知的財産高等裁判所第1部(高部眞規子裁判長)は、本年(令和元年)9月18日、特許権者と専用実施権者との間に、専用実施権者が発明を実施する義務を負う旨の黙示の合意があったことを認定しつつ、当該実施義務の違反は認められないとする判決をしました。

判決は、個別事案における事実認定をしたものであり、専用実施権者も実施義務の存在を争っていなかったものの、実施義務にかかる黙示の合意を認定する根拠とされた事実は、およそ専用実施権設定契約一般に認められるものであり、契約実務においても参考になるものと思われます。

ポイント

骨子

  • 被控訴人は,本件契約に基づき本件特許の専用実施権を取得し,本件発明を独占的に実施し得る地位を取得する。一方,控訴人は,自ら実施することができないのみならず,被控訴人以外の者に実施の許諾をして実施料を得ることができないにもかかわらず,特許維持費用を負担する義務を負う。控訴人は,被控訴人が本件発明を実施して製品を顧客に販売することができなければ,実施料の支払を全く受けられない。このような当事者双方の法的地位に照らすと,本件契約においては,本件特許の許諾を受けた被控訴人においてこれを実施する義務を負う旨の黙示の合意があるものと認めるのが衡平にかない,また,被控訴人において本件発明を実施する義務を負うこと自体は,被控訴人も争っていない。

判決概要

判決言渡日令和元年9月18日

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
事件番号 平成31年(ネ)第10032号
事件名 損害賠償請求控訴事件
原審 大阪地方裁判所平成29年(ワ)第1752号
裁判官 裁判長裁判官 高 部 眞規子
裁判官    小 林 康 彦
裁判官    関 根 澄 子

解説

専用実施権とは

特許法は、特許発明を第三者が実施することができる実施権として、大きく分けて、一定の条件のもと特許権者との合意によらずして生じる法定実施権と、特許権者との合意によって生じる約定実施権の2種類を定めています。

専用実施権は、約定実施権の1つで、専用実施権者は、以下の特許法77条2項のとおり、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を専有することとされています。

(専用実施権)
第七十七条 特許権者は、その特許権について専用実施権を設定することができる。
2 専用実施権者は、設定行為で定めた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。
3 専用実施権は、実施の事業とともにする場合、特許権者の承諾を得た場合及び相続その他の一般承継の場合に限り、移転することができる。
4 専用実施権者は、特許権者の承諾を得た場合に限り、その専用実施権について質権を設定し、又は他人に通常実施権を許諾することができる。
5 第七十三条の規定は、専用実施権に準用する。

専用実施権者が特許発明の実施をする権利を専有するということは、たとえ特許権者であっても、特許発明を実施すると専用実施権の侵害となり、差止や損害賠償の請求を受けるということで、専用実施権の実質は、特許権の譲渡に近いものといえます。

専用実施権の利用状況

専用実施権は、強力な権利を付与するものであるほか、登録しなければ権利が生じず、契約関係が公開されてしまうため、通常は、特許権者との間に特別な人的関係がある場合などに限って利用されています。利用件数も多くはなく、年間の登録件数は、およそ200件前後にとどまるといわれています。

専用実施権と実施義務

専用実施権は、専用実施権者に与えられる権利であって、専用実施権者に実施の義務を課すものではありません。しかし、専用実施権を設定すると、特許権者すら許諾なくして発明を実施することができなくなりますので、特許権者にしてみれば、専用実施権者が実施をし、実施料を支払ってくれなければ、単に特許料を支払って、特許を維持するだけになってしまいます。そのため、専用実施権設定契約においては、特許権者が最低限度の利益を得るための規定が置かれることがままあります。

その一類型が、本契約で議論になっているように、一定量の実施義務を課すというものです。実施義務の規定は、さほど頻繁に見られるものではありませんが、例えば、産学連携の契約書などにおいて時折見られます。大学などの研究機関は、利益よりも、研究成果の普及を目的とすることが背景にあるのでしょう。

より一般的な例は、実施をしなくても支払うべき最低実施料(ミニマム・ロイヤルティ)の定めを置くことで、同種規定は、独占的な通常実施権の許諾に際してもしばしば取り決められます。これは、実施義務を課すのと同様の効果があり、また、特許権者の利害により端的に応えるものといえます。

また、一定量の実施をしなければ、契約を解除し、専用実施権を取り消すか、通常実施権に移行することができる旨の合意をすることもありますが、これも実際上は、実施義務を課すのに近い合意といえるでしょう。

事案の概要

本件は、専用実施権を設定した特許権者が、専用実施権者に対し、契約上義務づけられた実施をせず、また、実施にかかる報告もしなかったことを理由として、債務不履行に基づき、契約で定められた約定損害金1000万円の支払いを求めた事案です。

原審は、専用実施権者は実施をしており、また、報告義務の不履行に基づく損害は認められないことを理由に、特許権者の請求を棄却しました。そこで、特許権者が控訴人となり、専用実施権者を被控訴人として控訴したのが本件です。

判旨

判決文を見る限り、契約書には明示的な実施義務の定めはなかったようですが、判決は、以下のように述べて、本件の専用実施権者は、黙示の合意により、発明の実施義務を負っていた旨認定しました。いわゆる合理的意思解釈によって合意を認定したものといえます。

被控訴人は,本件契約に基づき本件特許の専用実施権を取得し,本件発明を独占的に実施し得る地位を取得する。一方,控訴人は,自ら実施することができないのみならず,被控訴人以外の者に実施の許諾をして実施料を得ることができないにもかかわらず,特許維持費用を負担する義務を負う。控訴人は,被控訴人が本件発明を実施して製品を顧客に販売することができなければ,実施料の支払を全く受けられない。このような当事者双方の法的地位に照らすと,本件契約においては,本件特許の許諾を受けた被控訴人においてこれを実施する義務を負う旨の黙示の合意があるものと認めるのが衡平にかない,また,被控訴人において本件発明を実施する義務を負うこと自体は,被控訴人も争っていない。

他方、判決は、以下のとおり、実施義務の具体的な内容は一義的に決定できず、具体的な事情を総合的に検討し、損害賠償請求の可否を判断すべきとの考え方を示します。

もっとも,このように解したとしても,実施義務の具体的内容,言い換えれば,被控訴人において何をすれば義務を履行したといえるか,あるいは,不完全な履行に対してどのような効果が付与されるかについて,一義的に定まるわけではない。
そうすると,本件契約の趣旨に加え,実施品の製造及び販売に係る被控訴人の態度を具体的な事情の下で総合的に検討することにより,本件契約違反に基づく損害の賠償請求の可否を判断するのが相当である。

その上で、判決は、本件においては、専用実施権者の製造工程が特許発明の製造工程に反したものとはいえないとし、実施義務違反を否定しました。

判決は、結論において、控訴を棄却し、特許権者の請求を棄却した原判決を維持しています。

コメント

本判決は、具体的事案に対する事実認定をしたものであり、また、専用実施権者も実施義務の存在を争っていなかったため、認定内容を一般化することはできません。しかし、実施義務の認定根拠となった事実は専用実施権設定契約においてしばしば該当するものであり、実務的には、本件のような紛争は、専用実施権設定契約において潜在的にあり得るものと考えておくべきでしょう。

専用実施権者が実施をしない場合の対応としては、上でも述べたとおり、(i)最低実施料を定める、(ii)特許権者の解除権を定める、(iii)実施義務を定める、ということが考えられますが、実施義務を定めたとしても、その違反の効果として解除や損害賠償などの金銭請求について規定がなければ、実効性は限られてきます。そのため、一般的には、最低実施料や解除権を規定することが実効性ある契約上の手当てとなるでしょう。

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(文責・飯島)