最高裁判所第三小法廷(山崎敏充裁判長)は、本年(2019年)8月27日、医薬化合物の進歩性の判断に際して顕著な効果を考慮するときは、当業者が、進歩性判断の対象となる発明の構成がその効果を奏することを予測できたか、また、当業者の予測を超えた効果を奏するかを判断すべきであるとの考え方を示しました。

判決は、この考え方に基づき、同等の効果を有する公知発明が他に存在したということに依拠して予測できない顕著な効果を否定したのは法令の解釈適用を誤ったものとであるとして、原判決を取り消しました。

判決は、条文上の根拠が不明確な顕著な効果の位置付けについて、いわゆる独立要件説ないしそれに近い考え方を採用したものと思われます。

ポイント

骨子

  • 上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。
  • 原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

判決概要

裁判所 最高裁判所第三小法廷
判決言渡日 令和元年8月27日
事件番号 平成30年(行ヒ)第69号
事件名 審決取消請求事件
対象特許 特許第3068858号
「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」
原判決 知財高判平成29年11月21日
平成29年(行ケ)第10003号
裁判官 裁判長裁判官 山崎敏充
裁判官    戸倉三郎
裁判官    林 景一
裁判官    宮崎裕子
裁判官    宇賀克也

解説

特許無効審判と審決取消訴訟

特許無効審判は、特許法が用意している4つの審判手続の1つで、瑕疵のある特許を無効にする手続です。その審理は特許庁が行い、特許無効を主張する審判請求人と、特許権者との間で争われます。

特許庁が審決で特許の有効性に関する判断を示すと、不服のある当事者は、審決の取消を求めて、裁判所に提訴することができます。この手続を審決取消訴訟といい、第一審から知的財産高等裁判所が管轄します。

また、知的財産高等裁判所の判決に不服がある場合において、上告理由があるときは上告を、そうでない場合には上告受理申立てを、最高裁判所にすることができます。

特許要件と進歩性

ある発明が特許を受けられるための要件として、特許法29条は以下のとおり規定し、その発明が①産業上利用可能であり、②公知・公用・刊行物記載の発明と同一でなく、かつ、③公知・公用・刊行物記載の発明から当業者が容易に想到できたものでないことを求めています。この要件を満たさない発明に特許がされているときは、特許無効審判によって当該特許を無効にすることができます(特許法123条1項2号)。

(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

進歩性とは、上記③の公知・公用・刊行物記載の発明から当業者が容易に想到できたものでないことを指す言葉で、具体的内容は、上記特許法29条2項に規定されています。

進歩性判断の基本構造

進歩性判断は、出願にかかる発明が、特許法29条2項の「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたとき」との文言に該当するかどうかによって判断されます。

つまり、「特許出願前」を基準時点として、当業者(「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」)が他の発明から「容易に発明することができた」か、を考えるのですが、ここで出発点となる他の発明は、「前項各号に掲げる発明」、つまり、公知、公用または刊行物に記載された発明のいずれかであることが必要です。

そのため、進歩性判断をするに際しては、まず、出発点となる公知、公用または刊行物に記載された発明(主引用発明)を特定し、主引用発明の構成と出願にかかる発明の構成を対比して、どの構成が同じでどの構成が異なるかを特定します。

次に、こうして特定された異なる構成(相違点)のそれぞれについて、当業者が容易に想到することができるか、という判断をします。ここでの容易性の判断は、多くの場合、他の公知発明と容易に組み合わせられるか、あるいは、相違点は周知慣用技術であるか、といった観点から判断されます。

このような判断を経て、出願にかかる発明の構成のうち、主引用発明と相違する部分の全部が容易に想到できると認定されれば、進歩性が否定され、いずれかの相違点が容易に想到できなければ、進歩性が肯定されます。

比喩的にいえば、主引用発明は、出願にかかる発明の一部のピースを欠くジグソーパズルのようなもので、欠けた部分に他から持ってきたピースを嵌め込んで、容易にパズル(出願にかかる発明)を完成させられるなら進歩性なし、そうでなければ進歩性ありとなる、と考えるとイメージしやすいかも知れません。

顕著な効果とは

具体的な進歩性判断の過程においては、出願にかかる発明に予測できない顕著な効果があるか、ということが考慮されることがあります。主引用発明と他の発明を組み合わせて、出願にかかる発明を完成させることはさほど難しくなくとも、出来上がった発明が予想以上の効果を持つ場合、その発明には進歩性があることとして、特許を付与しようという考え方です。

もっとも、顕著な効果を進歩性判断の基礎とするとの理解は、上記の特許法29条2項の条文から直接導くことができません。そのため、これを進歩性判断の構造の中でどのように位置づけるかについて、種々の考え方があり、大きく分類すれば、主引用発明を出発点とする発明の構成の容易想到性判断の中で考慮する一事情とする考え方(二次的考慮説)と、構成の容易想到性とは別の、独立した進歩性の判断要素とする考え方(独立要件説)に分かれます。

後者の考え方は、主引用発明に他の発明を組み合わせて、出願にかかる発明に容易に想到することができる場合であっても、予測できない顕著な効果があれば特許を認めるものであり、例えば、この立場に立つ知財高判平成25年10月3日平成24年(行ケ)第10415号「血清コレステロール低下剤」事件は、以下のように述べています。

発明が引用発明から容易想到であったか否かを判断するに当たっては,当該発明と引用発明とを対比して,当該発明と引用発明との構成上の相違点を確定した上で,当業者が,引用発明に他の公知発明又は周知技術とを組み合わせることによって,引用発明において相違点に係る当該発明の構成を採用することを想到することが容易であったか否かによって判断するのを原則とするが,例外的に,相違点に係る構成自体の容易想到性が認められる場合であっても,当該発明が奏する作用効果が当該発明の構成そのものから当業者が予測し難い顕著なものであるときは,その作用効果が顕著である点において当該発明は特許法の目的である産業の発展に寄与(同法1条)するものとして進歩性を認めるべきであるから当該発明が引用発明から容易想到であったとはいえないものと解するのが相当である。

また、平成27年8月26日平成26年(行ケ)第10235号「洗浄剤組成物」事件も、一事不再理との関係で、以下のとおり概ね同様の判断を示しています。

特許発明の構成が出願時の公知技術及び周知技術から容易に想到し得る場合は,その進歩性が否定されることが原則であるが,例外として,その公知技術等から容易に想到し得る構成から通常予測し得る効果を超えた顕著なる効果がある場合に,その進歩性が肯定されることはあり得るものの,第2判決は,第2審判における無効理由について判断したものであり,それとは実質的に異なる無効理由である本件審判における無効理由について判断したものではないから,この点については,本件審判においてさらに検討を要する。

顕著な効果の認定手法

具体的な進歩性判断に際し、二次的考慮説は、顕著な効果を発明の構成の容易想到性を判断する上での考慮要素とするため、広く従来技術を参酌して、その効果を予測できたかを考慮することになります。

他方、独立要件説は、顕著な効果それ自体が進歩性を支える独立の要件と位置付けるため、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎に、当業者が顕著な効果を予測することができたか、という判断をします。

事案の概要

本件無効審判の経緯

本訴訟の当事者は、特許第3068858号(本件特許)にかかる特許無効審判(無効2011-800018号。本件無効審判)の請求人(原告)と、同特許の権利者ら(被告ら・被請求人ら)です。

本件無効審判は、以下の表記載のとおり、非常に複雑な経緯を経ており、同表Ⅲにおける特許庁の審決(本件審決)の是非が争われた審決取消訴訟が、本件の訴訟です。

平成23年2月3日 原告 本件無効審判の請求
平成23年5月23日 被告ら 訂正請求(第1次訂正)
平成23年12月16日 特許庁 訂正認容、無効審決(第1次審決)
平成24年4月24日 被告ら 審決取消訴訟提起
平成24年6月29日 被告ら 訂正審判請求
平成24年7月11日 知財高裁 第1次審決につき差戻決定
平成24年8月10日 被告ら 訂正請求(第2次訂正)
平成25年1月22日 特許庁 訂正認容、請求不成立審決(第2次審決)
平成25年3月1日 原告 審決取消訴訟提起
平成26年7月30日 知財高裁 第2次審決につき取消判決(前訴判決)
平成28年1月12日 最高裁 上告不受理決定による前訴判決確定
平成28年2月1日 被告ら 訂正請求(本件訂正)
平成28年12月1日 特許庁 本件訂正認容、請求不成立審決(本件審決)
平成29年1月6日 原告 本件審決取消訴訟提起
平成29年11月21日 知財高裁 請求棄却判決(原判決)
令和元年8月27日 最高裁 本判決
本件審決及び原判決の概要

本訴訟で争いになったのは、上記表Ⅲの本件訂正にかかる発明の有効性で、請求項1の記載は、以下のようなものでした。

【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な、点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤

上告人ら(特許権者)は、前訴判決(上記表Ⅱ)において引用発明の組合せが容易であることを理由に進歩性が否定されていたことを受け、差戻審における特許庁の審理に際し、本件発明が顕著な効果を有することを新たに主張し、その証拠として、請求項1記載の化合物のシス異性体等がヒト結膜肥満細胞に対して高いヒスタミン放出阻害率を有することを示す実験結果を追加提出しました。

これを受けた特許庁は、訂正を認容するとともに、顕著な効果の存在を理由として進歩性を肯定し、両請求項について再度不成立の審決をしました(本件審決)。

上記不成立審決に対して、被上告人(審判請求人)が審決取消訴訟を提起したところ、知財高裁は、被告らが新たに提出した上記実験結果は優先日当時の技術常識に照らして当業者が予測できない顕著な効果を開示したものとはいえないとして、本件審決を取り消しました。これが、本件における原判決(知財高判平成29年11月21日平成29年(行ケ)第10003号 )です。

本判決の要約によれば、原判決は、本件審決を取り消した理由として、まず、以下の点を指摘しています。

前訴判決によれば,・・・引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものであるから,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有すること自体は,当業者にとって予測し難い顕著なものということはできない。

これは、「引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができた」という前訴判決で確定された事実から、本件化合物が「ヒスタミン遊離抑制作用を有すること自体」は予測の範囲内である、と述べるものです。

次に、原判決は、本件化合物以外に高いヒスタミン遊離抑制率を有する化合物が存在することを理由に、本件化合物のヒスタミン遊離抑制作用が当時の技術常識に基づいて予測の範囲を超えた顕著なものとはいえない、との判断を示しました。この点についても、以下に本判決による要約を引用します。

また,優先日における技術水準として,本件化合物のほかに,所定濃度の点眼液を点眼することにより70%ないし90%程度の高いヒスタミン遊離抑制率を示す他の化合物が上記2(4)イのとおり複数存在すること(以下,これらの化合物を「本件他の各化合物」という。),その中には2.5倍から10倍程度の濃度範囲にわたって高いヒスタミン遊離抑制効果を維持する化合物も存在することが知られていたことなどの諸事情を考慮すると,本件明細書に記載された,本件各発明に係る本件化合物を含有するヒト結膜肥満細胞安定化剤のヒスタミン遊離抑制効果が,当業者にとって当時の技術水準を参酌した上で予測することができた範囲を超える顕著なものであるということはできない。

以上のような認定判断を得て、原判決は、結論として、特許庁の不成立審決を取り消しました。

判旨

本判決は、上記の知財高裁の判決を破棄し、事件を差し戻しました。判旨は、まず、以下の3点を理由に、本件化合物について、単に他に同等の効果を持つ化合物が存在したというだけでは、当業者が予測できない顕著な効果があったことを否定することはできないと述べます。

  • 他の化合物は、いずれも本件化合物とは構造が異なり、関連性がないこと
  • 引用例1、2には、顕著な効果についての記載がないこと
  • 発明の効果が化合物の医薬用途にかかるものであること

上記事実関係等によれば,本件他の各化合物は,本件化合物と同種の効果であるヒスタミン遊離抑制効果を有するものの,いずれも本件化合物とは構造の異なる化合物であって,引用発明1に係るものではなく,引用例2との関連もうかがわれない。そして,引用例1及び引用例2には,本件化合物がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用を有するか否か及び同作用を有する場合にどの程度の効果を示すのかについての記載はない。このような事情の下では,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということから直ちに,当業者が本件各発明の効果の程度を予測することができたということはできず,また,本件各発明の効果が化合物の医薬用途に係るものであることをも考慮すると,本件化合物と同等の効果を有する化合物ではあるが構造を異にする本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみをもって,本件各発明の効果の程度が,本件各発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであることを否定することもできないというべきである。

さらに、本判決は、本件発明の効果が「予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点」から十分に検討せず、「本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消した」点で、原判決には法令適用の誤りがあると述べます。

そうすると,原審は,結局のところ,本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

以上の認定判断を経て、本判決は、原判決を破棄した上で、顕著な効果について審理を尽くさせるため、事件を知財高裁に差し戻しました。

コメント

本件においては、前訴の取消判決により、発明の構成が容易に想到可能なものであることについて、拘束力が生じていました。本判決は、そのような状況にあっても、なお、予測できない顕著な効果について審理を尽くさせるとの判断をしています。これは、構成の容易想到性について判断を示した取消判決の拘束力が顕著な効果の判断には及ばないことを前提としています。

また、上述のとおり、原判決は、「引用例1及び引用例2に接した当業者は引用発明1に係る化合物をヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができた」という事実から、本件化合物が「ヒスタミン遊離抑制作用を有すること」が予測の範囲内であるとの認定を行っているものの、その効果の程度が当業者の予測の範囲を超えるかどうかを判断するに際しては、他の公知化合物との対比による判断をしており、本件発明の構成からの予測可能性について判断をしていません。本判決は、この点において原判決が法令の解釈適用を誤ったものと判示しています。

これらの判示事項は、進歩性判断において、顕著な効果を構成の容易想到性とは別個の要件に位置付け、明細書に記載された効果をもとに、引用発明を組み合わせるなどして導かれる発明を基礎として効果の予測可能性を判断する独立要件説ないしそれに近い考え方を採用したものといえます。

また、本判決は、原判決が顕著な効果についての審理をしていないことを批判するに際し、引用例に効果の記載がないことに加えて、原判決が指摘していた他の化合物と本件化合物の関連性に言及し、さらに、本件発明の効果が化合物の医薬用途にかかるものであることを指摘しています。これは、一般には、発明の構成が明らかになればその効果を予測することが可能になることが多いところ、化学分野では、そのような関係が必ずしも成り立たず、むしろ実験による証明を待たなければならないことが多いことに関係するものと思われます。

本判決に関連する他の問題としては、特許性との関係で顕著な効果を独立の要件とする場合に、技術的範囲との関係で当該効果をどのように考慮するのか、すなわち、イ号が特許発明の構成を充足するものの、進歩性の基礎となった効果を奏しない場合に、そのことを非充足の理由ないし抗弁として主張することができるのか、ということも問題となり得ます。いわゆる作用効果不奏功の抗弁を肯定する趣旨の判示をした裁判例としては、大阪地判平成13年10月30日平成12年(ワ)第7221号エアロゾル事件がありますが、この問題は傍論として述べられたにすぎず、その後も判例の考え方が確立しているとはいえません。

さらに、本件について考える際に考慮すべき政策的な問題として、審理が特許庁と裁判所との間を何度も往復する「キャッチボール現象」と取消判決の拘束力との関係もあると思われます。

原判決は、「付言」ながら、前訴判決の拘束力を広く解し、本来原告らは本審決取消訴訟において顕著な効果を主張することは許されないとの考えを示していました(解説はこちら)。本判決は、この点について明示的判断を示してはいませんが、顕著な効果についての実体判断の問題を理由に原判決を破棄しているため、拘束力についての原判決の考え方も否定したものと考えられます。

この点が、昨今の知財高裁に顕著な一回的解決への強い志向にどのように影響を与えるのか、特に、本件で見られるような極端な「キャッチボール現象」との関係でどのように考えるかは興味深いところです。

実際、この事件も、当初の審判請求から本判決までに8年以上をかけて3度の審決取消訴訟を経由しており、今後も知財高裁での審理が続きます。顕著な効果についての結論如何では、改めて特許庁に差し戻される可能性もあります。

顕著な効果について独立要件説を取る場合には、構成容易性について確定判決があったとしても、顕著な効果には前訴判決の拘束力が及ばない状態が生じやすく、本件のような事態が生じることも個別的問題として容認せざるを得ないのかもしれません。しかし、そのような状態が紛争解決を長期化させ、当事者に大きな負担を課すことも事実です。

この問題は、二次的考慮説を採用したからといって直ちに解消するものではありませんが、進歩性の判断が二重化することによる紛争の長期化の解消は、今後検討を要する課題ではないかと思われます。

最後に、本記事は、弁護士知財ネットのメーリングリストにおける議論、特に柳田国際法律事務所の清水節先生のコメントに依拠するところが大きいことを、感謝して記します。

(文責・飯島)