知的財産高等裁判所第3部(高部眞規子裁判長)は、昨年(2018年)12月25日、特許権者が被疑侵害品のメーカーに対して権利を行使しておらず、また、権利行使をしない旨の和解をする意思があると裁判所で述べていても、米国において当該メーカーの顧客に対してファミリー特許に基づく侵害訴訟が提起されていることや、特許権者が、訴訟審理において、メーカーに対し、行使はしないものの損害賠償請求権を有していると述べていることを根拠として、メーカーが特許権者に対して提起した債務不存在確認の訴えについて確認の利益を認めました。

確認訴訟における即時確定の利益を広く解釈したものとして参考になる事例と思われます。

ポイント

骨子

  • ①被控訴人(特許権者)が別件米訴訟において、控訴人補助参加人(顧客)に対し、控訴人補助参加人が本件各製品を製造販売した行為について、本件米国特許権の侵害を理由として損害賠償請求をしている、②被疑侵害品の製造のために用いられた本件各機械装置を製造し、これを控訴人補助参加人に販売したのは控訴人(メーカー)である、③第1回口頭弁論期日において、被控訴人が、被控訴人は控訴人に対し、本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有する旨陳述したという事実関係の下では、控訴人と被控訴人との間に本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権の存否について争いがあり、控訴人は、被控訴人から、上記損害賠償請求権を行使されるおそれが現に存在するというべきである。したがって、被控訴人が控訴人に対し、本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは、即時確定の利益を有する。
  • 被控訴人が、本件訴訟の提起前に、控訴人に対し、控訴人による本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を主張し、又はこれを行使したことはなく、さらに、原審第4回弁論準備手続期日において、被控訴人は控訴人に対し、上記損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられる旨述べていたとしても、控訴人と被控訴人の間では、上記損害賠償請求権の存否については争いが存在するといえる。また、被控訴人は、上記のとおり述べたとしても、これにより上記損害賠償請求権を行使しないことについて法的義務を負うに至ったものではなく、将来にわたって確実に権利行使をしないことを保証するものとはいえない。したがって、前記損害賠償請求権の不存在を確認する訴えについて即時確定の利益を欠くということはできない。

判決概要

事件名特許権侵害による損害賠償債務不存在確認等請求控訴事件

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 平成30年12月25日
事件番号 平成30年(ネ)第10059号
対象特許 「樹脂フィルムの連続製造方法及び装置及び設備」
※裁判所HPの判決文中には特許番号の明示はありませんが、特許第2696244号と考えられます。
また、上記特許のファミリー特許である米国特許も対象とされています。
原判決 東京地方裁判所平成29年(ワ)第28060号
裁判官 裁判長裁判官 高 部 眞規子
裁判官    杉 浦 正 樹
裁判官    片 瀬   亮

解説

債務不存在確認の訴えとは

債務不存在確認の訴えは、確認の訴えのひとつで、何らかの債務の履行請求を受けている者が原告となり、履行請求をしている者を被告として、請求の対象となっている債務が存在しないことの確認を求める訴訟類型です。

特許権侵害との関係では、特許権侵害に基づく損害賠償請求などを受けている者が請求に理由がないと考えるときに、特許権者から侵害訴訟の提起を受けるのを待たずに、債務不存在請求訴訟を提起することがあります。

地位確認の訴えとは

地位確認の訴えも確認の訴えのひとつで、原告の法的な地位の確認を求める訴訟類型です。代表的な例としては、解雇された従業員が、不当解雇などを理由に解雇無効の主張をし、従業員としての地位が存続していることの確認を求める訴訟があります。

確認の利益とは

民事訴訟の主目的は当事者間の紛争を解決することにあるため、訴えが適法である要件として、原告の請求に対して本案判決をすることが当事者間の紛争解決にとって有益かつ適切であることが求められます。このような要件を訴えの利益と呼びます。

一般に、何かを確認しただけでは紛争の解決につながらないため、確認訴訟の場合には、この訴えの利益をどのように考えるかが難しく、確認訴訟における訴えの利益は、特に確認の利益と呼ばれ、しばしば議論の対象となります。

確認の利益が認められるための要件

確認の利益が認められるためには、前提として、確認の対象が、現在の権利義務や法律関係でなければならず、過去の権利義務ないし法律関係や、事実の確認は、例外的な場合を除いて認められないと解されています(最三判昭和36年5月2日)。

また、確認の対象が適切であるとしても、確認の利益が認められるためには、さらに、「現に原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合」であることを要すると解されています(最三判昭和30年12月26日)。このような意味での確認の利益の要件は、即時確定の利益ないし紛争の成熟性と呼ばれます。

これらの要件を満たさない場合、確認の訴えは本案の審理を受けることなく却下されます。

なお、確認の利益についての詳細な解説は、「創作の事実ないし著作権・著作者人格権を有することの確認請求訴訟の適法性に関する『かっぱえびせん』事件東京地裁判決について」をご覧ください。

補助参加とは

民事訴訟は、訴えを提起する原告と、その相手方となる被告との間で争われるのが原則ですが、いくつかの場合に、第三者が訴訟に参加することが認められています。そのひとつが補助参加といわれる参加形態で、訴訟の結果について利害関係を有する者が、当事者の一方を勝訴させることにより自己の利益を守るために、訴訟に参加することをいいます(民事訴訟法42条)。

補助参加をすると、裁判の効力が補助参加人にも生じます(同法46条)。この効力は、判決主文のみに生じる既判力とは異なって、判決の理由中の判断にも生じると解されており、既判力と区別するために参加的効力と呼ばれています。

事案の概要

本件において、特許権者Aは、Bに対し、通常実施権を許諾していたところ、Bは、Aの競合会社であるCに当該特許の実施品を販売しました。

特許権者Aは、米国において、競合会社Cに対し、特許権侵害訴訟を提起しました。Aは、上記通常実施権許諾契約において、競合会社への販売を禁止する特約があった等の主張をしていたところ、Aの主張が認められ、Cによる特許権侵害の成立が肯定されました。

この状況において、通常実施権者Bが、日本国内で、特許権者Aを被告として、①特許権侵害に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認と、②通常実施権の許諾時から現在に至るまでCに対して実施品を使用させることができる地位にあったことの確認を求め、また、CがBの補助参加人として参加したのが本訴訟です。

なお、対象特許は平成元年の出願にかかるものであり、訴えの提起以前に保護期間を満了していたため、差止は問題とされていません。

争点と原判決

上述のとおり、Aは、本訴訟の被告であるBではなく、Bから特許発明の実施品を購入したCに対して米国訴訟を提起しています。また、Aは、本訴訟控訴審では、Bに対しても損害賠償請求権を有するとの考えを述べているものの、本訴訟の第一審の審理以来、その損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられるとも述べていました。

そのため、本訴訟において、Aは、上記①の債務不存在の確認請求については、「現に原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在」するとはいえないとして、訴えが不適法であると主張しました。これに対し、Bは、仮にCが米国訴訟で敗訴すると、Cから求償請求を受ける恐れがあるため、その恐れを除去するために、確認の利益があると主張しましたが、Aは、仮に補助参加人であるCとAとの間で債務の不存在が確認されたとしても、その効力はBに及ばないから、Bにとっては紛争解決とならず、やはり確認の利益はないと主張しました。

また、上記②の地位確認の請求については、すでに特許権が保護期間満了で消滅している以上、現在の法律上の地位を確認する利益はないのではないかという点、及び、過去分については、AがBに対して損害賠償請求をする恐れが現に存在するとはいえない以上、やはり確認の利益がないのではないか、ということが争われました。

原裁判所である東京地方裁判所第47部(沖中康人裁判長)は、いずれの問題についてもAの主張を認め、確認の利益を欠くものとしてBの訴えを却下しました。

原判決の後、Bは、Aに対し、実施許諾契約違反を理由に別途損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起し、また、CもAに対して、米国訴訟が不当訴訟であるとして大阪地方裁判所で損害賠償請求訴訟を提起しています。

判決の要旨

本判決は、②地位確認請求については過去の地位については確認の対象として不適切であり、また、現在の地位については即時確定の利益を欠くとして原判決を維持しました。

他方、本判決は、①債務不存在確認請求については原判決を覆しました。債務不存在確認請求について確認の利益を認めた理由として、本判決は、以下のとおり、(i) Aは、Bが販売した実施品についてCに対する米国訴訟を提起していること、(ii) Aは、裁判所で、Bに対する損害賠償請求権を有すると述べており、損害賠償請求権の存否に争いがあること、という2点をあげています。

被控訴人【注:特許権者A】は,別件米訴訟において,控訴人補助参加人【注:顧客C】に対し,控訴人補助参加人が本件各製品を製造販売した行為について,本件米国特許権の侵害を理由として損害賠償請求をしているものである。そして,・・・本件各製品の製造のために用いられた本件各機械装置を製造し,これを控訴人補助参加人に販売したのは控訴人【注:通常実施権者B】である。

また,当審第1回口頭弁論期日において,被控訴人が,被控訴人は控訴人に対し,本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有する旨陳述したことは,当裁判所に顕著である。

そうすると,控訴人と被控訴人との間に本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権の存否について争いがあり,控訴人は,被控訴人から,上記損害賠償請求権を行使されるおそれが現に存在するというべきである。したがって,被控訴人が控訴人に対し,本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求める訴えは,即時確定の利益を有する。

Aは、損害賠償請求権があるとしても、それを現に行使しておらず、また、損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられる旨述べていましたが、この点について、判決は、以下のとおり、そのような陳述をしたとしても、権利の不行使について法的義務を負うものではないとの理由で、Aの主張を退けました。

被控訴人が,本件訴訟の提起前に,控訴人に対し,控訴人による本件各特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を主張し,又はこれを行使したことはなく,さらに,原審第4回弁論準備手続期日において,被控訴人は控訴人に対し,上記損害賠償請求権を将来にわたって主張及び行使しない旨の一部和解に応じられる旨述べていたとしても,控訴人と被控訴人の間では,上記損害賠償請求権の存否については争いが存在するものである。また,被控訴人は,上記のとおり述べたとしても,これにより上記損害賠償請求権を行使しないことについて法的義務を負うに至ったものではなく,将来にわたって確実に権利行使をしないことを保証するものとはいえない。

したがって,前記損害賠償請求権の不存在を確認する訴えについて即時確定の利益を欠くとの被控訴人の前記主張は,採用できない。

また、Aは、B及びCが大阪地方裁判所で別途訴訟を提起したため、本件の問題は、そちらの各訴訟で解決するのが適切であるとも主張しましたが、判決は、以下のとおり、この主張も排斥しました。

別件大阪訴訟は,控訴人らが,被控訴人に対し,被控訴人が別件米国訴訟を提起したことについて,不法行為又は本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償金の支払等を求めるものである。一方,本件訴訟の争点・・・は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が控訴人補助参加人に対し,控訴人補助参加人による本件各特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権を有しないことの確認を求めるものである。両訴訟の訴訟物が相違するだけではなく,審理の対象となる不法行為ないし債務不履行行為の内容も,全く異なる。本件訴訟が別件大阪訴訟の補充的なものということもできない。

よって,控訴人らが原判決後に別件大阪訴訟を提起したからといって,本件訴訟の確認の利益が失われることはなく,被控訴人の前記主張は採用できない。

結論として、本判決は、原判決を取り消し、債務不存在確認についてさらに審理させるべく、事件を東京地方裁判所に差し戻しました。

コメント

本件において、知財高裁は、特許権者(A)が、被疑侵害品のメーカー(B)に対して権利を行使しておらず、また、権利行使をする意思がないと述べていても、当該メーカーの顧客(C)に対して米国で侵害訴訟を提起していることや、AがBに対する損害賠償請求権そのものは有していると述べていることを根拠として、メーカーの特許権者に対する債務不存在確認の訴えについて確認の利益を認めました。

知財高裁の判断は、米国訴訟の存在を前提事実としつつも、CのAに対する求償請求権などの問題は捨象して端的に国内問題と捉えた上で、Aが損害賠償請求権を有すると考えている以上、顧客に対する権利行使があれば、将来メーカーに対する権利行使もあり得ると考え、確認の利益を認めたものといえます。顧客に対する訴訟が存在するとはいえ、特許権者が現に権利行使をしておらず、また、確認請求訴訟の期日でも権利不行使の約束を内容とする和解の意思を示した相手方との関係で、法的見解の相違を基礎に確認の利益を肯定したのは、かなり踏み込んだ判決と思われます。

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令和2年9月14日追記

令和2年9月7日、本判決を覆す上告審判決がありました。解説は、こちらをご覧ください。

(文責・町野)