東京地方裁判所民事第40部(佐藤達文裁判長)は、令和2年11月25日、特許権侵害訴訟における棄却判決確定後に、訂正審判を請求して判決の基礎となる行政処分が変更されたとして再審請求をし、同再審請求が棄却された後にさらに2回の訂正審判を経て、同一被告に対し、同一製品についての特許権侵害訴訟を提起したという事案において、原告の請求を排斥する判決をしました。差止請求については、請求原因となる請求項が形式的に前訴と異なっていても、訂正前は前訴で争われた請求項の従属項であったことなどから前訴確定判決の既判力によって主張が遮断されるとし、損害賠償請求については、訴訟上の信義則に反して許されない、との判断を示しています。

また、前訴で原告となっておらず、本訴訟において新たに原告となった専用実施権者の請求についても、口頭弁論終結後の承継人に該当し、または、前訴原告の代表者の親族である等の具体的事情に鑑み、訴訟上の信義則が適用されると解することにより、同様の理由でこれを排しています。 

原告らの特異な行動に照らして事案自体は特殊なものであるものの、判決は、前訴と後訴の間に訂正審判や専用実施権の設定行為が介在していることや、後訴において専用実施権者が原告として加えられていることを踏まえつつ、差止請求と損害賠償請求とに分けて、特許権侵害訴訟における確定判決の既判力や訴訟上の信義則に関する考え方を整理しており、実務上参考になるものと思われます。

なお、この判決に対し、原告らは控訴をしたところ、知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、令和3年4月20日、早くもこれを棄却しています。控訴審判決は、概要原判決を追認するものとなっているため、本稿では、原判決を基礎に解説し、控訴審判決は、簡単に紹介するにとどめます。

ポイント

骨子

差止請求権にかかる前訴確定判決の既判力の範囲について
  • 本件においては,①原告会社と被告Y1との間の前訴と本訴の差止等請求は,原告会社に関しては当事者が同一であり,いずれも本件特許権に基づく請求であって,差止めの対象となる製品も同一であること,②2以上の発明については,経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは,一の願書で特許出願をすることができるものとされ(特許法37条),これを受けた特許法施行規則25条の8第1項は,上記技術的関係とは,2以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより,これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう旨を定めていることによれば,本件特許の特許請求の範囲の各請求項も相互に技術的関係を有する単一の発明であるということができること,③本訴の前提とされている本件訂正発明2に係る請求項2は,もともとは請求項1の従属項であり,その後第一次訂正により独立項とされたものの,「噛合わせて係止」,「正しい噛合い位置」などの構成も含め,前訴控訴審判決時の審理対象であった本件訂正発明1-1の発明特定事項を全て含み,その権利範囲を限定するものであることなどの事情が認められ,これによれば,前訴と本訴の差止等請求に係る訴訟物は同一であり,根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまるものと解するのが相当である。
  • 特許権者が特許権について専用実施権を設定したときは,専用実施権者が,設定行為で定めた範囲内において,業としてその特許発明の実施をする権利を専有する半面,特許権者は上記範囲内における特許発明の実施をする権利を喪失する(特許法68条,77条1項,2項)のであるから,原告X1は,民訴法115条1項3号が定める口頭弁論終結後の承継人に当たり,原告会社と被告との間の前訴確定判決の既判力は,原告X1にも及ぶというべきである。
損害賠償請求と訴訟上の信義則について
  • 民訴法2条は,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない旨を定めており,後訴の請求又は主張が前訴の請求又は主張の蒸し返しにすぎない場合には,後訴の請求又は主張は,信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
  • 後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないか否かは,前訴及び後訴の各請求及び主張内容,前訴における当事者の主張・立証の状況,前訴と後訴の争点の同一性,前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起に至る経緯及び後訴提起の目的,前訴判決の確定からの経過期間,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性や当事者間の公平の要請などの諸事情を考慮して,後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか否かで決すべきである。

判決概要

第一審(本判決)
裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 令和2年11月25日
事件番号・事件名 令和元年(ワ)第29883号特許権侵害行為差止等請求事件
特許番号・発明の名称 特許第4044598号「装飾品鎖状端部の留め具」
裁判官 裁判長裁判官 佐 藤 達 文
裁判官    三 井 大 有
裁判官    齊 藤   敦
控訴審
裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和3年4月20日
事件番号・事件名 令和2年(ネ)第10068号特許権侵害行為差止等請求控訴事件
特許番号・発明の名称 同上
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    佐 野   信
裁判官    中 島 朋 宏

解説

特許の訂正とは

訂正の手続と要件

特許法は、(ア)訂正審判(特許法126条)、(イ)特許異議申立手続きの中で行われる訂正の請求(特許法120条の5第2項)、(ウ)特許無効審判の手続の中で行われる訂正の請求(特許法134条の2)の3つの手続を設け、以下の4つのうちいずれかの目的のために、特許登録後に、特許の明細書、特許請求の範囲、図面の内容を訂正することを認めています。

  • 特許請求の範囲の減縮
  • 誤記又は誤訳の訂正
  • 明瞭でない記載の釈明
  • 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること

訂正が認められるためには、①上述の各目的のいずれかに合致することのほか、②新規事項の追加がないこと、③実質的に権利範囲を拡張または変更するものではないこと、④訂正後の発明が独立して特許を受けることができるものであること(独立特許要件)が必要です(ただし、特許異議申立てまたは特許無効審判中の訂正の請求においては、それらの手続の目的とされた請求項について、独立特許要件の充足は求められません。)。

特許紛争における訂正の利用態様

特許の訂正は、特許権者が特許の瑕疵を治癒することを利用目的とするものであるため、ほとんどの場合、特許権侵害をめぐる紛争が生じたときか、またはその前段階で、被疑侵害者からの特許無効の主張を封じるために利用されます。そのため、顕在化しているか否かを問わなければ、特許訂正の背景にはほとんどの場合何らかの紛争があるといわれています。

具体的には、紛争の前段階で特許権者が予防的に訂正審判を請求し、または、被疑侵害者または利害関係人から特許無効の主張を受け、これに対抗する形で、状況に応じた手続で訂正をするのが一般的です。被疑侵害者による特許無効の主張の態様としては、交渉段階で主張される場合、侵害訴訟で特許無効の抗弁として主張される場合、そして、特許無効審判が請求される場合がありますが、前2者の場合は訂正審判により、特許無効審判が請求された場合には、同審判中の訂正の請求によることになります。侵害訴訟提起後に訂正が行われるのは、実際上、被告から特許無効の抗弁が提出され、または特許無効審判が請求された場合に限られているといって差し支えありません。

また、特許成立後の異議期間内にも、その特許を好ましく思っていない第三者から特許異議の申立てがあったときは、これに対抗する手段として、同手続の中で訂正の請求が行われることがあります。

発明の単一性とは

我が国において特許請求の範囲の記載に関するルールが確立したのは、大正10年改正法といわれていますが、当時、1つの願書に記載できるのは1つの発明に限られていました。その後、昭和50年特許法改正により、請求項に分けて複数の発明の記載を求める多項制が導入され、さらに、昭和62年特許法改正によって現在の改善多項制が導入されるに至りました。

もっとも、複数の発明を記載できるといっても、1つの願書に関係のないばらばらの発明を列挙することはできず、同時に記載することが許される発明の間には、一定の技術的関係があることが要求されます。この技術的関係に基づく発明の関連性は、「発明の単一性」と呼ばれ、以下のとおり、特許法に規定されています。

第三十七条 二以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができる。

この条文に現れる「経済産業省令」は、具体的には特許法施行規則として制定されており、同規則25条の8は、特許法の上記規定の委任を受けて、「技術的関係」の具体的意味として、以下のとおり、先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴によって画されることが定められています。

(発明の単一性)
第二十五条の八 特許法第三十七条の経済産業省令で定める技術的関係とは、二以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう。
 前項に規定する特別な技術的特徴とは、発明の先行技術に対する貢献を明示する技術的特徴をいう。
 第一項に規定する技術的関係については、二以上の発明が別個の請求項に記載されているか単一の請求項に択一的な形式によって記載されているかどうかにかかわらず、その有無を判断するものとする。

ごく平易にいえば、発明の構成のうち、先行技術に対して技術的な進歩が見られる特徴的部分が共通している、ということが発明の単一性認定における主要な要素となっているといえます。

既判力とは

既判力とその客観的範囲

裁判手続によって確定した終局判決には、既判力という効力があり、既判力が及ぶ範囲では、同じ請求権の存否や範囲について、別の裁判で争うことが許されなくなります。

既判力の範囲には、どのような法律関係に及ぶか、という客観的範囲と、誰に及ぶか、という主観的範囲とがあり、まず、客観的範囲については、民事訴訟法114条1項が以下のように定め、「主文に包含するもの」に限定しています。

(既判力の範囲)
第百十四条
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
 相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。

例えば、一定の金額の支払命令を内容とする判決が確定した場合、判決の主文に書かれた支払命令そのもの、つまり、いくらの金額を支払わなければならないか、いつから何パーセントの遅延損害金が生じるか、といったことについては、もはや争うことはできなくなります。

他方、その支払命令の根拠となる具体的事実は、判決の理由中には書かれるものの、主文には記載されないため、既判力の範囲外となり、これに対する例外としては、上に引用した民事訴訟法114条2項に相殺の抗弁が規定されているにとどまります。そのため、例えば、あるお金を支払ったのが何かの代金だったのか、あるいは貸付だったのか、といった事実が訴訟で争われ、確定判決でいずれかの認定を受けたとしても、別の訴訟で同一の金銭支払いが問題となったとき、当事者は、前訴判決の認定と異なる主張をすることも許されます。

なお、この点について、民事訴訟法学においては、個々の争点についての判断にも拘束力を認める争点効という考え方が唱えられていますが、裁判例はこれを正面から認めることはしていません。実務は、既判力の範囲は画一的かつ明快なものとしつつ、不都合がある場合には、後述の訴訟上の信義則によって対応すれば良いとの考え方に立っていると考えられます。

既判力の主観的範囲

既判力の主観的範囲については、民事訴訟法115条1項が以下のとおり定め、訴訟の当事者(同項1号)のほか、口頭弁論終結後の承継人(同項3号)などにも及ぶことが規定されています。

(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲)
第百十五条 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。
 当事者
 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人
 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人
 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者
(略)

既判力に抵触する請求の取扱い

既判力に抵触する請求がなされた場合、裁判所は、前訴の確定判決と矛盾する判決をすることはできませんが、その訴えが直ちに違法となるわけではありません。そのため、既判力に抵触する請求について訴訟が提起された場合、別途その訴えを不適法とする事情がない限り、訴えが却下されるわけではなく、請求が棄却されることとなります。

既判力と弁論主義

民事訴訟法の基本的な考え方の1つに弁論主義があり、その内容の1つとして、裁判所は、原則として、当事者から主張のない事実を判決の基礎とすることはできません。他方、訴訟管轄や当事者適格といった訴訟要件にかかる事項は裁判所が職権で審理することができます。

既判力に関する事項は、訴訟要件と同様、裁判所が職権で事実を探知し、判断することができるものと解されています。

再審請求と主張制限

いったん既判力を生じた確定判決を覆す手段として、民事訴訟法は、再審という手続を用意しています。もっとも、確定判決が簡単に覆されるとなると、法的安定性が損なわれ、訴訟制度に対する信頼も失われるため、再審が認められるのは、以下の民事訴訟法338条1項に列挙された極めて例外的な場合に限られています。

(再審の事由)
第三百三十八条 次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
 判決に関与した裁判官が事件について職務に関する罪を犯したこと。
 刑事上罰すべき他人の行為により、自白をするに至ったこと又は判決に影響を及ぼすべき攻撃若しくは防御の方法を提出することを妨げられたこと。
 判決の証拠となった文書その他の物件が偽造又は変造されたものであったこと。
 証人、鑑定人、通訳人又は宣誓した当事者若しくは法定代理人の虚偽の陳述が判決の証拠となったこと。
 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
 判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと。
 不服の申立てに係る判決が前に確定した判決と抵触すること。
(略)

上記の再審事由のうち、特許実務において問題となってきたのは、8号記載の行政処分の変更です。特許権侵害訴訟は、特許という行政処分を判決の基礎とするものですが、特許は、後日特許無効審判で無効にされ、または、訂正審判によって変更されることがあるからです。

この点、特許審判によって特許に変更が生じたことを理由に侵害訴訟の判決確定後に再審請求することが可能になると、実質的に同一の紛争が蒸し返されることになりかねません。そのような事態を回避するため、上記の民事訴訟法338条1項但書が定める再審の補充性によって主張が制限される可能性があるほか、平成23年特許法改正によって以下の条文が新設され、特許法による手当てが行われました。

(主張の制限)
第百四条の四 特許権若しくは専用実施権の侵害又は第六十五条第一項若しくは第百八十四条の十第一項に規定する補償金の支払の請求に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる決定又は審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え(当該訴訟を本案とする仮差押命令事件の債権者に対する損害賠償の請求を目的とする訴え並びに当該訴訟を本案とする仮処分命令事件の債権者に対する損害賠償及び不当利得返還の請求を目的とする訴えを含む。)において、当該決定又は審決が確定したことを主張することができない。
 当該特許を取り消すべき旨の決定又は無効にすべき旨の審決
 当該特許権の存続期間の延長登録を無効にすべき旨の審決
 当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の決定又は審決であつて政令で定めるもの

なお、特許権侵害訴訟の再審における主張の制限については、こちらの記事で詳細に解説していますので、ぜひご覧ください。

訴訟物と特許権侵害訴訟

訴訟物とは

既判力と密接に関連する民事訴訟法上の概念として、「訴訟物」という言葉があり、今回紹介する裁判例の中でも言及されています。訴訟物は講学上の概念で、その意味については、長年にわたる議論がありますが、それを詳述することは本稿の目的を越えるため、ここでは立ち入りません。本判決を理解する上では、裁判所が審理する法律関係の単位となる概念で、既判力が及ぶ範囲を画する基準として作用するものと理解すれば足ります。

特許権侵害訴訟における訴訟物

特許権侵害訴訟においては、侵害にかかる実施行為の主体が同一であっても、侵害品の構成が異なれば、それぞれの侵害品ごとに独立の訴訟物を観念することができます。また、差止請求権と損害賠償請求権とは請求内容や法令上の根拠も異なり、また、それに伴って法律要件も異なることから、別個の訴訟物と解されます。

さらに、損害賠償請求権については、侵害行為の対象期間によって訴訟物を切り分けることも可能です。特許権侵害訴訟における損害計算では、通常、将来分が考慮されることはないため、損害賠償請求の対象期間がその訴訟の口頭弁論終結時より後に到ることはなく、口頭弁論終結後に同一の侵害行為が繰り返された場合の損害賠償請求権は、前訴とは異なる訴訟物を構成するものといえます。差止請求権については、いったん確定判決を得ることができれば、判決確定後の侵害行為に対し、当該確定判決の執行によって対応可能ですので、通常、別の訴訟物を観念する必要はなく、両者は対照的であるといえます。

他方、ある特許において、特許請求の範囲に複数の請求項が記載されている場合、各請求項について特許権が成立すると考えられていますが、独立項に基づいて侵害訴訟を提起した後に、当該独立項を限定した従属項の侵害も主張するのは、新たな訴訟物を追加するものではなく、同一訴訟物についての攻撃防御方法を追加するものであるとした裁判例が存在します(知財高判平成29年4月27日平成28年(ネ)第10103号)。

訴訟上の信義則とその適用

訴訟上の信義則とは

上述のとおり、既判力の客観的範囲は主文に包含されるものに限られますが、他方で、ある訴訟の当事者が、別の訴訟で確定判決によって認定されたことと異なる主張をすることが常に許されるかというと、そういうわけではありません。判例は、その内容如何により、下の民事訴訟法2条に定められた訴訟上の信義則によって主張を制限し、または、訴えそのものを不適法としてきました。

(裁判所及び当事者の責務)
第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

代表的な判例の1つとして、最一判昭和51年9月30日昭和49年(オ)第331号民集30巻8号799頁は、農地の買収処分を受けた原告が、その売渡を受けた被告に対し、被告から右農地を買い戻したことを原因として所有権移転登記手続請求訴訟を提起したものの、請求棄却の判決を受け、これが確定した後に、さらに買収処分の無効を原因として被告及びその承継人に対し、売渡による所有権移転登記及びこれに続く所有権移転登記の抹消に代わる所有権移転登記手続請求の訴を提起したという事案において、以下のとおり、「前訴の蒸し返し」であるとして、訴えを不適法としました。

前訴と本訴は、訴訟物を異にするとはいえ、ひつきよう、右Dの相続人が、右Eの相続人及び右相続人から譲渡をうけた者に対し、本件各土地の買収処分の無効を前提としてその取戻を目的として提起したものであり、本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすることに支障もなかつたのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本訴提起時にすでに右買収処分後約二〇年も経過しており、右買収処分に基づき本件各土地の売渡をうけた右E及びその承継人の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。

最近の特許権侵害訴訟においては、下に引用するとおり、特許無効審判において有効審決が確定した後に特許権侵害訴訟で特許無効の抗弁を主張することを封じた例が散見されます。これらの事件は、先行する手続が訴訟ではなく、行政審判である点において、前訴の確定判決の既判力を補完するような事例とは異なりますが、特許法分野で典型的に生じる同種問題について裁判所の考え方を示したものといえます。

「美容器」事件知財高裁判決
「美肌ローラ」事件知財高裁判決
「薬剤分包用ロールペーパ」事件知財高裁判決

訴訟上の信義則に反する主張の取扱い

訴訟上の信義則に反する主張があった場合には、その主張が却下されることになりますが、訴えが直ちに不適法になるわけではなく、結論は、本案の審理の結果によることとなります。通常は、訴訟物が重複する範囲で請求が棄却されることとなるでしょう。

他方、訴えそのものが信義則に反すると認められる場合には、不適法なものとして、訴えが却下されます。

専用実施権とは

専用実施権は、特許法が規定する約定実施権、すなわち、合意によるライセンスの1つで、特許法に以下のとおり規定されています。

(専用実施権)
第七十七条 特許権者は、その特許権について専用実施権を設定することができる。
 専用実施権者は、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。
(略)

上記の特許法77条2項は、専用実施権者が設定行為で定めた範囲で特許発明の実施権限を専有することを規定していますが、その結果、専用実施権を設定したときは、特許権者は、自ら第三者に対して差止請求をすることはできるものの(最判平成17年6月17日平成16年(受)第997号)、自身が専用実施権者に無断で特許発明を実施すると、専用実施権を侵害するものとして、違法とされます。

歴史を紐解くと、昭和34年に現行特許法が制定される前の旧特許法には専用実施権の規定はなく、それに相当する制度として、特許権の制限付移転が定められていました。専用実施権は、この特許権の制限付移転の制度に代えて現行法で導入されたものであり、「実施権(ライセンス)」とはいっても、特許発明の実施についての専有権という、特許権の中核的な要素が実施権者に移転することに特徴があります。

事案の概要

訴訟提起に至るまでの経緯

本件の原告らは、特許第4044598号「装飾品鎖状端部の留め具」の特許権者とその専用実施権者で、判決中では、特許権者が「原告会社」、専用実施権者が「原告X1」と称されています。両者の関係として、原告X1は、原告会社の取締役の長女であり,原告代表者の姪にあたります。

事案としては、原告会社が、過去に一度行使した特許権を、同一の商品に対して改めて行使したというもので、前訴では、原告会社が単独で訴訟提起していたところ、本訴訟では、原告X1が原告に加わっています。

具体的には、原告会社は、いったん特許権侵害訴訟を提起したものの、非充足を理由に請求が棄却され、その判決が確定しましたが、その後訂正審判を経て、再審の請求をし、さらに、訂正審判を再度請求した上で、原告X1とともに、本件の侵害訴訟を提起しています。

本件訴訟の提起に至るまでの経緯は以下に示すとおりで、原告会社は、延べ4回にわたって訂正審判を繰り返していますが、被告らは、前訴においても本訴訟においても無効主張をしておらず、原告会社の行動は、一般の侵害訴訟で見られる訂正制度の利用態様とは異なったものとなっています。

平成25年10月24日 原告会社 東京地方裁判所にて前訴侵害訴訟提起
平成27年2月23日 東京地裁 前訴侵害訴訟に対し、非充足を理由とする棄却判決
平成27年3月5日 原告会社 前訴侵害訴訟の東京地裁判決に対し、知的財産高等裁判所に控訴
平成27年3月28日 原告会社 請求項1、2につき、第一次訂正審判請求(訂正2015-390027号)
平成27年4月23日 特許庁 第一次訂正審判につき許可審決
平成27年6月4日 知財高裁 前訴侵害訴訟につき、東京地裁の非充足の認定を維持して控訴棄却
平成27年8月20日 原告会社 前訴侵害訴訟につき、上告及び上告受理申立て(最高裁判所平成27年(オ)第1634号、同年(受)第2043号)
平成28年7月12日 最高裁 前訴侵害訴訟につき、上告棄却及び上告受理申立てを受理しない決定
平成29年5月29日 原告会社 請求項2につき、第二次訂正審判請求(訂正2017-390038号)
平成29年8月4日 特許庁 第二次訂正審判につき許可審決
平成30年2月7日 原告会社 請求項1、3及び4につき、第三次訂正審判請求
平成30年3月19日 特許庁 第三次訂正審判につき許可審決
平成30年(日付不明) 原告会社 民事訴訟法338条1項8号に基づく再審請求
平成30年9月18日 知財高裁 再審請求棄却決定
平成31年2月14日 原告会社 請求項2につき、第四次訂正審判請求(訂正2019-390025号)
令和元年5月8日 特許庁 第四次訂正審判につき認容審決
令和元年7月8日 原告会社 原告X1に専用実施権設定
令和元年11月7日 原告ら 本件訴訟提起
再審請求の棄却決定

上記経緯にもあるとおり、原告会社は、上告棄却及び上告受理申立てを受理しない決定によって、特許権侵害訴訟の敗訴が確定した後にも、訂正審判を経た上で再審請求をしています。

この請求に対し、知的財産高等裁判所は、当該再審請求が、訂正に伴う再審制限を定めた特許法104条の4の適用を受けるものではないとしつつも、訂正の要件として、権利の拡張や変更が禁止されていることから、訂正前の特許発明の権利範囲に属さない製品等は、訂正後の権利範囲にも属することにはならないことを保障していることを指摘し、確定判決で特許発明の技術的範囲に属しないと認定された製品等が、訂正審決後の再審の訴えにおいて、技術的範囲に属すると主張することは、特許法がおよそ予定していない、との解釈を示した上で、以下のとおり述べ、再審請求を棄却しました。

再審原告は,基本事件において,前訴判決の基礎となる本件特許に係る発明(本件発明及び本件訂正発明)の技術的範囲につき,主張立証する機会と権能を有していたのであるから,前訴判決が確定した後に,本件訂正認容審決が確定したという,特許法がおよそ予定していない理由によって,前訴判決を覆すことができるとすることは,紛争の蒸し返しであり,特許権侵害訴訟の紛争解決機能や法的安定性の観点から適切ではなく,特許法104条の4の規定の趣旨にかなわないということができる。

なお、この再審決定の解説は、こちらをご覧ください。

本訴訟及び控訴審判決

本訴訟は、上記のとおり、同一の特許に基づき、特許権侵害訴訟の棄却判決が確定し、その再審請求が棄却された後に再度提起された訴訟ということになります。

なお、本判決後に原告は控訴していましたが、知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、令和3年4月20日、これを棄却しています。

争点

本件訴訟は、上述のとおり、前訴が確定した後に、再審請求の却下も受けた上で、原告会社が、さらに訂正審判をし、原告X1も加えた上で、同一特許に基づく再度の特許権侵害訴訟を提起した、というものです。

被告らは、このような訴訟提起は、確定判決の蒸し返しであって、訴訟上の信義則に反すると主張しました。

判旨

以下、判決の内容を紹介します。

なお、判決文は第一審判決から引用していますが、控訴審判決が原判決の記載を改めた部分のうち、実質的内容にわたらない誤記ないし脱落の修正の類については、反映しています。

訴訟物の客観的範囲について

判決は、前提問題として、前訴における請求にかかる訴訟物と、本訴訟における訴訟物の関係を整理しました。

まず、損害賠償請求権については、本訴訟における損害賠償請求の対象期間が前訴の口頭弁論終結時以降であるため、前訴におけるものとは別の訴訟物を構成し、本訴訟にかかる請求が既判力によって遮断されることはない旨認定しました。

他方、前訴の棄却判決確定後に訂正を経た請求項にかかる特許権に基づく差止請求権については、以下のとおり、当事者や被疑侵害製品の同一性のほか、同一特許にかかる発明は発明の単一性の範囲内にあることや、本件における訴えにかかる請求項が実質的に同一の請求項であることを考慮し、前訴における差止請求権と同一の訴訟物を構成し、根拠となる請求項が異なることは、攻撃防御方法の差異にとどまるとの判断を示しました。

前訴請求は,被告製品が請求項1に係る本件訂正発明1-1の技術的範囲に属することを前提とする請求であったのに対し,本訴請求は,被告製品が独立項である請求項2後段に係る本件訂正発明2の技術的範囲に属することを前提とする請求であるが,民事訴訟において,原告は訴訟物を特定する責任があり,それが被告に対し防御の目標を提示する手続保障の役割を果たすとともに,裁判所に対し審判の対象を提示する機能を有するところ,本件においては,①原告会社と被告Y1との間の前訴と本訴の差止等請求は,原告会社に関しては当事者が同一であり,いずれも本件特許権に基づく請求であって,差止めの対象となる製品も同一であること,②2以上の発明については,経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは,一の願書で特許出願をすることができるものとされ(特許法37条),これを受けた特許法施行規則25条の8第1項は,上記技術的関係とは,2以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより,これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう旨を定めていることによれば,本件特許の特許請求の範囲の各請求項も相互に技術的関係を有する単一の発明であるということができること,③本訴の前提とされている本件訂正発明2に係る請求項2は,もともとは請求項1の従属項であり,その後第一次訂正により独立項とされたものの,「噛合わせて係止」,「正しい噛合い位置」などの構成も含め,前訴控訴審判決時の審理対象であった本件訂正発明1-1の発明特定事項を全て含み,その権利範囲を限定するものであることなどの事情が認められ,これによれば,前訴と本訴の差止等請求に係る訴訟物は同一であり,根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまるものと解するのが相当である(知財高裁平成28年(ネ)第10103号同29年4月27日判決参照)。

訴訟物の主観的範囲について

上述のとおり、本訴訟では、前訴で原告となっていた原告X1が加わっています。原告X1は原告会社から専用実施権の設定を受けたものであるところ、判決は、専用実施権の性質に照らし、原告X1は、民事訴訟法115条1項3号にいう口頭弁論終結後の承継人にあたり、同原告に対しても前訴確定判決の既判力が及ぶとの判断を示しました。

本件において,原告X1は,本件基準時後に原告会社から本件特許に係る専用実施権の設定を受けているが,特許権者が特許権について専用実施権を設定したときは,専用実施権者が,設定行為で定めた範囲内において,業としてその特許発明の実施をする権利を専有する半面,特許権者は上記範囲内における特許発明の実施をする権利を喪失する(特許法68条,77条1項,2項)のであるから,原告X1は,民訴法115条1項3号が定める口頭弁論終結後の承継人に当たり,原告会社と被告との間の前訴確定判決の既判力は,原告X1にも及ぶというべきである。

差止請求権について

以上の認定判断の結果として、判決は、差止請求権にかかる訴えについては、前訴確定判決の既判力によって遮断されるとし、請求を棄却しました。

なお、判決中に整理された当事者の主張を見る限り、原告らが蒸し返しを否定する文脈で訴訟物の相違を主張していたことは窺われるものの、被告らが既判力にかかる主張をしていた形跡はありません。そのため、上記判示事項は、裁判所が、訴訟で現れた事実をもとに独自に判断したものと思われます。

損害賠償請求と訴訟上の信義則について

次に、損害賠償請求権について、判決は、まず、以下のとおり、後訴の請求や主張が前訴の蒸し返しになるときは、信義則に照らして許されないとの考え方を示しました。これは、従来の判例の考え方に従ったものです。

民訴法2条は,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない旨を定めており,後訴の請求又は主張が前訴の請求又は主張の蒸し返しにすぎない場合には,後訴の請求又は主張は,信義則に照らして許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁昭和49年(オ)第163,164号同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁参照)。

また、判決は、信義則に反するか否かの判断において考慮すべき事情の例として、以下の各事項を指摘しました。

  1. 前訴及び後訴の各請求及び主張内容
  2. 前訴における当事者の主張・立証の状況
  3. 前訴と後訴の争点の同一性
  4. 前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動
  5. 後訴の提起に至る経緯及び後訴提起の目的
  6. 前訴判決の確定からの経過期間
  7. 前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性や当事者間の公平の要請

後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないか否かは,前訴及び後訴の各請求及び主張内容,前訴における当事者の主張・立証の状況,前訴と後訴の争点の同一性,前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起に至る経緯及び後訴提起の目的,前訴判決の確定からの経過期間,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性や当事者間の公平の要請などの諸事情を考慮して,後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか否かで決すべきである。

その上で、本件の事実に基づき、以下のとおり、被告らが本件特許権に基づく差止めや損害賠償等の請求を受けることがないと期待するのは当然とし、本訴訟の審理をすることは、「上記の合理的期待を著しく損なうものであって、当事者の公平の観点からも容認し得ない」と述べました。

被告らは,前訴の被告として約3年間にわたり原告の主張に対する反論や反証の負担を負った上,前訴控訴審判決の確定後に提起された再審の訴えに対しても応訴することを余儀なくさせられたものであり,再審棄却決定により,被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害するものではなく,今後,本件特許権に基づく差止めや損害賠償等の請求を受けることがないと期待するのは当然であるということができる。本訴は,再審棄却決定から1年以上も経過した令和元年11月7日に提起されたものであり,対象となる被告製品,侵害されたと主張されている特許権,争点はいずれも同一であり,原告会社が本訴により達成しようとする目的も前訴と異なるものではない。かかる訴訟において,前訴と同様の争点について改めて審理することによる被告らの負担は決して軽いものではなく,上記の合理的期待を著しく損なうものであって,当事者の公平の観点からも容認し得ないというべきである。

結論として、判決は、本訴訟の審理をすることは、訴訟上の信義則に反し、許されないとしました。

したがって,原告会社が本訴において損害賠償等請求及びこれに係る主張をすることは,前訴の蒸し返しにすぎないというべきであり,原告会社と被告らとの間において同請求を審理することは,被告らとの関係で正義に反する結果を生じさせるということができるので,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。

また、前訴で当事者となっていなかった原告X1との関係でも、以下のとおり具体的な事実を指摘し、本訴訟の審理をすることは許されないと結論づけました。

前記前提事実によれば,①原告X1は,原告会社の取締役の長女であり,原告会社代表者の姪であること,②原告X1が本件専用実施権の設定を受けたのが,本件再審棄却決定後であり,令和元年5月19日に第四次訂正に係る本件訂正認容審決4が確定した直後の同月30日であること,③本件専用実施権の対象が,本訴請求の対象である本件発明2に係る請求項2のみであり,しかもその設定期間は2年間に限定されていることという各事実が認められ,また,原告X1が本件専用実施権に基づき本件発明2の実施をしていると認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告X1は,前訴と同様の争点につき,改めて判断を求めるべく,原告会社のために本訴の共同原告となったものと推認することができるから,本訴の損害賠償等請求につき,固有の利益を有するものとは認められない。それにもかかわらず,原告X1が同請求及びこれに係る主張をすることは,実質的には,原告会社による前訴の蒸し返しにすぎないというべきであり,原告X1と被告Y1との間においても,同請求を審理することは,やはり,同被告との関係で正義に反する結果を生じさせるといえるから,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。

結論

以上の認定判断の結果、判決は、損害賠償請求については却下し、差止請求については棄却しました。

控訴審判決の判旨

上述のとおり、原告らは、本判決に対して控訴していましたが、知的財産高等裁判所は、令和3年4月20日、これを棄却しています。判旨は、基本的に元判決を追認するものですが、原判決の理由中の記載を、執拗な訴訟提起による被告らの負担を強調する表現に改めているほか、蒸し返しの根拠として、訂正は権利範囲を限定するものであることなどに言及するなどしています。

コメント

本判決における原告の行動は、訂正審判の利用態様にしても、訴訟提起を執拗に繰り返したことにしても、一般の特許実務からすると特殊なもので、結論において、却下または棄却を免れることはなかった事件であることは間違いないでしょう。その特殊性から、事例としては参考になりにくいところもあると思われます。

他方、判決中に示された既判力及び訴訟上の信義則に関する整理は訴訟実務において参考になるものと思われますし、専用実施権者の位置付けについても、興味深い解釈を示したものと思われます。

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(文責・飯島)