東京地方裁判所民事第29部(嶋末和秀裁判長)は、平成30年3月26日、「やめられない、とまらない」というフレーズで知られる「かっぱえびせん」のテレビCMを創作したとの事実の確認を求める訴訟において、当該訴えは事実の確認を求めるものであって確認の利益を欠き、違法であるとの判断を示しました。また、判決は、仮に著作権・著作者人格権の確認を求める場合であっても確認の利益を欠くとの判断も示しています。
判旨はいずれも従来の判例に従ったもので、特に目新しい要素はありませんが、知的財産法の文脈で民事訴訟法の基本的な考え方を整理する上で良い題材となると思われます。
ポイント
判旨概要
- 確認の訴えは,原則として,現在の権利又は法律関係の存在又は不存在の確認を求める限りにおいて許容され,特定の事実の確認を求める訴えは,民訴法134条のような別段の定めがある場合を除き,確認の対象としての適格を欠くものとして,不適法になるものと解される(最高裁昭和29年(オ)第772号同36年5月2日第三小法廷判決・集民51号1頁,最高裁昭和37年(オ)第618号同39年3月24日第三小法廷判決・集民72号597頁等参照)。
- 確認の訴えは,現に,原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合に,その確認の利益が認められる(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁参照)。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
---|---|
判決日 | 平成30年3月26日 |
事 件 | 平成29年(ワ)第25465号 著作者人格権確認等請求事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 嶋 末 和 秀 裁判官 伊 藤 清 隆 裁判官 天 野 研 司 |
解説
訴訟要件と訴えの利益
ある訴えに対し、裁判所が訴訟のテーマとなっている権利義務や法律関係について判決をするためには、例えば、その事件を管轄する裁判所に訴えが提起されているなど、一定の前提条件が整っていなければなりません。こういった判決の前提となる要件を「訴訟要件」といい、仮に訴訟要件が充足されていなければ、訴えは違法とされ、「却下」されます。
訴えの却下は、訴えの対象である権利義務や法律関係の有無について判断することなく訴えを退ける裁判で、そのような裁判をする判決は「訴訟判決」と呼ばれます。訴訟判決に対し、訴えの対象となる権利義務や法律関係について審理した上で内容的判断をすることを「本案判決」といい、内容的審理の結果として訴えが退けられる場合には、却下ではなく、「棄却」の判決がなされます。
「訴えの利益」とは、裁判所が紛争を解決するに値するだけの利益や必要性のことをいい、訴訟要件の一つに位置付けられます。訴えの利益のない訴訟は、実体的な審理をする意味がなく、訴訟要件を欠くものとして、却下されます。
訴えの利益の具体的意味として、民事訴訟の場合、原告の請求に対して本案判決をすることが当事者間の紛争解決にとって有益かつ適切であることが求められます。民事訴訟の主目的は当事者間の紛争を解決することにあるため、その役に立たない訴えは裁判所が取り扱うに適しないのです。
訴訟の類型と訴えの利益
請求の内容に着目すると、民事訴訟は、(i) 給付の訴え、(ii) 確認の訴え、(iii) 形成の訴えの3つに分類することができます。
「給付の訴え」とは、例えば貸したお金の返還を求めるなど、何らかの義務の履行を求める訴訟です。義務の履行としての給付行為には、何かをすること(作為)も、何かをしないこと(不作為)も含まれます。特許権侵害訴訟についてみれば、侵害行為の停止請求は侵害をしないという不作為を求める給付の訴えで、損害賠償請求は賠償金を支払うという作為を求める給付の訴えといえます。実際に提起される民事訴訟は、その多くが給付の訴えにあたります。
「確認の訴え」とは、原告と被告との間の権利義務や法律関係の存否の確認を求める訴えをいいます。具体的には、権利義務や法律関係の存在の確認を求める場合(積極的確認の訴え)と、不存在の確認を求める場合(消極的確認の訴え)とがありますが、いずれも、被告に対して何かをしたりしなかったりすることを求めるものではありません。
「形成の訴え」とは、なんらかの法律関係の変動の宣言を求める訴えのことをいいます。比較的身近な問題として、例えば、離婚判決は、夫婦間の婚姻関係という法律関係に離婚という変動を宣言し、その結果、婚姻関係の解消という新たな法律関係が形成されます。被告に対して何らかの行為を求めるものではない点で給付の訴えと区別され、判決によって新たな法律関係が形成される点で確認の訴えと区別されます。
確認の利益とは
確認の利益の意味と問題点
3つの訴訟類型の中でも、訴えの利益が問題となりがちなのが確認の訴えで、確認の訴えにおける訴えの利益は、特に、「確認の利益」と呼ばれていす。
確認の利益が問題になるのは、確認判決は既存の権利義務や法律関係を確認するだけで、何らかの給付が命じられるわけでも、新たな法律関係が形成されるわけでもないため、多くの場合に終局的な紛争解決に繋がらないからです。
例えば、特許権者Aが、第三者Bを相手に、「BはAの特許権を侵害している」という判決を得ても、Bの侵害行為を差し止められるわけでも、損害賠償を得られるわけでもありません。この場合には、「Bは侵害行為をしてはならない、賠償金を支払え」という給付の命令を得なければ意味がなく、確認のみの判決をすることには意味がありません。
確認の利益が認められる場合
このように、確認の訴えは直ちに紛争解決に繋がらないことが多いため、どのような場合に確認の利益が認められるかは、民事訴訟法解釈における論点のひとつとなっています。
この問題について、最高裁判所は、「現に原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合」に確認の利益が認められるとし(最三判昭和30年12月26日)、この判断基準が実務上確立しています。
特許法分野で確認の利益が認められる場合として、例えば、特許権者から特許権侵害の警告書を受け取った第三者が、自身には特許権侵害に基づく債務(差止や損害賠償)がないことの確認を求める場合が考えられます。この場合には、警告書を受領した側には、特許権行使によって自らの事業活動の差止等を受けるという「法律上の地位」の「危険又は不安」があり、また、それを早期に除去するために確認判決を得ることが必要かつ適切であるということがいえます。
確認の対象
確認の訴えにおいて確認の対象となるのは、現在の権利義務や法律関係であって、過去の権利義務ないし法律関係や、事実の確認は、例外的な場合を除いて認められません(最三判昭和36年5月2日)。過去の法律関係や単なる事実を確認しても、紛争の解決にならないからです。
本件事案の概要
本件の原告は、かつて広告代理店である株式会社大広に務めており、昭和35年にカルビー株式会社のスナック菓子「かっぱえびせん」のテレビCMの制作を担当し、その中で「やめられない、とまらない」というキャッチフレーズを考えたと主張し、カルビー社を被告として訴訟を提起しました。
訴訟の中で、原告は、裁判所に対し、以下の3つの事項について判決するよう求めました。
1 被告の作品(昭和39年にテレビコマーシャルフィルムの企画制作の発注を被告から受けて広告代理店大広放送制作部Aチームが企画制作した作品であるテレビコマーシャル)につき,原告が制作した事実を確認する。
2 被告は,自社の社内報,ホームページに,広告代理店大広の社員であった原告が「やめられない,とまらない,かっぱえびせん」を考えた本人であったという事実を記載した記事を掲載せよ。
3 被告は,原告に対し,1億5000万円を支払え。
これらの3つの項目のうち、2は記事の掲載という給付を、3は1億5000万円の支払いという給付をそれぞれ求めるものですので、給付の訴えに該当します。これに対し、1は、原告がかっぱえびせんのテレビCMを制作したことの確認を求めるものですので、確認の訴えに該当し、その適法性が争われました。
訴訟の論点は多岐にわたりますが、本稿では、上述の確認の利益の問題を取り上げます。
判旨
テレビCMの制作の事実の確認の利益
原告が確認を求めていたのは、権利義務や法律関係ではなく、テレビCMを制作したとの事実であったため、判決は、まず、判例を引用し、事実の確認は例外的場合を除いて確認の利益を欠き、不適法であるとの考えを示しています。
確認の訴えは,原則として,現在の権利又は法律関係の存在又は不存在の確認を求める限りにおいて許容され,特定の事実の確認を求める訴えは,民訴法134条のような別段の定めがある場合を除き,確認の対象としての適格を欠くものとして,不適法になるものと解される(最高裁昭和29年(オ)第772号同36年5月2日第三小法廷判決・集民51号1頁,最高裁昭和37年(オ)第618号同39年3月24日第三小法廷判決・集民72号597頁等参照)。
その上で、以下のとおり、原告の請求は不適法であると認定しました。
したがって,本件訴えのうち,原告が本件CMを制作した事実の確認を求める訴えは不適法である。
著作権・著作者人格権の確認の利益
次に、判決は、原告の請求からは離れるものの、事案に鑑みて、仮に原告が、本件CMを制作した事実ではなく、原告が本件CMにつき著作権ないし著作者人格権を有することの確認を求めたとすればどうなるか、という判断を示しました。判決は、この点についても判例を引用しつつ、被告(カルビー社)は被告自身が著作権者ないし著作者人格権者だと主張しているわけではないことから、確認の利益はないと判断しました。
確認の訴えは,現に,原告の有する権利又はその法律上の地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切である場合に,その確認の利益が認められるところ(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁参照),前記前提事実(第2,2),証拠(甲18ないし20,23ないし25,19,乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,アストロミュージックから許諾を受けて本件キャッチフレーズを使用しているにとどまり,本件CMについて被告が著作権ないし著作者人格権を有するなどとは主張していないから,原告が有する権利又は法律上の地位に存する危険又は不安を除去するために,本件CMの著作権ないし著作者人格権の存否につき被告との間で確認判決を得ることが必要かつ適切であるとは認め難く,結局,確認の利益を欠くものとして不適法というほかない。
判決主文の構成
判決は、上記の理由から、確認の訴えについては却下し、給付の訴えについては、事実を認定した上で理由がないとし、棄却の判決をしました。上述の分類でいえば、前者は訴訟判決、後者は本案判決といえます。
コメント
本判決は、確認の利益についての確立した判例を著作権の事例にあてはめたもので、内容的に新規なものではありませんが、確認の利益の考え方を整理する上では有益であると思われます。
なお、本件と類似の状況を特許法について考えてみると、現在の特許法は、冒認出願された場合であって、すでに特許登録がなされているときには、取戻請求を認めています(特許法74条1項)。これは、正確には、特許の移転登録手続を求める訴訟で、給付の訴えにあたります。
他方、出願段階ではまだ特許登録がないため、移転登録手続を内容とする取戻請求訴訟をすることはできず、出願名義人の変更をして、真の権利者を出願人とする必要があります。実は、この場合の訴訟手続は、確認の訴えによるものとされています。
これは、特許庁における出願名義人の変更の手続きの特殊性によるものです。出願名義人の変更手続は、変更を受ける当事者が単独で行うことができ、旧名義人の協力は必要ではありません。そのため、自己が特許を受ける権利を有することを確認する判決を得て、出願人名義変更手続きをすれば、それで紛争解決になるのです。
冒認出願の場合の特許を受ける権利の確認請求訴訟について確認の利益を認めた東京地判昭和38年6月5日は、確認の訴えについて確認の利益を認める一方、出願名義人変更手続に旧名義人の協力を要しないことを理由に、出願名義人変更手続を求めた給付の訴えについては、訴えの利益がないものとして却下しています。民事訴訟法の立て付けからすると、珍しい構造といえるでしょう。
本記事に関するお問い合わせはこちらから。
(文責・飯島)