、「くるんっと」という擬態語は、文法上、用言(動詞、形容詞等)を修飾する副詞であると考えられるにもかかわらず、本件商標の構成中の「前髪」及び「カーラー」の各語は、いずれも名詞であるから、「くるんっと」の語が修飾すべき語が本件商標の構成中には見られないことになる。しかしながら、本件需要者等において、「くるんっと」、「前髪」及び「カーラー」の各語の相互の修飾関係が文法的に正確なものでなければ、これらの語を順番に並べた語句の意味を一義的に把握することができないということはできない。実際、ウェブサイトにおける「くるんと」等の語の使用例の中にも、「前髪くるんっの仕方」との語句を用いた例・・・、「くるん前髪」との語句を用いた例・・・、「くるんがキマる」との語句を用いた例・・・、「くるん前髪」との語句を用いた例・・・等がみられるところ、これらは、いずれも文法的に正しい表現ではないが、そのことをもって、その意味するところが不明確になるということはできない。
また、被告は、「くるんっと前髪カーラー」の語句からは、①「「くるんっと丸まった弾力のある表面」を有する前髪用のカーラー」、②「「くるんっと振り向いても」キープされるカールを作る前髪用のカーラー」、③「「くるんっと寝返りを打っても」前髪のカールを作ることができるカーラー」、④「前髪を挟んで『くるんっと回す』カーラー」などの様々な意味合いが想起されるとの主張もしていましたが、判決は、以下のとおり、①ないし③の意味で用いられている用例はなく、④の用例はあっても、商標法3条1項3号の該当性判断に影響しないとして、この主張を排斥しました。
しかしながら、このうち、前記①から③までのような意味合いは、理論的にはあり得るとしても、前記ウェブサイトの使用例その他本件に提出された全証拠によっても、「前髪」や「カーラー」と一緒に使用される場合の「くるんっと」という語は、もっぱら「(前髪が)丸く曲がった様子」を示すために用いられていることが認められ、被告が主張するような意味合いで用いられている例は見当たらない。また、前記④の意味合いについては、そのような意味合いが生じる使用例・・・は存在するものの、前記・・・において説示したところに照らすと、商標法3条1項3号該当性に関する判断を左右するに足りるものではない。
商標法3条1項3号該当性の判断
判決は、「くるんっと前髪カーラー」の意味についての上記認定を前提に、商標法3条1項3号該当性につき、以下のとおり、「くるんっと前髪カーラー」の語句は、指定商品であるヘアカーラーの効能等を普通に用いられる方法で表示するものであって、同規定に該当するとの判断をしました。
前記・・・のとおり、「くるんっと前髪カーラー」の語句に接した本件需要者等は、当該語句が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」を意味すると認識することになるところ、「カーラー」は、「頭髪を巻き付けてカールさせるための円筒形の用具」であるから・・・、「くるんっと前髪カーラー」の語句は、単に本件商品(電気式のものを除くヘアカーラー)の効能等を述べたものにすぎない。また、本件商標は、「くるんっと前髪カーラー」の語句のみからなり、当該語句を標準文字で表すものであって、本件商品の効能等を普通に用いられる方法で表示するものである(「くるんと」の語に促音を付加した「くるんっと」の語を用いた表現が特殊なものであるということはできない。)。したがって、本件商標は、本件商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるということができるから、商標法3条1項3号に掲げる商標に該当する。
被告は、「くるんっと前髪カーラー」は商品の品質等を直接的かつ具体的に表示するものとはいえず、また、その独占使用を認めても弊害はないと主張していましたが、判決は、以下のとおり、これらの主張を排斥しました。
被告は、本件商標は本件商品の品質等を直接的かつ具体的に表示するものとはいえないから、同号に掲げる商標に該当しないと主張する。しかしながら、前記(2)において説示したところに照らすと、本件商標は、本件商品の品質、効能等を間接的に暗示するにとどまるものではなく、これを直接的かつ具体的に表示するものであると認められるから、同主張は採用することができない。
また、被告は、「くるんっと前髪カーラー」の標章につき特定の者による独占使用を認めても何ら弊害はないと主張する。しかしながら、「くるんっと前髪カーラー」が「丸く曲がった前髪を作るカーラー」などを意味するものとして、本件商品の品質、効能等を普通に用いられる方法で表示する標章である以上、他の事業者において、本件商品に該当する商品の製造、販売等をするに当たり、「くるんっと前髪カーラー」と同一又は類似の標章を用いようとすることは当然に想定されるところであるから、「くるんっと前髪カーラー」の標章につき独占使用を認めても何ら弊害はないとの被告の主張を採用することはできない。
結論において、判決は、本件商標登録につき、無効審判の請求は成り立たないとした特許庁の審決を取り消しました。
コメント
本訴訟において、原告は、用語の使用例を多く挙げ、商標を構成する語句の意味について具体的な主張を展開したことから、審決取消の結論を得るに至ったのではないかと思われます。商標法3条1項3号の適用における限界的事例であり、実務の参考になると思われますので、紹介しました。
本記事に関するお問い合わせはこちらから。
(文責・飯島)