知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、令和元年7月8日、商標法4条1項8号の「他人の氏名」にはローマ字表記された氏名も含まれると判断したうえで、商標「KENKIKUCHI」に関して、「他人の氏名」を含む商標に該当することから、同様の審決の判断に誤りはなく、取消事由は存しないとして、原告による審決取消請求を棄却しました。

ポイント

骨子

  • (商標法4条1項8号の)(他人の)「氏名」には,ローマ字表記された氏名も含まれる。
  • (商標法4条1項8号の)「他人の氏名」が,著名性・希少性を有するものに限られるとは解し難く,また,「他人の氏名」を含む商標である以上,当該商標がブランドとして一定の周知性を有するといったことは,考慮する必要がない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和元年7月8日
事件番号 平成31年(行ケ)第10037号
事件名 審決取消請求事件
審決番号 不服2018-7529号
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官    上 田 卓 哉
裁判官    山 門   優

解説

商標登録を受けることができない商標

商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標を19号(うち1号は削除)定めており、以下の通り、「他人の氏名」等を含む商標も含まれています。

商標法4条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

本号の「他人」とは、自己以外の現存する者をいい、自然人(外国人を含む)、法人のみならず、権利能力なき社団も含まれます(商標審査基準)。故人は含まれません。

また、他人の「氏名」とは、自然人の姓及び名のフルネームをいい、姓または名のみは「略称」となります。外国人の「氏名」について、ミドルネームを含まない場合は、「略称」となります。

他人の名称等を「含む」商標であるか否かは、当該部分が他人の名称等として客観的に把握され、当該他人を想起・連想させるものであるか否かにより判断されます(商標審査基準)。

事案の概要

原告は、以下の商標(以下「本願商標」という)について、商標登録出願したところ、拒絶査定を受けたため、特許庁に対して、拒絶査定不服審判を請求しました。

かかる不服審判請求に対して、特許庁より「本件審判の請求は,成り立たない」との審決(以下「本件審決」という)を受けたことから、原告において、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起したものです。

判旨

「KENKIKUCHI」の文字部分の意味

原告は、「KENKIKUCHI」の文字部分について、大文字の欧文字10字を,氏と名の間に空白を入れることなく,整然と一列に並べるものであるから,氏と名を判別することがそもそも想定されておらず,他人の氏名として客観的に把握され,当該他人を想起・連想させるものではない、などと主張しました。

これに対し、裁判所は、本願商標のうち「KENKIKUCHI」の文字部分について,

「KENKIKUCHI」部分は,白抜きの大文字の欧文字10字から構成され,各文字の書体及び大きさはほぼ同じで,ほぼ等間隔で1行にまとまりよく配列されている。

そして,左端の「K」の文字の右斜め下に向かう線が,左から2文字目の「E」の下部に沿って,同3文字目の「N」の右端の線の下端にほぼ接する位置まで伸び,右端の「I」の文字の終端から左方向に伸びた線が,右から2文字目の「H」から同6文字目の「I」までの各下部(「IKUCH」部分の下部)に沿って,同7文字目(左から4文字目)の「K」の左端の線の下端にほぼ接する位置まで伸びている。

として、以下の通り、外観上,「KEN」部分と「KIKUCHI」部分に区別して認識されるもの、と判断しました。

そのため、「KENKIKUCHI」部分は,外観上,「KEN」部分と「KIKUCHI」部分に区別して認識されるものといえる。

次に、当該各部分の称呼について、以下の通り、いずれも無理なく一連に発語することができる,として、各々「ケン」,「キクチ」の称呼が自然に生じる、と判断しました。

「KEN」部分,「KIKUCHI」部分は,いずれも無理なく一連に発語することができ,前者から「ケン」,後者から「キクチ」の称呼が自然に生じる。

そのうえで、裁判所は、

我が国では,パスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字表記されるなど,氏名をローマ字表記することは少なくないこと

氏名をローマ字表記する場合に,「名」,「氏」の順で記載することが一般的であり,パスポートやクレジットカードのように,全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくないこと

「キクチ」を読みとする姓氏(「菊池」,「菊地」)及び「ケン」を読みとする名前(「健」,「建」,「研」,「賢」等)は,日本人にとってありふれた氏名であること

を理由として、以下の通り、本願商標を人の「氏名」を含む商標である、と判断しました。

以上によれば、本願商標の構成中「KENKIKUCHI」部分は,「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであるから,本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。

「他人の氏名」にはローマ字表記された氏名も含まれるか

原告は、商法法4条1項8号の「他人の氏名」について、日本人の氏名の場合には、戸籍簿で確定される氏名であり、ローマ字表記は含まれない旨主張しました。

これに対し、裁判所は、

同号は,「他人の氏名…を含む商標」と規定するものであり,当該「氏名」の表記方法に特段限定を付すものではない。
また,同号の趣旨は,自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁,最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁参照)ところ,自己の「氏名」であれば,それがローマ字表記されたものであるとしても,本人を指し示すものとして受け入れられている以上,その「氏名」を承諾なしに商標登録されることは,同人の人格的利益を害されることになると考えられる。

として、かかる原告主張を退け、以下の通り、判断しました。

したがって、同号の「氏名」には,ローマ字表記された氏名も含まれると解される。

商標法4条1項8号該当性

裁判所は、商標法4条1項8号該当性について、

本願商標の構成中「KENKIKUCHI」部分は,「キクチ(氏)ケン(名)」を読みとする人の氏名として客観的に把握されるものであり,本願商標は人の「氏名」を含む商標であると認められる。

そして,証拠(乙12~29)によれば,「キクチ ケン」を読みとすると考えられる「菊池 健」という氏名の者が,北海道小樽市に住所を有する者として,2016年(平成28年)12月版(掲載情報は同年8月24日現在)及び2018年(平成30年)12月版(掲載情報は同年8月16日現在)の「ハローページ(小樽市版)」に掲載され(乙12,13),同時期に発行された他の地域版の「ハローページ」(乙14~29)にも,当該地域に住所を有する者として,「キクチ ケン」を読みとすると考えられる「菊池 健」又は「菊地 健」という氏名の者が掲載されていると認められるところ,かかる事実によれば,これらの「菊池 健」及び「菊地 健」という氏名の者は,いずれも本願商標の登録出願時から現在まで現存している者であると推認できる。
加えて,弁論の全趣旨によれば,原告と上記「菊池 健」及び「菊地 健」とは他人であると認められるから,本願商標は,その構成中に上記「他人の氏名」を含む商標であって,かつ,上記他人の承諾を得ているものではない。

として、以下の通り、本願商標の商標法4条1項8号該当性を肯定しました。

したがって、本願商標は,商標法4条1項8号に該当する。

この点、原告は、
①同号の「氏名」に該当するか否かは,特定人の同一性を認識させるに足りる表記であるか,あるいは,本願商標がブランドとして一定の周知性を有するかという観点から総合的に判断されるべきであり,同号の「他人」に当たるか否かは,その承諾を得ないことにより人格権の毀損が客観的に認められるに足る程度の著名性・希少性等を有する者かという観点から判断すべきである,
②諸外国においても,「他人の氏名」であれば,その全てについて,その他人の承諾がない限り商標登録を認めないという判断はしておらず,特許庁の過去の審決例においても,自己の氏名をモチーフしたと考えられる多数の商標が登録査定を受けている、
と主張しました。

これに対し、裁判所は、

上記①の点について,商標法4条1項8号の趣旨は,(中略)自らの承諾なしにその氏名,名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにある。
そして,同号は,その規定上,雅号,芸名,筆名,略称については,「著名な雅号,芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」として,著名なものを含む商標のみを不登録とする一方で,「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」については,著名又は周知なものであることを要するとはしていない。
また,同号は,人格的利益の侵害のおそれがあることそれ自体を要件として規定するものでもない。
したがって,同号の趣旨やその規定ぶりからすると,同号の「他人の氏名」が,著名性・希少性を有するものに限られるとは解し難く,また,「他人の氏名」を含む商標である以上,当該商標がブランドとして一定の周知性を有するといったことは,考慮する必要がないというべきである。

上記②の点については,諸外国における他人の氏名を含む商標の登録に関する法制や取扱いが,直ちに我が国における法解釈に影響を及ぼすものではないし,特許庁の過去の審決例において,自己の氏名をモチーフしたと考えられる商標が登録査定を受けているとの事実があったとしても,本件審決における本願商標の商標法4条1項8号該当性の判断が,これに左右されるものではない。

として、以下の通り、原告の主張を退けました。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

小括・結論

以上を踏まえて、裁判所は、以下の通り、小括し、

以上によれば,本願商標は商標法4条1項8号に該当するとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由は理由がない。

以下の通り、結論付けしました。

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。

コメント

知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、商標「KENKIKUCHI」は「他人の氏名」(商標法4条1項8号)を含む商標に該当すると判断しました。
外観・称呼から商標の文字部分の意味を読み取り、ハローページなどから現存する「他人の氏名」を含む商標であると判断するなど、裁判所の考え方が簡潔にまとめられており、実務上参考になるものとして、紹介します。

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(文責・平野)