知的財産高等裁判所民事第2部(本多知成裁判長)は、令和5年4月27日、競合先の顧客に対し、競合先の製品が特許権を侵害していると通知した控訴人(原審被告)らの行為について、正当な権利行使とは認められず、不正競争防止法違反(虚偽事実告知行為)に該当するとして、被控訴人(原審原告)の差止及び損害賠償請求を認容した原判決を維持しました。

ポイント

骨子

  • 競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合、当該見解は、「虚偽の事実」 に含まれる。
  • 知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきであるが、本件では真の目的は競合先の顧客に対する信用を毀損することによって市場から排斥し、競争で優位に立つことにあり、正当な権利行使とは認められない。
  • 別件仮処分事件における被控訴人(原審原告)第1主張書面の主張は、十分な説得性を有する相当なもので、控訴人(原審被告)らは遅くとも同書面を受領した時点で、被控訴人(原審原告)製品が特許権を侵害しない可能性が相当程度にあることを容易に認識し得たものであり、過失がある。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所民事第2部
判決言渡日 令和5年(2023年)4月27日
事件番号 令和4年(ネ)第10111号不正競争行為差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第22940号)
控訴人(原審被告) X(控訴人会社の代表者・共有特許権者)
株式会社COOLKNOT JAPAN(控訴人会社)
被控訴人(原審原告) 株式会社ツインズ
対象特許 特許第5079926号「チューブ状ひも本体を備えたひも」
裁判官 裁判長裁判官 本 多 知 成
裁判官    浅 井   憲
裁判官    中 島 朋 宏

解説

虚偽事実告知行為とは

不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を害するいくつかの行為を「不正競争」行為として定めています。これらの行為は差止(3条)の対象になるとともに、行為者に故意又は過失がある場合には、損害賠償(4条)の対象にもなります。
「不正競争」行為のうち、不正競争防止法2条1項21号は、競業関係にある他者の営業上の信用を害する虚偽の事実を第三者に告知したり、広く流布したりする行為を不正競争行為として定めるものです。

不正競争防止法
(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為

特許権等の知的財産権の権利者が、自社の競合先に権利行使をするだけでなく、競合先の製品を仕入れて販売している顧客(商社、卸売、小売等)に対して、競合先が権利侵害をしていると告知したり、競合先の顧客自身に権利行使をしたりする場合があります。
このような場合に、もし後日裁判所によって競合先の製品が知的財産権非侵害と判断されると、「競合先が権利侵害をしている」という告知内容は「虚偽」だったことになり、権利者による競合先の顧客への告知や権利行使は、虚偽事実告知行為(不正競争防止法2条1項21号)となり得ます。

虚偽事実告知行為に関する過去の裁判例

競業先の顧客への権利侵害の告知行為について、知的財産権非侵害とされれば直ちに虚偽事実告知行為に該当するという考え方もある一方、過去の裁判例においては、権利者が競合先の顧客に訴訟提起する場合だけでなく、訴え提起の前提としてなす警告についても、訴訟提起が違法になる場合と同じような、ごく限定的な場合(事実的、法律的根拠を欠くことを知り又は容易に知り得た、あるいは社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容、態様となっている場合)に限って虚偽事実告知行為に該当すると判断した東京高裁平成14年8月29日判決もありました。その後の裁判例では、知的財産権非侵害とされれば原則として虚偽事実告知行為に該当することを前提に、競合先の顧客への告知が正当行為(正当な知的財産権の行使)と言える場合には違法性を阻却し、差止・損害賠償のいずれも認められないとするものや、違法性は肯定して告知の差止請求は認めつつ、知的財産権の行使である点は損害賠償請求の要件である故意・過失において考慮したもの等があります。

事案の概要

本件では、被控訴人(原審原告)と控訴人(原審被告)ら間で特許権の帰属や侵害をめぐり過去から紛争が続いていましたが、複数の訴訟の判決によって、控訴人X(原審被告)が特許権の持分を有しており、他方で被控訴人(原審原告)はかつて特許権の持分を有していたものの契約違反により喪失しており、被控訴人(原審原告)の過去製品「キャタピラン」等は特許権侵害であると判断されていました(被控訴人(原審原告)が控訴人会社(原審被告)に特許権侵害訴訟を提起したものの、契約違反により特許権を喪失したとして請求が認められなかった事件については、こちらの記事をご参照ください)。
その後、被控訴人(原審原告)が特許権侵害を回避すべく新製品「キャタピラン+」等を発売したところ、控訴人X(原審被告)は被控訴人(原審原告)に対し、「キャタピラン+」等も特許権侵害であるとして、製造・販売の差止を求める仮処分命令申立てを行うとともに、被控訴人(原審原告)の顧客に対しても、「キャタピラン+」等が特許権侵害であると通知しました。
本件訴訟においては、①当該通知が「虚偽の事実」の告知だったか(「キャタピラン+」等は特許権非侵害か)、②当該通知は正当な権利行使として違法性を欠くといえるか、③控訴人(原審被告)らに故意又は過失があったか、④控訴人会社も通知の主体といえるか、が問題となりました。

原判決

原判決(東京地方裁判所令和3年(ワ)第22940号)は、以下のとおり、特許権非侵害であるにもかかわらず特許権侵害であると告知することは、「虚偽事実」の告知に該当する、また、知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきであるが、本件では違法性を欠くとはいえず、一審被告らに過失があると判断していました。

(原判決37頁)
競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当である。

(原判決40頁)
競業者が知的財産権を侵害していないにもかかわらず、その権利者において当該競業者が当該知的財産権を侵害する旨告知し又は流布する行為は、不正競争防止法2条1項21号に定める不正競争に該当する。もっとも、上記行為が、知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠くものというべきである。
(原判決44~45頁)
本件告知行為は、裁判所によって本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、本件特許権を侵害しないように改良されたキャタピラン+等についても、裁判所による判断がされる前に、本件特許権を侵害する趣旨を告知し、原告の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において優位に立つことを目的としてされたものであることが認められ、その態様は、悪質であるといわざるを得ない。
したがって、本件告知行為は、本件特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認めることはできず、違法性を欠くものということはできない。そして、上記において説示した事情を踏まえると、被告らには明らかに過失があったものと認めるのが相当である。

その上で、原判決は、控訴人会社も通知の主体であるとして、一審原告の一審被告らに対する虚偽事実告知行為の差止請求と、100万円(信用毀損の無形損害)の損害賠償請求を認めました。

判旨

「虚偽の事実」の該当性

裁判所は、特許権非侵害であるにもかかわらず特許権侵害であると告知することは、「虚偽事実」の告知に該当すると判断した原判決を維持しました。
そして、以下のとおり、「キャタピラン+」等は特許権侵害ではない(よって、本件の通知には「虚偽の事実」が含まれる)と判断しました。

本件発明の「伸縮性素材からなるひも本体」とは、「伸縮性素材(伸び縮みする性質を有する素材)からなる伸縮性のひも本体」をいい、他方、本件発明の「非伸縮性素材からな(る)中心ひも」とは、「非伸縮性素材(伸縮性素材と比較して伸縮性に乏しい素材)からなる非伸縮性の中心ひも(「伸縮性素材からなるひも本体」と比較して伸縮性に乏しいもの)」をいうものと解するのが相当である。
(中略)
以上によると、キャタピラン+等に掛かる通常の荷重を前提とした場合、キャタピラン+等の芯材は、外層と比較して伸縮性に乏しいということはできないから、本件発明の「非伸縮性素材からな(る)中心ひも」に該当しない。したがって、キャタピラン+等は、構成要件①及び②の「非伸縮性素材からな(る)中心ひも」を充足しない

違法性

控訴人(原審被告)は、顧客への通知は正当な特許権の行使であり違法性を欠く主張していましたが、裁判所は、本件では違法性を欠くとはいえないと判断した原判決を維持しました。
また、裁判所は、控訴人(原審被告)らの、通知の目的は被控訴人(原審原告)の取引先が過去に販売したキャタピラン等(過去の判決で特許権侵害と判断されていた旧製品)について損害賠償請求をすることであり、原判決の認定は誤りであるとの補充主張についても、採用できないと判断しました。

本件通知書においてされたキャタピラン等に係る本件特許権の行使等についての言及は、あくまで名目的なものであったといわざるを得ず、本件告知行為の真の目的は、補正して引用する原判決第4の4(2)イのとおり、キャタピラン等と同様にキャタピラン+等も本件特許権を侵害する趣旨を告知し、被控訴人の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において控訴人会社が優位に立つことであったと認めるのが相当である。
(中略)
以上のとおりであるから、控訴人らの主張を採用することはできない。

故意・過失

損害賠償請求が認められるためには、告知者が故意又は過失により虚偽事実告知行為を行ったことが必要になります(不正競争防止法4条)。
裁判所は、控訴人(原審被告)らは「キャタピラン+」等が特許権を侵害しない可能性が相当程度あることを容易に認識し得たとして、過失があったと判断しました。

被控訴人が上記第1主張書面においてした主張(本件発明の「非伸縮性素材からな(る)中心ひも」は「伸縮性素材からなるひも本体と比較して伸縮性が乏しいもの」をいうところ、キャタピラン+等のひも本体(外層)と中心ひも(芯材)の伸縮性を比較した試験結果によると、キャタピラン+等は本件特許権を侵害しない旨の主張(補正して引用する原判決第4の4(2)イ))は、十分な説得性を有する相当なものであるといえ、加えて、補正して引用する原判決第4の4(2)イにおいて指摘した各事情も併せ考慮すると、控訴人らは、遅くとも同主張書面を受領した時点で、キャタピラン+等の製造・販売が本件特許権を侵害しない可能性が相当程度にあることを容易に認識し得たと認められるから、そのような認識可能性があったにもかかわらず本件告知行為に及んだ控訴人らには、過失があると認めるのが相当である。

通知の主体

本件の通知は、差出人を「X代理人」とし、本文に「当職らは、X氏(株式会社 COOLKNOT JAPAN代表者代表取締役、以下「通知人」といいます。)から委任を受けた代理人として、貴社に対し、以下のとおりご連絡いたします。」との記載があるものでした。
通知の主体が控訴人Xのみであれば、「競争関係にある他人」の要件を満たさず、不正競争行為に該当しない可能性がありましたが、裁判所は、控訴人Xだけでなく控訴人会社も通知の主体である(控訴人会社と被控訴人(原審原告)は、両者とも結ばない紐を販売しており、競争関係にあるため、「競争関係にある他人」の要件を満たす)と判断した原判決を維持しました。

差止請求及び損害賠償請求

裁判所は、原判決が認定した虚偽事実告知行為の差止めと、100万円(信用毀損の無形損害)の損害賠償を是認し、控訴を棄却しました。

コメント

本判決は、「知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠く」余地は認めつつ、結論としては違法性を欠くとは言えないと判断しており、特許権者にとっては厳しい判断といえます。実質的な競合先と訴訟をしている状況において、その顧客に警告をすれば、競合先の信用を毀損する面が生じざるを得ないため、判旨の考え方によれば、供給元が不明の場合に顧客である販売会社に警告する場合はともかく、供給元である実質的な競合先と紛争がある状態において、その顧客に警告をすることについては、不正競争防止法違反のリスクがあるといえそうです(なお、競合先に対して訴訟提起をしたという客観的事実のみを内容とするプレスリリースについては、違法にならないと解されています)。
競合先の顧客に対する権利行使のうち、訴訟提起については、裁判を受ける権利(憲法32条)との関係で、違法とされる場合は限られると解されますが(最判昭和63年1月26日、知財高判平成28年2月9日、知財高判平成29年3月22日等)、訴訟提起以外の権利行使(訴訟前の通知・警告等を含む)については、後日知的財産権非侵害と判断されれば、虚偽事実告知行為に該当するとして、差止及び損害賠償請求の対象となるリスクがあると考えられます。
競合先の顧客に通知・警告等を行う場合は、上記リスクもふまえて対応を検討することになります。

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(文責・藤田)