平成30年5月29日、東京地裁民事第46部(柴田義明裁判長)は、「Felica」と呼ばれる非接触型ICチップを利用するICカード等に係る技術を巡る職務発明対価請求事件について、3181万8836円及び遅延損害金の支払を被告(ソニー)に命じました。平成16年改正前特許法35条の下において相当の対価を算定した新たな一例として実務上参考になりますので、ご紹介します。
ポイント
骨子
- 本件において、独占の利益は、通常実施権に基づく売上げを超えた部分の売上げ(超過売上げ)に対応する、特許発明が他人に実施許諾された場合の実施料相当額であると解するのが相当であり、具体的には本件発明の実施品の売上高に超過売上げの割合及び仮想実施料率を乗じることにより算出することが相当である。
- 本件実施発明の実施の独占が被告製品の売上げに寄与しているといえるが、その程度はその半分を超えるとはいい難く、独占の利益による被告の超過売上げは本件実施発明に係る各特許につきいずれも40%であると認めるのが相当である。
- 本件における仮想実施料率を0.8%と認めるのが相当である。
- 対価算定にあたっての被告の貢献度は大きなものであり、その割合は95%と認めるのが相当である。
- 特許発明の実施の実績を考慮して支払われる相当の対価について、対象期間の実績に対応する対価に関する支払時期の定めが勤務規則等にある場合には、当該所定の支払時期までは権利行使について法律上の障害があるといえ、当該期間の実績に対応する対価支払請求権について、所定の支払時期が消滅時効の起算点となる。
判決概要
裁判所 | 東京地方裁判所民事第46部 |
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判決言渡日 | 平成30年5月29日 |
事件番号 | 平成27年(ワ)第1190号 職務発明対価請求事件 |
特許番号 | 特許第3709946号のほか19件 |
発明の名称 | 「通信方法,および,情報処理装置」(特許第3709946号)等 |
当事者 | 原告 X 被告 ソニー株式会社 |
裁判官 | 裁判長裁判官 柴 田 義 明 裁判官 萩 原 孝 基 裁判官 大 下 良 仁 |
解説
職務発明対価とは
職務発明について使用者等が従業者等から特許を受ける権利を取得するなどしたときは、従業者等は、相当の金銭その他の経済上の利益(相当の利益)を受ける権利を有します(特許法35条4項)。そして、特許法は、「相当の利益」の算定について一定のルールを規定しています(同条5項・7項)。これらの趣旨は、従業者等が発明をするインセンティブを確保することにあります。
ところで、特許法35条は、平成16年及び平成27年に改正されました。平成16年改正法は、対価決定の手続に関する規律(4項)を導入し、平成27年改正法は、職務発明について特許を受ける権利を使用者等に原始帰属させる選択肢(2項・3項)等を導入しました。平成16年改正法は、平成17年4月1日以降に権利が承継された場合に、平成27年改正法は、平成28年4月1日以降に権利が承継された場合(使用者等に特許を受ける権利が原始帰属する旨の規定にあっては、同日以降に職務発明が完成した場合)に適用されます。そうすると、平成27年改正法適用事件が裁判所に多く持ち込まれるようになるのはまだ先であり、現状は、平成16年改正前特許法か、平成16年改正法が適用される事件が多いと思われます。
本件は、平成16年改正前特許法35条が適用された事件です。同条の内容は次のとおりです。
特許法35条(平成16年改正前)
1 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定の条項は、無効とする。
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4 前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。
参考までに、平成16年改正特許法35条及び平成27年改正特許法35条の内容は以下のとおりです。
特許法35条(平成16年改正後)
1 (略)
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。
5 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。
特許法35条(平成27年改正後)
1 (略)
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。
職務発明対価の算定
一般式
平成16年改正前特許法35条4項によると、相当の対価は、次の式によって算定されます(なお、平成16年改正法、平成27年改正法が適用される事件においては、職務発明規程がない場合又は当該規程による相当の対価・利益が不合理である場合に、特許法35条に基づく算定が行われます。)。
相当の対価=使用者等が受けるべき利益の額×(1-使用者等の貢献度)
使用者等が受けるべき利益
「使用者等が受けるべき利益」とは、法定通常実施権の価値を超える特許の独占権に基づく利益(独占の利益)であると考えられています。使用者等は、元々、職務発明について無償の通常実施権(特許法35条1項)を有しており、従業者等から権利の承継等を受けなくとも職務発明を実施することができるからです。
「使用者等が受けるべき利益」の算定基準時は、本来的には権利承継等の時点ですが(「受けた利益」ではない)、訴訟においては、口頭弁論終結時までに判明した実際の売上高等を根拠に算定されます。また、多くの企業では、現実に受けた利益を基準とする実績補償方式が採用されているといわれます。
そこで、独占の利益の算定方法ですが、これは使用者等の実施形態によって異なります。使用者等が他社に実施許諾している場合は、実施料収入が独占の利益となります。他方、使用者等が自己実施している場合は、無償の法定通常実施権による売上げを超える売上げ(超過売上げ)を基礎に算定される利益(超過利益)が独占の利益となります。以下、後者の場合を念頭に説明します。
超過売上げは、具体的には、次の式によって算定されます。
超過売上げ=対象製品の売上げ×超過売上げの割合
この「超過売上げの割合」(独占的地位に起因する割合)は、最終的には個々の事案ごとに事案に即した具体的な割合が認定されるべきものですが、知財高裁平成21年2月26日判決[キヤノン]は、「特許権者は旧35条1項により,自己実施分については当然に無償で当該特許発明を実施することができ(法定通常実施権),それを超える実施分についてのみ『超過利益』の算定をすることができるのであり,通常は50~60%程度の減額をすべきである」と述べており、実務上参考になります。
そして、最近の裁判例においては、超過利益は、次の式によって算定されます。
超過利益=超過売上げ×仮想実施料率
仮想実施料率については、過去の例があればそれを参考にし、それがなければ実施料率の相場など諸般の事情を考慮します。最近は概ね2~5%の範囲内で認定されており、変動幅は少ないといわれます。
また、対象製品に対象特許発明以外の特許が使用されている場合は、対象特許発明の寄与度を認定し、超過利益に乗ずることがあります。
以上を上記一般式に当てはめると、次のとおりになります。
相当の対価=対象製品の売上げ×超過売上げの割合×仮想実施料率×対象特許発明の寄与度×(1-使用者等の貢献度)
使用者等の貢献度
平成16年改正前特許法35条4項によると、相当の対価の算定にあたって「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮することになります。他方、平成16年改正特許法35条5項では、「その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情」と規定されています。そのため、平成16年改正前特許法35条4項の下では、相当の対価の算定にあたって考慮される使用者等の貢献が発明に至るまでの貢献に限定されるようにもみえます。
この点に関し、知財高裁平成21年2月26日判決[キヤノン]は、「『使用者等が貢献した程度』には,使用者等が『その発明がされるについて』貢献した事情のほか,特許の取得・維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用,あるいは,特許発明の実施品にかかる事業が成功するに至った一切の要因・事情等を,使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した一切の事情として考慮し得るものと解するのが相当である」と述べ、発明後の使用者等の貢献も考慮することができる旨を示しました。
使用者等の貢献度の数値としてはおおよそ90%以上であり、95%を超えることはそれほど多くないといわれます。
共同発明者間における発明者の貢献度
以上のほか、対象特許発明に共同発明者がいる場合は、相当の対価の算定にあたって当該発明者の貢献度を乗ずることが必要です。貢献度が不明であるときは、これが均等であるとされることがあります。
小括
以上をまとめると、相当の対価の算定式は、次のとおりになります。
相当の対価=対象製品の売上げ×超過売上げの割合×仮想実施料率×対象特許発明の寄与度×(1-使用者等の貢献度)×共同発明者間における発明者の貢献度
職務発明対価請求権の消滅時効
職務発明対価請求権の消滅時効の期間は、10年間(民法167条1項)とする裁判例がほとんどです。なお、この立場によっても、平成29年改正民法施行後は、従業者等が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときも時効消滅することになります(同法166条1項1号)。
そして、消滅時効の起算点については、原則として権利承継時(原始取得の場合は権利発生時)であると考えられています(民法166条1項)。しかし、最高裁平成15年4月22日判決[オリンパス]によると、「勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点とな」ります。
事案の概要
原告は、被告の元従業員として、非接触式ICチップの開発等に従事していた者であり、被告は、情報処理装置及び記録媒体を含む電子・電気機械器具の製造、販売等を業とする株式会社です。
本件において、原告は、被告に対し、原告が職務発明について特許を受ける権利を被告に承継させたことにつき、平成16年改正前特許法35条3項に基づき、相当の対価の未払分296億6976万3400円の一部である5億円及びこれに対する請求の日(訴状送達の日)の翌日である平成27年1月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
本件で取り上げられている職務発明は、「Felica」と呼ばれる非接触型ICチップを利用するICカード等に係る技術に関するものです。なお、「Felica」の技術が特許権を侵害していると主張した研究者がソニーとJR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)を相手に提訴した損害賠償請求事件に関するものとして、知財高裁平成21年3月25日判決があります(ソニーらの勝訴)。
争点
本件の争点は、以下のとおりです。本稿では、争点2~5に関する判旨をご紹介します。
1. 被告製品における本件発明の実施の有無
2. 本件発明により受けるべき利益
3. 本件発明について被告が貢献した程度
4. 本件発明に対する発明者間における原告の貢献の程度
5. 登録日前の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効の成否
判旨
登録日前の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効の成否
争点5について、東京地裁は、以下のとおり述べ、対価支払請求権の消滅時効の起算点は権利承継時が原則であるが、実施実績の考慮による職務発明対価について、対象期間の実績に対応する対価に関する支払時期の定めが勤務規則等にあれば当該支払時期が消滅時効の起算点になることを確認しました。
勤務規則等の定めに基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた従業者は,使用者に対し相当の対価支払請求権を取得する(旧法35条3項)ところ,同請求権についての消滅時効の起算点は,特許を受ける権利の承継時であるのが原則であるが,勤務規則等に使用者が従業者に対して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは,その支払時期が消滅時効の起算点となると解される(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
そして,特許発明の実施の実績を考慮して支払われる相当の対価について,対象期間の実績に対応する対価に関する支払時期の定めが勤務規則等にある場合には,当該所定の支払時期までは権利行使について法律上の障害があるといえ,当該期間の実績に対応する対価支払請求権について,所定の支払時期が消滅時効の起算点となると解される。
その上で、被告において、特許登録前の実施等の実績に応じた職務発明対価の支払時期の定めがない(ただし、被告の規程の内容については省略されており、不明です。)ことから、当該対価の支払請求権の消滅時効は、原則どおり特許を受ける権利の承継時から進行しており、当該請求権は、既に時効消滅したと判断しました。
また、原告は、被告が本件発明の実施報奨金を支払ったことにより、特許登録前の実施分についての消滅時効が中断したか、時効利益が放棄されたと主張していましたが、裁判所は、以下のとおり述べ、これを斥けました。
実施報奨金は特許登録後の実施等の実績に応じた対価支払請求権について支払われるものであるから,特許登録前の発明の実施等の実績に応じた対価支払請求権についての債務の弁済と評価することはできない
「使用者等が受けるべき利益」の算定方法
争点2について、裁判所は、以下のとおり述べ、本件における「使用者等が受けるべき利益」(独占の利益)は、次の式によって算出するのが相当であるとしました。
独占の利益=本件発明の実施品の売上高×超過売上げの割合×仮想実施料率
使用者は特許を受ける権利を承継しない場合でも職務発明の通常実施権を有する(同条1項)ところ,使用者等が特許を受ける権利を承継して特許発明の実施を独占することにより得られるべき利益(以下「独占の利益」という。)がある場合には,この独占の利益が「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」になると解される。そして,本件において,独占の利益は,通常実施権に基づく売上げを超えた部分の売上げ(以下「超過売上げ」ということがある。)に対応する,特許発明が他人に実施許諾された場合の実施料相当額であると解するのが相当であり,具体的には本件発明の実施品の売上高に超過売上げの割合及び仮想実施料率を乗じることにより算出することが相当である。
売上高の算定基礎
原告は、ICチップを含む被告製品全体の売上高を算定の基礎とすべきであると主張していました。これに対し、裁判所は、以下のとおり述べ、被告製品中ICチップ以外の部分において本件発明が実施されていないこと、ICチップ以外の構成要素についての被告による相当の開発、工夫等を経て被告製品が製品化されたこと、ICチップのみの売上高を認定できないと認められず、被告製品全体の単価とICチップの単価との差額において、直ちにICチップの発明に帰属すべき部分があると窺わせるような事情もないことから、ICチップのみの売上高を基礎とすることが許されないわけではないと判断しました。
……本件発明1及び11は機器の認証,本件発明2~4はメモリにおける領域の定義及びデータ記憶方法,本件発明5~7,9,10は記憶領域の形成及び管理,認証方法,本件発明8はICカードへの電源供給をしつつ高速な通信を可能とするための電磁波の変調等の方法についての物又は方法の発明であって,いずれもICチップにおける実施を想定したものということができ,被告製品中ICチップ以外の部分において本件発明1~11が実施されているとは認められない。
……被告製品1~5に係るカード,アンテナモジュール及びリーダライタはICチップのほかにプラスチックカードやアンテナその他の構成要素から成り,上記カード等の単価自体はICチップの単価よりも高いと推認できるが,被告製品1ないし5の製品化に当たっては,ICチップ以外の構成要素について,それ自体の材料や形状等について被告による相当の開発,工夫等が必要であり,そのような開発等を経て当該被告製品の製品化がされたものといえる。
そして,証拠……によればICチップはこれを搭載したICカードと別の型番が付されていると認められるから,ICチップとそれ以外の部分が不可分であってICチップのみの売上高を認定できないとも認められない。また,上記に述べた状況下において,上記カード等の単価とICチップの単価の差額において,直ちにICチップにおける発明に帰属すべきといえる部分があることをうかがわせるような事情もない。上記のような諸事情を考慮すると,本件においては,本件発明1~11に係る特許の独占の利益を算定するに当たって,ICチップの売上高を基礎とすることが許されないわけではないというべきである。原告の主張は採用できない。
将来の売上げ
本件実施発明に係る特許の中には口頭弁論終結時(平成30年3月8日)以降も存続するものが含まれるところ(最長で平成33年4月6日まで存続)、裁判所は、以下のとおり述べ、対価算定における存続期間満了日までの売上げの考慮を認めました(なお、「平成27年1月以降」が起点となっているのは、被告から開示された平成26年12月までの売上高を算定根拠にしているからです。)。
……被告製品の売上高の推移,被告製品の用途等に照らすと,被告製品1~5について,平成27年1月以降も上記各満了日まで相当額の売上げが生じると推認することができるから,本件においては,このような平成27年1月以降に発生することが推認される売上げについても相当の対価の算定に当たって考慮することが相当である。そして,平成26年12月までの売上額に照らせば,平成27年1月以降も,被告製品について,その直近3年度分の平均額の割合で売上げが継続して生じると認めるのが相当である。
超過売上げの割合
裁判所は、以下のとおり述べ、本件における超過売上げの割合が40%であると認めるのが相当であると判断しました。知財高裁平成21年2月26日判決[キヤノン]が示した目安と同水準の割合です。
被告は,本件実施発明に係る特許を受ける権利を取得しなくても通常実施権を有しており,同通常実施権に基づいて被告が被告製品を製造販売することが可能である。
そして,被告は被告が出資したFN社に本件対象実施権の使用を許諾しているほかは第三者に本件実施発明の実施を許諾しているとは認めるに足りないこと,被告は第三者にICチップの製造を委託していて,その製造を行う能力を有する第三者がいること,別の規格の非接触型ICカードが大量に生産されていて非接触型ICカード,チップの生産,開発能力を有する第三者が存在することなどに照らすと,被告製品の売上げには,被告が特許を受ける権利を取得して特許権を有し,第三者の製造等を禁止することによる売上げ,すなわち,通常実施権による売上げを超えた売上げである超過売上げがあるといえる。他方,後記4⑴のとおり,被告は,特許発明に関係する技術を開発した者で,被告自身が被告製品の製造等に関する技術を蓄積するなどしていて,これらの事情が,特許権に基づく第三者による製造等の禁止とは別に被告の売上げに対して寄与していることがうかがわれる。
これらを踏まえると,本件実施発明の実施の独占が被告製品の売上げに寄与しているといえるが,その程度はその半分を超えるとはいい難く,独占の利益による被告の超過売上げは本件実施発明に係る各特許につきいずれも40%であると認めるのが相当である。
仮想実施料率
裁判所は、被告製品のICチップにおいて、本件発明以外のFelica関連特許に係る発明の実施が窺われること等を考慮し、本件における仮想実施料率を0.8%と認めるのが相当であると判断しました。最近の裁判例に照らすと、低めの割合であるといえます。
本件発明について被告が貢献した程度
争点3について判断するにあたり、裁判所は、以下のとおり述べ、本件実施発明が原告の努力及び創意工夫によって着想された面があるとしながら、その背景に原告が被告内部の技術的蓄積に触れたことがあったともいえること、被告における開発の過程において本件実施発明が着想・具体化された面があることを指摘しました。
……本件実施発明は,被告入社前からコンピュータ等について知見を有していた原告が,その知見を活用し努力及び創意工夫をすることにより着想した面がある。
もっとも,被告においては昭和60年代から無線ICタグの開発がされて,A発明がされ,その後もAが率いる無線ICタグの研究チームで研究が続けられていて,原告も同チームに属していた。上記の着想の背景には,原告が,被告による費用負担の下で,被告入社後にOSやコンピュータの開発を行って知識経験を獲得し,また,被告における無線ICタグの開発チームに所属して,その開発チームによる技術的蓄積に触れていたことがあったともいえる。そして,被告として製品を納入することを検討していた案件において,発注者から細かな仕様が要求されたところ,本件実施発明は,それらの要求に応じる製品の開発の過程において着想され,具体化されたという面もある。
続けて、裁判所は、以下のとおり述べ、被告製品が鉄道事業者等に多数納入されることとなった背景として、製品化にあたって他の相当数の被告従業員が各種開発を行ったこと、企業としての被告の実績、規模等が影響したこと、被告の関与によってカードの利便性が高められて販売数が向上したこと、被告が相当額の投資を行い、生産体制を確立したこと、被告による技術の継続的な改良等によって売上げが維持されていること等を指摘しました。
その後,被告製品が鉄道事業者等に多数納入されることとなるが,製品化に当たっては,新たに各種の開発が必要であったのであり,被告においては,相当数の被告の従業員がその開発を行った。また,継続的なシステムにも関わり得るという被告製品の性質上,被告製品の導入に当たっては一般的に発注者がその供給等についての継続性や大量の製品の供給可能性等を重視する場合も多いといえるが,その際には企業としての被告の実績,規模等が影響したことが推認できる。その他,被告とJR東日本等との契約に基づく共同開発その他の過程を経て,被告製品が開発されて被告製品が多数納入される環境が構築され,また,FN社やビットワレット株式会社の設立及びその後の事業の運用により電子マネーその他の鉄道の改札以外の用途が確立し,カードの利便性が高められて被告製品の販売数が向上したということができる。被告においては,相当額の投資を行い,こうした需要や顧客の要望に応え得る被告製品の生産体制の確立も行われた。加えて,FeliCaのシステムは,暗号方式の変更等の改良が継続的に加えられるなど,被告が継続的に技術的な改良等を行い,被告製品の売上げが維持されている面もある。これらのことは,発明者以外の被告の従業員等の関与があって初めて実現し得ることである。
そして、裁判所は、以上の事情その他本件に現れた全事情を総合考慮し、対価算定にあたっての被告の貢献度は大きなものであり、その割合は95%と認めるのが相当であると判断しました。これも裁判例の傾向に合致した数値であるといえます。
本件発明に対する発明者間における原告の貢献の程度
争点4について、本件実施発明のいずれについても、原告以外にも発明者がいるところ、裁判所は、共同発明者各自の発明に対する貢献の程度は、特段の事情がない限り均等であると認めるのが相当であるとしたうえで、本件において有意に主体的に関与した者がいることを裏付ける客観的な証拠がないことから、貢献の程度は均等である(25~50%)と判断しました。
原告に支払うべき相当の対価
以上に基づき、裁判所は、次の式により、本件発明の被告による実施に関する相当の対価を算出し(これとは別に、被告が他社に特定の実施権を現物出資したことに関する相当の対価があります。)、相当の対価から既払金を控除した額である3181万8836円及び遅延損害金の支払を被告に命じました。
本件発明の実施品の売上高×超過売上げの割合(40%)×仮想実施料率(0.8%)×発明者の貢献度(被告の貢献度95%を控除した割合である5%)×発明者間における原告の貢献の程度(25~50%)
コメント
超過売上げの割合や使用者等の貢献度は、具体的な計算式に基づく算定が困難であり、本判決においても、考慮要素の説明はあるものの、それらを考慮した結果として当該数値になった過程の説明は不足しています。そのため、訴訟提起前における職務発明対価の具体的な算定も難しいことは否定できません。
しかし、本判決を見てもわかるように、裁判所は過去の裁判例の傾向を尊重していると思われます。したがって、本判決は、目新しい判断を示したものではありませんが、従前の裁判例の傾向を踏襲するものとして(ただし、仮想実施料率が従前の裁判例と比較して低い点には留意が必要です。)、実務上重要であると考えられます。
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(文責・溝上)