令和元年6月27日、知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は、特許権侵害訴訟における被疑侵害者である当事者らの一部が特許無効審判を請求し、請求不成立審決(有効審決)が確定した場合において、特許無効審判の請求人でも参加人でもない当事者が当該審決で排斥された無効理由による特許無効の抗弁を主張することができるかどうかが問題となった事案について、その当事者が特許無効審判の請求人と同視し得る立場にあれば、そのような特許無効の抗弁の主張は許されないとする判決を言い渡しました。
従前、特許無効審判の請求不成立審決の確定後に請求人自身が侵害訴訟で特許無効の抗弁を主張することが許されないと判断した裁判例は存在していましたが、請求人でも参加人でもない当事者についても特許無効の抗弁の主張が許されない場合があることを認めた点で実務上重要ですので、紹介します。
ポイント
骨子
- 特許無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと規定する特許法167条の趣旨は、紛争の蒸し返しの防止及び紛争の一回的解決にある。この要請は、無効審判手続においてのみ妥当するものではなく、侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するのと併せて、無効の抗弁と同一の無効理由による無効審判請求をし、特許の有効性について侵害訴訟手続と無効審判手続のいわゆるダブルトラックで審理される場合においても妥当する。
- 侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに、当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において、当該無効審判請求の請求不成立審決が確定したときは、上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは、訴訟上の信義則に反するものであり、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない。
- 無効審判の請求人である当事者と同視し得る立場にある当事者について、確定した審決で排斥された無効理由と実質的に同一の事実・同一の証拠に基づく無効理由による無効の抗弁の主張を認めることは、紛争の蒸し返しができるとすることにほかならず、そのような無効の抗弁の主張は許されない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
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判決言渡日 | 令和元年6月27日 |
事件番号 | 平成31年(ネ)第10009号 |
事件名 | 特許権侵害差止等請求控訴事件 |
原判決 | 大阪地裁平成30年12月18日判決 |
裁判官 | 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎 裁判官 古 河 謙 一 裁判官 岡 山 忠 広 |
解説
特許無効の抗弁
特許権侵害訴訟において、特許権者が行使しようとする特許権の特許が無効理由を含んでいるとき、相手方は、特許無効を理由に権利行使が認められないと主張することができます。これを「特許無効の抗弁」といいます。特許法104条の3第1項は、「当該特許が特許無効審判により……無効にされるべきものと認められるとき」は権利を行使することができないと規定し、特許無効の抗弁を明文で認めています。
「特許無効審判により」と規定されているのは、特許権が特許庁の行政処分により発生する権利であり、特許庁の特許無効審判を経なければ、特許を無効にすることができないからです(特許法123条1項)。特許を無効にすべき旨の特許庁の審決が確定すると、特許権は当初から存在しなかったものとみなされます(特許法125条)。
特許庁の審決に不服がある者は、審決の謄本送達から30日以内に、審決取消訴訟を裁判所に提起することができます(特許法178条1項・3項)。特許庁が特許無効審判請求は成立しない旨の審決(請求不成立審決)をしたときは、請求人は、審決取消訴訟を提起して請求不成立審決の取消判決を求めるか、これを提起せずに請求不成立審決を受け入れる(審決を確定させる)かを選択します。請求人が前者を選択し、裁判所が請求不成立審決の取消判決を言い渡して、これが確定したときは、その後、特許庁が改めて審理し(当該判決の内容に拘束されます。)、新たな無効理由がなければ無効審決をします(特許法181条2項前段)。これが確定して初めて、特許権が消滅することになります。
このように、いずれにせよ特許庁の無効審決が確定しなければ特許権は消滅しませんが、特許権侵害訴訟において、特許庁の無効審決が確定していないことを理由に、無効にされるべき特許に係る権利行使を認めることは、特許権者を不必要に保護し、相手方に過度の負担を強いることになります。そこで、平成16年特許法改正により、従前の判例を踏まえ、特許法104条の3が新設されました。
確定した請求不成立審決の一事不再理効
特許無効審判の請求不成立審決が確定すると、当該審判の当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいて審判を再請求することはできません(特許法167条)。これは、「一事不再理効」と呼ばれます。その趣旨は、紛争の蒸し返しの防止にあります。
一事不再理効と特許無効の抗弁との関係
前記のとおり、特許法104条の3第1項は、「当該特許が特許無効審判により……無効にされるべきものと認められるとき」に特許無効の抗弁を認め、あくまで特許無効審判を利用して特許を無効にすることの可否を基準としています。そのため、特許無効審判の当事者及び参加人が特許権侵害訴訟の当事者でもある場合において、特許無効審判の請求不成立審決が確定したときは、特許無効審判の当事者及び参加人は、一事不再理効により、特許無効審判を利用して特許を無効にすることが不可能となるため、特許権侵害訴訟においても、同一の事実及び同一の証拠に基づく特許無効の抗弁の主張が制限されるかどうかが問題となります。
結論としては、主張の制限を認める立場が学説上も多数ですが、根拠としては、①特許法104条の3第1項が「特許無効審判により」と規定している以上、同項の解釈として主張が制限されるとする立場、②紛争の蒸し返しになるので、訴訟上の信義則により主張が制限されるとする立場がありました。
この点について、知財高裁平成30年12月18日判決 は、「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない」と述べ(実際、特段の事情がないとして、特許無効の抗弁の主張を制限しました。)、②の立場を採用しました。
他方、特許無効審判の請求不成立審決が確定した場合であっても、特許法167条によると、特許無効審判の当事者又は参加人でない者は、一事不再理効を受けず、特許無効審判を請求することができます。そのため、特許無効審判の請求不成立審決が確定した場合において、当該審判の当事者でも参加人でもない特許権侵害訴訟の当事者は、何ら制限なく特許無効の抗弁を主張することができるか、それとも実質的に紛争の蒸し返しに当たる場合には、そのような者も主張の制限を受けるかについては、明らかではありませんでした。
事案の概要
本件は、発明の名称を「薬剤分包用ロールペーパ」とする発明についての特許の特許権(本件特許権)を有していた被控訴人(一審原告)が、控訴人ら(一審被告ら)による被告製品の製造、販売が本件特許権の間接侵害(特許法101条1号)等に当たる旨主張して、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の連帯支払を求める事案です。原判決は、被控訴人の請求について一部認容したので、控訴人らのみが敗訴部分を不服として本件控訴を提起しました。
争点は多岐にわたりますが、以下では、特許無効審判の不成立審決の確定後における特許無効の抗弁の許否に関する部分のみを取り上げます。
損害賠償請求訴訟(原審)の提起から、控訴人日進による特許無効審判請求、請求不成立審決の確定、原判決言渡し、本件控訴に至る経過を時系列で整理すると、以下のとおりです。
平成26年12月頃~ | 控訴人日進は、調剤薬局等に対し、控訴人日進と控訴人セイエーが共同開発した被告製品を販売するようになった
・控訴人日進→(発注)→控訴人OHU→(製造委託)→控訴人セイエー |
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平成28年7月4日 | 被控訴人が控訴人らに対して本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(原審)を提起 |
その後 | 原審の弁論準備手続期日において、控訴人らが特許無効の抗弁を主張 |
平成29年7月10日 | 控訴人日進が以下の理由による特許無効審判を請求 |
平成30年6月26日 | 無効審判において、特許庁は、控訴人日進主張の無効理由により本件特許を無効とすることはできないとして不成立審決(控訴人日進が出訴期間内に審決取消訴訟を提起しなかったため審決確定) |
同年8月24日 | 原審の口頭弁論終結 |
同年12月18日 | 被控訴人の請求を一部認容する原判決言渡し(控訴人ら主張の特許無効の抗弁はいずれも理由がないものとされた) |
同月28日 | 控訴人らが本件控訴を提起 |
控訴審において、控訴人らは、確定した審決で排斥された無効理由と実質的に同一の事実・同一の証拠に基づく無効理由による特許無効の抗弁を主張しました。これに対し、被控訴人は、特許無効の抗弁の主張は訴訟上の信義則に反し、許されないと主張しました。
判旨
特許無効審判の請求不成立審決の確定後における特許無効の抗弁の許否
知財高裁は、以下のとおり、特許無効審判の審決の確定後に当事者・参加人が同一の事実・同一の証拠に基づいて審判を再請求することを禁ずる一事不再理の規定(特許法167条)は、紛争の蒸し返しの防止及び紛争の一回的解決を趣旨とするものであり、この趣旨は侵害訴訟と無効審判のダブルトラックで特許の有効性が審理される場合にも妥当すると述べました。
特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと規定している。この規定の趣旨は,先の審判の当事者及び参加人は先の審判で主張立証を尽くすことができたにもかかわらず,審決が確定した後に同一の事実及び同一の証拠に基づいて紛争の蒸し返しができるとすることは不合理であるため,同一の当事者及び参加人による再度の無効審判請求を制限することにより,紛争の蒸し返しを防止し,紛争の一回的解決を実現させることにあるものと解される。このような紛争の蒸し返しの防止及び紛争の一回的解決の要請は,無効審判手続においてのみ妥当するものではなく,侵害訴訟の被告が同法104条の3第1項に基づく無効の抗弁を主張するのと併せて,無効の抗弁と同一の無効理由による無効審判請求をし,特許の有効性について侵害訴訟手続と無効審判手続のいわゆるダブルトラックで審理される場合においても妥当するというべきである。
その上で、知財高裁は、以下のとおり、そのようなダブルトラックの場面において、特許無効審判の請求不成立審決が確定したとき、侵害訴訟において特許無効の抗弁を維持することは、訴訟上の信義則に反し、民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと判断しました。
そうすると,侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解するのが相当である。
民事訴訟法
(裁判所及び当事者の責務)
第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
なお、前記のとおり、知財高裁平成30年12月18日判決は「特段の事情がない限り」許されないと述べましたが、本判決では、そのような留保は記載されていません。
特許無効審判の請求人であった控訴人による特許無効の抗弁の許否
まず、知財高裁は、以下の点を指摘しました。
- 控訴人らが原審において特許無効の抗弁を主張したこと
- 控訴人日進のみが特許無効審判を請求したが、請求不成立審決がされたこと
- 審決取消訴訟の不提起により請求不成立審決が確定したこと
その上で、知財高裁は、以下のとおり、控訴人日進が本訴訟において主張する無効理由は当該審決で排斥された無効理由と実質的に同一の事実・同一の証拠に基づくものであるから、そのような特許無効の抗弁の主張は許されないと判断しました。
加えて,控訴人日進が原審及び当審において主張する乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由は,確定した別件審決で排斥された「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくものと認められるから……,被控訴人<ママ>日進が当審において乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。
特許無効審判の請求人でも参加人でもなかった控訴人らによる特許無効の抗弁の許否
次に、知財高裁は、特許無効審判の請求人でも参加人でもなかった控訴人セイエー及び控訴人OHUについても同様の判断を示しました。
まず、知財高裁は、以下の点を指摘しました。
- 控訴人セイエーは控訴人OHUに被告製品を販売し、控訴人OHUは控訴人日進に被告製品を販売するという継続的な取引関係があり、特許無効審判に関する利害は3者間で一致していること
- 控訴人セイエー及び控訴人OHUは、原審において、控訴人日進と同一の特許無効の抗弁を主張し、控訴人日進とともに、特許無効審判の審判請求書及び被控訴人が特許無効審判で提出した「口頭審理陳述要領書(2)」を書証として提出していることから、控訴人セイエー及び控訴人OHUは、別件無効審判の内容及び経緯について十分に認識し、別件無効審判における控訴人日進の主張立証活動を事実上容認していたこと
- これらの事実関係の下においては、控訴人セイエー及び控訴人OHUは、特許無効審判の請求人である控訴人日進と同視し得る立場にあること
その上で、知財高裁は、以下のとおり、確定した審決で排斥された無効理由と実質的に同一の事実・同一の証拠に基づく無効理由による特許無効の抗弁の主張を控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは紛争の蒸し返しにほかならなから、そのような特許無効の抗弁の主張は許されないと判断しました。
……確定した別件審決で排斥された「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づく乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁の主張をすることを控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは,紛争の蒸し返しができるとすることにほかならないというべきである。
したがって,控訴人セイエー及び控訴人OHUにおいても,控訴人日進と同様に,当審において乙22を主引用例とする進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。
コメント
特許権侵害訴訟においては、複数の被疑侵害者が同時に被告とされることも多いですが、被告らが対抗措置として特許無効審判を請求する場合には、必ずしも被告らの全員が当該審判の請求人や参加人になるわけではありません。そのため、本判決が請求人と同視し得る立場にある当事者による特許無効の抗弁を制限したことは、実務へのインパクトが大きいものと考えられます。
他方、本件においては、被疑侵害者側が原審から共同して特許無効に関する主張立証を展開してきた経緯があり、「請求人と同視し得る立場」の認定に特段の支障はなかったものと思われますが、「請求人と同視し得る立場」と認められる範囲の外縁は、本判決からは明らかではありません。
また、本件では問題となっていませんが、「請求人と同視し得る立場」にある当事者は、特許無効の抗弁と同様に、同一の事実・同一の証拠に基づく特許無効審判請求についても制限を受けるのか(特許法167条の一事不再理効が「当事者及び参加人」以外にも及ぶ場合があるのか)についても、本判決からは明らかではありません。
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(文責・溝上)