知的財産高等裁判所第2部(本多知成裁判長)は、本年(令和3年)9月21日、商標登録無効審判の不成立審決に対する取消訴訟において、「ヒルドマイルド」との標準文字商標は、具体的な事実関係のもとで「ヒルド」と「マイルド」からなる結合商標とみることができ、「ヒルド」の部分を分離観察して商標の類否を判断することが許されるとした上で、「ヒルドマイルド」は先行出願にかかる商標「ヒルドイド」と類似すると認定し、両者を非類似とした原審決を取り消しました。
また、同判決は、上記認定判断を導くに際し、最高裁判所の複数の先例に基づき、結合商標の構成部分の一部を分離抽出して類否判断することが許されるのは、「商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」であるとの考え方を示しました。
ポイント
骨子
- 商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。
- 複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである。
- 本件商標が7文字からなるものでその一部のみを観察することも想定可能な程度の長さを有していること,その構成中の「マイルド」の文字部分は,(略)「物事の程度や人の性質・態度などが穏やかなさま。」「刺激の少ないさま。」などを意味する単語として日常的に使用されており,ひとまとまりの語句として強く認識され得るものであることからすると,本件商標は,「ヒルド」の構成部分と「マイルド」の構成部分からなる結合商標であるとみることができる。
- 「ヒルド」の構成部分は,辞書等に採録された既成語ではなく一種の造語と理解され,(略)長期間にわたって原告商品の外には薬剤の名称には使用されておらず,薬剤の名称としてありふれたものではないことからしても,需要者に対し,商品の出所識別標識として強い印象を与えるといえる。これに対し,「マイルド」の構成部分は,(略)薬剤の分野においては,薬の効果や刺激が弱いことを意味するものとして薬のブランド名等とともに商品名に用いられることが相当程度にある語句であるから,指定商品である薬剤との関係において,自他識別機能は極めて弱いというべきであり,「マイルド」の構成部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じるとはいえない。
- そうすると,本件商標については,「ヒルド」の文字のみを抽出し,この部分だけを引用商標と比較して類否を判断することも許されるというべきである。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
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判決言渡日 | 令和3年9月21日 |
事件番号 事件名 |
令和3年(行ケ)第10028号 審決取消請求事件 |
原審決 | 特許庁無効2020-890023号事件 |
裁判官 | 裁判長裁判官 本 多 知 成 裁判官 浅 井 憲 裁判官 勝 又 来未子 |
解説
商標と商標登録
商標とは、事業者が、自社が取り扱う商品やサービス(役務)を他社のものと区別するために使用するマーク(標章)のことをいい、商標法2条1項において、下記のように定義されています。ブランドを示すマークが典型例ですが、いわゆるブランド品でなくとも、さまざまな商品に付されたマークや商品名として用いられる名称などの多くがこれにあたります。また、商品に用いられる商品商標のほか、サービスに用いられるサービスマーク(役務商標)もあり、その例として、このウェブサイトに用いられている「innoventier」のロゴも役務商標にあたります。
(定義等)
第二条 この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
商標は、一定の要件を満たしたときに、特許庁で登録を受けることができます。商標登録は、商標が用いられる商品やサービスとの組合せで登録されるようになっており、登録が認められると、商標権が得られます。商標権があると、登録された商品やサービスについて、登録された商標を使用する権利が得られるとともに、他社が、同一または類似の商品やサービスに、同一または類似の商標を使用する行為を禁止する権利が得られます。
商標登録無効審判と審決取消訴訟
商標登録がされた後でも、商標の登録要件を欠いているなど、一定の事情があるときは、その商標登録についての利害関係人は、その商標登録を無効にすることについて、特許庁において、審判を請求することができます(商標法46条1項、2項)。この審判を、商標登録無効審判といいます。
(商標登録の無効の審判)
第四十六条 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。
二 その商標登録が条約に違反してされたとき。
三 その商標登録が第五条第五項に規定する要件を満たしていない商標登録出願に対してされたとき。
四 その商標登録がその商標登録出願により生じた権利を承継しない者の商標登録出願に対してされたとき。
五 商標登録がされた後において、その商標権者が第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定により商標権を享有することができない者になつたとき、又はその商標登録が条約に違反することとなつたとき。
六 商標登録がされた後において、その登録商標が第四条第一項第一号から第三号まで、第五号、第七号又は第十六号に掲げる商標に該当するものとなつているとき。
七 地域団体商標の商標登録がされた後において、その商標権者が組合等に該当しなくなつたとき、又はその登録商標が商標権者若しくはその構成員の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているもの若しくは第七条の二第一項各号に該当するものでなくなつているとき。
2 前項の審判は、利害関係人に限り請求することができる。
(略)
商標登録無効審判が請求されると、特許庁は、審理の上、審決をすることになりますが、審決に不服がある当事者は、知的財産高等裁判所に、審決の取り消しを求める訴えを提起することができます。この訴訟を、審決取消訴訟といいます。
審決取消訴訟で審決が取り消されると、特許庁は、さらに審理をし、改めて審決をすることになりますが、その判断は、審決を取り消す判決で判示された事項に拘束されます。他方で、審決取消訴訟で訴えが棄却されたときは、原審決が確定し、効力を生じることになります。
商標の類否判断
同一または類似の商品やサービスについて、同一または類似の商標の登録出願が先になされているときは、後の商標登録出願は、認められず(下記の商標法4条1項11号)、また、仮に登録がされた場合であっても、商標登録無効審判で無効にされます(商標法46条1項1号)。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
(略)
そのため、ある商標が先に登録された商標と類似しているかがしばしば問題になるのですが、商標が類似しているか否かの判断については、以下の最三判昭和43年2月27日昭和39年(行ツ)第110号民集第22巻2号399頁(氷山印事件)が、具体的な取引状況に基づき、商標の外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象を考慮して、商品の出所に誤認混同が生じるか、という観点から判断すべきことを示しており、これが重要な先例となっています。
商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。
この判決は、 旧商標法(大正10年法律第99号)2条1項9号の解釈に関するもので、役務商標(サービスマーク)について商標登録が認められるようになった平成3年の商標法改正以前のものですが、同様の考え方は、役務商標にもあてはまります。
結合商標と商標の類似
結合商標とは
結合商標とは、文字や語、図形、記号などの構成部分を複数組み合わせた商標をいいます。
結合商標について商標の類否判断をするときには、結合商標を構成する部分の一部を分離して観察することにより類否判断をすることができるか、また、どのような場合に一部を分離して判断をすることが許されるのかが問題となります。特に、文字からなる商標の一部を分離できるかは、微妙な判断を求められることがあります。
リラ宝塚事件判決
結合商標の類否判断に関し、最判昭和38年12月5日民集17巻12号1621頁昭和37年(オ)第953号(リラ宝塚事件)は、「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標」については、その構成部分の一部に基づいて類似性を認定することができるという考え方を示しました。
商標はその構成部分全体によって他人の商標と識別すべく考案されているものであるから、みだりに、商標構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判定するがごときことが許されないのは、正に、所論のとおりである。しかし、簡易、迅速をたっとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによって簡略に称呼、観念され、一個の商標から二個以上の称呼、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところである(昭和三六年六月二三日第二小法廷判決、民集一五巻六号一六八九頁参照)。しかしてこの場合、一つの称呼、観念が他人の商標の称呼、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の称呼、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である。
この判決も、旧商法2条1項9号が適用された事案ですが、現行商標法4条1項11号の解釈においても先例とされています。認定判断の内容としては、上記判旨のもと、リラと呼ばれる抱琴の図形と「宝塚」の文字との結合からなる商標が、当該事案の事実関係のもとでは、「リラ宝塚」の称呼、観念のほかに、単に「宝塚」なる称呼、観念も生じると認定され、その結果「宝塚」と類似すると認められています。
つつみのおひなっこや事件判決
他方、最判平成20年9月8日判時2021号92頁平成19年(行ヒ)第223号(つつみのおひなっこや事件)は、以下のとおり述べ、結合商標の構成部分の一部に基づいて類似性判断をすることができるのは、①「需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合」や②「それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合」に限られるとの考え方を示しました。
結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである。
同判決は、上記理解のもと、「つつみのおひなっこや」の文字を横書きしてなる登録商標と「つゝみ」または「堤」の文字からなる引用商標とは類似しないと判断しています。
なお、つつみのおひなっこや事件では商標登録無効審判の対象となった商標の分離可能性が問題とされていますが、逆に、最二判平成5年9月10平成3年(行ツ)第103号民集47巻7号5009頁(SEIKOEYE事件)は、引用商標の文字を分離観察した結果、本願商標からは、引用商標の構成部分のうち需要者に対して商品の出所の識別標識として強く支配的な印象を与える部分の称呼や観念は生じないとして、商標の類似性を否定しています。
両判決の関係
これら2つの最高裁判所の判例については解釈上の議論があり得るところですが、知財高判平成28年1月20日平成27年(行ケ)第10158号(REEBOK ROYAL FLAG事件)は、結合商標の類否判断につき、両判決を踏まえて、以下のとおり述べています。
複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されないが,他方で,商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
この判決は、結合商標の構成部分が不可分的に結合されている場合について、原則的には一部を分離し抽出することは許されないものの、つつみのおひなっこや事件判決で示された場合には、例外的に一部を分離、抽出することが許される、という論理構成をしたものといえそうです。
この考え方によれば、結合商標の構成部分が不可分的に結合されていない場合について一部の分離抽出が許されるとしたのがリラ宝塚事件判決で、結合商標の構成部分が不可分的に結合されている場合において、なおその一部の分離、抽出が許されるための要件を示したのがつつみのおひなっこや事件判決ということになります。
また、両判決の関係を明確に示したわけではありませんが、知財高判平成31年3月12日平成30年(行ケ)第10121号審決取消請求事件の下記判旨も、同様の判断構造を採用したものと理解することが可能であろうと思われます(同判決の解説はこちらをご覧ください)。
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについては、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められないときには、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することが許される場合があり、商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などには、商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
他方、特許庁の商標審査基準第3「第4条第1項及び第3項(不登録事由)」の十(第4条第1項第11号)4.(1)(ア)は、以下のとおり述べ、結合商標の構成部分が不可分的に結合されているか否かという観点から場合分けをしていません。
結合商標は、商標の各構成部分の結合の強弱の程度を考慮し、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど強く結合しているものと認められない場合には、その一部だけから称呼、観念が生じ得る。
平成28年12月の産業業構造審議会の商標審査基準ワーキンググループの資料によれば、つつみのおひなっこや事件判決で示されたような場合には、結合商標の構成部分が不可分的に結合されていないものと認定することができるとの考え方のもと、類否判断の基準は、リラ宝塚事件判決にいう「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められるか」というものに収斂するとの理解に立っているものと思われます。
事案の概要
本件は、被告が受けていた商標登録について、原告が商標登録無効審判を請求したところ、特許庁が審判請求は成り立たない(棄却)との審決をしたため、原告がその取消を求めて訴えを提起した事件です。
事実関係として、被告は、以下の標準文字商標について、指定商品を「薬剤」(第5類)とする商標登録を受けました。
- 「ヒルドマイルド」(商標登録第6178213号)
他方、原告は、被告の商標登録出願に先立ち、以下の各商標について、指定商品を「薬剤」等(第5類)とする商標登録を受けていました。
- 「Hirudoid」(商標登録第459931号)
- 「ヒルドイド」(商標登録第1647949号)
本件の審判及び審決取消訴訟では、被告の登録商標である「ヒルドマイルド」が、原告の上記各引用商標に類似しているかが争点となり、判決は、主に「ヒルドイド」との対比を行っています。
なお、原告は、商標登録の無効事由として、上述の商標法4条1項11号(先願に係る他人の登録商標)のほか、下記の同項15号(商品又は役務の出所の混同)も主張していましたが、判決は、この点に関する判断を示していません。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
(略)
判旨
商標の類否の判断基準
判決は、商標の類否判断の方法について、以下のとおり述べ、取引の実情のもと、外観、観念、称呼等から出所の誤認混同を生じるか、という伝統的な考え方を踏襲しました。
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
結合商標の類否判断
判決は、結合商標の類否判断について、下記のとおり述べており、「商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」に構成部分の一部を抽出して類否判断をすることが許される、というリラ宝塚事件判決の枠組みを維持しています。
他方で、①商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合、という、つつみのおひなっこや事件判決に示された事情は、リラ宝塚事件判決における「商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合」の例示に位置付けられています。
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合等,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁)。
これは、産業構造審議会における資料の記載と同様、両最高裁判決を一体として捉え、「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど強く結合しているものと認められるか」という単一の基準に基づく判断手法を示したものと考えられます。
事実認定と結論
判決は、具体的な認定判断において、原告による長年にわたる引用商標の使用の状況や「ヒルドプレミアム」という第三者の商標についての需要者の理解、医療分野における類似名称による取違え事故の問題、「マイルド」という言葉の語義など、各種背景事情を認定した上で、以下のとおり述べ、「ヒルドマイルド」は、「ヒルド」の構成部分と「マイルド」の構成部分からなる結合商標であるとみることができると認定しました。
本件商標が7文字からなるものでその一部のみを観察することも想定可能な程度の長さを有していること,その構成中の「マイルド」の文字部分は,(略)「物事の程度や人の性質・態度などが穏やかなさま。」「刺激の少ないさま。」などを意味する単語として日常的に使用されており,ひとまとまりの語句として強く認識され得るものであることからすると,本件商標は,「ヒルド」の構成部分と「マイルド」の構成部分からなる結合商標であるとみることができる。
その上で、判決は、「ヒルド」は出所識別標識として需要者に強い印象を与えるのに対し、「マイルド」には極めて弱い自他識別能力しかないとの認定をしました。
「ヒルド」の構成部分は,辞書等に採録された既成語ではなく一種の造語と理解され,(略)長期間にわたって原告商品の外には薬剤の名称には使用されておらず,薬剤の名称としてありふれたものではないことからしても,需要者に対し,商品の出所識別標識として強い印象を与えるといえる。これに対し,「マイルド」の構成部分は,(略)薬剤の分野においては,薬の効果や刺激が弱いことを意味するものとして薬のブランド名等とともに商品名に用いられることが相当程度にある語句であるから,指定商品である薬剤との関係において,自他識別機能は極めて弱いというべきであり,「マイルド」の構成部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じるとはいえない。
以上の認定を踏まえ、判決は、「ヒルド」の文字のみを抽出して、類否判断をすることが許されるとの判断をしました。
そうすると,本件商標については,「ヒルド」の文字のみを抽出し,この部分だけを引用商標と比較して類否を判断することも許されるというべきである。
続いて、判決は、構成音等から、「ヒルドマイルド」は「薬効又は刺激が弱いヒルド」を連想させるものとなっている旨認定した上で、外観では、「ヒルドマイルド」の7文字中4文字目の「マ」ト6文字目の「ル」を除く「ヒルド」「イ」「ド」の5文字が「ヒルドイド」と共通し、並び順も同じであること、称呼については、印象の強い語頭の3音と語尾の1音が同じであること、観念については、需要者の間で「ヒルド」は「ヒルドイド」を意味する単語として認識されており、「ヒルド」と「ヒルドイド」はいずれも「ヘパリン類似物質を配合した保湿剤であるヒルドイド」を想起させる点で共通すること、を指摘し、両商標の類似性を認定しました。
以上の結論として、判決は、原審決を取り消しました。
関連事件
被告は、「薬剤」(第5類)を指定商品として、「HIRUDOMILD」(商標登録第6178214号)についても商標登録を受けていたところ、本件と同一の引用商標に基づいて商標登録無効審判の請求を受け、本判決と同日、本判決と同一の裁判体の判決により、本判決と同じく、上記商標が引用商標と類似するものと認める判決がなされています(知財高判令和3年9月21日令和3年(行ケ)第10029号審決取消請求事件)。
コメント
本判決は、ひとまとまりの文字の商標を結合商標と捉え、その一部を分離して観察することが許されるかという問題について、判断基準及び実質的なあてはめの双方の観点から、商標実務の参考になるものと思われます。具体的認定において、「ヒルド」を分離観察することが可能であるとしても、「ヒルドイド」と2音が相違しているにもかかわらず類似性を認めた点では、類似の範囲を比較的広くとらえたものと考えられますが、これは、判決でも指摘されているとおり、取り違えが深刻な事態を招く恐れのある医薬品の特質を考慮したものかも知れません。医薬品分野では、「メバロカット」の商標登録について、2音が異なる引用商標「メバロチン」との関係で誤認混同の恐れがあるものとして、商標登録を無効にする審決が維持された東京高判平成16年11月25日同年(行ケ)第129号審決取消請求事件があります。
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(文責・飯島)