本年(令和2年)6月30日、知的財産高等裁判所第3部は、非接触型ICカードのための通信技術であるFeliCaを開発したソニーの元従業員からの職務発明対価請求に係る様々な争点につき、判断を示しました。本稿では、職務発明制度について解説した上、特許登録前の発明の実施に係る職務発明対価請求権の消滅時効に関する争点その他多くの点で原審と異なる判断をした本控訴審判決を紹介します。

ポイント

骨子

  • 相当の対価の消滅時効の起算点は、特許を受ける権利の承継時であるのが原則であるが、勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは、その支払時期が消滅時効の起算点となると解される。
  • そして、特許発明の実施の実績を考慮して支払われる相当の対価について、対象期間の実績に対応する対価に関する支払時期の定めが勤務規則等にある場合には、当該所定の支払時期までは権利行使について法律上の障害があるといえ、当該期間の実績に対応する対価支払請求権について、所定の支払時期が消滅時効の起算点となると解される。
  • 被告発明考案規定が、登録前の実施等に対する対価支払請求権と登録後の実施等に対する対価支払請求権を区別することなく、その支払を定めているものと解される以上、被告発明考案規定に基づく報奨金の支払は、登録前後を問わず、実施等に対する対価支払請求権全体に対する一部弁済であって、債務の承認又は時効援用権の放棄に当たると解すべきである。
  • 出願公開前の段階においては、特許法上何ら特別な保護は認められていないのであるから、この段階における特許発明の実施について独占の利益を肯定することは困難というべきである。しかし、出願公開後においては、一定の条件の下に補償金支払請求権が認められ、この限度で特許法上の保護が与えられているのであるから、特許権登録後の2分の1の限度では独占の利益が認められるというべきである。

判決概要

 

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和2年6月30日
事件番号 平成30年(ネ)第10062号
特許番号 特許第3709946号のほか11件
発明の名称 「通信方法,および,情報処理装置」(特許第3709946号)等
原判決 東京地裁平成27年(ワ)第1190号
(平成30年5月29日言渡し)
当事者 控訴人・被控訴人(一審原告) X
控訴人・被控訴人(一審被告) ソニー株式会社
裁判官 裁判長裁判官 鶴岡 稔彦
裁判官    上田 卓哉
裁判官    石神 有吾

 

解説

職務発明制度

職務発明とは、従業者の発明のうち、使用者の業務範囲に属し、かつ、従業者の職務に属する発明をいい、その権利の帰属・実施・処分等について特許法35条で規定しています。職務発明に当たらない従業者の発明は、一般に自由発明と呼ばれ、従業者に帰属し、例えば、使用者がその権利をあらかじめ取得するという契約をしたり、社内規則を設けたりしても、無効とされます。
企業ひいては国の発展においてその従業者の発明が極めて重要となっている現在、発明者である従業者にとっても、使用者にとっても、発明へのインセンティブが与えられる必要があり、特許法上の職務発明制度によって両者の利益調整を図っていますが、職務発明制度は、平成16年、平成27年と二度大きく改正がなされています。

特許を受ける権利の帰属

平成27年改正前の特許法35条では、職務発明は、従業者に原始的に帰属するとの前提のもと、使用者は、あらかじめ社内の職務発明規程等で定めることにより、従業者から職務発明に係る権利を承継取得することが可能でした。
もっとも、この場合、従業者が使用者以外に権利を譲渡することによっていわゆる二重譲渡の関係が生じたり、社外に共同発明者がいる場合に、その共同発明者が同意しないと、使用者は発明を取得できなくなったりするという問題が指摘されていました。
こういった問題を受けて、平成27年の特許法改正により、あらかじめ使用者が職務発明につき特許を受ける権利を取得する旨の定めをしておけば、特許を受ける権利が使用者に原始的に帰属することになりました(平成27年改正後の35条3項)。つまり、企業としては、従前同様従業員に特許を受ける権利を帰属させた上で承継取得する以外に、原始的に権利を取得することを選択できるようになったということです。

職務発明対価請求に関する特許法の規定

従業者から使用者に職務発明に係る権利が移転される対価として、従業者は使用者から金銭その他の利益を受ける権利があります。
平成16年改正前の特許法35条は以下のようなもので、同条3項・4項において、従業者が受ける相当の対価の額は、発明により使用者が受けるべき利益の額及び使用者の貢献の程度を考慮して定める旨が定められていました。

特許法35条(平成16年改正前)
1 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定の条項は、無効とする。
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4 前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。

平成16年改正前特許法35条には、社内規程における対価の定めの効力に関する規定がなかったため、社内規程に基づいて支払がされた場合に、さらに相当の対価を請求することができるのかが争点となっていました。
この点について、最高裁は、オリンパスピックアップ装置事件判決(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決)において、勤務規則に対価を定める条項がある場合でも、これによる額が同条4項に従って定められる額に満たないときは、同条3項に基づき、不足する額に相当する対価の支払いをしなければならないと判断しました。
また、これを機に、職務発明に係る相当対価請求訴訟において高額の支払いを命ずる裁判例が続出しました。

このような当時の情勢を背景に、訴訟リスクに備える産業界の強い要望により平成16年改正がなされました。平成16年改正特許法35条の条文は、以下のとおりでした。

特許法35条(平成16年改正後)
1 (略)
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。
5 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

平成16年改正後の4項では、勤務規則等において相当の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者・従業者間で行われる協議の状況、策定された基準の開示状況、対価額の算定について行われる従業者からの意見の聴取の状況等を考慮して対価の支払いが不合理であってはならないことが定められるとともに、ここで不合理と認められなければ、従業者は、規定内容を超えて相当の対価を請求することはできないことになりました。つまり、4項に定められた手続的要素に沿っている限り、企業は、勤務規則等の定めに基づいて相当の対価の支払いをすればよいこととなったということです。
他方、4項を適用した結果、対価の支払いが不合理と認定された場合には、従前どおり、発明により使用者が受けるべき利益の額及び使用者の貢献の程度を考慮して対価が定められることとなります(5項)。このことは、実際の効果に照らしていえば、不合理との認定を受けた場合には、会社が相当の対価の決定権限を失い、裁判所が決定する、ということを意味するものといえます。

特許法35条は、平成27年にも改正され、現在の条文となりました。その条文は、以下のとおりです。

特許法35条(平成27年改正後)
1 (略)
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

平成27年改正では、上述したとおり、特許を受ける権利が使用者に原始的に帰属し得ることになったほか、従業者が請求できる対象が、それまでの「相当の対価」から、「相当の利益」に変更されました。これにより、従業者が受けるのは、例えばストックオプションの付与、昇進、留学の機会の付与といった金銭以外の経済的価値あるものを含まれることが明確になりました。

適用法

平成16年改正法は、平成17年4月1日以降に権利が承継された場合に適用され、平成27年改正法は、平成28年4月1日以降に権利が取得等された場合に適用されます(使用者等に特許を受ける権利が原始帰属する旨の規定は、同日以降に職務発明が完成した場合に適用)。

一般に、ある職務発明が社内で生まれ、それが出願され、製品開発され、さらに利益を生んで、発明者が相当の対価・利益の請求訴訟を提起するまでには、一定の時間を要します。
そのため、現在でもなお、多くの対価請求事案で、平成16年改正前の特許法35条や平成16年改正特許法35条が適用されています。
本件も、平成16年改正前特許法が適用された事案です。
なお、現在のところ、平成27年改正法が適用された事案の裁判例はありません。

相当の対価の算定

相当の対価の算定方法は、裁判所が裁量により決する事項ですが、一般的に次の算定式によって求められています。

  相当の対価=独占の利益×対象特許発明の寄与度×(1-使用者等の貢献度)

「独占の利益」とは、使用者が特許を受ける権利を承継して特許発明の実施を独占することにより得られるべき利益のことをいいます。
使用者が他者に実施許諾している場合には、実施料収入額がそのまま「独占の利益」となり、使用者が自己実施している場合には、下の算定式の下線部分によって求められる額が「独占の利益」となります。

  自己実施に係る相当の対価=対象製品の売上げ×超過売上げの割合×仮想実施料率×対象特許発明の寄与度×(1-使用者等の貢献度)

この算定式の詳細については、過去のリーガルアップデート記事で詳説していますので、こちらをご覧ください。

職務発明対価請求権の消滅時効

職務発明対価請求訴訟は、発明者が退職してから訴訟提起する場合が多く、発明からかなりの時間が経過していること、社内規程の内容が各社それぞれで、発明対価の支払時期に争いがあること、企業も当該発明者に何らかの名目で支払った実績があることなどから、しばしば消滅時効の成否が争点の一つとなります。

消滅時効期間

平成29年改正民法施行前、すなわち、令和2年4月1日以前に発生した職務発明対価請求権の消滅時効の期間は、10年間と考えられています(改正前民法167条1項)。平成29年改正民法施行後に発生した職務発明対価請求権は、従業者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときにも時効消滅することになります(改正民法166条1項1号)。

消滅時効の起算点

従業者は、特許を受ける権利を使用者に承継させたときに相当の対価の支払を受ける権利を取得するところ(平成16年改正前特許法35条3項)、相当対価請求権についての消滅時効の起算点は、特許を受ける権利を使用者に承継した時であるというのが原則です。もっとも、勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは、その支払時期が消滅時効の起算点となるとの最高裁判決があります(先にも挙げた最高裁平成15年4月22日オリンパスピックアップ装置事件判決)。
その後の多くの下級審では、発明規程の具体的内容により、相当対価の支払時期の定めがあるのかないのか、ある場合はいつなのかという点が度々争点となっています。

職務発明相当対価請求権の遅延損害金の起算点

職務発明相当対価請求に係る債務は、それぞれの発明規程の内容により、履行期(支払時期)がいつなのかが異なると解されます。
支払時期の定めがあると解される場合には、その期限を経過したときから遅滞の責任を負います(改正民法412条1項)。
支払時期の定めがないと解される場合には、債務が発生すると同時に履行期にあるので、発明者はいつでも履行の請求ができ、使用者は、履行の請求を受けたときから遅滞の責任を負います(改正民法412条3項)。

事案の概要

本件は、一審被告ソニーの従業員であった一審原告が、Suicaなどの非接触型ICカードのための通信技術であるFeliCaに関する技術を発明したことについて、ソニーに対し、平成16年改正前の特許法35条3項に基づいて、職務発明に係る相当の対価を請求した事件の控訴審です。
原審の判断内容については、先ほどご紹介した過去のリーガルアップデート記事でも取り上げていますので、こちら をご覧ください。
(原告は296億円余りの一部請求として5億円を請求していたところ、結論としては、原審(東京地判H30.5.29)では3200万円余りが認容されたのに対し、控訴審では2900万円余りが認容されました。)

判旨

本判決が判断した項目は多岐にわたりますが、本稿では、原判決と判断を異にした点を中心に、他の事案でも参考になる以下の争点について取り上げます。

・特許登録前の発明の実施による独占の利益に対応する相当対価請求権の消滅時効の成否
・特許登録前の発明の実施に係る独占の利益
・自己実施に伴う独占の利益の算定において使用する仮想実施料率
・関係会社に現物出資したことに伴う独占の利益
・第三者に実施許諾したことに伴う独占の利益
・既払いの報奨金の扱い
・遅延損害金の起算点(原判決と結論同じ)

特許登録前の発明の実施による独占の利益に対応する相当対価請求権の消滅時効の成否

問題点の把握

本件では、相当対価請求権の消滅時効の成否が問題となりました。
具体的には、特許が登録される前に実施された分に対応する相当対価請求権について、発明者である一審原告から一審被告ソニーへ特許を受ける権利が承継されてからは10年以上経っていたという事情があったので、①消滅時効期間が経過したか、すなわち、特許が登録される前に実施された分に対応する相当対価請求権の消滅時効の起算点がいつか、という問題があります。
さらに、本件では、提訴後も、社内規程に基づいて一審原告に報奨金が支払われていたという事情があったので、②この支払が消滅時効完成後の債務の承認又は時効援用権の放棄として、ソニーによる消滅時効の援用が認められないのではないか、という問題があります。

①消滅時効期間が経過したか、すなわち、消滅時効の起算点がいつかという点について(知財高裁)

まず、知財高裁(控訴審)は、以下のとおり述べ、相当対価支払請求権の消滅時効の起算点は権利承継時が原則であるが、実施実績を考慮して支払われる相当の対価について、実績に対応する対価に関し支払時期の定めが勤務規則等にあれば、当該支払時期が消滅時効の起算点になることを原判決と同様に確認しています。

勤務規則等の定めに基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は,使用者に対し相当の対価支払請求権を取得する(旧法35条3項)ところ,同請求権についての消滅時効の起算点は,特許を受ける権利の承継時であるのが原則であるが,勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは,その支払時期が消滅時効の起算点となると解される(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。そして,特許発明の実施の実績を考慮して支払われる相当の対価について,対象期間の実績に対応する対価に関する支払時期の定めが勤務規則等にある場合には,当該所定の支払時期までは権利行使について法律上の障害があるといえ,当該期間の実績に対応する対価支払請求権について,所定の支払時期が消滅時効の起算点となると解される。

続いて、知財高裁は、以下(下線部分)のとおり、本件では、実施に基づく報奨金を支給するという社内規程が特許登録前の実施と特許登録後の実施を区別していないことからすると、社内規程は、登録前の実施についても報奨金を支給する趣旨を定めたものと解されるとしました。その上で、相当対価支払請求権について、社内規程は具体的な支給時期を定めていないから、(特許登録前の実施分も登録後の実施分も)相当対価支払請求権の消滅時効の起算点は、後の時期に繰り下がることなく、原則どおり、特許を受ける権利の承継時となると判断しました。したがって、本件では10年の消滅時効期間が経過しているということになります。

【下線は筆者による】

上記(1)の認定事実によれば,一審被告の発明考案規定上,「●●●●●●●●●●この規定が,●●●●●●●●●●の実施等を問題にしている以上,報奨金が支払われるためには,特許権等の登録がされることが必要であることは明らかである。しかしながら,上記規定が,実施等に関しては,●●●●●●●●●●,実質的に見ても,この両者を区別する必要に乏しいと考えられること(一審被告は,登録前の実施等に関しては,独占の利益が極めて小さいと主張するが,後に述べるとおり,この主張をそのまま採用することは困難である。)からすると,上記規定は,登録前の実施等についても報奨金を支給する趣旨を定めたものであると解するのが相当である。
これを前提に検討するに,被告発明考案規定は,上記のとおり,●●●●●●●●●●などからすると,特許権等の登録及び実施等がされた後,直ちに報奨金等の支払が行われる(すなわち,特許権等の登録の時又は実施等の時のうち遅い方の時を支払時期とする)旨が定められていると解することも困難である。したがって,対価支払請求権は,上記の原則どおり,特許を受ける権利の承継時に,期限の定めのないものとして発生していると解するほかはない。そうすると,対価支払請求権の消滅時効期間は,特許を受ける権利の承継時から進行することとなるが,被告発明考案規定が,登録前の実施等に対する対価支払請求権と登録後の実施等に対する対価支払請求権を区別することなく,その支払を定めているものと解される以上,被告発明考案規定に基づく報奨金の支払は,登録前後を問わず,実施等に対する対価支払請求権全体に対する一部弁済であって,債務の承認又は時効援用権の放棄に当たると解すべきである。そして,一審被告は,本訴が提起された後である平成28年3月ころまで,報奨金の支払をしていたことは,原判決「事実及び理由」の「第2」の2項(7)記載の前提事実のとおりであるから,登録前の実施等に対する対価支払請求権について,時効の完成を主張できないことは明らかである。
以上により,一審被告の消滅時効の主張は採用することができない。

②報奨金の支払が消滅時効完成後の債務の承認又は時効援用権の放棄として、消滅時効の援用が認められないのではないかという点について(知財高裁)

提訴後も一審被告ソニーが一審原告に報奨金を支払っていた事実について、社内規程には登録前の実施分に係る報奨金を支払う旨が明記されていないという事情の下で、当該支払が、登録前の実施分に係る相当の対価についての弁済に当たるかが問題となります。登録前の実施分についての弁済に当たれば、時効完成後の債務の承認又は時効援用権の放棄として、一審被告ソニーの時効完成の主張は認められず、登録前の実施分についての弁済に当たらなければ、時効完成の主張は認められるということになります。

この点について、知財高裁は、社内規程が、特許登録前の実施等に対する相当対価請求権と登録後の実施等に対するそれとを区別することなくその支払を定めているものと解される以上、報奨金の支払は、特許登録の前後を問わず、実施等に対する相当対価請求権全体に対する一部弁済であって、債務の承認又は時効援用権の放棄に当たると解すべきであると判断しました。つまり、報奨金の支払いは、登録後の実施分のみに係る相当対価の支払いではなく(したがって、登録前の実施分についての弁済に当たらないのではなく)、登録前の実施分も含めた相当対価全体の一部についての弁済であるということです。そうすると、本件の報奨金支払いは、登録前の実施分に係る相当対価請求権に関し、時効完成後の債務の承認又は時効援用権の放棄に当たるとして、最近まで報奨金の支払をしていた会社側は、特許登録前の実施等に対する対価支払請求権についても時効の完成を主張できないと判断しました。

【下線は筆者による】

上記(1)の認定事実によれば,一審被告の発明考案規定上,「●●●●●●●●●●この規定が,●●●●●●●●●●の実施等を問題にしている以上,報奨金が支払われるためには,特許権等の登録がされることが必要であることは明らかである。しかしながら,上記規定が,実施等に関しては,●●●●●●●●●●,実質的に見ても,この両者を区別する必要に乏しいと考えられること(一審被告は,登録前の実施等に関しては,独占の利益が極めて小さいと主張するが,後に述べるとおり,この主張をそのまま採用することは困難である。)からすると,上記規定は,登録前の実施等についても報奨金を支給する趣旨を定めたものであると解するのが相当である。
これを前提に検討するに,被告発明考案規定は,上記のとおり,●●●●●●●●●●などからすると,特許権等の登録及び実施等がされた後,直ちに報奨金等の支払が行われる(すなわち,特許権等の登録の時又は実施等の時のうち遅い方の時を支払時期とする)旨が定められていると解することも困難である。したがって,対価支払請求権は,上記の原則どおり,特許を受ける権利の承継時に,期限の定めのないものとして発生していると解するほかはない。そうすると,対価支払請求権の消滅時効期間は,特許を受ける権利の承継時から進行することとなるが,被告発明考案規定が,登録前の実施等に対する対価支払請求権と登録後の実施等に対する対価支払請求権を区別することなく,その支払を定めているものと解される以上,被告発明考案規定に基づく報奨金の支払は,登録前後を問わず,実施等に対する対価支払請求権全体に対する一部弁済であって,債務の承認又は時効援用権の放棄に当たると解すべきである。そして,一審被告は,本訴が提起された後である平成28年3月ころまで,報奨金の支払をしていたことは,原判決「事実及び理由」の「第2」の2項(7)記載の前提事実のとおりであるから,登録前の実施等に対する対価支払請求権について,時効の完成を主張できないことは明らかである。
以上により,一審被告の消滅時効の主張は採用することができない。

東京地裁(原審)の判断

これらの点について、東京地裁(原審)は、知財高裁(控訴審)と異なる判断をしていました。
まず、相当対価支払請求権の消滅時効の起算点は権利承継時が原則であるが、実施実績があったことによる発明対価について、実績に対応する対価に関し支払時期の定めが勤務規則等にあれば、当該支払時期が消滅時効の起算点になることを知財高裁と同様に確認し、これを前提として、①消滅時効の起算点について、本件の社内規程には特許登録前の実施等の実績に応じた職務発明対価の支払時期の定めがないことから、登録前の実施分に係る対価支払請求権の消滅時効は、原則どおり特許を受ける権利の承継時から進行するとしました。
その上で、②報奨金の支払いについて、実施報奨金は特許登録後の実施等の実績に応じた対価支払請求権について支払われるものであるから、会社が本件発明について実施報奨金を支払ったことは、特許登録前の発明の実施等の実績に応じた対価支払請求権についての債務の弁済と評価することはできないとして、債務の承認又は時効援用権の放棄に当たらないとし、結果として消滅時効の成立を認めていました。

ポイント

原審と控訴審で結論が異なったのは、(社内規程の内容については省略されており、詳細不明ですが)社内規程において特許登録前の実施の実績に応じた対価請求について明確に定められていないことをどうように評価するか、という点で原審と控訴審とではその判断を異にしたことによると考えられます。

原審 ①起算点はいつか 報奨金の規定には登録前の実施分について定めがない
=報奨金の規定は登録後の実施のみを考慮する趣旨

登録前の実施分につき支払時期の定めはない
→登録前の実施分の対価請求権の消滅時効起算点は、原則どおり、承継時
→消滅時効期間経過

②債務の承認があったか 規定の実施報奨金は登録後実施分の対価請求権について支払われるもの
→既払い実施報奨金は登録前実施分の対価請求権についての弁済ではない
(債務の承認又は時効援用権の放棄に当たらない)
結論 消滅時効が成立
控訴審 ①起算点はいつか 報奨金の規定には登録前の実施分について定めがない
=報奨金の規定は登録前の実施の対価も支払う趣旨

(登録前後問わず)実施分につき支払時期の定めはない
→実施分の対価請求権の消滅時効起算点は、原則どおり、承継時
→消滅時効期間経過

②債務の承認があったか 実施報奨金の規定は登録の前後を区別していない
→既払い実施報奨金は、登録前後を問わず、実施に対する対価支払請求権全体に対する一部弁済
(債務の承認又は時効援用権の放棄に当たる)
結論 消滅時効は成立しない
特許登録前の発明の実施に係る独占の利益

特許登録手続は、出願→出願公開→特許登録という段階を踏むところ、特許登録以前から使用者が発明を実施していた場合、どの段階から、独占の利益(使用者が特許を受ける権利を承継して特許発明の実施を独占することにより得られるべき利益)が認められるかが問題となりました。

知財高裁は、以下のとおり述べ、出願公開前の発明の実施については、そもそも独占の利益を観念できないから、相当対価請求権が発生せず、また、出願公開後特許登録前の発明の実施については、独占の利益は特許登録後の発明の実施によるものの2分の1にとどまると判断しています。

一審被告は,本件各特許の特許権登録前の実施等に関しては,独占の利益は極めて小さいから,このことを考慮すべきであると主張する。
たしかに,出願公開前の段階においては,特許法上何ら特別な保護は認められていないのであるから,この段階における特許発明の実施について独占の利益を肯定することは困難というべきである。しかし,出願公開後においては,一定の条件の下に補償金支払請求権が認められ,この限度で特許法上の保護が与えられているのであるから,特許権登録後の2分の1の限度では独占の利益が認められるというべきである。一審被告は,特許権登録前の段階では,特許が成立しているかどうかも定かではないと主張するが,現実に特許が成立している以上,この点を重視するのは相当ではない。

自己実施に伴う独占の利益の算定において使用する仮想実施料率

上記相当対価の算定式に代入する仮想実施料率についても争いがありました。

東京地裁(原審)は、一審被告ソニー製品のICチップにおいて、本件発明以外のFeliCa関連特許に係る発明の実施がうかがわれること等を考慮し、本件における仮想実施料率を0.8%と認めるのが相当であると判断していましたが、知財高裁(控訴審)は、原審での考慮事情に加え、控訴審で考慮された具体的事情・証拠及び考慮されなかった具体的事情・証拠について説明しつつ、11件の特許発明全体で3.3%、1件当たり0.3%程度と認めるのが相当であると判断しています。知財高裁(控訴審)が特に重視したのは、以下の(a)と(b)の事情でした。

当事者双方が提出した資料から認定できる実施料率等のうち,本件において参考になると思われるものとしては,次のようなものがある。
(a)経済産業省知的財産政策室編「ロイヤルティ料率データハンドブック」(甲98)によれば「器械」分野のロイヤルティ料率の平均値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準偏差は1.9%であり,「電気」分野の平均値は2.9%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準偏差は1.5%であり,「コンピュータテクノロジー」分野の平均値は3.1%,最大値は7.5%,最小値は0.5%,標準偏差は2.0%であり,「精密機器」分野の平均値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準偏差は1.9%である。
(b)IT業界のライセンスの実務においては,必須特許の累積ロイヤ ルティ料率は最大限5%とされていることが多い(乙381,382)。
(c)標準規格であるMPEG(動画圧縮)やデジタルテレビチューナーのパテントプールにおいて,きわめて多数の対象特許(ARIBではピーク時に600件)についてのライセンス料は,最終製品のエンドユーザーに対する販売価格の●●とされた(乙390)。
(d)FeliCa開発の過程で一審被告がフランステレコムから同社保有特許のライセンスを持ち掛けられた際の同社の当初の申出額は,1件当たり●●●●●●●●であった(乙396)。

関係会社に現物出資したことに伴う独占の利益

現物出資とは、金銭以外の財産による出資のことをいいます。
本件では、一審被告ソニーは、本件対象特許のうち8件の実施権を、本件対象特許でない他の特許権の実施権とともに、新設の関係会社(モバイル用FeliCa技術に関する特許等のライセンス事業を含む事業を行う)に現物出資して、当該関係会社の株式を取得していました。そこで、株式取得による利益として、現物出資に伴う独占の利益が争点の一つとなりました。

東京地裁(原審)は、同時に実施権が現物出資された特許が全部で150件あることから、対象となった8件の実施権の価値は、現物出資された実施権全体の評価額の150分の8の価値を有すると判断していました。
これに対し、知財高裁(控訴審)は、対象特許の技術的意義は高いと認められるので、現物出資された実施権全体の評価額の2分の1の価値を有すると判断しています。

なお、控訴審では、発明者側は、出資後に関係会社から会社側に間接的に還元される利益の額(関係会社の売上げに対するライセンス料相当額)も考慮されるべきだと主張しましたが、知財高裁(控訴審)は、これらは現物出資の評価に当たって評価され尽くしているものであるとして、否定しています。

一審原告は,現物出資後にFN社から一審被告に間接的に還元される利益の額も考慮に入れるべきであり,具体的には,FN社の売上額のうち本件各製品の売上げに係るものを抽出した上で,この売上げについて一審被告がFN社から受領すべき相当なライセンス料を,現物出資に当たっての評価に基づき計算された価値に加算すべきである旨主張する。
しかしながら,現物出資の後にFN社から一審被告へ利益の還元がなされたとしても,それは,一審被告が,FN社へ特許権等の独占実施権を出資した対価として得たFN社の株式を保有し続け,FN社がその営業努力により事業利益を上げ,かつその利益の一部を株主である一審被告に還元することによるものである。かかる利益還元は,あくまで見込みとしてではあるが,FN社への現物出資の評価に当たって評価され尽くしているものであるから,これを一審原告の主張のように,現物出資の対価としての評価額に更に加算するのは相当でない。

第三者に実施許諾したことに伴う独占の利益

本件では、他社へ実施許諾したことによる利益が争われていました。
東京地裁(原審)は、他社に実施許諾していた証拠がないとして否定していましたが、知財高裁(控訴審)は他社への実施許諾とそれによる実施料収入を認め、その独占の利益は5000万円としています。

既払いの報奨金の扱い

本件では、一審被告ソニーが一審原告に対し、発明の実施・実施許諾に係る報奨金を支払っていたので、この既払い部分について、上記のとおり算定された相当対価の額からどのように控除するかが問題となります。

東京地裁(原審)は、対象特許ごとに、認められた相当対価の額から各報奨金としての既払金を控除しており、一部の特許については報奨金が過払いとなるが、過払分を他の特許についての相当対価の未払分には充当しないと判断していました。

これに対し、知財高裁(控訴審)は、以下のとおり、対象特許についての報奨金としての既払金を合計して均等割りし、各対象特許の相当対価の額から控除した結果、過払い分はないと判断しています。

(1)一審被告が被告製品1~5を製造したことに関しては,別紙3の表1~4による計算のとおりである。別紙3の各表は,原判決の計算過程を一覧化した別紙1の各表に対応するが,当審の計算につき原判決の計算との相違点を中心に補足説明すると次のとおりである。
ア 略
イ 略
ウ 上記イを踏まえて,具体的な計算方法を例示すると次のとおりである。
(ア)~(エ)略
(オ)発明Pに対する「相当の対価」(表4)
(450+950+1100)万円×40%×0.3%×5%×50%=750円
エ 仮想実施料率を本件各発明につき等しいものとしたこととの均衡上,報奨金も本件各発明に対して支払われた総額を均等割して,本件各発明の相当対価の弁済として扱うべきである。表4では,本件各発明について相当対価と実際に支払われた報奨金との差額をプラスマイナス通算しており,これによって,最終的な未払額合計は,均等割で計算したのと同様の結果となる。

遅延損害金の起算点(原判決と結論同じ)

一審原告は、控訴審においては、遅延損害金の起算点を各特許の登録日に遡らせて請求しており、相当対価に係る遅延損害金がいつから発生するかが問題となります。

知財高裁(控訴審)は、本件発明規程によると、相当対価請求権に係る債務は支払時期(期限)の定めがない債務と解すべき場合であるところ、期限の定めのない債務は、債権者による支払の催告によって遅滞に陥ると解されるので、本件の相当対価請求に係る遅延損害金の起算日は、支払の催告である訴状送達の日の翌日とするのが相当であると判断しています。

一審原告は,当審において,遅延損害金の起算日を本件各特許の登録日に遡らせて請求している。これは,相当対価請求権の支払期は本件各特許の登録日であるとの見解に基づくものと解される。
しかしながら,既に説示したとおり,上記2において検討した被告発明考案規定の定めによれば,相当対価請求権に係る債務は期限の定めがない債務として発生するものと解すべきである。したがって,同債務は,債権者の支払催告によって遅滞に陥ると解されることになるから,遅延損害金の起算日は,原判決と同様に,訴状送達の日の翌日とするのが相当である。

コメント

本判決は特段新しい規範を述べたものではありませんが、具体的な事実のもと、多くの論点で原審と異なる判断がなされていますので、本稿で紹介しました。具体的事情によるものではありますが、特に、特許登録前の実施部分に関する消滅時効の成否やそれに係る独占の利益についての判断、また、既払金の扱いについての判断は、他の多くの事案においても参考になるものと思われます。

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(文責・村上)