知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は、本年(令和2年)9月2日、防護標章登録の要件を定めた商標法64条1項にいう「需要者の間に広く認識されている」の意味について、原登録商標の指定商品の需要者との関係で、原登録商標がその商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして、全国的に認識されており、その認識の程度が著名の程度に至っていることを意味するとの見解を示しました。

商標法64条1項にいう「需要者の間に広く認識されている」が、単なる周知性ではなく、著名性を求めるものであることについては、多くの論者の意見の一致するところと思われますが、原登録商標の指定商品の需要者との関係で著名性を判断すること、著名性の具体的内容として、地理的な広がりが考慮されることを明確にした点で意義があると思われます。

ポイント

骨子

  • 商標法64条1項の趣旨は、「商品に係る登録商標」(原登録商標)が商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして「需要者の間に広く認識されている」場合には、第三者によって、原登録商標がその本来の商標権の効力(同法36条、37条)の及ばない非類似商品又は役務に使用されたときであっても、出所の混同をきたすおそれが生じ、出所識別力や信用が害されることから、そのような広義の混同を防止するために、当該原登録商標と同一の標章について防護標章登録を受けることによって、禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張することにあるものと解される。
  • このように防護標章登録制度は、原登録商標の禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張する制度であり、一方で、第三者による商標の選択、使用を制約するおそれがあることに鑑みると、同法64条1項の「需要者の間に広く認識されている」とは、原登録商標の指定商品の全部又は一部の需要者の間において、原登録商標がその商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして、全国的に認識されており、その認識の程度が著名の程度に至っていることをいうものと解するのが相当である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和2年9月2日
事件番号 令和元年(行ケ)第10166号
事件名 審決取消請求事件
事件番号 令和元年(行ケ)第10166号
原審決 特許庁不服2017-8819号
裁判官 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官    本 吉 弘 行
裁判官    岡 山 忠 広

解説

商標登録の仕組みと指定商品役務

ある商品やサービス(役務)について商標登録を受けると、他の人は、その商標と同一または類似の商標を、登録された商品や役務と類似の商品や役務に使用することができなくなります。逆に、同じ商標であっても、登録された商品や役務と全く異なる商品や役務に使用することは、商標法上違法とされることはありません(不正競争防止法など他の法令によって違法となることはあります。)。

このように、商標は、商標と、その商標を使用する商品や役務との組合せで登録することにより、権利化することができます。ここで、登録された商品や役務は、「指定商品」、「指定役務」と呼ばれます。

防護標章とは

防護標章の登録要件

上述のとおり、商標権は、類似の商品・役務の範囲にまで及びます。しかし、商標が使用される中で需要者に広く知られるようになると、類似でない商品・役務について使用された場合にも、その商品について誤認混同が生じる恐れが生じます。

防護標章とは、広く知られた商標が指定商品・役務以外に使用された場合における誤認混同を防止するため、商標登録の効果を指定商品・役務と同一でも類似でもない商品や役務にも及ぼすための制度で、商標法64条に以下のとおり規定されています。

(防護標章登録の要件)
第六十四条 商標権者は、商品に係る登録商標が自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において、その登録商標に係る指定商品及びこれに類似する商品以外の商品又は指定商品に類似する役務以外の役務について他人が登録商標の使用をすることによりその商品又は役務と自己の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるときは、そのおそれがある商品又は役務について、その登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる。

2 商標権者は、役務に係る登録商標が自己の業務に係る指定役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において、その登録商標に係る指定役務及びこれに類似する役務以外の役務又は指定役務に類似する商品以外の商品について他人が登録商標の使用をすることによりその役務又は商品と自己の業務に係る指定役務とが混同を生ずるおそれがあるときは、そのおそれがある役務又は商品について、その登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる。

3 地域団体商標に係る商標権に係る防護標章登録についての前二項の規定の適用については、これらの規定中「自己の」とあるのは、「自己又はその構成員の」とする。

防護標章登録制度の目的

上述のとおり、商標権は、登録された指定商品・役務と同一または類似の商品や役務に使用された場合にしか権利が及びません。しかし、需要者から広く認識されている商標の場合、それが指定商品・役務に類似していない商品や役務について使用されたとしても、需要者が、その商品や役務は商標権者が販売しているものだと誤解するかもしれません。

このような不都合を回避するため、商標法は、需要者の間に広く認識されている登録商標については、指定商品・役務と類似しない商品・役務について、その登録商標と同一の標章について防護標章登録を認め(商標法64条)、予め誤認混同が生じる商品や役務の範囲を明示することを可能にしています。防護標章登録を受けると、他人が防護標章登録にかかる指定商品・役務について同一の商標の登録を受けることはできなくなり(商標法4条第1項第12号)、これを使用した場合には商標権侵害とみなされます(同法67条)。

なお、上述のような誤認混同を回避するために、すでに商標登録を受けている指定商品・役務以外の商品や役務についても商標を登録することも考えられます。しかし、この場合、自社が販売していない商品や役務について商標登録を受けることになるため、商標は使用されないことになります。そうすると、不使用取消審判による取消の対象となってしまいます。この点との対比では、防護標章登録は、商標権者が登録商標を使用しない商品や役務について登録が可能であることに意味があるといえます。

防護標章の登録要件

すでに一定の指定商品・役務について商標登録を受けている商標権者は、誤認混同が生じる恐れのある商品・役務について防護標章登録を受けることができますが、その実体的要件は以下のとおりです。なお、「原登録商標」とは、すでに登録を受けている商標です。
① 原登録商標が自己の業務に係る指定商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること(商標法64条)
② 原登録商標に係る指定商品・役務及びこれに類似する商品・役務以外の商品・役務について他人が登録商標の使用をすることによりその商品又は役務と自己の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるとき(同)
③ 登録商標と同一の標章であること(同)
④ 条約によって商標登録を受けられない商標でないこと(商標法68条2項、同法15条2号)

なお、商標登録要件は商標法3条及び同法4条1項に列挙されていますが、これらの規定は、防護標章登録においては要件とされません。防護商標登録は、商標権者が商標を使用しない商品や役務について用いられるものだからです。

防護標章登録制度と著名表示冒用行為

防護標章登録制度と類似の制度としては、不正競争防止法2条1項1号の著名表示冒用行為の規制があります。かつては、著名表示冒用行為については、刑事罰がなく、また、関税法(2006年までは関税定率法)による水際規制の対象とならないなどの制約がありましたが、現在では、これらの点では同様の効果が得られるようになっています。

他方、著名表示冒用行為を根拠に権利行使をするときは、権利行使の時点において著名性の立証などが求められることとなりますが、防護標章登録を受ける場合には、登録時に予め実質的な判断を経ておくことができ、より安定的な権利行使が可能になるといった利点があるといえるでしょう。

「需要者の間に広く認識されている」の意味と著名性

周知商標と著名商標

上述の防護標章登録の要件のうち、「需要者の間に広く認識されている」に関しては、防護標章登録に関する商標法64条のほか、商標登録要件に関する商標法4条1項10号や、先使用権に関する同法32条1項をはじめとして、同じ文言が商標法に繰り返し現れます。実務的に最も問題になる頻度が高い商標法4条1項10号との関係では、「需要者の間に広く認識されている」商標には、周知商標と著名商標の双方が含まれると解されています。

ここにいう周知商標とは、特定の需要者や取引者から、特定の地域で広く認識されている商標をいい、著名商標とは、特定の需要者や取引者から全国で広く認識されている商標のことをいいます。

防護標章登録と著名商標

防護標章登録に関しては、特許庁の商標審査基準(改訂第15版)は、「『需要者の間に広く認識されている』とは,自己(原登録商標権者)の出所表示として,その商品又は役務の需要者の間で全国的に認識されているものをいう。」と述べています。つまり、その商品や役務の需要者以外にまで知られている必要はないものの、全国的に知られている必要があるという考え方で、商標法4条1項10号の解釈と比較すると、著名商標に限定する厳格な解釈となっているといえます。

商標法64条の「需要者の間に広く認識されている」について解釈を示した裁判例としては、知財高判平成22年2月25日平成21年(行ケ)第10189号、同第10196号、同第10197号、同第10198号という、同じ日になされた4件の判決(いずれも飯村敏明裁判長)があります。知的財産高等裁判所は、これらの事件において以下のとおり判示し、同要件を充足するためには、登録商標が広く認識されているだけでは十分ではなく、商品や役務が類似していない場合であっても、なお商品役務の出所の混同を来す程の強い識別力を備えていることが必要であると判示するとともに、そのことをもって著名性の具体的意味としています。

同項(筆者注:商標法64条1項)の規定は,原登録商標が需要者の間に広く認識されるに至った場合には,第三者によって,原登録商標が,その本来の商標権の効力(商標法36条,37条)の及ばない非類似商品又は役務に使用されたときであっても,出所の混同をきたすおそれが生じ,出所識別力や信用が害されることから,そのような広義の混同を防止するために,「需要者の間に広く認識されている」商標について,その効力を非類似の商品又は役務について拡張する趣旨で設けられた規定である。そして,防護標章登録においては,①通常の商標登録とは異なり,商標法3条,4条等が拒絶理由とされていないこと,②不使用を理由として取り消されることがないこと,③その効力は,通常の商標権の効力よりも拡張されているため,第三者の商標の選択,使用を制約するおそれがあること等の諸事情を総合考慮するならば,商標法64条1項所定の「登録商標が・・・需要者の間に広く認識されていること」との要件は,当該登録商標が広く認識されているだけでは十分ではなく,商品や役務が類似していない場合であっても,なお商品役務の出所の混同を来す程の強い識別力を備えていること,すなわち,そのような程度に至るまでの著名性を有していることを指すものと解すべきである。

この判決は、やはり「需要者の間に広く認識されている」の解釈として著名性を求めてはいるものの、著名の意味として、「商品や役務が類似していない場合であっても、なお商品役務の出所の混同を来す程の強い識別力を備えていること」と述べており、地理的な広がりや需要者の範囲、知名度の程度といった本来的意味での著名性の要素との関係でどのような状態をいうものかは明示されていません。

上記規範へのあてはめで考慮された具体的事情は、4件の訴訟でまちまちですが、販売地域、広告宣伝における露出、ブランド使用期間、商品の販売量、商標権者の商品内または市場における当該ブランド商品のシェア等が総合的に考慮されています。

商標法64条の「需要者の間に広く認識されている」の議論のポイント

現時点における議論の状況として、防護標章登録要件としての「需要者の間に広く認識されている」の意味について、地理的観点から全国的に認識されていることを要する、という点については、上記平成22年知財高判では明確ではないものの、現時点において概ねコンセンサスのあるところと思われます。

他方、どのような需要者に認識されていることが必要か、という点については、①原登録商標の需要者に広く認識されていることを要するという考え方、②防護標章登録にかかる指定商品・役務の需要者に広く認識されていることを要するという考え方、③原登録商標と防護標章登録にかかる指定商品・役務の需要者または特定の指定商品・役務の需要者に限られない広い需要者に広く認識されていることを要するという考え方、に分かれるところです。

商標審判と拒絶査定不服審判

商標法は、商標登録の消長に関する判断を一次的に特許庁に委ねることとし、その判断のための手続として、審判制度を設けています。具体的には、商標登録の出願人が請求することができる拒絶査定不服審判と補正却下不服審判、すでに登録された商標について第三者が請求することができる登録無効審判と取消審判の4類型があります。

これらのうち、今回紹介する事件に関連するのは、拒絶査定不服審判で、出願人が審査官によって登録出願を拒絶された場合に、不服を申し立てるための手続です。審判官が登録出願を拒絶するときは、拒絶査定をしますが、拒絶査定不服審判は、その謄本が送達された日から30日以内に限り請求することができます。

特許庁は、拒絶査定不服審判が請求されると、その内容を審理し、拒絶査定で示された理由または審判において審理された理由に基づいて、なお出願が拒絶されるべきであると認めれば、請求不成立の審決をします。そうでない場合には、原拒絶査定を取り消して商標登録をすべきとの審決をします。また、特許庁は、商標登録をすべきとの審決に代えて、さらに審査に付すべき旨の審決をすることもできます(商標法56条1項、特許法160条1項)。

審決取消訴訟とは

特許庁の審決に不服があるときは、知的財産高等裁判所において、審決謄本の送達から30日以内に、その取消しを求める訴訟を提起することができます。これを、審決取消訴訟といいます。

拒絶査定不服審判についてみると、出願人は、不成立審決に対して審決取消訴訟を提起することができます。

事案の概要

本件訴訟は、拒絶査定不服審判における不成立審決に対する審決取消訴訟です。原告は、「Tuché」の文字を横書きしてなる登録第4509260号商標(指定商品:第25類「被服、履物、運動用特殊衣服、運動用特殊靴」。以下「原登録商標」という。)の防護標章として、これと同一の「Tuché」の文字を横書きしてなる標章について防護標章登録出願をしましたが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求しました(特許庁不服2017-8819号)。

しかし、特許庁は、この審判請求を認めず、不成立の審決をしました。そこで、この審決の取消しを求めて本訴訟を提起しました。なお、防護標章登録出願にかかる指定商品は、補正の結果、最終的に第5類「生理用パンティ、生理用ショーツ」となっていました。

訴訟の争点は、原告の上記登録商標が「需要者の間に広く認識されている」といえるか、という点でした。

判決の要旨

判決は、商標法64条1項の「需要者の間に広く認識されている」の解釈にあたり、まず、同規定を以下のとおり要約して紹介しています。

商標法64条1項は,商標権者は,商品に係る登録商標が自己の業務に係る指定商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合において,その登録商標に係る指定商品及びこれに類似する商品以外の商品又は指定商品に類似する役務以外の役務について他人が登録商標の使用をすることによりその商品又は役務と自己の業務に係る指定商品とが混同を生ずるおそれがあるときは,そのおそれがある商品又は役務について,その登録商標と同一の標章についての防護標章登録を受けることができる旨規定し,同法67条各号は,指定商品又は指定役務についての登録防護標章の使用等の行為は,商標権を侵害するものとみなす旨規定している。

その上で、判決は、以下のように述べ、同規定の趣旨は、広義の混同を防止するために禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張することにあるとしました。

これらの規定によれば,同法64条1項の趣旨は,「商品に係る登録商標」(原登録商標)が商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして「需要者の間に広く認識されている」場合には,第三者によって,原登録商標がその本来の商標権の効力(同法36条,37条)の及ばない非類似商品又は役務に使用されたときであっても,出所の混同をきたすおそれが生じ,出所識別力や信用が害されることから,そのような広義の混同を防止するために,当該原登録商標と同一の標章について防護標章登録を受けることによって,禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張することにあるものと解される。

なお、商標法の文脈における「混同」とは、ある商品や役務の出所の混同を指し、その中にも狭義の混同(商品・役務の出所が同一であると誤認されること)と広義の混同(商品・役務の出所が同一ではないが、親子会社、系列会社等の緊密な営業上の関係や、同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にあると誤認されること)があるとわれていますが、判決は、「原登録商標がその本来の商標権の効力(同法36条,37条)の及ばない非類似商品又は役務に使用されたときであっても,出所の混同をきたすおそれが生じ,出所識別力や信用が害される」ことを受けて「そのような広義の混同」と述べているため、趣旨は必ずしも明確ではないものの、防護標章登録において問題となるような混同を「広義の混同」と呼んでいるのかも知れません。

以上の趣旨理解のもと、判決は以下のように述べ、「需要者の間に広く認識されている」の意味について、原登録商標の指定商品の全部又は一部の需要者の間において、全国的に認識されていることをいうという考え方、すなわち、原登録商標の指定商品との関係で著名商標であることを求めるもの、という見解を示しました。

このように防護標章登録制度は,原登録商標の禁止権の及ぶ範囲を非類似の商品又は役務について拡張する制度であり,一方で,第三者による商標の選択,使用を制約するおそれがあることに鑑みると,同法64条1項の「需要者の間に広く認識されている」とは,原登録商標の指定商品の全部又は一部の需要者の間において,原登録商標がその商標権者の業務に係る指定商品を表示するものとして,全国的に認識されており,その認識の程度が著名の程度に至っていることをいうものと解するのが相当である。

判決は、上記規範を示した上で、原登録商標の使用期間、原登録商標にかかる指定商品の売上や市場シェアから、原登録商標は相当数の需要者に認識されていたものの、「大半の需要者」に認識されていたとはいえないとの認定をし、需要者の認識の程度が著名に至っているとは認められないとして、原告の請求を棄却しました。

コメント

本判決は、知的財産高等裁判所が、商標法64条にいう「需要者の間に広く認識されている」の意味について、原登録商標の指定商品の需要者との関係で著名性を判断することや、著名性の具体的内容として、地理的な広がりが考慮されることを明確にした点で意義があると思われますので、紹介しました。

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(文責・飯島)