知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、本年(令和元年)10月10日、他人の登録商標が付される一方、非純正品である旨を商品に表示したいわゆる打消し表示がなされていた商品を巡る商標権侵害の成否に関し、具体的な事実関係のもとでは、商標権侵害が問題となっている商品の購入者のすべてが非純正品であることを正確に認識していたとは認められないとして、商標権侵害を認めました。

商標権侵害といわゆる打消し表示の関係を巡っては、そもそも打消し表示があることを理由に商標権の侵害を否定すべきかどうか、また、仮に否定するとして、どのような法的根拠に基づいて否定するか、さらには、具体的に、どのような態様について商標権侵害を否定するか、といったことが議論になります。本件は、具体的な事例についての判断を示したものとして参考になるため、紹介します。

なお、本件では、特許権侵害と商標権侵害の双方が問題とされており、特許権侵害においては、いわゆるサブコンビネーション発明のクレーム解釈が争われるなど、他にも興味深い論点が含まれています。

ポイント

骨子

  • 一審被告らは,非純正品であることを明示して販売していたことや購入者が調剤薬局であることなどからすると,購入者は被告製品が非純正品であること,すなわち,一審原告の製品ではないことを正確に認識しており,出所表示機能や品質保証機能が害されていないから,商標法26条1項6号が適用されるか,実質的違法性を欠き,商標権侵害が成立しないと主張する。しかし,・・・購入者の全てが,被告製品が非純正品であること,すなわち,一審原告の製品ではないことを正確に認識していたとは認められず,一審被告らの上記主張はその前提を欠くものであって,採用することができない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所所第2部
判決言渡日 令和元年10月10日
事件番号 平成31年(ネ)第10031号
事件名 特許権差止等請求控訴事件
原審 大阪地方裁判所平成28年(ワ)第7536号
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    眞 鍋 美穂子
裁判官    熊 谷 大 輔

解説

商標とその機能

商標とは

商標とは、商品やサービスの出所を識別するための標章(マーク)をいい、商標法上は、以下のとおり定義されています。

(定義等)
第二条 この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)

商標の機能

商標には、いくつかの機能があるといわれていますが、中心となるのは自他商品識別機能(出所表示機能)、そして、品質保証機能です。

同じ電子機器であっても、例えば、「Panasonic」という商標が付されていると、その商品を他社の同種電子機器から識別することが可能になります。このような機能を「自他商品識別機能」ないし「出所表示機能」といい、商標の中核的な機能に位置付けられます。

また、ある商標が付された商品には、消費者が一定の品質を期待します。これも商標の機能とされ、一般に「品質保証機能」といわれます。
重要なものとしては、他に「広告機能」があるといわれることもあります。

商標権とその侵害

商標が特許庁で設定登録を受けると、登録を受けた人は、商標権という権利を持ちます(商標法18条1項)。こうして商標権を取得した人を、商標権者といいます。

商標法25条本文は、以下のとおり、商標権者は、登録された商品やサービスについて、登録された商標を使用する権利を専有する旨定めています。

(商標権の効力)
第二十五条 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。

第三者が、商標権者から許諾を得ることなく、登録商標を指定商品などに使用すると、商標権侵害となり、差止請求や損害賠償請求、信用回復措置請求などの対象となります。

打消し表示と商標権侵害

打消し表示とは

商標法において問題となる打消し表示とは、商品やサービスに関して他社の登録商標が使用されているものの、その出所について、混同が生じないような表示をすることをいいます。その具体的態様は多様で、純正品でないことを表示する場合もあれば、別途商標を付すといった場合も考えられます。

打消し表示に関する裁判例

このような打消し表示がある場合に、商標権侵害が成立するかについては、商品の改造や、詰め替え、小分けの事例のほか、商品の成分である他社の製品の商標を表示する場合など、様々な裁判例があります。

代表的なものとしては、ゲーム機の内部を改造しつつも、もとのゲームメーカーの商標を残したまま、自らの商標も付して販売した行為の適法性が争われた東京地判平成4年5月27日知裁集24巻2号412頁「Nintendo」事件や、ゴルフクラブのシャフト部分を交換した製品を、シャフトが他社製であることを明記しつつも、クラブヘッドには元のメーカーの商標が残されたまま販売した行為の適法性が争われた東京地判平成10年12月25日判時1680号112頁「Callaway」事件などがあり、上記2例はいずれも結論に置いて商標権侵害が肯定されています。純正商品を詰め替えたり、小分けした上で、純正商品の商標を付す行為の適法性が争われた事件でも、多くは商標権侵害が認められています。

他方、典型的な打消し表示の事案ではないものの、自社が製造販売するだしやつゆの容器に、「タカラ本みりん入り」と表記した事案では、その標記が比較的小さいものであったことなども考慮して、商標として使用されたのではなく、説明として記載されたものと認定され、結論として商標権侵害が否定されました(東京高判平成13年1月22日判時1738号107頁「タカラ本みりん」事件・控訴審判決も同旨)。

打消し表示の法的位置づけ

打消し表示に関しては、そもそも打消し表示があるからといって商標権侵害を否定することが認められるか、という議論があるほか、仮に商標権侵害を否定する根拠となるとしても、どのような法的根拠により、どのような場合に否定することが許されるかが議論になります。

議論の枠組みとしては、そもそも商標の「使用」にあたらない、あるいは、商標権の効力の例外(下記の商標法26条1項6号)に該当する、といった考え方があり得ます。上述の「タカラ本みりん」事件は、この枠組みで判断したものといえます。もっとも、改造品や詰替えのように、もともと純正品としての商標が付されていた場合には適用しにくい考え方であるといえます。

(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
(略)
 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標

もう1つの考え方としては、出所の誤認混同が生じない以上上述の自他商品識別機能が害されておらず、違法性を欠く、という考え方があり得ますが、多くの裁判例は、打消し表示があったとしても、誤認混同の恐れを完全には否定できないとして、商標権侵害を肯定しています。

事案の概要

本件の原告は、薬剤分包装置や薬剤分包用ロールペーパを製造販売するメーカで、本件で問題となった商品は、薬剤分包装置に用いる薬剤分包用ロールペーパでした。薬剤分包用ロールペーパは、樹脂製の芯管の周りに、薬剤分包紙が巻き付けられた構造になっており(下記図の「R」)、芯管には、側面から見えるように原告の登録商標が刻印されていました。

被告らは、原告が販売した薬剤分包用ロールペーパの使用済みの芯管を回収し、これに自ら薬剤分包紙を巻きなおして販売していました。純正の芯管に薬剤分包紙を巻きなおした薬剤分包用ロールペーパには、芯管部分に刻印された商標が残ることとなります。そこで、原告は、被告らに対し、商標権侵害に基づき差止及び損害賠償を求める訴訟を提起しました。

これに対し、被告らは、種々の反論をしましたが、その中のひとつに、非純正品であることを明示して販売していたことや、購入者がプロである調剤薬局であることから、誤認混同が生じず、出所表示機能や品質保証機能が害されていない、というものがありました。

判旨

判決は、非純正品であることの表示が一部にあったとしても、すべての購入者が非純正品であることを正確に認識していたとは認められないとの理由で、被告らの主張を排斥しました。

一審被告らは,非純正品であることを明示して販売していたことや購入者が調剤薬局であることなどからすると,購入者は被告製品が非純正品であること,すなわち,一審原告の製品ではないことを正確に認識しており,出所表示機能や品質保証機能が害されていないから,商標法26条1項6号が適用されるか,実質的違法性を欠き,商標権侵害が成立しないと主張する。しかし,以下の・・・各事情を考え併せると,購入者の全てが,被告製品が非純正品であること,すなわち,一審原告の製品ではないことを正確に認識していたとは認められず,一審被告らの上記主張はその前提を欠くものであって,採用することができない。

上記結論を導くにあたって具体的に考慮された事情として、判決は、まず、販売ルートのすべてにおいて非純正の表示があったことが証明されていないという点を指摘しました。

まず,・・・被告製品については,ウェブサイトのみならず,ダイレクトメールやFAX等による宣伝活動もされており,顧客が一審被告らのウェブサイトを経由することなく被告製品を購入する場合もあったと認められるところ,ダイレクトメールやFAXにおいて,どのような態様で宣伝がされていたのかは証拠上必ずしも明らかではない。

判決は、次に、被告らの顧客に対する説明もあいまいなものであり、常に説明がなされていたとも認められないことを指摘しました。

一審被告らは,顧客に対し,非純正品であることを説明していたと主張するが,一審被告らの下で稼働していた従業員は,その点に関し,刑事事件の公判廷において,「電話で口頭で説明するときに,『純正の紙と違うので』と説明した。」,「電子メールで顧客に説明する際にも電話での説明の場合と同様に非純正であることを顧客に説明したように思うが,よく覚えてない。」と曖昧な供述をしている(乙4)上,同供述の裏付けとなるような顧客への対応マニュアルや顧客に送付された電子メールといったようなものは何ら証拠として提出されていないから,一審被告らの主張するような説明が常に顧客に対してされていたとは認められない。

また、判決は、非純正の表示が常になされていたと証明されてはおらず、また、顧客が気付かないこともあり得ることを指摘しました。

被告製品の購入を申し込むために顧客が一審被告らに対して送付する「注文書兼使用許可書」についても,「非純正」の文字・・・は,後から記載されるもので,常に記載されていたのかは証拠上明らかではないし,また,「非純正」の文字が取り立てて大きく表示されたり,強調されたりしていないことからすると,仮に記載されていたとしても顧客がこれに気付かないこともあり得る。そして,前記(1)イのとおり,顧客から使用済み芯管の送付を受けることなく,被告製品が販売された事例があることからすると,上記の「注文書兼使用許可書」が常に使用されるものであったとも認められない。納品書・・・についても,「分包紙はお客様からお預かりした芯で作りました。」とだけ記載されており,非純正品であることが明示されているわけではない。

さらに、判決は、被告らのウェブサイトの表示は、購入者のすべてが非純正品であると認識できるような態様ではなかったことを指摘しました。

一審被告らのウェブサイトには「非純正分包紙」という記載があったものの,被告ネクストウェブサイトの非純正品ウェブページ1では,「ユヤマ分包機対応」との記載に続いて各種の製品が表示されているのみで,非純正品であることが明示的に記載されていなかった上,被告ヨシヤウェブサイトの非純正品ウェブページ2でも,「ユヤマ分包機対応」という記載と共に各種の製品が表示されており,「非純正分包紙」という記載が左欄に小さく記載されているにすぎないことからすると,一審被告らのウェブサイトに接した購入者の全てが,被告製品が非純正品であると正確に認識するとは認められない。

加えて、購入者が調剤薬局であっても、その注意力が常に一般消費者より高いとは言えないことを指摘しました。

購入者が調剤薬局であるからといって,その注意力が常に一般消費者に比して高いとまではいえず,購入者の一人が,被告製品が非純正品であると認識していたことがある・・・からといって,それにより全購入者が同じ認識であったとは認められない。

最後に判決は、調剤薬局間で薬剤分包用ロールペーパに関する情報が共有されていても、結論には影響しないとの指摘をしました。

一審被告らは,調剤薬局の薬剤師の間では,当該調剤薬局で使用している薬剤分包用ロールペーパの仕入先や問合せ先に関する情報が共有されていると主張するが,・・・そもそも,調剤薬局において,被告製品を非純正品(一審原告の製品でないもの)として購入するとは限らないというべきであるから,仕入先や問合せ先に関する情報が共有されるかどうかは,本件の結論を左右するものではない。

判決は、以上の判断を経て被告らの主張を排斥し、結論において、商標権侵害を認めました。

コメント

判決は、「購入者の全て」という表現をしばしば用いており、商標の機能を害していないことを理由に商標権侵害を否定することのできる範囲をきわめて限定的に捉えていることが読み取れます。これは、従来の裁判例の傾向に沿ったものといえるでしょう。

なお、本件では、商標権侵害のみならず、特許権侵害も認められており、争点は多岐にわたります。特に、いわゆるサブコンビネーション発明のクレーム解釈について裁判所の考え方が示されているのは、参考になると思われますが、この争点については、同一特許権が別の被告に行使された事件で、サブコンビネーション発明の間接侵害が争われた大阪地判平成30年12月18日平成28年(ワ)第6494号があるため、そちらの解説を参照ください(同事件の控訴審に関する記事はこちら)。

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(文責・町野)