知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、昨年(2018年)12月18日、特許無効審判において有効審決が確定した特許について、同一の事実及び同一の証拠に基づき特許権侵害訴訟における特許無効の抗弁ないし権利濫用の抗弁を主張することは、特段の事情がない限り、訴訟上の信義に反し許されないとの判断を示しました。

有効審決は、原審の口頭弁論終結前になされ、確定していましたが、原判決では当該事実は考慮されず、請求の根拠となったいずれの発明についても、進歩性欠如を理由に特許無効の抗弁が認められていました。知財高裁は、これを覆し、原告・控訴人の請求を一部認容しました。

ポイント

骨子

  • 特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。
  • 被控訴人は,本件訴訟と同一の当事者間において特許権を対世的に無効にすべく無効理由1に基づく無効審判請求を行い,それに対する判断としての本件審決が当事者間で確定し,上記・・・のとおり,無効理由1に基づいて特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁を主張することが許されないのであるから,本件において,控訴人が被控訴人に対して本件特許権を行使することが衡平の理念に反するとはいえず,権利の濫用であると解する余地はない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成30年12月18日
事件番号 平成29年(ネ)第10086号
事件名 損害賠償請求控訴事件
原判決 大阪地方裁判所平成28年(ワ)第4167号
対象特許 特許第5230864号「美肌ローラ」
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    高 橋   彩
裁判官    寺 田 利 彦

解説

特許無効審判とは

特許無効審判は、瑕疵のある特許を無効にするための特許庁における行政審判手続です(特許法123条)。行政庁の手続ではありますが、審判請求人と特許権者との対立構造のもと、3名の審判官によって裁判所の手続に類似した審理が行われ、最終的に、判決に相当する審決がなされます。

特許無効審判で特許が無効にされると、特許権は、原則として、初めから存在しなかったものとみなされます(同法125条)。そのため、特許無効審判は、しばしば、特許権の行使を受けた者により、特許権者に対する対抗手段として利用されます。

一事不再理とは

上述のとおり、特許無効審判で特許が無効にされたときは、原則として特許権が遡及的に消滅しますが、逆に審判請求が成り立たないとの審決がされたとき、つまり、有効との審決がされたときは、特許権は存続します。

この場合において、有効審決を受けた当事者や参加人は、同じ特許について、「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて再度審判請求をすることはできなくなります(特許法167条)。このような制限は、一事不再理と呼ばれ、特許無効審判が際限なく蒸し返されることを防止するために設けられています。

一事不再理の効力を受ける者、つまり、一事不再理効の主観的範囲は、かつては「何人も」とされていました。第三者にも有効審決の効力が及ぶことを絶対効といいますが、そのような効力を持つ一事不再理は、第一次世界大戦後にオーストリアの法律に倣って導入されました。その目的は、紛争の一回的解決ではなく、当時の国際情勢のもと、自国産業保護のため、特許の強化を図ることにあったといわれています。

しかし、一事不再理に絶対効があると、誰かが請求した無効審判について有効審決が確定したことにより、他の誰もが特許権行使に対する対抗手段を奪われることになります。場合によっては、特許権者が不都合な先行技術を発見したときに、第三者の名前で馴れ合いの審判請求をし、有効審決を確定させてから侵害訴訟を提起するということも可能になりかねません。

このような状態については、かねてより、裁判を受ける権利を定めた憲法32条に違反する恐れがあるなどの批判があり、現に、母法であるオーストリア法については違憲判決がなされ、相対効の制度に改正されていました。わが国でも、平成23年の特許法改正により、上記のように、一事不再理の及ぶ範囲が「当事者及び参加人」に改められ、現在の制度となっています。

特許無効の抗弁と明らか無効(権利濫用)の抗弁

特許法104条の3は、特許無効審判で無効にされるべきものと認められる特許について、権利を行使することはできないことを定めています。

歴史的には、特許無効を行政手続である特許無効審判で争う道は従来から存在していたものの、民事訴訟である特許権侵害訴訟で特許無効の主張をすることが許されるかについては、戦前の最高裁判所である大審院が消極的に解していました。もっとも、瑕疵のある特許権の行使をそのまま容認するのは相当性を欠くことから、無効理由がある場合には、それを回避するように権利範囲を限定的に解釈することなどによって妥当性を維持する工夫がなされていました。

しかし、限定解釈によっても無効理由を回避できないような場合には対応ができず、最高裁判所は、2000年、いわゆるキルビー特許事件において、明らかな無効理由のある特許の権利行使は権利濫用にあたり許されないとの判断を示しました(最三判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)。この権利濫用の抗弁は、知財業界で「明らか無効の抗弁」と呼ばれていました。

キルビー特許判決以降、特許権侵害訴訟の実務では、明らか無効の抗弁が定番の攻撃防御方法となり、また、無効理由が「明らか」であるかは実際上考慮されない状況となりました。そのような中、平成16年(2004年)の特許法改正で導入されたのが特許法104条の3の特許無効の抗弁です。

明らか無効の抗弁ないし特許法104条の3の抗弁は、特許無効審判と侵害訴訟の調整を不要にした点で、紛争解決に資する面がある一方、特許無効に関する議論が特許庁と裁判所の両機関に係属することで特許権者に負担をかけるという問題(いわゆるダブルトラックの問題)も生み出したとされています。

なお、立法経緯として、特許法104条の3は、キルビー特許判決による明らか無効の抗弁の許容を契機として規定されたものではありますが、明らか無効の抗弁の主張を置き換え、排斥するものではないため、理論上は、特許法104条の3制定後も明らか無効の抗弁を主張することは可能であると考えられています。

特許無効の抗弁の主張適格

特許法104条の3は、特許無効の抗弁の成立要件として、特許が無効であるとき、といった端的な要件ではなく、「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」という少し回りくどい表現を用いています。これは、行政処分である特許の効力は、特許無効審判及び行政訴訟である審決取消訴訟によって判断される必要があり、民事訴訟である特許権侵害訴訟の裁判所が判断することは許されないという考え方によるものです。条文上、裁判所の直接の判断事項を、「特許は無効か」ではなく、「特許は特許無効審判で無効にされるか」とすることで上記問題を回避しているわけですが、実質的な争点が特許の有効性であることに変わりはありません。

このような条文構造に関して問題となるのは、無効理由はあるものの、特許無効審判で特許の有効性を争う適格を有しない人が民事訴訟で特許無効の抗弁を主張することができるか、という手続的な問題です。客観的に特許に瑕疵はあっても、特許無効審判を請求できないなら、「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」という条文構造のもとでは特許無効の抗弁を主張することはできないのではないか、という問題意識です。

この点が具体的に議論となったのは、他の無効理由と比較して請求人適格が制限されている冒認や共同出願違反の場合です。原則として何人も特許無効審判を請求できた平成15年改正法の下でも、冒認と共同出願違反については利害関係人以外は審判請求人となることができませんでした。そのため、冒認や共同出願違反の当事者でない第三者が被告となる侵害訴訟で、冒認や共同出願違反を理由とする特許無効の抗弁を主張できるかについて議論がありました。

この点については、平成23年改正法において、主張が可能であることが明確にされました。具体的には、冒認や共同出願違反の場合に、真の発明者による取戻権が規定されると同時に、冒認や共同出願違反を理由とする特許無効審判の請求人適格が特許を受ける権利を有する者に明示的に制限される一方、特許法104条3第3項が新設され、特許権侵害訴訟では、「当該特許にかかる発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者」が特許無効の主張をすることを妨げないとの規定が置かれたのです。

上記法改正の結果、現行法のもと、侵害訴訟においては、特許無効審判の請求人適格と比較して、特許無効の抗弁の主張適格は広く認められているといえますが、同様の問題は、有効審決の確定に伴って一事不再理が生じた無効理由に基づく特許無効の抗弁の主張についても生じます。一事不再理が生じると、同じ特許に対し、「同一の事実及び同一の証拠」に基づく特許無効審判の請求はできなくなりますが、その場合、侵害訴訟における特許無効の抗弁も主張できなくなるかは別途議論の余地があります。

事案の概要

原告は、被告の製品が原告の特許権を侵害するとして、大阪地方裁判所で特許権侵害訴訟を提起しました。訴訟では、侵害論として、技術的範囲の属否のほか、進歩性欠如を理由とする特許無効の抗弁の成否が争われました。

他方、被告が原告の特許について特許無効審判(無効2016-800085号)を請求したところ、特許庁は、平成29年4月18日、不成立(有効)審決をし、当該審決は、同年5月29日に確定しました。

その後の平成29年6月20日、大阪地方裁判所は、侵害訴訟の口頭弁論を終結し、特許無効を理由として、原告の請求を棄却する判決をしました。原判決においては、当事者の主張としても、特許無効審判において有効審決が確定した事実は現れておらず、理由中の判断においても考慮されていません。

この判決に対し、特許権者である原告が控訴したのが本件です。訴訟では、属否や損害額なども争われていますが、争点の一つとなったのが、一事不再理によって特許無効の抗弁の主張が制限されるかということでした。

判決の要旨

特許法104条の3の抗弁について

本判決は、以下のとおり、有効審決確定後の特許無効の抗弁の主張は、民事訴訟2条の趣旨に照らして許されないとの判断を示しました。

特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。

ここで引用されている民事訴訟法2条は、以下のとおり規定しています。

(裁判所及び当事者の責務)
第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。

本判決は、結論において有効審決確定後の特許無効の抗弁の主張は許されないとしましたが、その論拠として、特許法104条の3の文言の解釈ではなく、一事不再理を規定した特許法167条の趣旨及び民事訴訟法2条の解釈に依拠し、かつ、「特段の事情」がある場合には、例外的に特許無効の抗弁の主張の余地があるという含みを残しています。

これは、単純に、一事不再理が生じたときには特許法104条の3第1項の「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」にあたらず、無効主張ができないとか、あるいは、同条3項の「当該特許にかかる発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者」として無効主張ができるとかいった画一的な考え方は採用せず、訴訟上の信義の観点から、無効主張が紛争の一回的解決に反するものかどうかを判断するという考え方を示したものと思われます。

権利濫用の抗弁について

本件において、被告・被控訴人は、キルビー特許判決に依拠し、特許法104条の3の主張が制限されるとしても、瑕疵ある特許権の行使を許容するのは衡平の理念に反するから、そのような権利行使は権利濫用として許されないと主張していましたが、本判決は、以下のとおり、この主張も排斥しました。

被控訴人は,本件訴訟と同一の当事者間において特許権を対世的に無効にすべく無効理由1に基づく無効審判請求を行い,それに対する判断としての本件審決が当事者間で確定し,上記・・・のとおり,無効理由1に基づいて特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁を主張することが許されないのであるから,本件において,控訴人が被控訴人に対して本件特許権を行使することが衡平の理念に反するとはいえず,権利の濫用であると解する余地はない。

他の無効理由について

なお、本件では、特許無効審判で主張された無効理由とは別に、主引例は同一ながら、審決で認定された相違点が周知技術であることなどを主張するために新たな証拠を追加した無効主張もなされていました。これに対し、本判決は、審決が当該相違点については判断せず、別の相違点について容易想到性を否定し、進歩性を肯定していたことから、追加提出された証拠は結論に影響しないものであるとして、実質的には「同一の事実及び同一の証拠」による無効主張であると判示し、やはり無効主張を排斥しています。

コメント

侵害訴訟の被告が訴訟係属中に特許無効審判で有効審決を受けた場合、審決取消訴訟を提起して有効審決が確定するのを回避するのが通常です。特に、本件の場合、大阪地裁の原判決は特許無効の抗弁の成立を認めて原告の請求を棄却していますので、有効性の認定は微妙なものであったと想像されます。そのような状況では、なおさら、一審係属中に有効審決を確定させるというのは特殊な例といってよいでしょう。このような実務から考えると、本判決は、比較的特殊な状況下での判決といえるのではないかと思います。

ところで、特許無効審判については、平成15年改正で「何人も」とされていた請求人適格が、平成26年改正で利害関係人に制限され(冒認・共同出願違反については「特許を受ける権利を有する者」)、同時に復活した特許異議申立と対照的に、紛争解決を目的とした制度に舵を切りました。一事不再理の相対効化もそのような文脈で捉えることが可能であり、本判決が、現在の一事不再理の趣旨として、「同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にある」との指摘をしているのは、特許強化を目的として導入された絶対効の一事不再理とは制度趣旨において一線を画したものであることを述べたものといえます。

知財高裁は、近年、法解釈において紛争の一回的解決の重要性を重視する傾向を強めており、一事不再理との関係では、例えば、平成28年9月28日の「ロータリーディスクタンブラー錠及び鍵」事件判決において、「・・・改正によって第三者効が廃止され,一事不再理効の及ぶ範囲が先の審判の手続に関与して主張立証を尽くすことができた当事者及び参加人に限定されたのであるから,『同一の事実及び同一の証拠』の意義については・・・,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して解するのが相当である。」と述べています(リーガルアップデートでの解説はこちら )。

本判決は、このような判断傾向に沿うものですが、さらに踏み込んで、「(一事不再理の趣旨は)無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない」と述べ、有効審決確定後の特許無効の抗弁の主張の許否について、一回的解決の趣旨を踏まえ、訴訟上の信義の観点から判断するという考え方を示しています。これは、特許無効審判と侵害訴訟を一体の紛争と捉え、全体として一回的解決の考え方を及ぼそうとする姿勢を示したものと感じられます。

本判決は、他方において、「特段の事情」があるときには、一事不再理が生じた場合にも侵害訴訟で無効審理をすることを可能にする余地を残しています。「特段の事情」に相当するのが具体的にどのような事情なのか、判決文からは明らかではありませんが、一回的解決を志向しつつも、画一的基準から生じる取扱いの硬直性を除去し、衡平の維持を図ろうとするものと思われます。特許法104条の3第1項の「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」といった文言や、同条3項の「当該特許にかかる発明について特許無効審判を請求することができる者以外の者」といった文言から許否いずれか一方の結論を導く場合に比較して、柔軟な紛争解決を可能にする規範といえるでしょう。

なお、判決文からは、被告が審決取消訴訟を提起しなかった理由や、原告が原審で有効審決確定の事実を主張しなかった理由は定かではありませんが、本判決では、無効審判を請求した被告・控訴人が廃業した状態にあったかが争点のひとつとなっており、被告は審決取消訴訟を提起できる状況ではなかったのかもしれません。

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(文責・飯島)