知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は、本年(2019年)2月26日、訂正請求を否定した特許無効審判の審決に対し、審決取消訴訟裁判所が訂正は認められるべきものであるとの判断をし、さらに進んで、原審決ではなされていない訂正発明と引用発明の対比に基づく進歩性判断を行ったという事例において、当該進歩性判断にも特許庁や後訴裁判所に対する拘束力が生じるとの考え方を示しました。

判示は比較的簡潔ですが、背景には、特許無効審判の審決取消訴訟の審理範囲と取消判決の拘束力の関係をどのように捉えるのか、また、特許無効審判係属中の訂正審判が全面的にできなくなった平成23年改正法のもと、原審決が対比していない訂正発明と引用発明との対比を裁判所が行うことについてどのように考えるのかなど、背景に特許法における重要な論点が存在する判決といえます。

ポイント

骨子

  • 前訴判決の上記認定判断及び審理経過によれば,前訴判決が前件審決のうち,本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消すとの結論を導いた理由は,本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあること,本件訂正後の請求項9に係る発明(本件訂正発明9)は,当業者が甲5に記載された発明に基づいて相違点9-Aに係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから,甲5に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたとはいえないとしたことの両者にあるものと認められ,かかる前訴判決の理由中の判断には取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が及ぶものと解するのが相当である。
  • 上記(メリヤス編み機事件)最高裁大法廷判決は,特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において新たに主張することは許されない旨を判断したものであるところ,前訴判決は,前件審決で審理判断された甲5を主引用例として,甲5に記載された発明と本件訂正発明9とを対比し,本件訂正発明9の進歩性について判断したものであり,上記最高裁大法廷判決は,前訴判決と事案を異にするから,本件に適切ではない。
  • 前訴判決が,前記(1)のとおり,前訴被告(本件訴訟の原告)は,本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は「引用発明1」に基づき容易に想到できる旨主張し,前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断するとした上で,甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性について判断したことは,裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄であるといえるから,相当である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決日 平成31年2月26日
事件番号 平成30年(行ケ)第10071号
事件名 審決取消請求事件
原審決 無効2015-800073号
対象特許 特許第5212364号
「導電性材料の製造方法、その方法により得られた導電性材料、その導電性材料を含む電子機器、発光装置、発光装置製造方法」
裁判官 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官    古 河 謙 一
裁判官    関 根 澄 子

解説

取消訴訟とは

取消訴訟とは、行政庁の公権力の行使に関する不服申立手続である抗告訴訟の類型で、具体的には、行政事件訴訟法第3条2項および3項が、処分の取消の訴えと裁決の取消の訴えとを規定しています。

(抗告訴訟)
第三条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求その他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
(以下略)

取消判決の拘束力

取消判決の拘束力とは

取消判決の拘束力とは、取消訴訟において、行政庁がした処分や裁決を裁判所が取り消したときに、判決の理由中の判断がその後の行政庁の判断を拘束する効力をいいます(行訴33条1項)。判決にこのような効力があるため、行政庁は、いったん取消判決によって処分を取り消されると、判決に示された判断に従った行動をすることが求められます。

第三十三条 処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する。

反復禁止効とは

反復禁止効とは、拘束力の具体的な内容のひとつで、処分または裁決が取り消された場合に行政庁が同一処分をすることを禁止する効力をいいます。

拘束力によって行政庁に生じる義務としては、反復禁止の他に、案件処理のやり直し義務、不整合処分の取消義務、原状回復義務等があげられますが、特許審判の審決が取り消されたときは、審理が特許庁に差し戻されるため、具体的に問題になるのは専ら反復禁止効であるといえます。

特許無効審判と審決取消訴訟の法的性質

特許審判とは

特許審判とは、特許法が定める行政審判手続の総称で、現行法のもとでは、拒絶査定不服審判(特許法121条)、特許無効審判(特許法123条)、延長登録無効審判(特許法125条の2)、訂正審判(特許法126条)の4つの種類があります。

4つの審判のうち、拒絶査定不服審判と訂正審判は、審判請求人と特許庁との間で審理が行われる査定系審判で、特許無効審判と延長登録無効審判は、審判請求人と特許権者との間で審理が行われる当事者系審判となっています。

特許審判の審決には訴訟における判決と同様の客観性が求められるため、準司法的な手続が用意され、審理は、特許庁の審判官が構成する合議体によって行われます。

特許無効審判と訂正請求

本件で問題とされた審判の類型は、特許無効審判であり、また、その手続過程で、訂正請求が行われています。

特許無効審判とは、特許を無効にすることを目的とする審判をいい(特許法123条1項)、上述のとおり、特許の無効化を求める審判請求人と特許権者の間で争われる当事者対立構造の手続となっています。

特許無効の主張を受けた特許権者としては、特許が無効にされるのを回避するため、訂正という手続を取ることができます。訂正は、特許無効審判が係属していないときは、訂正審判に寄ることになりますが、特許無効審判の係属中は、特許無効審判の手続の一部である訂正請求によって行わなければなりません(特許法134条の2)。

審決等取消訴訟とは

特許法における審決等取消訴訟とは、審決取消訴訟と決定取消訴訟の総称です。審決取消訴訟とは、特許審判における審決について不服を申し立てる訴訟のことで、決定取消訴訟とは、特許異議申立てにおける取消決定に対して不服を申し立てる訴訟と、異議申立書、審判請求書、再審請求書または訂正請求書の却下の決定に対して不服を申し立てる訴訟のことをいいます。

上述のとおり、特許審判には4つの種類がありますので、審決取消訴訟も、これら4つの審判の審決に対する司法上の不服申立手続として機能します。

特許無効審判の審決取消訴訟の法的性質

拒絶査定不服審判や訂正審判は、上述のとおり、審判請求人と特許庁との間で審理が行われる査定系の審判であり、それらの審決に対する取消訴訟もまた審判請求人と特許庁との間で争われるため、その性質が取消訴訟であることには争いがありません。

他方、特許無効審判は、審判請求人と特許権者という私人間で争われ、それに対して特許庁が審決をするという訴訟類似の当事者対立構造を採用しており、審決取消訴訟でも審判の当事者がそのまま訴訟当事者となります。

このように当事者対立構造が採用されている点においては、特許無効審判の審決取消訴訟は、行政事件訴訟法4条にて定義される当事者訴訟のようにも見えます。

(当事者訴訟)
第四条 この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。

とはいえ、特許無効審判の審決取消訴訟も、審決の取消を求める手続である点では、拒絶査定不服審判や訂正審判の取消訴訟と変わりません。そのため、特許無効審判の審決取消訴訟の性質をめぐっては、当事者訴訟と解する説(当事者訴訟説)と抗告訴訟と解する説(抗告訴訟説)とに分かれています。

この論点につき、古くは当事者訴訟説が通説とされていましたが、最二判平成14年2月22日民集56巻2号348頁「ETNIES」事件は、商標登録無効審決の取消判決に、文言上取消訴訟にしか適用のない取消判決の第三者効に関する規定(行訴32条1項)が適用されることを前提とした判断を示しており、学説でも、訴訟の形式が当事者訴訟に該当するとしても、実質は抗告訴訟であると解する考え方が有力になっています。

このような状況に鑑みれば、現時点における実務としては、特許無効審判の審決取消訴訟の実質は、抗告訴訟、なかんずく取消訴訟と考えられているといって差し支えなく、上述の取消訴訟及び取消判決の拘束力に関する考え方は、特許無効審判の審決取消判決にも妥当することとなります(なお、拘束力に関する行訴33条1項に限れば、行訴41条1項により当事者訴訟にも準用されているため、当事者訴訟説に立ったとしても適用関係は同一です。)。

特許無効審判の取消判決の拘束力の範囲

特許無効審判の審決を取り消す判決の拘束力については、その効力範囲を巡って、数多くの裁判例が存在しています。この問題について、かつての東京高等裁判所知的財産部(現・知的財産高等裁判所)は、取消判決があった後の特許庁における審理に際し、「実質的に新たな証拠」が提出された場合には、取り消された審決と同じ理由で同じ結論の審決をすることも判決の拘束力に反しないと解していました(東京高判平成元年4月26日無体裁集21巻1号327頁「自動二輪車用燃料タンクの製造方法」事件)。

(一)取り消された審決とは異なる理由で同じ結論の第二回審決をすることはもとより、(二)取り消された審決がされた審判手続及び右審決の取消訴訟において取調べられておらず、かつ、右審決を取り消した判決の事実についての認定判断を覆すに足りる証明力を有するという意味において実質的に新たな証拠が提出された結果、取り消された審決の事実認定と異なる事実認定又は同じ事実認定に基づいて、取り消された審決と同じ理由で同じ結論の第二回審決をすることも、右の拘束力に反するものではない。

これに対し、最高裁判所は、以下のとおり述べ、取消判決の拘束力は「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる」との考え方を示しました(最三判平成4年4月28日民集46巻4号245頁「高速旋回式バレル研磨法」事件)。この判決のもとでは、審決取消判決の拘束力が及ぶか否かは、対象となる理由中の判断が「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断」に該当するかによって判断されることになります。

(取消判決)の拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは右主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく,審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。

高速旋回式バレル研磨法最判は、要するに、前訴判決でなされた認定判断に反する認定判断は許されないとするもので、実質的に新たな証拠があれば前訴判決の認定判断を覆すことも認めていた従来の東京高裁の考え方と比較して、拘束力の範囲を広く捉えたものということができます。

また、行訴33条1項の文言上、拘束力の直接の名宛人は行政庁ですが、高速旋回式バレル研磨法最判は、その効果として、訴訟当事者も拘束力に反する主張立証はできず、さらに、拘束力にしたがってされた再審決についての審決取消訴訟裁判所もまた前訴判決に拘束されるとの考え方を示しています。つまり、審決が前訴判決の拘束力にしたがってされたものと認められれば、それだけで審決には誤りがないことになり、審決取消訴訟裁判所は、拘束力が生じる範囲内では、新たに提出された当事者の主張は考慮する必要はなく、また、考慮することは許されないこととなります。

特許無効審判の審決取消訴訟の審理範囲と訂正をめぐる問題

一般の行政訴訟と異なり、特許無効審判の審決取消判決の効力を考える際には、審理範囲の問題を考慮する必要があります。今回紹介する判決においても、この点が問題となっています。

特許無効審判の審決取消訴訟の審理範囲の制限

行政法の一般的な考え方では、取消訴訟の訴訟物は、行政処分の違法性一般と考えられています。つまり、対象となる行政処分や裁決に何か違法な部分があれば、それが取消の理由になります。

他方、特許無効審判の審決取消訴訟については、最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁「メリヤス編機」事件が以下のように述べ、審判官の判断を経ていない公知技術について、審決取消訴訟裁判所が対比を行うことは審理範囲外となるとの考え方を示しています。つまり、審決取消訴訟に移行してから、審判段階で審理されていなかった新たな先行技術を見つけてきて無効主張をすることはできないのです。

審決の取消訴訟においては,抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができない。

そのような審理制限を加える根拠として、判決にはいくつもの理由が述べられていますが、現時点では、技術専門庁である特許庁による判断を受ける機会を保障することに求められるといってよいでしょう。

なお、この判決の基礎となった審判手続は大正10年法の適用を受けるもので、判決文中に現れる「抗告審判」は、現行特許法(昭和34年改正法)には存在しませんが、判決の考え方は、現行法下の特許無効審判にも適用されると解されています。

審理範囲の制限と補強証拠の提出

上述のメリヤス編み機事件最判のもと、審判で審理されていない無効理由を審決取消訴訟で提出することはできません。もっとも、審決取消訴訟で新たな立証活動が一切封じられるわけではなく、技術常識の立証のための補強証拠の提出などは許されます(最一判昭和55年1月24日民集34巻1号80頁)。

訂正審決と審決取消訴訟裁判所の審理範囲

メリヤス編み機事件最判は、審決取消訴訟で新たな公知技術との対比はできないとの考え方を示したものですが、特許庁がしていない対比を禁ずるという意味では、公知技術が新たに主張される場合のほか、特許発明の内容が訂正される場合も問題となります。特許発明と公知技術との対比が行われる以上、公知技術が入れ替わっても、特許発明が入れ替わっても、特許庁による対比を経ていない状態となることは同じだからです。

この点について、最三判平成11年3月9日民集53巻3号303頁大径角形鋼管事件判決は、メリヤス編み機事件最判に基づき、特許無効審判の審決取消訴訟係属後に訂正審決が確定した場合には、裁判所は訂正発明と公知技術との対比はできず、特許庁で審理をさせるために審決を取り消さなければならないとの判断を示しました。

要するに、メリヤス編み機事件判決の趣旨は、新規の引用発明を主張する場合だけでなく、特許発明が訂正された場合にも及ぶことが示されたのです。

なお、この判決があった平成11年当時は、特許無効審判の審決があったときは、審決が確定していなくても、訂正審判を請求することが許されていました。しかし、その後、平成15年改正特許法により、審決取消訴訟提起後に訂正審判を請求できる期間が制限され、さらに、平成23年改正特許法により、審決予告の制度が設けられる一方、特許無効審判の審決が確定するまで訂正審判の請求はできないこととされたため、大径角形鋼管事件最判と同様の状況が生じる可能性は事実上なくなりました。

訂正審決と拘束力

また、大径角形鋼管事件最判に先立ち、最高裁判所は、無効審決後取消訴訟係属中に減縮の訂正審決が確定した結果、無効審決の理由に齟齬が生じたため、裁判所が審決を取り消した場合において、判決が取消の理由に加えて、訂正発明に無効原因はないとの判断を加えたとしても、拘束力が生じるのは原審決の齟齬を指摘する部分にとどまり、無効原因にかかる判断には拘束力が生じないとの考え方を示しています(最二判平成4年7月17日裁判集民事165号283頁)。

原審の適法に確定した事実関係によれば、本件無効審判請求につき前にされた審決の取消訴訟における判決は、右訴訟の係属中に特許請求の範囲の減縮をも目的とした訂正審決が確定したことにより、訂正前の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明を対象とした右審決は結果的に審判の対象を誤った違法があることになるとし、更に進んで、訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明につき無効原因はないとの判断も加えて、審決を取り消したというのであり、そうであるならば、右取消判決の拘束力の生じる範囲は、審決が審判の対象を誤ったとした部分にとどまるのである。本件無効審判請求につき更にされた本件審決は、右取消判決の拘束力に従い訂正後の本件明細書の特許請求の範囲第一項に記載された発明を審判の対象とした上で、右発明につき無効原因はないと判断しているが、右判断は右取消判決の拘束力に従ってされたものではないというべきであり、これが右取消判決の拘束力に従ってされたものであることを前提とする原判決の説示部分には、審決取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわなければならない。

事案の概要

手続の流れ

本件は、特許第5212364号「導電性材料の製造方法、その方法により得られた導電性材料、その導電性材料を含む電子機器、発光装置、発光装置製造方法」に対する特許無効審判(無効2015-800073号)の審決取消訴訟です。

この特許無効審判は、平成27年3月24日に請求されましたが、手続中訂正請求がなされ、平成28年12月14日、一部の請求項について訂正を認めつつ、訂正を認めなかった請求項は進歩性欠如により無効、その他は不成立ないし請求却下という審決をしました。

これに対し、特許権者が、審決で訂正が認められずに無効にされた請求項の一部について審決取消訴訟を提起したところ、知的財産高等裁判所第4部(髙部眞規子裁判長・当時)は、平成29年11月7日、訴えにかかる請求項の一部について特許庁が訂正を認めなかったのは違法であるとの判断をするとともに、さらに、訂正後の発明について進歩性の審理を行い、容易相当性を否定する判断を示しました。

同判決の確定に伴い、審理は特許庁に差し戻され、特許庁は、平成30年4月9日、上記判決の判示事項に従った審決をしました。この審決に対し、審判請求人が取消を求めて提起したのが本訴訟です。

なお、上記前訴判決の合議体と本判決の合議体とは、裁判長は異なるものの、2名の陪席は共通しています。

争点にかかる請求項を巡る議論

本訴訟で問題とされた請求項は3つですが、本稿では、請求項9にかかる前訴判決の拘束力の問題のみを取り上げますので、請求項9に関する議論を追いかけてみます。

設定登録時の請求項9の記載は以下のとおりでした。

【請求項9】
導電性材料の製造方法であって、
前記方法が、
銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって、前記銀の粒子が、0.1μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を、酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して、前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し、それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。

これに対し、前訴判決で認められた訂正発明は、以下のとおり、数値範囲を一部限定するとともに、いわゆる除くクレームとすることで生産方法を限定するものでした。

【請求項9】
導電性材料の製造方法であって、
前記方法が、
銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって、前記銀の粒子が、2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を、酸素、オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して、前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く)、それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。

特許庁は、最初の審決では上記訂正は不適法であるとして認めず、訂正前の請求項9について引用発明との対比を行い、結論として進歩性を欠くとの判断をしました。

他方、前訴判決は、特許請求の範囲の減縮(特許法134条の2第1項1号)にあたるとして上記訂正を認め、さらに、訂正後の発明と引用発明との対比を行い、訂正発明は進歩性を有するとの判断をしました。

上記前訴判決を受けて、特許庁は訂正を認めるとともに、訂正発明は容易想到ではなかったとして、不成立審決をしました。本件は、この審決に対する取消訴訟であり、特許権者である被告は、審決は、前訴判決の拘束力に従ったもので、誤りはないと主張しました。

他方、審判請求人である原告は、審判段階では訂正が認められず、訂正発明と引用発明の対比は行われていないため、審決取消訴訟で訂正発明と引用発明とを対比したのは、審判においてなされていない対比をしたものであって、上記メリヤス編み機事件最判に反して違法であり、当該判断には拘束力が生じないとの主張をしました。

判決の要旨

拘束力の範囲について

判決は、まず、前訴判決の判示内容を以下のとおり紹介します。

確定した前訴判決は,請求項9に係る本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあるとした上で,①前訴被告(本件訴訟の原告)は,本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は「引用発明1」(本件審決の引用発明5)に基づき容易に想到できる旨主張し,前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断する,②本件訂正発明9と「引用発明1」は,前件審決が認定した本件発明9と「引用発明1」との相違点9-2に加えて,少なくとも相違点9-A及び相違点9-Bの点でさらに相違することが認められる,③相違点9-Aに関し,「引用発明1」の製造方法は,本件訂正発明9の「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得る方法」とは異なることが明らかであり,甲5は,銀フレークを端部でのみ焼結させて,端部を融合させる方法を開示するにとどまり,焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり,端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではないから,「引用発明1」に基づいて,相違点9-Aに係る構成を想到することはできない,④よって,その余の点について判断するまでもなく,本件訂正発明9は,当業者が,「引用発明1」に基づき容易に想到できるということはできない旨判断し,前件審決のうち,本件発明9は甲5に記載された発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたことを理由に,本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消した。

続いて、判決は、前訴の審理手続の中で、訂正発明と引用発明との相違点について、当事者が主張を戦わせていたことを認定しました。

前訴において,原告は,平成29年5月29日付け準備書面(1)(甲56)に基づいて,甲5には,「銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している場合」の記載がないから,甲5に記載された発明は,銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している構成のものとはいえず,相違点9-Aは,本件訂正発明9と甲5に記載された発明の相違点ではない旨主張した。これに対し被告は,同年6月29日付け準備書面(原告その2)(甲53)に基づいて,甲5には,端部(周縁部分)を有する銀フレークを用い,該銀フレークの端部(周縁部分)のみで,銀フレーク同士を融着させる製造法であり,銀フレークの周縁部分のみ融着した導電性材料を得られるものであることについて十分にサポートされている旨主張し,原告の上記主張を争った。

その上で、判決は、前訴判決が、前件審決のうち、請求項9にかかる発明についての特許を無効とした部分を取り消した理由は、訂正を認めなかった点の誤りと、進歩性を欠くとした点の誤りの双方であるとの認定をしました。要するに、前訴判決の判断のうち、訂正にかかる判断のみならず、進歩性判断もまた、高速旋回式バレル研磨法最判にいう「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断」に相当するとの判断をしたものといえます。

前訴判決の上記認定判断及び審理経過によれば,前訴判決が前件審決のうち,本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消すとの結論を導いた理由は,本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあること,本件訂正後の請求項9に係る発明(本件訂正発明9)は,当業者が甲5に記載された発明に基づいて相違点9-Aに係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから,甲5に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたとはいえないとしたことの両者にあるものと認められ,かかる前訴判決の理由中の判断には取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が及ぶものと解するのが相当である。

上記判断を前提に、判決は、審決は前訴判決の拘束力にしたがってされたものであるから、誤りはないとの判断を示しました。

そして,前訴判決確定後にされた本件審決は,前訴判決と同様の説示をし,本件訂正発明9は,当業者が甲5に記載された発明(引用発明5)に基づいて相違点9-3(相違点9-Aと同じ)に係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから,その余の点について判断するまでもなく,引用発明5に基づき容易に発明をすることができたとはいえないと判断したものである。
そうすると,本件審決の上記判断は,確定した前訴判決(取消判決)の拘束力に従ってされたものと認められるから,誤りはないというべきである。

審理範囲の制限と拘束力の関係について

上記判断を示した後に、判決は、原告(審判請求人)の主張について裁判所の判断を示しています。

原告は,①前訴判決は,本来,専門的知識経験を有する審判官の審判手続により審理判断をすべき本件訂正発明9の無効理由について,審判官の審判手続による審決を経ずに,技術常識を無視した認定判断をしたものであり,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決の趣旨に反するものであるから,前訴判決の上記認定判断に拘束力を認めるべきではなく,前訴判決の拘束力に従った本件審決の相違点9-3の認定及び判断は誤りである,②甲5の図3,甲40の【0033】ないし【0035】及び図5の記載事項に照らすと,甲5記載の銀粒子融着構造は,本件訂正発明9の銀粒子融着構造と一致するから,本件審決における引用発明5の認定に誤りがあり,その結果,本件審決は,相違点9-3の認定及び判断を誤ったものである旨で主張する。

ここでは、原告の主張として、拘束力に関する事項と、引用発明および相違点の認定に関する事項が紹介されています。しかし、上述のとおり、審決が前訴判決の拘束力にしたがってされたものと認められれば、それだけで審決には誤りがないことになりますので、拘束力が生じる範囲内では、後訴で新たに提出された当事者の実体法的主張は考慮する必要はなく、また、考慮することは許されません。そのため、以下の判示事項は、もっぱら拘束力に関する事項に限定されています。

具体的には、まず、メリヤス編み機事件最判に示された審理範囲と拘束力の問題について、本件では、新たな引用発明が主張されたわけではないため、メリヤス編み機事件最判の判旨が適用される事案ではないとの考え方を示します。

上記最高裁大法廷判決は,特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において新たに主張することは許されない旨を判断したものであるところ,前訴判決は,前件審決で審理判断された甲5を主引用例として,甲5に記載された発明と本件訂正発明9とを対比し,本件訂正発明9の進歩性について判断したものであり,上記最高裁大法廷判決は,前訴判決と事案を異にするから,本件に適切ではない。

また、判決は、訂正発明の進歩性についても当事者間で議論が尽くされていたため、裁判所がその点について判断を示すのは「裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄」であると述べます。

次に,前訴判決が,前記(1)のとおり,前訴被告(本件訴訟の原告)は,本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は「引用発明1」に基づき容易に想到できる旨主張し,前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断するとした上で,甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性について判断したことは,裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄であるといえるから,相当である。

最後に、判決は、本件審決の認定判断の誤りの根拠として新たに提出された証拠について、既存の引例の記載にかかる原告の主張を補強するための証拠に過ぎず、その存在によって前訴判決の拘束力は左右されないとの判断を示しました。

さらに,原告は,本件審決における相違点9-3の認定及び判断に誤りがあることの根拠として,前訴判決と同一の引用例である甲5とともに,甲40を挙げるが,甲40は,甲5の記載事項の認定に関する原告の主張を補強する趣旨で提出されたものであって,新たな公知事実(引用例)を追加するものではないから,前訴判決の拘束力を揺るがすものとはいえない。

なお、最後の新規証拠の点については、審理範囲の制限のもとでも補強証拠の提出は妨げられず(上記最一判昭和55年1月24日)、また、他方で、高速旋回式バレル研磨法最判の下ではもちろん、それ以前の東京高等裁判所の実務でも、補強証拠の存在によって拘束力は左右されないとの判断になることに変わりはなかったと思われます。

コメント

近年、知的財産高等裁判所は、紛争の一回的解決を重視する姿勢を鮮明にしていますが、この判決もそのような流れの中に位置づけることができるものと思われます。

一事不再理の相対効化や、特許異議申立て制度の復活に伴う特許無効審判の請求人適格の制限などにより、現在の特許無効審判は、歴史上最も民事訴訟に近い制度になっています。本判決も、民事訴訟における既判力や攻撃防御方法の適時提出の考え方になぞらえれば、前訴で主張が尽くされて判決がなされ、確定している以上、差戻し審や審決取消訴訟で同一争点を争う機会を与える必要はないとの考え方につながることも理解できます。

筆者の個人的見解としても、知財訴訟の迅速化の必要性や、紛争全体の一回的解決の重要性、そして特許無効の抗弁が明文で認められ、裁判所の審理体制も整えられた現状に鑑みると、メリヤス編み機事件最判の桎梏からの脱却は必要であると考えています。

とはいえ、本判決の判断については疑義なしとしないところです。判旨は、高速旋回式バレル研磨法最判の枠組みのもと、訂正の許否の判断の誤りのほか、進歩性判断も原審決取消を導く認定判断であったとの理由で、進歩性判断についてまで拘束力を認めています。

しかし、「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断」という観点からは、訂正の許否の判断の誤りについて判断すれば足りたはずで、進歩性判断が主文を導くのに「必要」な事項といえるかは疑問です。審理範囲の問題についてどのような見解に立つとしても、審決取消訴訟は審決の違法性を判断するものであることに異論はありません。そのため、高速旋回式バレル研磨法最判がいう認定判断の必要性も、審決の違法性判断に必要なものかという観点で考えるはずです。ところが、本件の場合、原審決においては未だ訂正発明の進歩性は判断されていないため、進歩性にかかる認定判断の必要性に疑義が生じるのです。

この点に関し、上述の最判平成4年7月17日は、特許無効審判の審決について取消訴訟が係属した後に訂正審決が確定した場合において、判決が、審理対象に事後的に誤りが生じたことの指摘に加え、訂正発明についての進歩性まで判断した場合に、取消判決の拘束力は審決が審判の対象を誤ったとした部分に生じるにとどまり、進歩性判断にかかる部分には拘束力が生じない旨判示しています。この考え方は、後の高速旋回式バレル研磨法最判の上記規範にも通じるもので、本件においても妥当するものと思われます。

以上からすると、本件において、訂正発明の進歩性にかかる前訴判決の判示事項について拘束力を認めたのは少々行き過ぎで、同じ結論に至るとしても、再度認定判断を行うべきではなかったかと感じられます。

なお、判旨は、審理範囲をめぐる原告の主張について、メリヤス編み機事件最判とは事案を異にするとの理由で排斥していますが、上述のとおり、大径角形鋼管事件最判は、メリヤス編み機事件最判の射程を広く解し、訂正によって請求項の記載が変更された場合にも、審理範囲外となるとの考え方を示しています。法改正によって大径角形鋼管事件最判の直接の適用局面はほぼなくなっていますが、それは抗告審判を対象とするメリヤス編み機事件最判についても同様であり、本件のように、審決取消訴訟で訂正が認められるべきものと判断された場合にも、大径角形鋼管事件最判の趣旨が及ぶと考えるのは特段無理な考え方ではないと思われます。

また、判旨は、前訴判決の進歩性判断に拘束力を認める理由として、訂正発明の進歩性の判断を示したことが前訴裁判所の訴訟指揮権の範囲内に属すると述べていますが、それによって導かれるのは前訴判決の記載の適法性にとどまり、理由中の判断に審理範囲を超えた事項が記載されていた場合に、当該記載に行政庁や後訴裁判所に対する拘束力が生じることの根拠にまではならないように思われます。

上述のとおり、個人的には、本判決の拘束力の理解には直ちに賛同できない面があるものの、他方で、メリヤス編み機事件最判や大径角形鋼管事件最判による審理範囲の制限に由来する問題については可及的に克服されるべきものと考えており、審理範囲に関する点に限っては本判決の判示内容に積極的に反対するものではありません。

また、特許法における最大の論点といっても過言ではない審理範囲の上記各問題を知的財産高等裁判所の裁判官が意識せずに判決をしたということはあり得ず、この問題に関しては、いわば確信犯的な判決をしたものと思われます。

そのため、結論に疑義は残しつつも、審理範囲と拘束力の関係に関する本判決の考え方が今後どのような評価を受けるのか、気になるところです。

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(文責・飯島)