知的財産高等裁判所第1部(設楽隆一裁判長)は、平成27年8月26日、特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も、主引用発明が同一で、これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も、いずれも異なる無効理由となるというべきであり、このような場合には、特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に該当しないとの判断を示しました。

平成23年改正によって一事不再理効が相対効とされたことから、特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」の解釈は今後変容が予想されるところ、本判決は、その意味につき、進歩性判断の基本構造から導かれた無効理由を単位として把握したものとして参考になります。

ポイント

骨子

  • 特許発明が出願時における公知技術から容易想到であったというためには,当該特許発明と,対比する対象である引用例(主引用例)に記載された発明(主引用発明)とを対比して,当該特許発明と主引用発明との一致点及び相違点を認定した上で,当業者が主引用発明に他の公知技術又は周知技術とを組み合わせることによって,主引用発明と,相違点に係る他の公知技術又は周知技術の構成を組み合わせることが,当業者において容易に想到することができたことを示すことが必要である。そして,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なれば,特許発明との一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになるのであるから,主引用発明が異なれば,無効理由も異なることは当然である。
  • 主引用例は,特許発明の出願時における公知技術を示すものであればよいのであるから,甲1文献のように出願時における周知技術を示す文献であっても,主引用例になり得ることも明らかであり,これを主引用例たり得ないとする理由はない。
  • 主引用発明が同一であったとしても,主引用発明に組み合わせる公知技術又は周知技術が実質的に異なれば,発明の容易想到性の判断における具体的な論理構成が異なることとなるのであるから,これによっても無効理由は異なるものとなる。
  • よって,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 平成27年8月26日
事件番号 平成26年(行ケ)第10235号審決取消請求事件
対象特許 特許第4114820号「洗浄剤組成物」
原審決 無効2014-800045号
裁判官 裁判長裁判官 設樂隆一
裁判官    大寄麻代
裁判官    岡田慎吾

解説

特許無効審判の審決と一事不再理効

特許無効審判において、不成立(有効)審決が確定すると、以下の特許法167条により一事不再理効が生じ、同一の無効理由によって審判請求を繰り返すことはできなくなります。

(審決の効力)
第百六十七条 特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。

なお、特許法167条は、適用対象を有効審決に限定してはいませんが、特許を無効とする審決が確定したときは、当該特許は対世的に無効になり、その特許についての特許無効審判は訴えの利益(審判請求の利益)を失うため、もはや特許無効審判を請求することはできなくなります。そのため、特許法167条が適用されるのは、請求不成立(有効)の審決が確定した場合に限られることとなります。

平成23年改正と一事不再理効の主観的範囲

かつての一事不再理の規定は、明治42年(1909年)改正法87条によって最初に一事不再理効が規定されたとき以来、いったん有効審決が確定すると、「何人も」同一無効審判を請求できないこととしていました。しかし、このような絶対効の規定に対しては、第三者の無効主張の機会を奪うものとして強い批判もありました。

そのため、平成23年特許法改正に際して特許法167条が改正され、上述のとおり、「当事者及び参加人」だけが同一審判を請求できない相対効の規定とされました。

「同一の事実及び同一の証拠」

一事不再理効の客観的範囲を「同一の事実及び同一の証拠」によって画定するという特許法の規定は、明治42年の制度導入以来実質的に変更されていませんが、その解釈については、種々の考え方が示されてきました。

「同一の事実及び同一の証拠」との文言は、審判請求が禁じられる範囲を事実と証拠の双方から狭く限定するものであり、実際、一事不再理効が対世的効力を有していた平成23年改正以前の制度のもとでは、第三者の無効主張の機会が奪われる事態をなるべく回避するため、「同一の事実及び同一の証拠」の範囲が狭く解されていたといわれています。

また、「同一の事実及び同一の証拠」の解釈を示したものではありませんが、最高裁判所は、最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁「メリヤス編機」大法廷判決において、以下のように述べ、現在の特許法167条にあたる大正10年特許法117条を根拠のひとつとして、審決取消訴訟の審理範囲を、特定の公知事実との対比によって単位付けられる無効理由に限定しています。

法が前述のような独得の構造を有する審査、無効審判及び抗告審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断のもつ右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、前記法一一七条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において個別的に判断されざるをえないことの反映として、その趣旨を理解することができるのである。そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、たとえ同じく発明の新規性に関するものであつても、例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。

この大法廷判決によれば、特定の公知事実との対比によって単位付けられる無効理由の範囲が「同一の事実及び同一の証拠」の範囲に相当するものと考えることもできます。

以上のような従来の議論に対し、平成23年の特許法改正後は、第三者による審判請求を制限する恐れがなくなったため、むしろ紛争の蒸し返し防止による一回的解決が重視されるようになってきました。

例えば、商標登録無効審判における一事不再理の客観的範囲が争われた事案である知財高判平成26年3月13日平成25年(行ケ)第10226号「KAMUI」事件は、以下のように述べています。

無効審判請求においては,「同一の事実」とは,同一の無効理由に係る主張事実を指し,「同一の証拠」とは,当該主張事実を根拠づけるための実質的に同一の証拠を指すものと解するのが相当である。そして,同一の事実(同一の立証命題)を根拠づけるための証拠である以上,証拠方法が相違することは,直ちには,証拠の実質的同一性を否定する理由にはならないと解すべきである。このような理解は,平成23年法律第63号による特許法167条の改正により,確定審決の第三者効を廃止することとし,他方で当事者間(参加人を含む。)においては,紛争の一回的解決を実現させた趣旨に,最も良く合致するものというべきである。

事案の概要

本件は、発明の名称を「洗浄剤組成物」とする特許第4114820号(本件特許)についての無効審判の審決取消訴訟です。

本件の原告は、進歩性欠如を理由とする特許無効審判を請求しましたが、請求不成立(有効)審決がなされ、知財高裁もこれを支持しました。

その後、原告は、先行の上記審判とは異なる主引例に基づいて、再度特許無効審判を請求しましたが、そこで主引例とされたのは、「学生レベルの参考書」とされるもので、先行審判における周知技術を開示したものであり、また、副引例とされたのは、先行審判における主引例でした。

特許庁は、この審判請求は特許法167条に反するとし、請求を却下しました。本件は、この却下審決に対する取消訴訟です。

判旨

判決は、まず、特定の主引用発明を出発点として、副引用発明や周知技術に基づき相違点を容易に想到できるかを考えるという進歩性判断の構造に照らし、主引用発明が異なれば、無効理由が異なるとの考え方を示しました。

特許発明が出願時における公知技術から容易想到であったというためには,当該特許発明と,対比する対象である引用例(主引用例)に記載された発明(主引用発明)とを対比して,当該特許発明と主引用発明との一致点及び相違点を認定した上で,当業者が主引用発明に他の公知技術又は周知技術とを組み合わせることによって,主引用発明と,相違点に係る他の公知技術又は周知技術の構成を組み合わせることが,当業者において容易に想到することができたことを示すことが必要である。そして,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なれば,特許発明との一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになるのであるから,主引用発明が異なれば,無効理由も異なることは当然である。

また、判決は、進歩性判断の上記構造に基づき、主引用発明に組み合わせる公知技術や周知技術が異なる場合も、無効理由が異なるとの考え方を示しました。

主引用発明が同一であったとしても,主引用発明に組み合わせる公知技術又は周知技術が実質的に異なれば,発明の容易想到性の判断における具体的な論理構成が異なることとなるのであるから,これによっても無効理由は異なるものとなる。

そして、判決は、結論として、主引用発明が異なる場合も、それに組み合わせる公知技術や周知技術が異なる場合も、無効理由が異なるのであるから、そのような無効理由に基づく審判請求は「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものとはいえないとの考え方を示しました。

よって,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。

また、判決は、上記判断の過程において、周知技術を示す文献であっても主引用例となり得ることは明らかであると述べています。

主引用例は,特許発明の出願時における公知技術を示すものであればよいのであるから,甲1文献のように出願時における周知技術を示す文献であっても,主引用例になり得ることも明らかであり,これを主引用例たり得ないとする理由はない。

判決は、以上の規範を本件に当てはめたところ、先行の審判請求とは主引用発明が異なるため、一事不再理を理由に審判請求を却下した審決を取り消しました。

コメント

この判決は、検討の対象となった事実や証拠の単なる重複ではなく、進歩性判断の構造に基づく無効理由の同一性から「同一の事実及び同一の証拠」の範囲を判断したものであり、規範的要素も含めてその範囲を決定しようとしたものと考えられるのではないかと思われます。一回的解決を強く志向する近年の知財高裁の判決の傾向からするとやや保守的な判決と評価することも可能かも知れませんが、進歩性欠如の無効理由について、これ以上に一事不再理の範囲を広げると、当事者としては、あらゆる引用発明の組合せを主張しておくことが必要になり、かえって審理を遅延させる恐れもあります。実務的には、妥当な考え方を示したものと思われます。

なお、本記事のテーマからは逸脱しますが、本判決は、以下のとおり述べ、知財高判平成25年10月3日平成24年(行ケ)第10415号などと同様、進歩性判断において、発明の顕著な効果を、構成の容易性とは独立の要件と見る考え方を示しています。

特許発明の構成が出願時の公知技術及び周知技術から容易に想到し得る場合は,その進歩性が否定されることが原則であるが,例外として,その公知技術等から容易に想到し得る構成から通常予測し得る効果を超えた顕著なる効果がある場合に,その進歩性が肯定されることはあり得るものの,第2判決は,第2審判における無効理由について判断したものであり,それとは実質的に異なる無効理由である本件審判における無効理由について判断したものではないから,この点については,本件審判においてさらに検討を要する。

(文責・飯島)