最高裁判所第一小法廷(深山卓也裁判長)は、本年(令和6年/2024年)7月8日、訴訟記録の記載が不正競争防止法上の営業秘密に該当することを理由とする閲覧制限の申立てを却下する決定をしました。同決定には、深山卓也裁判官による補足意見が付されているところ、同補足意見は、改めて不正競争防止法にいう「営業秘密」の意義を確認し、閲覧制限が認められるためにはその該当性について疎明が求められることを示すとともに、「近年、民事訴訟法92条1項2号による訴訟記録の閲覧等の制限の申立てにおいて、申立てに係る部分が営業秘密に該当することの疎明が十分にされていない事案が少なからず見受けられることに鑑み、本件申立てが却下を免れない所以を補足した次第である。」と述べています。

ポイント

骨子(深山卓也裁判官補足意見)

  • 民事訴訟法92条1項2号の趣旨に照らすと、訴訟記録中の一部分が同号の営業秘密に該当するとして閲覧等の制限の申立てがされた場合には、裁判所は、申立てに係る部分が同号の営業秘密に該当すること、すなわち、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、及び③公然と知られていないものであること(非公然性)の三要件を具備していることの疎明があるか否かを慎重に検討する必要がある。

判決概要

裁判所 最高裁判所第一小法廷
判決言渡日 令和6年7月8日
事件番号
事件名
令和4年(マ)第246号
閲覧等制限の申立て事件
基本事件 最高裁判所令和4年(受)第1780号
退職慰労金等請求事件
裁判官 裁判長裁判官 深 山 卓 也
裁判官    安 浪 亮 介
裁判官    岡   正 晶
裁判官    堺     徹
裁判官    宮 川 美津子

解説

裁判の公開原則と訴訟記録の公開

日本国憲法82条1項は、以下のとおり、裁判手続の公正さを保ち、国民からの信頼を維持するため、裁判公開の原則、すなわち、裁判の審理・判決は公開法廷で行うべきことを定め、同条2項は、その例外が認められるための要件を厳格に規定しています。

第八十二条 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

民事訴訟法92条は、憲法が規定する裁判公開の原則を実質化するため、以下のとおり、訴訟記録の公開を定めています。

(訴訟記録の閲覧等)
第九十一条
 何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。
 公開を禁止した口頭弁論に係る訴訟記録については、当事者及び利害関係を疎明した第三者に限り、前項の規定による請求をすることができる。
 当事者及び利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、訴訟記録の謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は訴訟に関する事項の証明書の交付を請求することができる。
(略)

この規定により、原則として、何人も訴訟記録を閲覧することができ、また、当事者や利害関係人は謄写等もできるため、国民において、審理の内容を実質的に把握することが可能になっています。

訴訟記録の閲覧制限

民事訴訟法92条1項は、訴訟記録の公開の原則に対する例外として、以下のとおり、私生活についての重大な秘密が記載されている場合(同項1号)及び営業秘密が記載されている場合(同項2号)について、当事者以外の者による閲覧等を制限することができるものとしています。

(秘密保護のための閲覧等の制限)
第九十二条
 次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第二条第六項に規定する営業秘密をいう。第百三十二条の二第一項第三号及び第二項において同じ。)が記載され、又は記録されていること。
(略)

上記民事訴訟法92条1項2号括弧書きのとおり、同規定による閲覧制限の対象となる「営業秘密」は、「不正競争防止法第二条第六項に規定する営業秘密」と定義されています。

営業秘密とは

上記の民事訴訟法92条1項2号が参照する不正競争防止法2条6項は、「営業秘密」の意味を、以下のとおり、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。

(定義)
第二条
 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
(略)
 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
(略)

上記定義によれば、ある情報が不正競争防止法上の「営業秘密」といえるためには、以下の3つの要件を充足する必要があることになります。

  • 秘密として管理されていること(秘密管理性)
  • 生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
  • 公然と知られていないこと(非公知性)

事案の概要

本件では、訴訟記録の閲覧制限が認められるかが争われていますが、もともとの訴訟(「基本事件」)は、会社の役員の退任に際し、株主総会で、内規に従って役員退職慰労金を支払う旨の決議をした後に、取締役会が基準額を減額することはできるか、ということを巡って、会社と元役員の間で争われた事件です。

この基本事件の上告審において、上告人である会社(株式会社テレビ宮崎)は、同社が提出した上告受理申立て理由補充書の一部の記載が営業秘密に該当するとして、民事訴訟法92条1項2号に基づき、訴訟記録の閲覧制限を申し立てました。

この閲覧制限申立ての対象となった箇所では、基本事件において会社側から証拠提出された書証に、①退職慰労金を減額された元役員が代表取締役在任中にした行為の悪質性、②同行為が会社に与えた損害の重大性、及び③同行為の存在を理由とする退職慰労金不支給決定の正当性について記載があることが述べられていました。

閲覧制限の申立人である会社側は、当該記載部分は、不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密に該当するものであり、これが訴訟記録の閲覧等によって外部に知られるところとなると、「競合他社によって容易に申立人の事業情報等が利用され、申立人の業界内における地位は相対的に低下するおそれがあり、その場合の申立人の将来にわたる営業上の損失ははかりしれないものとなる」、ということを理由として、閲覧制限の必要性があると主張していました。

判旨

最高裁判所は、裁判官全員一致の意見で、会社側の申立てを却下する決定をしました。判決に却下の実質的な理由は付されていませんが、裁判長である深山卓也裁判官が補足意見を付しているため、ここではその紹介をします。

民事訴訟法92条1項2号括弧書きの趣旨について

補足意見は、まず、営業秘密にかかる閲覧制限の制度は、憲法上の裁判公開の原則を徹底する趣旨から設けられた訴訟記録公開制度の重大な例外であることから、保護されるべき秘密を必要最小限のものにするために不正競争防止法上の営業秘密の定義を用い、その概念を明確にしていると述べました。

民事訴訟法92条が規定する秘密保護のための閲覧等の制限の制度は、憲法上の裁判の公開原則(憲法82条)をより徹底する趣旨から設けられた訴訟記録の公開制度(民事訴訟法91条)の重大な例外であることから、保護されるべき秘密を必要最小限のものに限定しており、同法92条1項2号括弧書きが営業秘密を「不正競争防止法第2条第6項に規定する営業秘密」、すなわち、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいうとして概念を明確にしているのもその現れである。

閲覧制限が認められるための条件について

上記の趣旨理解を受けて、補足意見は、閲覧制限が認められるためには、対象となる訴訟記録の記載が、営業秘密の上記3要件を充足することの疎明があることを慎重に検討する必要がある、としました。

このような民事訴訟法92条1項2号の趣旨に照らすと、訴訟記録中の一部分が同号の営業秘密に該当するとして閲覧等の制限の申立てがされた場合には、裁判所は、申立てに係る部分が同号の営業秘密に該当すること、すなわち、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、及び③公然と知られていないものであること(非公然性)の三要件を具備していることの疎明があるか否かを慎重に検討する必要がある。

あてはめ

その上で、補足意見は、以下のとおり、申立てにかかる訴訟記録の記載部分は、有用性要件を欠くことが明らかなほか、営業秘密の3要件を具備することを基礎づける事実の主張も立証もなされていないことから、却下を免れないとしました。

これを本件申立てについてみると、本件記載部分は、その内容自体から有用性の要件を具備していないことが明らかである上、申立人は、本件記載部分が上記三要件を具備していることの根拠となる具体的な事情を主張しておらず、何らの疎明資料も提出していない。したがって、本件申立ては、民事訴訟法92条1項2号の営業秘密に該当することの疎明を欠くものであり、理由がないものとして却下を免れないというべきである。

続けて、補足意見は、以下のとおり、申立人の主張は当該部分が第三者に閲覧されることによる営業上の損失を指摘するものであって、営業秘密の根拠とはならない、と述べました。

なお、申立人が閲覧等の制限の必要性があることの理由として主張するところは、単に本件記載部分が第三者に閲覧等されることにより申立人に営業上の損失が生じかねない旨を指摘するものにすぎず、本件記載部分が営業秘密に該当することの根拠となる事情とはいえない。

補足意見の背景について

さらに、補足意見は、補足意見が述べられた理由として、以下のとおり、近年、閲覧制限の申立てに際し、「申立てに係る部分が営業秘密に該当することの疎明が十分にされていない事案が少なからず見受けられる」ことを指摘しています。

近年、民事訴訟法92条1項2号による訴訟記録の閲覧等の制限の申立てにおいて、申立てに係る部分が営業秘密に該当することの疎明が十分にされていない事案が少なからず見受けられることに鑑み、本件申立てが却下を免れない所以を補足した次第である。

コメント

深山裁判官の補足意見は、営業秘密を理由とする閲覧制限申立てにおいて、申立てに係る訴訟記録の記載部分が不正競争防止法上の営業秘密に該当することを疎明するにあたり、営業秘密の3要件を充足することの主張立証を求めるとともに、閲覧による営業上の損失が生じることは、営業秘密性を認める上での根拠にはならないことを示しました。これらは、民事訴訟法及び不正競争防止法の条文の解釈として何か特殊なことを述べたものではありませんが、あえてそのような補足意見を付す背景として、近年営業秘密該当性の疎明が不十分なまま閲覧制限の申立てが行われることがままあることが指摘されています。

補足意見とはいえ、最高裁判所の決定に付された意見であることを考えると、今後、会社法に関するもののみならず、様々な訴訟における閲覧制限の判断に影響する可能性があるため、紹介しました。実務的には、営業秘密を理由として閲覧制限を申し立てるにあたっては、営業秘密該当性の疎明を適切に行うことを改めて認識する必要がありそうです。
 

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(文責・飯島)