東京地方裁判所民事第29部(國分隆文裁判長)は、本年(令和4年)3月30日、被告が商品に付した「スティック春巻」の写真が原告写真に係る著作権を侵害するか否かが問題となった事案において、被写体の配置や構成を含む両写真の共通部分はいずれもありふれたものであるとして類似性を否定し、原告の差止め・損害賠償請求を棄却しました。写真の著作物の類似性判断に関する一事例として参考になりますので、紹介します。
ポイント
骨子
- 被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たるというためには、原告写真と被告写真3との間で表現が共通し、その表現が創作性のある表現であること、すなわち、創作的表現が共通することが必要であるものと解するのが相当である。
- 原告写真と被告写真3において、アイデアなど表現それ自体ではない部分が共通するにすぎない場合には、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たらないと解される。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
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判決言渡日 | 令和4年3月30日 |
事件番号 | 令和2年(ワ)第32121号 |
事件名 | 著作権侵害差止等請求事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 國分 隆文 裁判官 矢野 紀夫 裁判官 佐々木 亮 |
解説
類似性の意義・判断基準
著作権侵害というためには、原告(権利侵害を主張する側)の作品と被告(権利侵害を主張される側)の作品との間に「類似性」(同一性を含みます)が認められる必要があります。類似性は、両者に共通の要素があるというだけで認められるものではありません。「著作物」は「思想又は感情を創作的に表現したもの」であるため、実際に描かれていない単なるアイデアの部分(=「表現」でない部分)や、実際に描かれているがありふれている、誰が描いてもそうなるという部分(=「創作的」でない部分)は、著作権の保護対象ではなく、単にそれらの部分が共通していても類似性は認められません。
このことは、最高裁平成13年6月28日判決〔江差追分事件〕によって明確に示されました。同判決は、「翻案」(著作権法27条)とは「既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為」であると述べたうえ、「既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において,既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらない」と述べました。すなわち、同判決がいう「表現上の本質的な特徴」とは、創作的表現を意味しており、類似性が認められるか否かは、創作的表現が共通しているか否かが基準となります。
類似性の判断手法
類似性の判断手法としては、①2つの作品の共通部分を抽出し、②その部分が創作性のある表現といえるか否か(「表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分」ではないか)を検討するものが一般的です。これは「濾過テスト」とも呼ばれ、前記江差追分事件最高裁判決においてもこの方法が採用されたと考えられています。
他方、①原告(権利侵害を主張する側)の作品全体の著作物性を検討し、②その上で被告(権利侵害を主張される側)の作品において原告作品の創作性のある表現が再生されているか否かを検討する手法もあります。これは「二段階テスト」とも呼ばれ、前記江差追分事件最高裁判決が登場するまでは、多くの裁判例において採用されていました。「二段階テスト」と比較して、「濾過テスト」には、原告の作品全体の著作物性を判断する必要がない点で効率的であるというメリットがあります。
写真の著作物の類似性判断
写真の著作物については、類似性判断にあたり、被写体に関する工夫(被写体の選択、組合せ、配置等)を考慮すべきか否かという議論があります。これは、被写体が風景ではなく、撮影者自身等の手によって人為的に作り出された物(商品を並べた写真等)である場合に問題となります。一方で、被写体に関する工夫も考慮して類似性を判断すべきだという立場があり、他方で、写真の著作物の創作性は撮影や現像の方法(露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定等)について認められるものであり、被写体に関する工夫を考慮すべきでない(被写体それ自体を美術の著作物等として保護すれば足りる)という立場があります。
東京高裁平成13年6月21日判決〔西瓜写真事件〕は、前者の立場を採用し、「被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である」と述べたうえ、「本件写真と被控訴人写真とを対比すると,被写体の決定において,すなわち,素材の選択,組合せ及び配置において著しく似ていることが認められる」などと述べて、両写真の類似性を認めました。
原告(控訴人)写真
被告(被控訴人)写真
他方、例えば大阪高裁令和3年1月21日判決〔パッケージデザイン事件〕は、後者の立場を採用し、「写真に創作性が付与されるのは,被写体の独自性によってではなく,撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであり,被写体の選択や配置上の工夫は,写真の創作性を基礎付けるに足りる本質的特徴部分ではない」と述べました。
事案の概要
原告は、食品の企画、開発、輸入及び販売を主たる業とする株式会社であり、被告は、冷凍食品、加工食品、生鮮食品、飲料品等の食品の企画、開発、製造、販売及び輸出入等を業とする株式会社です。
原告は、被告が被告商品目録3記載のラベルシールの写真部分(以下「被告写真3」といいます)を商品に付して販売する行為が原告の原告写真に係る著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)を侵害するなどと主張して、被告に対し、差止め・損害賠償を請求しました。
判旨
類似性の判断基準
裁判所は、著作物、複製、翻案の定義を確認したうえで、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものというためには、両者において創作的表現が共通することが必要であると述べました。
著作権法が、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの(同法2条1項1号)をいい、複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう旨規定していること(同項15号)からすると、著作物の複製(同法21条)とは、当該著作物に依拠して、その創作的表現を有形的に再製する行為をいうものと解される。
また、著作物の翻案(同法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴である創作的表現の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の創作的表現を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される。
そうすると、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たるというためには、原告写真と被告写真3との間で表現が共通し、その表現が創作性のある表現であること、すなわち、創作的表現が共通することが必要であるものと解するのが相当である。
その裏返しとして、裁判所は、両者に共通する表現があったとしても、それがありふれたものであるような場合には、複製又は翻案したものに当たらないと述べました。
一方で、原告写真と被告写真3において、アイデアなど表現それ自体ではない部分が共通するにすぎない場合には、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たらないと解される。そして、共通する表現がありふれたものであるような場合には、そのような表現に独占権を認めると、後進の創作者の自由かつ多様な表現の妨げとなり、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に反する結果となりかねないため、当該表現に創作性を肯定して保護することは許容されない。したがって、この場合も、複製又は翻案したものに当たらないと解される。
原告写真と被告写真3の共通部分の評価
原告写真と被告写真3における共通部分a~fについて、原告はいずれも創作的表現であると主張していました。しかし、裁判所は、以下の理由により、いずれの共通部分もありふれた表現であり、創作的表現ではないため、原告写真を複製又は翻案したものに当たらないと判断しました。
共通部分 | 内容 | 裁判所の理由 |
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a | 被写体であるスティック春巻を2本ないし3本ずつ両側から交差させている | 「重ね盛り」の方法による配置は一般的である/同様の配置の写真が複数存在する |
b | 2本のスティック春巻を斜めにカットして、断面を視覚的に認識しやすいように見せ、さらに、チーズも主役でない程度に見えるようにしている | 春巻を斜めにカットすることは一般的である/春巻を同様にカットした写真が複数存在する |
c | 端に角度がついた、白色で模様がなく、被写体である複数本のスティック春巻とフィットする大きさの皿を使用している | 白色で模様がなく、黄土色の春巻とフィットする大きさの皿を使用することは一般的である/同様の皿を使用して撮影された写真が複数存在する |
d | 皿に並べた春巻を、正面からでなく、角度をつけて撮影している | 皿に並べた春巻を、角度をつけて撮影することは一般的である/皿に並べた春巻を同様に撮影した写真が複数存在する |
e | 撮影時に光を真上から当てるのではなく、斜め上から当てることで、被写体の影を付けている | 被写体に影を付け、立体感を醸成するという撮影方法は一般的である/同様の手法を用いて撮影された春巻の写真が多数存在する |
f | 葉物を含む野菜を皿の左上のスペースに置いている | 野菜が皿の隣のスペースに置かれることは一般的である/同様の配置の写真が複数存在する |
加えて、裁判所は、これらの共通点を全体として観察しても、原告写真と被告写真3との間で創作的表現が共通するとは認められないと述べました。
コメント
本判決は、写真の著作物の類似性判断において被写体に関する工夫を考慮すべきか否かについて何ら規範を示していませんが、上記共通部分のうち、d(カメラアングルの設定)とe(陰影の付け方)以外はいずれも被写体の配置や構成に関するものといえるため、被写体に関する工夫を考慮すべきだという立場を採用したようにもみえます。
被告は、各共通部分について、そのような配置が一般的に知られているものであることや、同様の配置による写真が複数存在していることを示す証拠を提出しており、それが功を奏して、裁判所がいずれもありふれた表現であると認めるに至りました。裁判所が特に証拠を指摘することなく当該表現がありふれたものであることを認める場合もありますが、防御する側としては、可能な限り、ありふれた表現を裏付ける証拠を提出して裁判所を説得することが肝要です。
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(文責・溝上)