知的財産高等裁判所第部(東海林保裁判長)は、令和3年12月22日、懲戒請求を受け、新聞記事にも懲戒請求にかかる記事が掲載された弁護士が、ブログで反論するに際し、別途アップロードした懲戒請求書全文のPDFファイルへのリンクを張った行為につき、懲戒請求人が懲戒請求書にかかる著作権や著作者人格権を主張するのは権利の濫用にあたり、許されないとする判決をしました。

この事件で懲戒請求を受けていたのは、日産自動車株式会社の社長兼最高経営責任者であったカルロス・ゴーン氏の弁護人であった弁護士で、原告は、同弁護士の発言に関して同弁護士に対して懲戒請求をした後、その事実を新聞社にもリークしていました。その結果、懲戒請求に関する新聞記事が掲載されるに至ったところ、弁護士は、ブログで反論するに際し、記事中で懲戒請求書の内容を直接公開するのではなく、住所の一部と電話番号を黒塗りした懲戒請求書をPDF化し、別途アップロードした上で、そのファイルへのリンクを張っていました。判決は、この行為に対して著作権や著作者人格権を行使するのは、権利の濫用にあたるとしたものです。

判決は、上記判断の前提として、懲戒請求書には著作物性があり、また、懲戒請求は著作権法上の「公表」にあたらず、さらに、公表がない以上引用としての適法性も認められないとの判断を示しています。他方、懲戒請求書の内容や新聞社へのリークにより、保護されるべき原告の利益相はもともと小さい上相当程度減少していた一方、懲戒請求への反論という被告の目的は正当であり、かつ、方法にも相当性が認められるとして、権利濫用の抗弁を認めました。

なお、本件では、懲戒請求を受けた上記弁護士の訴訟代理人を務めた弁護士も、上記ブログへのリンクをしたことを理由に訴えられていますが、争点は重複しますので、代理人の事案の説明は割愛します。

ポイント

骨子

  • 一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により,相当程度減少していたこと,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと,本件リンクによる引用の態様は,本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認めるのが相当である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第部
判決言渡日 令和3年12月22日
事件番号
事件名
令和3年(ネ)第10046号
著作者人格権等侵害行為差止等請求控訴事件
原判決 東京地方裁判所令和3年4月14日
令和2年(ワ)第4481号、同年(ワ)第23233号
民事第40部(佐藤逹文裁判長)
裁判官 裁判長裁判官 東海林   保
裁判官    上 田 卓 哉
裁判官    中 平   健

解説

著作物と著作権者の権利

著作権法上、「著作物」とは、以下のとおり、「著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義され、また、著作物を創作する者は「著作者」と呼ばれます。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
 著作者 著作物を創作する者をいう。
(略)

著作者は、著作物を創作すると、以下のとおり、著作物に関し、著作者人格権と著作権を有するものとされています。

(著作者の権利)
第十七条 著作者は、次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第二十一条から第二十八条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。
(略)

公衆送信権とは

著作権とは、上の著作権法17条1項に規定されるとおり、同法21条から28条までに規定される、著作物の利用行為に対する専有権の総称で、個々の権利は「支分権」、支分権によって著作権者が権利を専有する著作物利用行為は「法定利用行為」と呼ばれます。

公衆送信権は、著作権法が定める支分権のひとつで、以下のとおり、同法23条に規定されています。

(公衆送信権等)
第二十三条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
(略)

ここにいう「公衆送信」の意味、つまり、具体的な法定利用行為の内容については、著作権法2条1項7号の2において、以下のとおり定義されています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。
(略)

この定義に該当するものには放送や有線放送などもあり、それぞれ著作権法に定義規定がありますが、その他に、ウェブサイトなどから著作物を発信するような行為に相当する「自動公衆送信」もあり、以下のとおり定義されています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
九の四 自動公衆送信 公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
(略)

また、上記の著作権法23条1項にあるとおり、自動公衆送信の場合には「送信可能化」も公衆送信に含まれるものとされていますが、「送信可能化」とは、サーバにファイルをアップロードするなどして、著作物を発信することを可能にすることをいい、著作権法上は、以下のとおり定義されています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
九の五 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
 その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
(略)

送信可能化が公衆送信に含まれることにより、現に誰かがネット上の著作物にアクセスしたかどうかを証明しなくても、ネット上に著作物が置かれた時点で著作権侵害を補足することが可能になります。

ちなみに、自動公衆送信や送信可能化についての定義規定は、インターネットの普及に伴い、平成9年の著作権法改正によって追加された規定です。

著作権の制限と適法引用

適法引用とは

支分権で規定された行為を著作者に無断ですると、著作権侵害となりますが、例外的に適法とされる場合もあり、著作権法30条以下にその要件が規定されています。

そういった著作権の制限規定の1つに、以下の著作権法32条1項があり、要件を充足する形で他人の著作物を引用することは、その結果著作物が複製されたり、公衆送信されたりすることになるとしても、適法とされます。

(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
(略)

ここに規定された適法引用の要件は、以下の4つに分けることができます。
① 公表された著作物であること(公表要件)
② 引用に該当すること(引用要件)
③ 公正な慣行に合致すること(公正慣行要件)
④ 引用の目的上正当な範囲内であること(正当範囲要件)

モンタージュ事件最判との関係

引用の要件に関しては、リーディングケースとして、最三判昭和55年3月28日昭和51年(オ)第923号民集34巻3号244頁モンタージュ事件判決があり、引用が適法なものと認められるために、①自ら創作した部分と他人が創作した部分が明瞭に区別できること(明瞭区別性)及び②質的にも量的にも自ら創作した部分が主、他人が創作した部分が従との関係があること(主従関係)、を要求していますが、この判決は旧著作権法の解釈を示したものであるため、現行著作権法の上記4要件のいずれの中で考慮すべきものか、また、そもそもそれらの要件の中で考慮すべきものか、といった点について議論があり、裁判例も分かれています。

出所の明示

なお、著作権法48条1項1号は、以下のとおり、引用の例外によって他人の著作物を適法に利用するためには、合理的と認められる方法および程度により、引用される著作物の出所を明示することを求めています。

(出所の明示)
第四十八条 次の各号に掲げる場合には、当該各号に規定する著作物の出所を、その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により、明示しなければならない。
 第三十二条、第三十三条第一項(同条第四項において準用する場合を含む。)、第三十三条の二第一項、第三十三条の三第一項、第三十七条第一項、第四十二条又は第四十七条第一項の規定により著作物を複製する場合
(略)

公表権とは

上記の著作権法17条1項にあるとおり、著作者人格権は、同法18条1項の公表権、同19条1項の氏名表示兼及び20条1項の同一性保持権の総称とされていますが、一般には、これらの権利に加えて、同法113条11項による名誉声望保持権も含めた概念として把握されています。

これらのうち、公表権について、著作権法18条1項は以下のとおり規定し、未公表の著作物を公衆に提供ないし提示するか否かの決定権を著作者が有するものとしています。

(公表権)
第十八条 著作者は、その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し、又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても、同様とする。
(略)

ここにいう「公表」の意味につき、著作権法4条1項は、以下のとおり、著作物が「発行」され、または、「上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示の方法で公衆に提示された」場合に公表があったものとする旨定めています。

(著作物の公表)
第四条 著作物は、発行され、又は第二十二条から第二十五条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。)を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその公衆送信許諾(第八十条第三項の規定による公衆送信の許諾をいう。以下同じ。)を得た者によつて上演、演奏、上映、公衆送信、口述若しくは展示の方法で公衆に提示された場合(建築の著作物にあつては、第二十一条に規定する権利を有する者又はその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。)を得た者によつて建設された場合を含む。)において、公表されたものとする。
(略)

また、上記の「発行」の意味について、著作権法3条1項は、以下のとおり、公衆の要望を満たす程度の部数の複製物が権限のある者によって作成、頒布された場合に発行があったものとする旨規定しています。

(著作物の発行)
第三条 著作物は、その性質に応じ公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、第二十一条に規定する権利を有する者若しくはその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。以下この項、次条第一項、第四条の二及び第六十三条を除き、以下この章及び次章において同じ。)を得た者又は第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾(第八十条第三項の規定による複製の許諾をいう。以下同じ。)を得た者によつて作成され、頒布された場合(第二十六条、第二十六条の二第一項又は第二十六条の三に規定する権利を有する者の権利を害しない場合に限る。)において、発行されたものとする。
(略)

権利の濫用とは

権利の濫用とは、一見正当に見えても具体的な状況等に照らして社会的な妥当性を欠く権利の行使をいい、以下の民法1条3項により禁止されています。

(基本原則)
第一条 (略)
3 権利の濫用は、これを許さない。

この規定は制定当時の民法にはありませんでしたが、大判大正8年3月3日民録25輯356頁信玄公旗掛松事件判決を経て、大判昭和10年10月5日民集14巻1965頁宇奈月温泉事件判決によって権利の濫用という考え方が確立し、昭和23年の民法改正によって明文化されました。

権利の濫用は、形式的な法適用による不都合を調整するための原理であるため、どのような場合に権利の濫用が認められるかを一般的に要件化することは困難ですが、権利を有する者と行使を受ける者の利益衡量や社会的相当性などを考慮し、さらに権利の取得や行使の目的など、権利者の主観的要素も考慮することがあります。

権利の濫用は、基本的に、事案に応じた個別判断で適用されるべき法理ですが、ある程度類型化、要件化され、制定法を補充する原理として機能することもあります。知的財産法の世界では、かつて、無効とされるべきことが明らかな特許に基づく権利行使は権利の濫用に該当するものとする最高裁判所の判例(最三判平成12年4月11日平成10年(オ)第364号民集第54巻4号1368頁)が現れ、特許権侵害訴訟実務において、いわゆる「明らか無効」の抗弁が定着しました。これが、平成16年特許法改正による特許法104条の3の制定につながっています。

事案の概要

事実及び請求の概要

本件は、刑事訴追されたカルロス・ゴーン氏が密出国した後、同氏の弁護人であった弁護士の発言に関して同弁護士に対する懲戒を求め、さらに、産経新聞社に懲戒請求の事実をリークした人物が原告となり、懲戒請求を受けた弁護士ほか1名が被告となった事件です(本稿では、懲戒請求を受けた弁護士にかかる争点のみを取り上げます。)。

懲戒請求を受けた弁護士は、懲戒事案が新聞社にリークされ、記事にもなったことから、自らのブログに反論を掲載しました。その際、懲戒請求書の内容を記事にそのまま引き写すことはせず、懲戒請求書の記載のうち、懲戒請求者の住所の一部と電話番号を黒塗りしたPDFファイルを作成してインターネット上のサーバにアップロードし、反論記事からそのPDFファイルにリンクを張る形で懲戒請求書の内容を参照できるようにしました。

これに対し、懲戒請求者が原告として、上記弁護士に対し、懲戒請求書にかかる著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害やプライバシー権の侵害を理由に、記事の掲載の差止やPDFファイルを含む記事の削除及び財産的・精神的損害の賠償を求める訴訟を提起しました。ここでは、著作権侵害の成否にかかる争点について解説します。

原判決

著作権・著作者人格権の侵害に関する争点は、①懲戒請求書に著作物性があるか、②懲戒請求書は「公表」されていたといえるか、③適法引用の適用はあるか、④著作権・著作者人格権の行使は権利の濫用にあたるか、といった点でした。

原判決は、まず、懲戒請求書の著作物性につき、「本件懲戒請求書には,その構成,表現内容等において様々な工夫等がみられ,原告の個性が発揮しているということができるので,『思想又は感情を創作的に表現したもの』ということができる。」としてこれを肯定しました。

また、弁護士会に懲戒請求書を提出したり、そのごく一部が新聞記事に掲載されたりしても、著作権法204条にいう「公表」があったとはいえないとしました。

さらに、未だ公開されていない懲戒請求書の全文を掲載するのは、公表要件、引用要件、公正慣行要件、正当範囲要件のいずれも充足せず、著作権法32条1項の適法引用にもあたらないとしました。

権利の濫用との関係では、原判決は、懲戒請求の事実が新聞記事となった以上反論文の掲載は当然に許容されると述べつつ、反論文にリンクを張り、アップロードした懲戒請求書全体のPDFファイルにアクセスすることを可能にする公衆送信行為までは正当化できず、公衆送信権の行使は権利の濫用にあたらないとしました。

本件懲戒請求に対する反論を内容とする記事をYがそのブログに掲載することが是認されるとしても,そのことから,本件記事1内に本件リンクを張り,本件懲戒請求書の全体を複製したPDFファイルにアクセスすることを可能にするという行為(公衆送信権の侵害行為)に対する原告の権利行使が当然に制限されるものではない。
前記判示のとおり,本件記事1には,原告による懲戒請求の理由の要旨が記載され,同記事にアクセスした人は,こうした記載により原告の主張を十分に理解することができたのであり,Yが本件懲戒請求書の全体を引用する必要性はなく,仮に,これを引用するとしても弁明書に摘示された部分のみを引用することで足りたものというべきである。そして,Yが,本件懲戒請求書のファイルを本件ブログに掲載せず,又は,同請求書の一部のみを引用することにより,原告の著作権等の侵害を回避することが困難であったと認めるに足りる証拠はない。
加えて,本件では,原告が他者による本件懲戒請求書の公衆送信を許容していたことをうかがわせる事情はないことに照らすと,原告が,その権利の行使をすることが権利の濫用に当たるということはできない。

他方、原判決は、公表権侵害の主張との関係では、原告が懲戒請求書を新聞社に提供していたことから、公表権を保護すべき必要性は相当程度減じており、新聞記事の中で原告の意に沿う部分を引用することを容認していながら、懲戒請求を受けた弁護士の反論する一環として懲戒請求書を公開することについて公表権を行使するのは権利の濫用にあたるとしました。

他方,公表権侵害に基づく請求については,原告が,自ら,本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し,記事の中でその一部を引用することを容認していたという事情を考慮する必要がある。
公表権は未公表の著作物について及ぶところ,本件においては,原告が,本件懲戒請求書を産経新聞社に提供し,その一部が同記事において引用されているとの事実が認められ,本件記事1が掲載された時点で,原告の公表権を保護すべき必要性は相当程度減じていたというべきである。そして,原告が自ら本件懲戒請求書に関する情報を新聞社に提供し,本件産経記事の中で原告の意に沿う部分を引用することを容認していながら,本件懲戒請求の相手方であるYが同請求に反論する一環として同請求書を公開するや,これを公表権侵害であるとして権利行使に及ぶことは権利の濫用に当たるというべきである。

結論として、原判決は、公衆送信権の侵害を理由にアップロードされたPDFファイルの削除を命じる一方、その余の請求を棄却したところ、双方当事者が控訴しました。

判旨(著作物性、公表、適法引用について)

本判決は、上記控訴に対するもので、ここでも著作権・著作者人格権の侵害に関する問題のみを取り上げます。

判決は、まず、原判決と同様、懲戒請求書の著作物性を肯定し、また、公表はなかったものと判断しました。

また、適法引用の成否について、判決は、以下のとおり、公表要件が充足されないことを理由にこれを否定しましたが、他の要件については、特に判断を示しませんでした。

著作権法32条1項は,「公表された著作物は,引用して利用することができる。」と定め,引用の対象となる著作物の公表を,適法な引用の要件とするところ,前記2で引用した原判決の説示するとおり,本件懲戒請求書は,公表されたものと認めることはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件リンクにより本件記事1において本件懲戒請求書を引用することは,同項に該当する適法な引用と認めることはできない。

判旨(権利の濫用について)

判断の構造

権利の濫用について、判決は、原判決と異なり、公衆送信権と公表権の双方についてその適用を肯定し、原告の請求を棄却しました。その判断にあたり、判決は、以下の各事項を検討しています。

  • 公衆送信権及び公表権により保護されるべき原告の利益
  • 反論記事とリンクの目的
  • リンクによる引用の態様の相当性
公衆送信権及び公表権により保護されるべき利益について

公衆送信権及び公表権により保護されるべき原告の利益について、判決は、さらに、以下の2つの事項について検討しています。

  • 本件懲戒請求書の性質・内容
  • 原告自身の行動及びその影響

これらのうち、まず、本件懲戒請求書の性質・内容については、判決は、以下のとおり、財産的利益を得ることを目的としておらず、また、独創性の高い表現による高度の創作性を備えるものでもない、としました。

本件懲戒請求書は,一審原告が,弁護士会に対し,一審被告Yに対する懲戒請求をすること,及び懲戒請求に理由があること等を示すために,本件懲戒請求の趣旨・理由等を記載したものであって,利用者に鑑賞してもらうことを意図して創作されたものではないから,それによって財産的利益を得ることを目的とするものとは認められず,その表現も,懲戒請求の内容を事務的に伝えるものにすぎないから,全体として,著作物であることを基礎づける創作性があることは否定できないとしても,独創性の高い表現による高度の創作性を備えるものではない。

次に、原告自身の行動及びその影響については、判決は、以下のとおり、原告は懲戒請求書についての情報を新聞社に提供し、記事を掲載させ、その結果、対象となった弁護士が反論しなければならない状況を自ら生じさせた、としました。

本件産経記事は,一審原告による本件懲戒請求の後,産経新聞のニュースサイトに掲載されたものであって,本件懲戒請求書の「懲戒請求の理由」の第3段落全体(4行)を,その用語や文末を若干変えるなどした上で,かぎ括弧付きで引用していることに加え,証拠・・・及び弁論の全趣旨を総合すれば,一審原告は,産経新聞社に対し,一審被告Yの氏名に関する情報を含め,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供したものと推認される。
そうすると,一審原告は,産経新聞社に対し,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供し,それに基づいて,本件懲戒請求書の一部を引用した本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載され,その結果,・・・一審被告Yが,ブログにより,本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論しなければならない状況を自ら生じさせたものということができる。

以上を受けて、判決は、原告は、公衆送信にかかる財産的利益や公表されないことについての人格的利益を有していたものの、本件懲戒請求書の性質・内容に照らしてもともとそれほど大きな利益ではなく、また、自らの行動により、保護されるべき利益は相当程度減少していたとしました。

前記・・・のとおり,本件懲戒請求書は公表されたものとは認められないから,一審原告は,本件懲戒請求書に関して,公衆送信権により保護されるべき利益として,公衆送信されないことに対する財産的利益を有しており,公表権により保護されるべき利益として,公表されないことに対する人格的利益を有していたものと認められる。
しかし,本件懲戒請求書の性質・内容・・・を考慮すると,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する財産的利益及び人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動及びその影響・・・を考慮すると,保護されるべき一審原告の上記利益は,一審原告自身の自発的な行動により,少なくとも産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載された時以降は,相当程度減少していたものと認めるのが相当である。

反論記事とリンクの目的について

反論記事や、懲戒請求書のファイルへのリンクの目的について、判決は、弁護士が自らの信用・名誉を回復するため、本件懲戒請求の理由及びそれを踏まえた本件産経記事の報道内容に対して反論することにあったとした上で、以下のとおり述べ、弁護士に対する懲戒請求は懲戒処分を受けるか否かにかかわらず業務上・社会上の信用や名誉を低下させるものであることから、本件でも、実名で懲戒請求の事実が公になった以上、弁護士には反論の機会が必要であり、反論記事や懲戒請求書のファイルへのリンクを張ったことの目的は正当であったとしました。

・・・弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって,弁護士が懲戒請求を受け,それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には,懲戒請求に対する反論を公にし,懲戒請求に理由のないことを示すなどの手段により,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
本件においては,・・・一審原告が一審被告Yに対する懲戒請求をしたことに加え,一審原告が本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら産経新聞社に提供したため,一審被告Yに対して本件懲戒請求がされたことが報道され,広く公衆の知るところになったのであるから,一審被告Yが,公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事1を掲載し,本件懲戒請求に理由のないことを示し,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきである。したがって,本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったものと認められる。

リンクによる引用の態様の相当性

リンクによる引用の態様につき、判決は、以下のとおり、恣意的に都合の良い部分を切り出しているとの疑念を避ける必要があった一方、懲戒請求書の内容を反論記事に直接掲載するのではなく、リンクを用いた点で、懲戒請求書の内容が必要な限りで開示されるよう工夫しており、また、リンクを用いたことで反論記事と懲戒請求書が明確に区別され、かつ、主従関係もあったとしました。

確かに,本件懲戒請求書は未公表の著作物であり,本件産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの,その全体が公開されていたものではないが,懲戒請求書の理由の欄には,その全体にわたって,懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから・・・,一審被告Yとしては,本件記事1において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは,自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため,その疑念を払拭し,本件懲戒請求の全ての点について理由がないことを示す必要があり,そのためには,本件懲戒請求書の全部を引用して開示し,一審被告Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。
また,一審被告Yは,本件記事1に本件懲戒請求書自体を直接掲載するのではなく,本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書を引用しており,本件懲戒請求書が,本件記事1を見る者全ての目に直ちに触れるものでなく,本件懲戒請求書の全文を確認することを望む者が本件懲戒請求書を閲覧できるように工夫しており,本件懲戒請求書が必要な限りで開示されるような方策をとっているということができる。
さらに,本件記事1は,本件懲戒請求書とは明確に区別されており,本件懲戒請求に理由のないことを詳細に論じるものであって,その反論の前提として本件懲戒請求書が引用されていることは明らかであり,仮に主従関係を考えるとすれば,本件記事1が主であり,本件懲戒請求書はその前提として従たる位置づけを有するにとどまる。

また、判決は、以下のとおり、原告の保護されるべき利益はもともと小さい上に、原告自らの行動によって相当程度減少していた一方で、原告の行動は、被告の弁護士としての信用や名誉に非常に大きな影響を与えるものであったとしました。

そして,前記⑴のとおり,一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自らの行動により,相当程度減少していたから,本件懲戒請求書の全部が引用されることにより一審原告の被る不利益も相当程度減少していたと認められるばかりか,一審原告は,自らの行為により,本件懲戒請求書又はその内容を産経新聞社に提供し,本件産経記事の産経新聞のニュースサイトへの掲載を招来したものであり,一審原告の上記行為は,本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められる。

これらの事情を踏まえ、判決は、以下のとおり、反論記事に懲戒請求書へのリンクを張ったのは、反論を公にする方法として相当であったとしました。

以上の点を考慮するならば,一審被告Yが,本件リンクを張ることによって本件懲戒請求書の全文を引用したことは,一審原告が自ら産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を提供して本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載されたことなどの本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったと認められる。

権利濫用の成否についての結論

以上の検討に基づき、判決は、原告による公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は、権利の濫用にあたり、許されないとしました。

・・・一審原告が本件懲戒請求書に関して有する,公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により,相当程度減少していたこと,・・・本件記事1を作成,公表し,本件リンクを張ることについて,その目的は正当であったこと,・・・本件リンクによる引用の態様は,本件事案における個別的な事情のもとにおいては,本件懲戒請求に対する反論を公にする方法として相当なものであったことを総合考慮すると,一審原告の一審被告Yに対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は,権利濫用に当たり,許されないものと認めるのが相当である。

原告の主張について

さらに、原告が、懲戒請求書の一部が新聞記事に引用されても、公表権を保護すべき利益がなくなったわけではなく、また、被告は、懲戒請求書の一部を引用して反論することができた、と主張したのに対し、判決は、以下のとおり、被告が懲戒請求書の全文を引用して反論すべき必要性は原告が保護を受ける必要性を「はるかに凌駕する」として、原告の主張を排斥しました。

・・・一審原告が本件懲戒請求書に関して公衆送信権により保護されるべき財産的利益,公表権により保護されるべき人格的利益は,もともとそれほど大きなものとはいえない上,一審原告自身の行動により相当程度減少していたものと認められる。他方,前記⑶のとおり,一審被告Yは,一審原告が産経新聞社に本件懲戒請求書又はその内容を提供し,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたため,弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために,本件懲戒請求書の全文を引用して開示した上で反論する必要があったものであるから,それらを比較衡量すれば,後者の必要性が前者の必要性をはるかに凌駕するというべきであるから,たとえ一審原告の公表権を保護すべき必要性が全くなくなったわけではないとしても,一審原告の一審被告Yに対する公表権の行使は権利濫用に該当するというべきである。

また、原告は、原告が新聞社に懲戒請求書を提供することと、懲戒請求書にインクを張ることとでは、リンクの方が拡散の規模が大きいから、公衆送信権や公表権の講師は権利の濫用にあたらないと主張したのに対し、判決は、以下のとおり、原告が新聞社に懲戒請求書を提供したのは、新聞記事として報道されることを意図したものであるから、リンクの方が拡散の規模が大きいとはいえないとして、原告のこの主張も排斥しました。

・・・本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為は,産経新聞又はそのニュースサイトによって本件懲戒請求に関する情報が報道されることを意図してされたものと容易に推認され,実際,産経新聞のニュースサイトに本件産経記事が掲載されたものであり,産経新聞が大手の一般紙であって,法律に興味を有する者に限らず広く公衆がその新聞又はニュースサイトを閲読するものであることからすると,一審原告の上記行為は,一審被告Yに対する本件懲戒請求があったこと及び本件懲戒請求書の内容を世間に公にするという点において,一審被告Yの弁護士としての信用及び名誉に関して非常に大きな影響を与えるものであったと認められるから,本件懲戒請求書の内容が拡散する規模において,本件リンクを張る行為の方が,本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を産経新聞社に提供するという一審原告の行為よりも大きいということはできない。

上記判旨は、権利の濫用の判断において、権利者の主観態様を考慮したものと言えるでしょう。

結論として、判決は、公衆送信権と公表権の双方について、原告の請求を棄却しました。

コメント

本件は、具体的な事情に基づき、著作権や著作者人格権の行使を権利の濫用として著作者による請求を棄却した、比較的珍しい事案といえます。原審と控訴審とで権利の濫用が認められた範囲が異なっていることもあり、認定判断の手法は実務の参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)