最高裁判所第2小法廷(岡村和美裁判長)は、本年(令和2年)9月7日、特許権者から通常実施権を受けて製品を製造販売している者が、特許権者に対し、その製品の販売先が特許権侵害に基づく損害賠償債務を負わないことの確認を求めた訴えについて、確認の利益がないとの判断を示しました。
特許権者は、その販売先において米国で特許権侵害訴訟を提起しており、販売元であった通常実施権者は、販売先を守るために日本国内で訴訟を提起したものと思われます。訴訟では、通常実施権者自身の債務不存在の確認も求めていたほか、通常実施権者が、販売先に対し、実施品を使わせることのできる地位を有していたことの確認も求めていましたが、本判決は、販売先と特許権者との法律関係に基づく債務不存在確認の利益の存否の問題を取り上げています。
通常実施権者が特許権者に対して債務不存在確認請求訴訟を提起している点や、直接的に確認の対象となっているのが、通常実施権者自身の債務ではなく、その販売先の債務であるなど、かなり特殊な事案ですが、原審である知財高裁は、即時確定の利益を広く介し、確認の利益を認めていました。本判決は、この知財高裁の判断を覆したものです。
ポイント
骨子
- 本件確認請求に係る訴えは,被上告人が,第三者である参加人の上告人に対する債務の不存在の確認を求める訴えであって,被上告人自身の権利義務又は法的地位を確認の対象とするものではなく,たとえ本件確認請求を認容する判決が確定したとしても,その判決の効力は参加人と上告人との間には及ばず,上告人が参加人に対して本件損害賠償請求権を行使することは妨げられない。
- そして,上告人の参加人に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害を被った場合に,被上告人が参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償し,その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることがあるとしても,実際に参加人の損害に対する補償を通じて被上告人に損害が発生するか否かは不確実であるし,被上告人は,現実に同損害が発生したときに,上告人に対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができるのであるから,本件損害賠償請求権が存在しない旨の確認判決を得ることが,被上告人の権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない。
- なお,上記債務不履行に基づく損害賠償請求と本件確認請求の主要事実に係る認定判断が一部重なるからといって,同損害賠償請求訴訟に先立ち,その認定判断を本件訴訟においてあらかじめしておくことが必要かつ適切であるということもできない。
判決概要
裁判所 | 最高裁判所第2小法廷 |
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判決言渡日 | 令和2年9月7日 |
事件番号 | 平成31年(受)第619号 |
事件名 | 特許権侵害による損害賠償債務不存在確認等請求事件 |
原判決 | 知財高判平成30年12月25日平成30年(ネ)第10059号 |
裁判官 | 裁判長裁判官 岡村和美 裁判官 菅野博之 裁判官 三浦 守 裁判官 草野耕一 |
解説
特許紛争における債務不存在確認の訴えとは
特許権侵害をめぐる紛争の解決においては、特許権者が原告となって、侵害行為をしていると思われる者を被告に侵害訴訟を提起するのが一般的です。
他方、状況によっては、侵害警告などを受けた被疑侵害者が、特許権者を相手取って、自分は特許権侵害に基づく損害賠償債務を負わないことの確認を求める訴訟を提起することもあります。
このように、何らかの債務の履行請求を受けている者が原告となり、履行請求をしている者を被告として、請求の対象となっている債務が存在しないことの確認を求める訴訟類型は、債務不存在確認の訴えと呼ばれ、民事訴訟法上確認の訴え(確認訴訟)の一類型に位置づけられます。
確認の利益とは
民事訴訟の主目的は当事者間の紛争を解決することにあるため、一般に、原告の請求に対して本案判決をすることが当事者間の紛争解決にとって有益かつ適切であることが求められます。
このような要件を「訴えの利益」と呼びますが、確認訴訟では、しばしば訴えの力の有無が問題となるため、確認訴訟における訴えの利益は、特に、「確認の利益」と呼ばれます。
例えば、貸したお金の返還を求める場合、返還請求権があることを確認するだけでは終局的な紛争解決にならず、返還債務の支払い命令があって初めて紛争解決が実現できるため、債権者が確認訴訟を提起したとしても、訴えの利益は認められません。この場合には、債務があることの確認訴訟ではなく、貸金返還請求訴訟を提起する必要があります。他方、債権者から現に支払いを求められている状況下で、請求を受けている側が支払い義務を負わないことを確定させるには、債務がないことの確認を求めるしかありません。このような場合には、確認の利益があるものとして、債務不存在確認請求訴訟を提起することができます。
確認の利益が認められるための要件
確認の利益が認められるためには、原則として現在の権利義務や法律関係を確認の対象とすることを前提に(最三判昭和36年5月2日)、「現に原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合」であることを要すると解されています(最三判昭和30年12月26日)。この要件は、「即時確定の利益」ないし「紛争の成熟性」と呼ばれます。
確認訴訟に即時確定の利益がないと判断された場合、確認の訴えは、本案の審理を受けることなく却下されます。
事案の概要
背景事実
本件は、通常実施権者が特許権者を訴えたという珍しい事案で、当事者の関係は少し複雑です。
通常実施権者であるメーカーは、特許権者から許諾を得て(図中①)特許権の実施品である製品の製造販売をしていましたが、その販売先の一社が、本訴訟の補助参加人で、特許権者の競合先でした(図中②。「補助参加人」の意味については原判決の解説をご覧ください。)。
この通常実施権者と販売先との間の契約には、販売先が第三者から特許権の行使を受けて損害を被ったときは、通常実施権者がその損害を補償する旨の合意がありました。
他方、特許権者と通常実施権者との間の通常実施権許諾契約には、特許権者の競合先に実施品を販売することを禁止する条項がありました。上述の通常実施権者の販売先は特許権者の競合先であったことから、特許権者は、米国において、当該販売先に対して特許権を行使し、第一審で特許権侵害が認められました(図中③)。
自らの販売先が特許権者から訴えられた通常実施権者は、対抗手段として、東京地方裁判所において、特許権者に対し、日本特許及びその米国ファミリー特許について、①通常実施権者及びその販売先が、特許権者に対して特許権侵害に基づく損害賠償債務を負担していないことの確認と、②通常実施権者が、通常実施権の許諾時から現在に至るまで販売先に対して実施品を使用させることができる地位にあったことの確認を求める訴訟を提起しました(図中⑤)。
本判決で判断が示されたのは、これらのうち、①の損害賠償債務の不存在確認請求における確認の利益の有無です。
争点
この訴訟の争点は、通常実施権者が、特許権者に対し、通常実施権者自身の損害賠償債務の不存在にとどまらず、特許権者が権利行使している相手方である販売先についてまで債務不存在の確認を求めた、という当事者のズレから生じます。
被告となった特許権者は、通常実施権者自身に対する損害賠償請求について、権利行使する意思はないこと(あるいは、権利行使しないことを内容とする和解に応じる意思があること)を明言し、また、販売先に権利行使をしたからといって通常実施権者との間に紛争が生じるとは限らないから、確認の利益はないと主張しました。
他方、原告である通常実施権者は、仮に販売先が米国訴訟で敗訴すると、販売先から求償を受ける恐れがあるため(図中④)、その恐れを除去するために、確認の利益があると主張しました。
これに対し、被告となった特許権者は、仮に通常実施権者と特許権者との間で債務の不存在が確認されたとしても、その効力は販売先に及ばず、やはり通常実施権者と販売先との間の訴訟で解決する必要があるから、通常実施権者にとってこの訴訟は紛争解決とならず、確認の利益はないと主張しました。
原判決
この訴えを受理した東京地方裁判所民事第47部(沖中康人裁判長)は、被告(特許権者)の主張を認め、原告(通常実施権者)の請求は確認の利益を欠くとして訴えを却下しました。
他方、被告の控訴を受けた知財高裁第1部(高部眞規子裁判長)は、一審判決を覆し、本件において確認の利益を肯定しました。
知財高裁が確認の利益を肯定した根拠は、最高裁判所の判決中の要約に従えば、以下のとおりです。
上告人【注:特許権者】の参加人【注:特許権行使を受けた販売先】に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害を被った場合には,被上告人【注:通常実施権者】は,参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償しなければならず,その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることになる。この請求権の存否を導き出すに当たっては,本件損害賠償請求権の存否の判断に要する主要事実に係る認定及び法律判断と同様の認定判断が必要になるから,本件損害賠償請求権が存在しないことの確認を求めることは,被上告人の上告人に対する権利ないし法律関係を明らかにし,その不安を除去するために有効適切なものといえる。また,上告人が参加人に対し別件米国訴訟を提起し,その第1審において参加人に対して損害賠償を命ずる判決が言い渡されたこと等に照らすと,被上告人の上告人に対する上記損害賠償請求に係る権利又は法的地位について現実の不安が生じている。したがって,本件確認請求に係る訴えには確認の利益がある。
なお、知財高裁の判決においては、米国訴訟の存在のほか、特許権者が、通常実施権者に対して損害賠償請求権は有しているとの法的見解を述べていたことを重視して確認の利益を認定していますが、最高裁判所は、補助参加人となった販売先と特許権者との法律関係に基づいて通常実施権者に確認の利益があるか、という点について判断を示しており、上記の要約も、販売先が関係する判示事項に限られています。
判決の要旨
上記の知財高裁判決に対する上告受理申立てが認められ、本件における確認の利益の有無について最高裁判所が判断を示したのが、本判決です。
判決は、まず、特許権者と通常実施権者との訴訟で販売先の債務不存在が確認されたとしても、その判決の効力は、特許権者と販売先との間に及ばないから、特許権者が販売先に権利行使することは妨げられない、と述べます。
本件確認請求に係る訴えは,被上告人【注:通常実施権者】が,第三者である参加人【注:販売先】の上告人【注:特許権者】に対する債務の不存在の確認を求める訴えであって,被上告人自身の権利義務又は法的地位を確認の対象とするものではなく,たとえ本件確認請求を認容する判決が確定したとしても,その判決の効力は参加人と上告人との間には及ばず,上告人が参加人に対して本件損害賠償請求権を行使することは妨げられない。
続いて、判決は、以下のとおり、通常実施権者とその販売先との紛争は、その可能性はあるとしても、まだ、現実化しておらず、また、通常実施権者としては、実際に販売先に損害が生じた時点で、特許権者に対して損害賠償請求をすることができるのだから、本債務不存在確認訴訟は、「権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切」とはいえない、との判断を示しました。
そして,上告人の参加人に対する本件損害賠償請求権の行使により参加人が損害を被った場合に,被上告人が参加人に対し本件補償合意に基づきその損害を補償し,その補償額について上告人に対し本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をすることがあるとしても,実際に参加人の損害に対する補償を通じて被上告人に損害が発生するか否かは不確実であるし,被上告人は,現実に同損害が発生したときに,上告人に対して本件実施許諾契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起することができるのであるから,本件損害賠償請求権が存在しない旨の確認判決を得ることが,被上告人の権利又は法的地位への危険又は不安を除去するために必要かつ適切であるということはできない。
さらに、判決は、将来の損害賠償請求訴訟と、本件確認請求訴訟とで、主要事実の認定判断が重複するとしても、それだけでは即時確定の利益は認められないことにも触れました。
なお,上記債務不履行に基づく損害賠償請求と本件確認請求の主要事実に係る認定判断が一部重なるからといって,同損害賠償請求訴訟に先立ち,その認定判断を本件訴訟においてあらかじめしておくことが必要かつ適切であるということもできない。
結論として、本判決は、本件における確認の利益を否定しました。
コメント
最高裁判所の判決では詳細が引用されていないものの、原判決において、知財高裁は、特許権者が、通常実施権者に対して権利を行使しておらず、また、和解によって解決する意思があると述べていても、通常実施権者の販売先に対して米国で侵害訴訟を提起していることや、通常実施権者に対しても損害賠償請求権そのものは有していると裁判所で述べていることを根拠として、確認の利益を認めていました。
通常実施権者に対する損害賠償請求権の有無に関する特許権者の上記言動は、法的見解を述べるにとどまるものであって、具体的な権利行使の意思までは見て取れないというべきでしょう。そのため、このような法的見解の相違に依拠して、知財高裁が確認の利益を肯定したのは、法廷において言質を取って無理に紛争を作出したかのようにも見えるところです。将来の潜在的な紛争の芽を摘むことで、紛争の一回的解決を目指したのかも知れませんが、即時確定の利益の認定としては、かなり踏み込んだものであったというべきでしょう。
これに対し、本判決は、より一般的な手法に従って即時確定の利益の認定をしたものといえます。判旨は、特に新たな規範を定立するものではなく、あくまで事例に対する判断を示したものにとどまりますが、特許紛争における確認の利益について考えるにあたり、参考になるものと思われます。
(文責・飯島)
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