知的財産高等裁判所第4部(宮坂昌利裁判長)は、本年(令和6年/2024年)3月18日、特許無効審判の不成立審決に対する取消訴訟において、「PBPクレームは、物自体の構造又は特性を直接特定することに代えて、物の製造方法を記載するものであり、そのような特許請求の範囲が明確性要件を充足するためには、不可能・非実際的事情の存在が要求されるのであるが、本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として」、「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」と規定されたプロセス部分(「本件ピンミル構成」)の記載が不明確であるとして、特許無効審判における不成立審決を取り消す判決をしました。なお、本件は、本判決から約2か月後に訂正請求書が提出され、さらに特許庁で審理が行われています。

ポイント

骨子

物の製造方法で特定した記載の製造方法自体の明確性要件について
  • 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得ることから、特許を受けようとする発明が明確であることを求めるものである。その充足性の判断は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から行うのが相当である。
  • 本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して考えた場合、①ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解、②衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地があり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない。
  • 本件明細書の記載を参照すると、ピンミルに限定されるものではなく、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルが含まれ得るものと理解するのが相当である。
  • 本件明細書には、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」の凝集力の小ささ、改善されたというブレンド均一性が、ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がないため、衝撃式ミル一般によって実現されるものなのか、衝撃式ミルのうち、ピンミルと何らかの特性を共通にするものについてのみ達成されるものなのかも明らかとなっていない。
  • 本件出願日(明確性要件の判断の基準時)当時の技術常識を考慮しても、「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、本件訂正発明は明確ではない。
  • ところで本件訂正後の特許請求の範囲は「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」を含むところ、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するという製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするものと理解されるため、PBPクレームに該当する。
  • しかし、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、当業者が理解できるように本件明細書等に記載されているとはいえないから、PBPクレームの明確性要件を充足させるための、不可能・非実際的事情の存在を考慮する以前の問題として、本件訂正発明は明確であるとはいえない。

判決概要

本判決

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和6年3月18日
事件番号
事件名
令和4年(行ケ)第10127号(第1事件)、
令和4年(行ケ)第10128号(第2事件)、
令和4年(行ケ)第10129号(第3事件)、
令和4年(行ケ)第10130号(第4事件)、
令和5年(行ケ)第10027号(第5事件)
審決取消請求事件
原審決 特許庁令和4年11月8日無効2016-800112号
裁判官 裁判長裁判官 宮 坂 昌 利
裁判官    本 吉 弘 行
裁判官    岩 井 直 幸

解説

明確性要件とは

明確性要件とは、発明が明確であることを求める特許請求の範囲の記載要件のひとつで、特許法36条6項2号に以下のように規定されています。

第三十六条 (略)
6 (略)特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。

一 (略)

二 特許を受けようとする発明が明確であること

(略)

明確性要件の趣旨及び判断基準について、知財高判平成20年10月30日(平成20年(行ケ)第10107号)において「同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許発明の技術的範囲,すなわち,特許によって付与された独占の範囲が不明となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあるので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるかという観点から判断されるべきである。」と判示されています。

特許庁では、同庁が公開している「特許・実用新案審査基準」の第II部第2章第3節において、明確性要件違反となる類型として以下を挙げています。

特許審査基準第II部第2章第3

2.2 明確性要件違反の類型

特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たさない場合の例として、以下に類型(1)から(5)までを示す。

(1) 請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合

(2) 発明特定事項に技術的な不備がある結果、発明が不明確となる場合

(3) 請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確であるため、又はいずれのカテゴリーともいえないため、発明が不明確となる場合

(4) 発明特定事項が選択肢で表現されており、その選択肢同士が類似の性質又は機能を有しないため、発明が不明確となる場合

(5) 範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

プロダクト・バイ・プロセス(PBP)クレームの解釈及び明確性

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの解釈については、従前「物同一説」と「製法限定説」との2つの考え方がありましたが、「プラバスタチンナトリウム事件」では最高裁判決(最判平成27年6月5日民集69巻4号700頁及び最判同日民集69巻4号904頁(平成24年(受)1204号同2658号)において「物同一説」を採用することが明示されました。

その一方で、この最高裁判決では、以下のとおり、PBPクレームは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情」(不可能・非実際的事情)がない限り、明確性要件を欠くとの考え方が示されました(不可能・非実際的基準)。

物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。

他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべきである。

以上によれば,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。

プラバスタチンナトリウム事件最判の明確性要件の考え方、この最判を巡る議論、最判後の裁判所および特許庁の動きについては、こちらの記事(プロダクト・バイ・プロセス(PBP)クレームについて明確性要件違反を認めた「電鋳管の製造方法及び電鋳管」事件知財高裁判決について)にまとめておりますので、よろしければご一読ください。

サポート要件について

サポート要件とは、請求項に記載された発明が、明細書の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならないという要件で、特許法36条6項1号に以下のように規定されています。

第三十六条 (略)

6 (略)特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。

一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。

(略)

特許法第36条第6項第1号は、特許請求の範囲の記載について「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を規定しています。

平成6年改正法の前までは、サポート要件は、請求項に記載されている事項が、形式的にでも発明の詳細な説明の中に記載ないし示唆されていれば充足されると考えられていました。

しかしながら、平成6年改正法で、特許法36条5項から「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項に区分してあること」との規定が削除される一方、同条同項において「特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」ことが新たに規定されたことにより、出願人が記載する請求項の範囲を自由に広げることができるようになりました。

他方、出願人によるクレーム記載の自由が認められたことによって、明細書に開示された発明よりも広い発明がクレームされるようになったため、特許庁は、審査基準を改定し、クレームと発明の詳細な説明の表現の形式に対応していることに加え、出願時の技術常識に基づいて詳細な説明からクレームの内容を拡張ないし一般化できない場合にもサポート要件を欠くものとしました。

特許庁が公開している「特許・実用新案審査基準」の第II部第2章第2節では、サポート要件についての審査に係る基本的な考え方について、以下のように記載しています。

特許審査基準第II部第2章第2

2.1 サポート要件についての審査に係る基本的な考え方

(略)

(3)審査官によるこの実質的な対応関係についての検討は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであるか否かを調べることによりなされる。請求項に係る発明が、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えていると判断された場合は、請求項に係る発明と、発明の詳細な説明に発明として記載されたものとが、実質的に対応しているとはいえず、特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないことになる。
審査官は、発明の課題を、原則として、発明の詳細な説明の記載から把握する。

つまり、審査官は、原則として、発明の詳細な説明の記載から発明の課題を把握した上で、請求項に係る発明が、発明の課題に対して広すぎるかどうかを判断します。

例えば、発明の詳細な説明において「白色フィルムを得る」ことを発明の課題としたとき、黒色のカーボンブラックなどの無機物を大量に含むことが規定された請求項では、大量の黒色の無機物が含まれる発明が「白色のフィルムを得る」という発明の課題を超えるものとなり、発明の課題に対して、請求項に係る発明が広すぎると判断される可能性があります。

そして、サポート要件違反となる類型として以下が挙げられています。

特許審査基準第II部第2章第2

2.2サポート要件違反の類型

以下に、特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさないと判断される類型(1)から(4)までを示す。

(1) 請求項に記載されている事項が、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていない場合

(2) 請求項及び発明の詳細な説明に記載された用語が不統一であり、その結果、両者の対応関係が不明瞭となる場合

(3) 出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合

(4) 請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合

事案の概要

経緯

本件は、被告(特許権者)が有する、発明の名称を「セレコキシブ組成物」とする特許第3563036号に対して、無効審判(無効2016-800112号)が請求されたことを発端とする一連の事件です。

(1)第1次審決に対して、審決取消訴訟(以下「前訴」といいます。)(平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号)が提起されたところ、知財高裁は、令和元年11月14日、第1次審決を取り消す旨の判決(以下「前訴判決」といいます。)をしました。

(2)その後、前訴判決が確定したことを受けて、無効審判の審理が再開され、特許権者は新たに訂正請求を行い、特許庁は訂正請求を認めた上で、無効不成立との審決(第2次審決)が行われました。

(3)第2次審決に対して、審決取消訴訟(以下「本訴」といいます。)(令和4年(行ケ)第10127号(第1事件)、第10128号(第2事件)、第10129号(第3事件)、第10130号(第4事件)、令和5年(行ケ)第10027号(第5事件))が提起され、本判決(令和6年3月18日判決)が下されました。

これらの事件では、訂正要件、明確性要件、実施可能要件、サポート要件、特許要件(新規性および進歩性)の各充足が争われましたが、本稿では、前訴判決、第2次審決、本判決における明確性要件およびサポート要件の問題を取り上げます。

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前訴判決の骨子
サポート要件違反について

前訴判決は、知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)により、令和元年11月14日に下されました。
前訴判決で争われた発明のうち、本件発明1~4は以下の通りです。

本件発明1~4
【請求項1】
一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。
【請求項2】
前記粒子の最大長において、前記セレコキシブ粒子のD90が100μm未満であることを特徴とする請求項1に記載の製薬組成物。
【請求項3】
前記粒子の最大長において、前記セレコキシブ粒子のD90が40μm未満であることを特徴とする請求項2に記載の製薬組成物。
【請求項4】
前記粒子の最大長において、前記セレコキシブ粒子のD90が25μm未満であることを特徴とする請求項3に記載の製薬組成物。

セレコキシブは、ロキソニンと同様に、非ステロイド性消炎・鎮痛剤です。COX(シクロオキシゲナーゼ)-2選択的阻害剤であるため、ロキソニンと比べて胃や腸に対する負担が少なく、関節リウマチなどの慢性の疼痛疾患で長期にわたって服用されます。

画像2

本件明細書において、セレコキシブの特徴については、従来技術において以下のように説明されています。

【0008】
(略)
長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは、通常、錠剤成形ダイでの圧縮の際に、融合して一枚岩の塊になる。他の物質とブレンドさせたときでも、セレコキシブの結晶は、他の物質から分離する傾向があり、組成物の混合中にセレコキシブ同士で凝集し、セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する、非均一なブレンド組成物になる。したがって、所望のブレンド均一性を有するセレコキシブ含有の製薬成分を調製することは難しい。
(略)

また、粉体原料を粉砕する粉砕機には、例えば、(i)高速回転するハンマーなどで粉体原料に衝撃を与える衝撃型粉砕機、(ii)多数の磁性ボールなどと粉体原料を一緒にいれた状態で両者を回転させて、磁性ボールが粉体原料に対して衝突および摩擦を与える衝突型粉砕機、(iii)圧縮空気を噴出させて気流により粉体原料を加速して、粉体同士の衝突および装置壁への衝突により粉砕する気流型粉砕機などがあります。

本件明細書において、衝撃型粉砕機については、以下のように記載されています。

【0024】
セレコキシブと賦形剤とを混合するに先立ち、ピンミル(pin mill)のような衝撃式ミルでセレコキシブを粉砕させて、本発明の組成物を作製することは、改善された生物学的利用能を提供するに際して効果的であるだけでなく、かかる混合若しくはブレンド中のセレコキシブ結晶の凝集特性と関連する問題を克服するに際しても有益であることを発見した。ピンミルを利用して粉砕されたセレコキシブは、未粉砕のセレコキシブ又は液体エネルギーミルのような他のタイプのミルを利用して粉砕されたセレコキシブよりは凝集力は小さく、ブレンド中にセレコキシブ粒子の二次集合体には容易に凝集しない。減少した凝集力により、ブレンド均一性の程度が高くなり、このことはカプセル及び錠剤のような単位投与形態の調合において、非常に重要である。これは、調合用の他の製薬化合物を調合する際のエアージェットミルのような液体エネルギーミルの有用性に予期せぬ結果をもたらす。特定の理論に拘束されることなく、衝撃粉砕により長い針状からより均一な結晶形へ、セレコキシブの結晶形態を変質させ、ブレンド目的により適するようになるが、長い針状の結晶はエアージェットミルでは残存する傾向が高いと仮定される。
【0025】
ブレンド均一性は、セレコキシブをキャリア材料と湿式顆粒化させて製薬成分を調製させることにより、特に、出発物質として利用したセレコキシブを衝撃式ミルで粉砕させた際に、さらに改善されることをも発見した。セレコキシブ出発物質を前述した粒子サイズになるように衝撃粉砕し、その後湿式顆粒化を行うことが特に望ましい。
(略)

前訴判決では、第1次審決で認められたサポート要件充足性に関し「本件明細書の開示事項によれば,本件発明1は,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供することを課題とするものである」と認定しました。

そして「本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,『粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する』構成とする具体的な方法を規定した記載はなく,本件発明1の『微粒子セレコキシブ』が『ピンミリングのような衝撃粉砕』により粉砕されたものに限定する旨の記載もない」こと、「難溶性薬物であるセレコキシブについて,『セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下』の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない」こと、「本件発明1の『D90が200μm未満である』とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ることに照らすと、200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない」ことから「『セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下』とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない」と述べ、さらに、本件明細書および本件優先日当時の技術常識から「加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが,生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いものと認められる」と述べました。

そして「当業者が,本件発明1に含まれる『粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満』の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから,本件発明1は,サポート要件に適合するものと認めることはできない」として、本件発明1のサポート要件充足性を否定しました。

さらに、訂正後の請求項2~4についても「『粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満』である本件発明1がサポート要件に適合するものと認めることができない」と述べた上で「本件明細書には,例11及び例11-2として,セレコキシブ粒子のD90が約30μmである『組成物A』及び『組成物B』の生物学的利用能の実験結果の記載があるが,『組成物A』及び『組成物B』に加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いものと認められることに照らすと,上記実験結果から,D90が約30μmよりも小さい値とした場合において,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできない」として、訂正後の請求項2ないし4のサポート要件充足性を否定しました。

第2次審決の骨子

前訴判決を受けて、無効審判の審理が再開され、特許権者は新たに訂正請求を行い、特許庁は訂正請求を認めた上で、無効不成立との審決(第2次審決)を行いました。

第2次審決時の請求項1および2

第2次審決時の訂正後の請求項のうち、請求項1、2(以下、訂正発明1および2と称します)は以下の通りです。

訂正発明1および2
【請求項1】
一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、
セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、
粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μmである粒子サイズの分布を有し、
ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む製薬組成物。
【請求項2】
一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み、一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって、
セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、
粒子の最大長において、セレコキシブ粒子のD90が30μm未満である粒子サイズの分布を有し、
ラウリル硫酸ナトリウムを含有する加湿剤を含む製薬組成物。

サポート要件違反について

前訴判決で「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90」が「40μm未満」、又は「25μm未満」である粒子サイズ分布の特定のみでは、サポート要件適合性がないことが判示されたことを踏まえて訂正された訂正発明1について、審決では「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたもの」であるとの発明特定事項は、液体エネルギーミル(エアージェットミル)のような他のタイプのミルで解決のできなかった、セレコキシブの生物学的利用能の改善の観点で重要なセレコキシブ結晶の凝集性及びブレンド均一性の改善に寄与しており、D90を約30μm又はそれ以下(最も好ましくは25μm以下)とし、さらに、加湿剤として好ましいとされるラウリル硫酸ナトリウムを存在させることで、セレコキシブの生物学的利用能が改善されることが理解できるから、訂正発明1および2はサポート要件に適合するとの判断がなされました。

明確性要件違反について

明確性要件について、審決では「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された」セレコキシブ粒子は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機により粉砕された粉体と異なる粒度分布の粉体となり、セレコキシブの生物学的利用能の改善の観点で重要なセレコキシブ結晶の凝集性及びブレンド均一性の改善に寄与しており、当該記載は「物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合」に該当すると判断されました。

そして、ピンミルのような衝撃式ミルによって粉砕したセレコキシブ粒子と当該多数の粉砕方法によって粉砕したセレコキシブ粒子の構造又は特性を、比較・検証していく膨大な作業が必要となり、不可能・非実際的事情が存在するため、訂正発明1および2は明確であると判断されました。

特に、請求人は「『ピンミルのような衝撃式ミル』にどのようなものが含まれ、また、どのようなものが含まれないかを理解することができず、訂正発明の特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である」と主張しましたが、審決では「本件出願日当時の技術常識によれば、訂正発明1の『ピンミルのような衝撃式ミル』は、いわゆる衝撃式粉砕機であり、粉砕された粉体は、ジェットミルのような流体式(気流式)粉砕機とは異なる粒度分布の粉体を作製する装置であることが理解できるから明確である」として、請求人の主張を認めませんでした。

判旨

明確性要件について

本判決ではまず、訂正発明1の「セレコキシブ粒子が、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕されたものであり、」との発明特定事項(以下「本件ピンミル構成」ということがある。)について、以下のように述べ、セレコキシブ粒子を粉砕する製造工程、製造方法を開示していることは明らかであり、PBPクレームであると判断しました。

まず、本件ピンミル構成がPBPクレームに当たるかについて検討するに、本件ピンミル構成に関する本件明細書の【0024】、【0190】の記載が、セレコキシブ粒子を粉砕する製造工程、製造方法を開示していることは明らかであり、したがって、本件訂正によって特許請求の範囲の発明特定事項とされるに至った本件ピンミル構成についても、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するという製造方法をもって物の構造又は特性を特定しようとするもの(その意図が成功しているかどうかはともかく)と理解される。

次に、本件ピンミル構成について「ピンミルのような」は衝撃式ミルの単なる例示か、衝撃式ミルの一部に限定する構成かについて、以下のように述べ、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確立することができないため、明細書の記載を参照しました。

本件ピンミル構成の意味するところ(例示か限定か)を検討するに、「ピンミルのような衝撃式ミル」との特許請求の範囲の文言自体に着目して考えた場合、①ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解、②衝撃式ミルに含まれるミルのうち、ピンミルと類似又は同等の特性を有する衝撃式ミルを意味するという理解のいずれにも解する余地があり、特許請求の範囲の記載のみから一義的に確定することはできない。

そこで、本件明細書の記載を参照するに、(略)

そして、本件明細書の記載を参照した上で、本件ピンミル構成は単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味すると判断しました。

(略)本件ピンミル構成は、・・・本件訂正発明に係る薬剤組成物の含むセレコキシブ粒子が、ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子に見られるのと同様の、長い針状からより均一な結晶形へと変質されて、凝集力が低下し、ブレンド均一性が向上した構造、特性を有するものであることを特定する構成であって、したがって、「ピンミルのような衝撃式ミル」とは、ピンミルに限定されるものではなく、上記のような構造、特性を有するセレコキシブ粒子が得られる衝撃式ミルがこれに含まれ得るものと理解するのが相当である。

その上で、本件明細書等および出願時の技術常識を考慮しても「ピンミルのような衝撃式ミル」の範囲が明らかでなく、「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法は、製造方法自体が明確性を欠くものであると判断しました。

一般に、明細書に製造方法の逐一が記載されていなくても、当業者であれば、明細書の開示に技術常識を参照して当該製造方法の意味するところを認識できる場合も少なくないと解されるが、本件の場合、本件明細書には、「ピンミルで粉砕されたセレコキシブ粒子」の凝集力の小ささ、改善されたというブレンド均一性が、ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がないため、衝撃式ミル一般によって実現されるものなのか、衝撃式ミルのうち、ピンミルと何らかの特性を共通にするものについてのみ達成されるものなのかも明らかとなっていない。そのため、技術常識を適用しようとしても、いかなる特性に着目して、ある衝撃式ミルが本件ピンミル構成にいう「ピンミルのような衝撃式ミル」に当たるか否かを判断すればよいのかといった手掛かりさえない状況といわざるを得ない。

そして、PBPクレームの明確性要件として求められる不可能・非実際的事情の検討をするまでもなく、本件訂正発明1、2の記載は明確性要件に違反すると判断しました。

ところで、PBPクレームは、物自体の構造又は特性を直接特定することに代えて、物の製造方法を記載するものであり、そのような特許請求の範囲が明確性要件を充足するためには、不可能・非実際的事情の存在が要求されるのであるが、本件においては、不可能・非実際的事情を検討する以前の問題として、前記ア、イに示したようにそもそも特許請求の範囲に記載された製造方法自体が明確性を欠くものである。

サポート要件について

本件において、明確性要件違反の原因となった本件ピンミル構成は、前訴判決でサポート要件違反を肯定する判断をしたことを受け、その瑕疵を回避するために加えられたため、サポート要件についても判示されました。

但し、本件ピンミル構成を含む特許請求の範囲は明確性要件を欠くことが前提となるため、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮することなく、サポート要件が判断されました。

そして、本件訂正後の特許請求の範囲は、本件明細書及び技術常識から、発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲の発明であるといえるとして、訂正発明1および2(但し本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮しない)のサポート要件充足性を認めました。

具体的な実験結果においても、D90粒子サイズは約30μmとし、ラウリル硫酸ナトリウムを含有させたセレコキシブ組成物が、未粉砕、未調合のセレコキシブに対して優れた生物学的利用能を示しているのであるから(例11-2)、本件訂正発明1は、本件ピンミル構成を発明特定事項として考慮しなくても、本件明細書及び技術常識から、「未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供する」という課題を解決できると当業者が認識できる範囲の発明であるといえる。

本件訂正発明2は、D90が30μmよりも減少した数値範囲である「D90が30μm未満」と特定されたものであるから、上記本件訂正発明1について述べたところと同様、本件明細書及び技術常識から、上記課題を解決できると当業者が認識できる範囲の発明であるといえる。

結論

結論として、本判決は、原告らの請求を認容し、第2次審決を取り消しました。

コメント

前訴判決で、サポート要件違反について「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もないと説示されたことに対応して、特許権者は訂正発明1および2に「ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕された」との文言を追加しました。しかしながら、本判決では、当該文言が不明確であるとして、特許が有効であるとの審決が明確性要件違反で取り消されました。

特許庁が明確性要件を充足すると判断した「のような」との表現は、2015年9月16日に公表された審査基準において、新たに明確性が認められるとして追加された「アルカリ金属(例えばリチウム)」に類似していると考えられます。審査基準では、上位概念で記載された発明特定事項の単なる例示にすぎないものと理解できる場合は、発明の範囲は明確であると記載されています。

本判決では「ピンミルは単なる例示であって衝撃式ミル全般を意味するという理解」を示した上で、上位概念である「衝撃式ミル」は多種多様なものを含む点で、どのようなものが含まれるのか不明確であると判断しました。

なお、判決では「ピンミルのいかなる作用によって実現されるものかの記載がない」と述べていますので、ピンミルの機械的な作用を記載していた場合は「ピンミルのような衝撃式ミル」について、ピンミルと類似又は同等の特性を有するものと限定して解釈された上で、ピンミルのような衝撃式ミルで粉砕」するというセレコキシブ粒子の製造方法については明確性要件が認められた可能性があります。しかしながら、製造方法としての明確性要件が認められたとしても、次の段階としてPBPクレームの明確性要件を充足させるための、不可能・非実際的事情の存在が考慮されることになります。

ただし、第2次審決において、特許庁は、不可能・非実際的事情について、ピンミルのような衝撃式ミルによって粉砕したセレコキシブ粒子と当該多数の粉砕方法によって粉砕したセレコキシブ粒子の構造又は特性を、比較・検証していく膨大な作業が必要となるため、不可能・非実際的事情が存在すると判断していること、さらに特許庁の審査ハンドブック2204で不可能・非実際的事情が認められない場合として「単に、『特許請求の範囲』の作成には時間がかかるとの主張のみがなされている場合」「単に、製造方法で記載する方が分かりやすいとの主張のみがなされている場合」のみが記載されていることを考慮すると、例えば、特定の製法によって生じる構造又は特性を測定することの困難性を主張することにより、不可能・非実際的事情に対するハードルはクリアできるように思われます。

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(文責・小林)