令和2年1月29日、知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、人気テレビゲームの略称及びキャラクターのコスチューム・人形の無断使用が問題となった事案の控訴審について、周知表示混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号)の成立を認めた原判決を変更し、原判決よりも広い範囲で著名表示冒用行為(同項2号)の成立を認めるとともに、一審原告による請求拡張に基づき、損害賠償額を原判決が認めた1000万円から5000万円に増額する判決を言い渡しました。
社会的に注目された事案の知財高裁判決であり、先例が多くない著名表示冒用行為とライセンス料相当額損害の算定の問題やキャラクターのコスチュームの使用と不正競争の問題に関する判断が示されていますので、紹介します。
原判決の解説は、「テレビゲームの名称及びキャラクターに関する不正競争行為を認めた『マリカー』事件東京地裁判決について」をご参照ください。
ポイント
骨子
- 原告文字表示「マリオカート」及び「MARIO KART」表示は、マリオ等のキャラクターが登場する一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして著名となっているものである。他方、被告標章第1(マリカー/MariCar, MARICAR, maricar)は、公道カートのレンタル等からなる本件レンタル事業に関して使用されているものである。したがって、本件での著名表示冒用行為に関する類否判断に当たっては、上記のような取引の実情を考慮した上で類否判断を行うのが相当である。
- 営業表示が原告表現物のようなキャラクターである場合にも、ある営業表示が著名表示冒用行為にいう他人の営業表示と類似のものに当たるか否かについては、具体的な取引の実情を考慮した上で判断するのが相当である。
- 不正競争防止法5条3項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも当該商品等表示についての許諾契約における料率に基づかなければならない必然性はない。不正競争行為をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の料率に比べて自ずと高額になるというべきである。
- 不正競争防止法5条3項に基づく損害の算定に用いる、実施に対し受けるべき料率は、①当該商品等表示の実際の許諾契約における料率や、それが明らかでない場合には業界における料率の相場等も考慮に入れつつ、②当該商品等表示の持つ顧客吸引力の高さ、③不正競争行為の態様並びに当該商品等表示又はそれに類似する表示の不正競争行為を行った者の売上げ及び利益への貢献の度合い、④当該商品等表示の主体と不正競争行為を行った者との関係など訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。
- 本件については、「maricar」等の文字を含むドメイン名を使用しているMariCAR店舗及び富士河口湖店の売上げに係る料率は15%とし、本件各ドメイン名を使用していないその他の店舗の売上げに係る料率は12%とするのが相当である。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
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判決言渡日 | 令和2年1月29日 |
事件番号 | 平成30年(ネ)第10081号(本訴)、平成30年(ネ)第10091号(反訴) |
事件名 | 不正競争行為差止等請求控訴事件、著作権侵害差止請求権不存在確認請求反訴事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 森 義 之 裁判官 眞 鍋 美穂子 裁判官 熊 谷 大 輔 |
解説
著名表示冒用行為の成立要件
著名表示冒用行為とは、不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)が規制する不正競争の一つであり、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」をいいます(不競法2条1項2号)。これによって営業上の利益を侵害される(又はそのおそれがある)者は、差止請求権(不競法3条)及び損害賠償請求権(不競法4条)を行使することができます。
被侵害者は、著名表示冒用行為の成立要件として、以下の事実を主張立証する必要があります。
- 被侵害者の商品等表示の著名性
- 侵害者による「自己の商品等表示」としての使用
- 被侵害者の商品等表示と侵害者の表示との同一・類似性
周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)とは異なり、著名表示冒用行為においては、著名性という周知性よりハードルの高い要件が存在する代わりに、混同のおそれは要件とされていません。著名表示冒用行為規制の目的は、混同の防止ではなく、著名表示とその主体との一対一の対応関係や著名表示のブランドイメージの希釈化(ダイリューション)や、著名表示が持つイメージの汚染(ポリューション)の防止にあります。
類似性の判断手法
著名表示冒用行為における類似性の判断手法には見解の対立があり、混同のおそれを要件とする周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)と同様の判断手法による立場と、それより厳格な類似性を明示的に要求する立場があります。
前者の立場を採用した東京地裁平成20年9月30日判決[TOKYU]は、「ある営業表示が不正競争防止法2条1項2号にいう他人の営業表示と類似のものに当たるか否かについては,取引の実情のもとにおいて,取引者又は需要者が両表示の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である」と述べました。これは、最高裁昭和58年10月7日判決[日本ウーマンパワー]が周知表示混同惹起行為における類似性の判断手法として判示した内容と同じです。
後者の立場を採用した東京地裁平成20年12月26日判決[黒烏龍茶]は、「不正競争防止法2条1項2号における類似性の判断基準も,同項1号におけるそれと基本的には同様であるが,両規定の趣旨に鑑み,同項1号においては,混同が発生する可能性があるのか否かが重視されるべきであるのに対し,同項2号にあっては,著名な商品等表示とそれを有する著名な事業主との一対一の対応関係を崩し,稀釈化を引き起こすような程度に類似しているような表示か否か,すなわち,容易に著名な商品等表示を想起させるほど類似しているような表示か否かを検討すべきものと解するのが相当である」と述べ、また、東京地裁平成30年3月26日判決[ルイ・ヴィトン]も同旨を述べました。
後者の立場であっても、上記東京地裁判決[黒烏龍茶]が「不正競争防止法2条1項2号における類似性の判断基準も,同項1号におけるそれと基本的には同様である」と述べているように、「取引の実情」及び「外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等」を考慮する点は前者の立場と変わりません。
不正競争によって被った損害額の算定
不正競争によって営業上の利益を侵害された者(被侵害者)は、故意又は過失のある侵害者に対し、損害賠償を請求することができます(不競法4条)。そして、被侵害者の立証負担の軽減のため、一定の不正競争については、以下のとおり、損害額の算定に関する特則が設けられています(不競法5条)。
① 侵害品の譲渡数量による算定(不競法5条1項)
侵害者の譲渡数量(全部又一部を侵害者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量を控除する。)に、被侵害者において侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、被侵害者の販売能力に応じた額を超えない限度で、被侵害者の損害額とするもの(不競法2条1項1号~16号・22号の不正競争のみが対象です。)
② 侵害者の利益による推定(不競法5条2項)
侵害者の利益額を被侵害者の損害額と推定するもの
③ ライセンス料相当額(不競法5条3項)
ライセンス料相当額を被侵害者の損害額とするもの(不競法2条1項1号~9号・11号~16号・19号・22号の不正競争のみが対象です。)
ライセンス料相当額の算定方法
本判決において問題となった不正競争(著名表示冒用行為、ドメイン名に係る不正行為)は、いずれも不競法5条3項の適用対象であり(同項1号・5号)、一審原告は、ライセンス料相当額の損害を主張しています。
ライセンス料相当額は、「侵害者の売上げ×ライセンス料率」といった式によって算定されます。しかし、ライセンス料率が通常のライセンス料率と同程度では、被侵害者から請求されれば通常のライセンス料を支払えばよいことになり、侵害者にとって「侵害のし得」となってしまうため、誠実なライセンシーと侵害者とを同列に扱う必要はないと考えられています。そのため、実際の訴訟においては、被侵害者は、過去のライセンス契約における料率や業界相場が存在すればそれらを主張しつつ、被侵害者の商品等表示の顧客吸引力の高さや侵害者の行為の悪質性を主張して、高いライセンス料率による損害の賠償を請求することが通常です。
著名表示冒用行為について不競法5条3項に基づくライセンス料相当額を算定した裁判例は多くありませんが、例えば大阪地裁平成16年5月24日判決[マクセル]は、被告が原告の商品等表示である「マクセル」「MAXELL」「maxell」の表示と同一又は類似の表示を自己の商号、営業表示及びドメイン名として使用した行為が著名表示冒用行為及びドメイン名に係る不正行為に該当すると判断したうえで、不競法5条3項に基づき、商号については、「宣伝広告に用いたり、その経営する店舗の名称に付したり、店舗に表示したりしたことまでは認められない」と指摘して被告売上げの0.5%を損害額とし、営業表示については、「被告が、被告営業表示を、被告ドメイン名を使用して開設したインターネット上のウェブサイト以外で使用したことはうかがわれない」と指摘して被告売上げの1%を損害額とするとともに、ドメイン名についても、飲食店の宣伝を行うウェブサイトの開設やメールアドレスに使用されたと指摘して被告売上げの0.5%を損害額としました。
事案の概要
詳細は、「テレビゲームの名称及びキャラクターに関する不正競争行為を認めた『マリカー』事件東京地裁判決について 」をご参照ください。
本件は、公道カートのレンタル事業を営む一審被告会社(株式会社MARIモビリティ開発)が、一審原告(任天堂株式会社)が販売するゲームソフトシリーズ「マリオカート」やその略称「マリカー」(原告文字表示)と類似する「マリカー」「MariCar」「MARICAR」「maricar」との文字表示(被告標章第1)をカート車両やウェブサイトにおいて使用し、また、登場キャラクターである「マリオ」等のイラスト(原告表現物)と類似する部分を含む写真・動画のアップロード、従業員の「マリオ」等のコスチューム着用行為及び「マリオ」の人形設置行為(これらのコスチューム及び人形が「被告標章第2」と略称されています。)、利用者への上記コスチュームの貸与行為、原告文字表示と類似するドメイン名(本件各ドメイン名)を自己の事業に関するウェブサイトに使用した行為について、原告が平成30年改正前の不競法(以下単に「不競法」といいます。)2条1項1号(周知表示混同惹起行為)又は2号(著名表示冒用行為)や同項13号(ドメイン名に係る不正行為)に該当するなどと主張して、一審被告会社に対し、それらの差止め等を求めるとともに、一審被告会社及びその代表取締役である一審被告Y(原判決では「一審被告A」と仮名処理されています。)に対し、連帯して損害賠償金1000万円(一部請求)及び遅延損害金を支払うことを求めたものです。
(原判決別紙被告標章目録第2の2・「マリオ」のコスチューム1)
原判決(東京地裁平成30年9月27日判決)は、原告文字表示「マリカー」が国内で周知であることを理由に周知表示混同惹起行為の成立を肯定し、一審原告の請求を一部認容して、一審被告会社に対し、被告標章第1の使用差止め・抹消(ただし、外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシに使用されているものを除く。)、被告標章第2の使用差止め・データ廃棄、本件各ドメイン名の使用差止め(外国語のみで記載されたウェブサイトのために使用する場合を除く。)、1000万円及び遅延損害金の支払を命じました。これに対し、一審原告と一審被告会社の双方が控訴を提起しました。
一審原告は、原判決のうち、以下の部分を不服としました。
不服の対象 | 原判決の判示 |
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外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシについて被告標章第1の使用差止め・抹消を認めなかった部分 | 原告文字表示「マリカー」は日本語を解しない者の間では周知性が認められない |
本件各ドメイン名を外国語のみで記載されたウェブサイトのために使用する行為の差止め及び本件ドメイン名2の登録抹消を認めなかった部分 | 外国語のみで記載されたウェブサイトのために使用する場合には営業上の利益侵害が認められない |
一審被告Yの損害賠償責任を否定した部分 | 一審被告会社の職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったとは認められない |
また、一審原告は、損害賠償請求の金額を1000万円から5000万円に増額しました。
なお、損害額を除く部分については、令和元年5月30日に知財高裁が一審原告の主張を認める中間判決 (審理を整序するために審理の中途にされる判決をいい、その内容は裁判所自身を拘束します。)を言い渡しており、以下では、本判決が引用する中間判決の内容を含めて紹介します。
争点
本件の争点は多岐にわたりますが、以下の点が特に重要です。
- 被告標章第1の営業上の使用行為及び商号としての使用行為が不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するか(争点4)
- その使用差止め及び抹消請求の可否・範囲(争点6)
- 本件宣伝行為及び本件貸与行為が不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するか(争点7)
- その使用差止め及び抹消・廃棄請求の可否・範囲(争点8)
- 本件各ドメイン名の使用行為が不競法2条1項13号の不正競争行為に該当するか(争点9)
- その使用差止め及び登録抹消請求の可否・範囲(争点10)
- 一審被告Yに対する損害賠償請求の可否(争点13)
- 一審原告の損害額(争点14)
判旨
「マリオカート」「MARIO KART」の著名性(争点4)
東京地裁(原判決)は、原告文字表示に関する不正競争については、周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)の成立を認め、著名表示冒用行為(同項2号)の成否については判断しませんでしたが、知財高裁(中間判決)は、反対に著名表示冒用行為の成否についてのみ判断しました。
そして、原審では、一審原告が商品等表示として「マリオカート」「マリカー」のみを主張したため、東京地裁(原判決)は、国内における「マリカー」の周知性を肯定した一方で、日本語を解しない者との関係では周知性を否定しました。これに対し、控訴審では、一審原告が「MARIO KART」を商品等表示として追加したため、知財高裁(中間判決)は、「マリカー」の周知性を肯定した際と概ね同様の事情を認定し、「マリオカート」が一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして国内で著名性を有することを認めたうえで、これと併せて表示されることも多く、平易な英語である「MARIO KART」も著名性を有し、国内・世界累計出荷本数等に照らすと、その範囲は国内外の需要者に及ぶものと判断しました(「マリカー」についても、国内で広く知られていたと認められました。)。
「マリオカート」「MARIO KART」と「マリカー」「MariCar」等との類否(争点4)
知財高裁(中間判決)は、原告文字表示「マリオカート」「MARIO KART」と被告標章第1(マリカー/MariCar, MARICAR, maricar)との類否を検討するにあたり、以下のとおり、「取引の実情」を考慮したうえで類否判断を行うこととしました。
……原告文字表示マリオカート及び「MARIO KART」表示は,マリオ等のキャラクターが登場する一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズを表すものとして著名となっているものである。
他方,……被告標章第1は,公道カートのレンタル等からなる本件レンタル事業に関して使用されているものである。
したがって,本件での類否判断に当たっては,上記のような取引の実情を考慮した上で類否判断を行うのが相当である。
そして、原告文字表示「マリオカート」と被告標章第1の1(マリカー)との類否について、知財高裁(中間判決)は、両者の外観と称呼は「一定程度似ている」としたうえで、「マリカー」の周知性を理由に、両者から一審原告の人気カートレーシングゲームシリーズという同一の観念が生じると指摘し、国内の需要者との関係で、両者は類似していると判断しました。
また、原告文字表示「MARIO KART」と被告標章第1の2~4(MariCar, MARICAR, maricar)の類否についても、知財高裁(中間判決)は、両者の外観と称呼は「一定程度似ている」としたうえで、国内の需要者との関係では、「マリカー」の周知性を理由に両者から同一の観念が生じ、また、国外の需要者との関係では、「MARIO KART」の国内外での著名性等を理由に、「マリオのカート」と「マリオの車」という類似の観念が生ずると指摘し、国内外の需要者全てとの関係で、両者は類似していると判断しました。
なお、一審被告らは、ゲーム「マリオカート」とは関連がない旨の打ち消し表示により混同のおそれが否定されると主張していましたが(原判決では排斥されています。)、知財高裁(中間判決)は、以下のとおり、著名表示冒用行為では混同のおそれが不要であり、打ち消し表示によってその成立は妨げられないと指摘しました。
そして,不競法2条1項2号は,著名表示をフリーライドやダイリューションから保護するために設けられた規定であって,混同のおそれが不要とされているものであるから,一審被告らが主張するような打ち消し表示の存在や本件各コスチュームの使用割合が低いこと(ただし,この点についての一審被告らの主張を採用できないことは,後記6(2)エのとおりである。)といった事情は,何ら不正競争行為の成立を妨げるものではない。
以上より、知財高裁(中間判決)は、一審被告会社が被告標章第1を使用する行為は、外国語のみで記載されたウェブサイト等で用いることも含めて著名表示冒用行為に該当するものと判断しました。
「マリカー」「MariCar」等の使用差止め及び抹消の可否・範囲(争点6)
知財高裁(本判決)は、被告標章第1(マリカー/MariCar, MARICAR, maricar)を使用した著名表示冒用行為について、既に中止された行為も含まれるものの、一審被告会社がその該当性を争っていることや行為の再開が容易であることから、既に中止された行為を含め、一審被告会社によって著名表示冒用行為がされるおそれ(差止めの必要性)を認め、一審原告は、不競法3条1項に基づき、営業上の施設及び活動について、被告標章第1を使用しないように求めることができると判断しました。また、知財高裁(本判決)は、営業上の施設、広告宣伝物及びカート車両から被告標章第1を抹消することについても、東京地裁と同様にこれを認めました。
前述のとおり、東京地裁(原判決)は、外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシについて被告標章第1の使用差止め・抹消を認めませんでしたが、知財高裁(本判決)は、国内外の需要者全てとの関係で著名表示冒用行為の成立を認めたため、外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシについても使用差止め・抹消を認めました。
「マリオ」等のイラストの著名性(争点7)
「マリオ」「ルイージ」「クッパ」「ヨッシー」の各イラスト(原告表現物)について、東京地裁(原判決)は、周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)の成否を検討し、結論として、「ギネス世界記録」のランキング、海外における売上げ等を理由に、日本全国の者及び外国に在住して日本を訪問する者の間における周知性を肯定しました。
これに対し、知財高裁(中間判決)は、原告表現物について、著名表示冒用行為(同項2号)の成否を検討し、やはり、「ギネス世界記録」のランキング、海外における売上げ等を理由に、国内外で著名性を有するものと判断しました。
「マリオ」等のイラストとコスチューム・人形との類否(争点7)
東京地裁(原判決)は、原告表現物に関する不正競争について、周知表示混同惹起行為(不競法2条1項1号)の成否を検討し、結論として、原告表現物と、一審被告会社がアップロードした写真・動画における「マリオ」等のコスチュームを着用した人物の表示との類似性を肯定しました。
これに対し、知財高裁(中間判決)は、著名表示冒用行為(同項2号)の成否を検討し、原告表現物と、一審被告会社がアップロードした写真・動画における「マリオ」等のコスチュームを着用した人物の表示との類否を検討するにあたり、以下のとおり、ここでも「具体的な取引の実情」を考慮したうえで判断することとしました。
営業表示が原告表現物のようなキャラクターである場合にも,ある営業表示が不競法2条1項2号にいう他人の営業表示と類似のものに当たるか否かについては,具体的な取引の実情を考慮した上で判断するのが相当である。
そして、知財高裁(中間判決)は、東京地裁(原判決)と同様に原告表現物の特徴を認定し、被告会社がアップロードした写真(本件写真2及び3)中の「マリオ」「ヨッシー」のコスチュームを着用した人物の表示について、以下のとおり、外観の類似性に加え、「マリオカート」シリーズの著名性や公道カート乗車中の着用であることを考慮し、原告表現物と当該表示との類似性を認めました。
この点,本件写真2及び3中の本件マリオコスチュームと本件ヨッシーコスチュームを着用した各人物の表示は,原告表現物マリオ及びヨッシーの特徴のいくつかを上記のとおりそれぞれ備えているものであり,その外観は原告表現物マリオ及びヨッシーと類似している。また,前記……で述べたところからすると,「マリオカート」シリーズは,「マリオ」や「ヨッシー」等によるカートレーシングゲームとして日本国内外で著名であるということができるから,公道カートに乗り,本件マリオコスチュームや本件ヨッシーコスチュームを着用した各人物の表示を見た本件需要者は,そこから原告表現物マリオ及びヨッシーを想起するものといえる。
したがって,原告表現物マリオと本件マリオコスチューム及び本件ヨッシーコスチューム並びにそれらを着用した人物の表示はそれぞれ類似しているといえる。
以上より、知財高裁(中間判決)は、前記写真が一審被告会社によって自己の商品等表示として用いられたものであることも認めたうえで、前記写真をウェブサイトに掲載することは著名表示冒用行為に該当するものと判断しました。
知財高裁(中間判決)は、各コスチュームを着た人物の表示が含まれる動画をYouTubeにアップロードする行為、「マリオ」の人形を店舗の入口付近に設置する行為、「マリオ」等のコスチュームを従業員に着用させて、カートツアーのガイドをさせる行為についても、周知表示混同惹起行為の成立を認めた東京地裁とは異なり、著名表示冒用行為に該当するものと判断しました。
また、知財高裁(中間判決)は、「マリオ」等のコスチュームを利用者に貸与する行為についても、著名表示冒用行為の成立を認めました(これに対し、東京地裁(原判決)は、当該行為について、明示的には混同のおそれを認定していないものの、差止めを認めた範囲に鑑みれば、周知表示混同惹起行為の成立を認めていたと理解できます。)。
コスチューム・人形の使用差止め及び抹消・廃棄の可否・範囲(争点8)
知財高裁(本判決)は、「マリオ」等の各コスチューム及び「マリオ」の人形を使用した著名表示冒用行為についても、既に中止された行為も含まれるものの、一審被告会社がその該当性を争っていることや行為の再開が容易であることから、既に中止された行為を含め、一審被告会社によって著名表示冒用行為がされるおそれ(差止めの必要性)を認め、一審原告は、不競法3条1項に基づき、営業上の施設及び活動について、上記コスチューム及び人形を使用しないように求めることができると判断しました。
また、知財高裁(本判決)は、動画データの廃棄についても、東京地裁(原判決)と同様にこれを認めました。
ドメイン名に係る不正行為の成否(争点9)
「maricar」等の文字を含むドメイン名(本件各ドメイン名)を使用する行為について、東京地裁(原判決)は、原告文字表示「マリカー」と対比して類似性を肯定しましたが、知財高裁(中間判決)は、控訴審で一審原告が商品等表示として追加した「MARIO KART」と対比して類似性を肯定し、図利加害目的の存在も認めて、ドメイン名に係る不正行為(不競法2条1項13号)に該当するものと判断しました。
ドメイン名の使用差止め・登録抹消の可否・範囲(争点10)
本件各ドメイン名を使用する行為について、東京地裁(原判決)は、原告文字表示「マリカー」は日本語を解しない者の間では周知性が認められないことを理由に、使用差止めは外国語のみで記載されたウェブサイトのために使用する場合には認められず、使用差止めが認められない場合がある以上、登録が残っているドメイン名の登録抹消も認められないと判断しました。これに対し、知財高裁(本判決)は、そのような限定なく本件各ドメイン名の使用差止めを認め、上記登録抹消も認めました。
一審被告Yに対する損害賠償請求の可否(争点13)
東京地裁(原判決)は、一審被告会社の代表取締役である一審被告Yが一審被告会社による各行為が不正競争又は著作権侵害に当たると認識しながら、あるいは容易に認識できたにもかかわらず、当該各行為を推進したと認めるに足りる証拠はないとして、一審被告Yに対する損害賠償請求を否定しました。
これに対し、知財高裁(中間判決)は、以下のとおり、一審被告Yの立場や年齢も踏まえ、不正競争行為を防止する義務の違反について一審被告Yには少なくとも重過失があったものと判断しました。
そして,証拠……及び弁論の全趣旨からすると,一審被告会社は,もともとは小規模な会社であったと認められる上,一審被告Yが一審被告会社の設立当初から現在まで一審被告会社の唯一の取締役兼代表取締役であったことも踏まえると,一審被告Yは,上記のような一審被告会社の商号の決定,本件商標に係る権利の取得,本件レンタル事業の遂行における被告標章第1及び被告標章第2並びに本件各ドメイン名の使用といった重要な事項に関する意思決定に関与していたものと認めることができる。
そして,一審被告Yが,前記……のゲームに関心を有する需要者層に合致する比較的若年の成年者であり,かつ,テレビ番組の中で過去に「マリオカート」シリーズをプレイしていたことを自認していたこと……からすると,一審被告Yは,原告文字表示マリオカート,「MARIO KART」表示及び原告表現物の著名性や原告文字表示マリカーが「マリオカート」を示すものとして周知であることを知悉していたと認められ,前記……で認定したとおり,一審被告Yは自ら「マリオ」のコスチュームを着用して本件レンタル事業の宣伝を行っている。
取締役としては,会社が不正競争行為を行わないようにする義務があるところ,上記検討によると,一審被告Yにはそのような義務に違反した点について,悪意又は少なくとも重過失があるものといえ,一審被告Yは,会社法429条1項に基づく責任を負うというべきである。
一審原告の損害額(争点14)
東京地裁(原判決)は、一審被告会社が提出した証拠に基づいて全店舗における売上げを認定し(具体的な金額は黒塗りされています。)、店舗毎の売上げの詳細に踏み込んでいませんでした。
これに対し、知財高裁(本判決)は、両当事者が提出した証拠に基づき、各店舗の営業開始日、各店舗における1日当たりの平均利用者数、各店舗における利用者1人当たりの平均的な利用料金、営業日数を詳細に認定したうえで、各店舗における売上げ(対象期間は平成27年6月4日から平成30年10月31日まで)を計算し、その総合計を6億5467万7219円と認定しました。
その上で、知財高裁(本判決)は、ライセンス料相当損害額(不競法5条3項)について、「実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の料率に比べて自ずと高額になる」ことを確認し、①実際のライセンス契約における料率・業界相場も考慮に入れつつ、②顧客吸引力の高さ、③不正競争行為の態様、不正競争行為者の売上げ及び利益への貢献度合い、④当事者間の関係等の諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めると述べました。
不競法5条3項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該商品等表示についての許諾契約における料率に基づかなければならない必然性はない。不正競争行為をした者に対して事後的に定められるべき,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の料率に比べて自ずと高額になるというべきである。
不競法5条3項に基づく損害の算定に用いる,実施に対し受けるべき料率は,①当該商品等表示の実際の許諾契約における料率や,それが明らかでない場合には業界における料率の相場等も考慮に入れつつ,②当該商品等表示の持つ顧客吸引力の高さ,③不正競争行為の態様並びに当該商品等表示又はそれに類似する表示の不正競争行為を行った者の売上げ及び利益への貢献の度合い,④当該商品等表示の主体と不正競争行為を行った者との関係など訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
そして、知財高裁(本判決)は、以下のとおり、①一審原告の著作物、商標等に関する過去のライセンス契約における料率、②「マリオカート」「MARIO KART」の文字表示や「マリオ」等のイラスト(原告表現物)が著名で、高い顧客吸引力を有すること、③一審被告会社の不正競争行為はその高い顧客吸引力を不当に利用しようとする意図によるものであり、上記文字表示等が一審被告会社の売上げに貢献した度合いが相当に大きいことから、「maricar」等の文字を含むドメイン名(本件各ドメイン名)を使用している店舗の売上げに係る料率を15%とし、その他の店舗の売上げに係る料率を12%とするのが相当であると判断し、一審原告による損害賠償請求の全額(5000万円)を認容しました。
これを本件についてみるに,①一審原告が,一審原告の著作物や商標等に関してこれまで締結したライセンス契約における料率……,②原告商品等表示は,著名なもので……,高い顧客吸引力を有していると認められること,③一審被告会社の不正競争行為の態様は,……判示したとおりであって,一審被告会社は,原告商品等表示の持つ高い顧客吸引力を不当に利用しようとする意図をもって不正競争行為を行ってきたのであり,原告商品等表示と類似する被告標章第1及び被告標章第2並びに本件各ドメイン名が一審被告会社の売上げに貢献した度合いは相当に大きいと認められることといった事情からすると,本件各ドメイン名を使用しているMariCAR店舗及び富士河口湖店の売上げに係る料率は15%とし,本件各ドメイン名を使用していないその他の店舗の売上げに係る料率は12%とするのが相当である。
この点につき、東京地裁(原判決)が認定した料率は不明ですが(黒塗りにされています。)、原審では、一審原告は、本件における料率は10%を下らないと主張していたため、東京地裁(原判決)もこれを超える料率は認めていないと推測されます。これに対し、控訴審では、一審原告は、本件における料率は15%を下らないと主張していました。
コメント
著名表示冒用行為における類似性の判断手法について、知財高裁(中間判決)は、「(具体的な)取引の実情」を考慮して判断するとの立場によりました。前述のとおり、「取引の実情」を考慮すること自体は、混同のおそれを要件とする周知表示混同惹起行為と同様の判断手法による立場とそれより厳格な類似性を明示的に要求する立場のいずれであっても行われていたことであるため、この点のみから知財高裁の立場を判断することはできませんが、「マリオカート」と「マリカー」では外観にそれなりの相違があることなどに照らすと、知財高裁はそれほど厳格な類似性を要求していないようにも思われます。著名表示冒用行為規制は、著名性を獲得した見返りとして混同のおそれがなくても保護を受けられるものであると理解すれば、厳格な類似性を要求することは、規制の趣旨に合致しないのではないでしょうか。
著名表示冒用行為におけるライセンス料相当額の算定については、これまで裁判例が十分でなかったため、知財高裁(本判決)が「実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の料率に比べて自ずと高額になる」と明言し、15%と12%という比較的高い料率を認めた点が注目されます。
特許法においては、従前の法律の趣旨を明確化して、ライセンス料相当額の損害を通常のライセンス交渉におけるライセンス料の水準よりも高額で認めやすくするため、令和元年改正により、特許権侵害があったことを前提として侵害者と合意した場合のライセンス料を考慮することができる旨の規定が新設され(改正特許法第102条第4項。実用新案法、意匠法及び商標法についても同様に改正されました。)、この改正法は本年4月1日から施行されます。現時点においては、不競法について同様の改正はなされていませんが、従前の特許法等と同様、ライセンス料相当額を通常のライセンス料より高額にすることは現行の条文の解釈により可能です。したがって、不競法の訴訟においても、本判決を機に、ライセンス料相当額は増額傾向になる可能性があります。
2021年1月10日追記
被告らは本判決について上告受理申立てをしましたが、最高裁が2020年12月24日付けで上告不受理決定をしたことにより、本判決が確定しました。
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(文責・溝上)