平成30年5月23日、「不正競争防止法等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」といいます。)が成立し、同月30日に公布されました。改正事項は多岐にわたり、不正競争防止法以外にも及んでいます。特許法等については、新規性喪失の例外期間を延長する改正が行われており、同年6月9日に施行済みですので、今回解説します。

なお、本改正法によるその他の改正事項については、松下外弁護士による「不正競争防止法の改正(「限定提供データ」の新設)について」、拙稿「不正競争防止法の改正(技術的制限手段に関する不正競争行為の規律強化)について」「不正競争防止法の改正(証拠収集手続の強化)について」、前田幸嗣弁理士による「商標登録出願の分割要件を強化する改正商標法第10条第1項の規定について」をご覧ください。

ポイント

骨子

  • 特許法及び意匠法において、新規性喪失の例外期間が従前の6か月から1年に延長されました。
  • 特許法を準用する実用新案法においても同様の取扱いとなります。

改正法の概要

法律名 不正競争防止法等の一部を改正する法律
法律番号 平成30年法律第33号
成立日 平成30年5月23日(第196回通常国会)
公布日 平成30年5月30日
施行日 新規性喪失の例外期間の延長については、平成30年6月9日(施行済み)

解説

新規性喪失の例外期間とは

新規性とは

以下に掲げる発明、すなわち新規性を欠く発明は、特許を受けることができません(特許法29条1項)。これらを新規性喪失事由といいます。

  • 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
  • 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
  • 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明

この趣旨は、特許制度は、新たな技術思想の社会への公開の代償として、これについて独占権を付与するものであるから、既に社会的に知られている技術的手段に対して独占権を付与する必要はないこと、また、そのような技術的手段に対して独占権を付与することは自由な技術の発展をかえって妨げることになりかねないことにあります。

新規性を欠くことは、特許出願の拒絶理由であり(特許法49条2号)、特許の無効理由でもあります(特許法123条1項2号)。

新規性喪失の例外

新規性を欠く発明は、特許を受けることができないのが原則ですが、以下に掲げる場合は、法定の期間内に特許出願をすれば、例外的に新規性を喪失しなかったものとみなされます(特許法30条1項・2項)。

① 特許を受ける権利を有する者の意に反して新規性喪失事由のいずれかに該当するに至った発明
② 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して新規性喪失事由のいずれかに該当するに至った発明(発明、実用新案、意匠又は商標に関する内外特許庁、国際機関から発行された公報への掲載により新規性喪失事由のいずれかに該当するに至ったものを除く。)

この趣旨は、上記原則を貫き、新規性を欠く発明について特許出願をしても一切特許を受けることができないとすることは、発明者にとって酷な場合もあり、また、産業の発達への寄与という特許法の趣旨にもそぐわないことにあります。

①の例としては、権利者と公開者との間に秘密保持に関する契約があったにもかかわらず公開者が公開したケース、また、公開者の脅迫、スパイ行為等によって公開されたケースが挙げられます。

また、②については、平成23年改正前特許法では救済される場面が限定されていましたが、同改正により限定がなくなったものです。②の例としては、審査実務上、以下が想定されています。

  • 試験の実施
  • 刊行物(書籍、雑誌、予稿集等)等への発表
  • 電気通信回線を通じて公開された場合(予稿集や論文をウェブサイトに掲載した場合、新製品をウェブサイトに掲載した場合、発明した物を通販のウェブサイトに掲載した場合等)
  • 集会(学会、セミナー、投資家や顧客向けの説明会等)での発表
  • 展示(展示会、見本市、博覧会等)
  • 販売、配布
  • 記者会見・テレビやラジオの生放送番組への出演等
  • 非公開で説明等した発明がその後権利者以外の者によって公開された場合(非公開で取材を受け、後日その内容が新聞・テレビ・ラジオ等で公開された場合等)

ただし、②の発明について、新規性喪失の例外規定の適用を受けるためには、特許庁長官に対し、発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けようとする旨を記載した書面を特許出願と同時に提出し、かつ、出願から30日以内に、発明の新規性喪失の例外規定の適用の要件を満たすことを証明する書面を提出する必要があります(特許法30条3項)。この証明書においては、法定の期間内に特許出願をしたこと、権利者の行為に起因して発明が公開され、権利者が特許出願をしたことの証明が求められます。なお、①の発明については、これらの書面の提出は必要ありません(意に反して公開されたことは、いつでも意見書、上申書等で主張することができます。)。

新規性喪失の例外期間

新規性喪失の例外規定の適用により特許出願が猶予される期間(「グレース・ピリオド」とも呼ばれます。)は、改正前特許法30条1項・2項においては、新規性喪失日から「6か月」とされていました。

他の法律における規定

特許法30条は、実用新案法11条において準用されています。また、特許法30条と同様の規定として、意匠法4条があります。

改正の内容

新規性喪失の例外期間の延長

第四次産業革命の進展に伴い、オープン・イノベーションによる共同研究や産学連携が活発化するとともに、IoTやAIが様々な技術分野に適用されるようになる中、他社の技術を利用するオープン・イノベーションでは、本人以外の者による公開によって新規性を喪失するリスクが高まっていると指摘されています。また、これらの技術分野においてオープン・イノベーションの一翼を担う個人発明家・中小企業や大学研究者は必ずしも知財制度に精通しておらず、こうした者を適切に救済し、それらの発明を奨励することが求められると言われていました。

そこで、改正特許法においては、新規性喪失の例外期間が従前の「6か月」から「1年」に延長されました(30条1項・2項)。これにより、大学研究者等の発明が更に手厚く保護されるようになることが期待されています。

上記のとおり、この改正は平成30年6月9日に施行済みです。ただし、平成29年12月8日までに公開された発明について特許出願する場合(要は、改正特許法30条の施行日時点で、改正前特許法30条に基づく6か月の例外期間が満了している場合)は、改正特許法30条の適用対象とならない点に留意が必要です(本改正法附則10条)。

他の法律における同様の改正等

上記のとおり、特許法30条は実用新案法11条において準用されていますので、実用新案についても新規性喪失の例外期間が1年に延長されます。また、意匠法4条1項・2項についても同様に改正され、新規性喪失の例外期間が1年に延長されます。

TPPとの関係

新規性喪失の例外期間を1年とすることは、TPP協定(環太平洋パートナーシップ協定)第18・38条に規定されており、国内手続として平成28年12月に成立した「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律」(以下「TPP関連法」といいます。)において、新規性喪失の例外期間を1年に延長することが規定されていました。しかし、同法律による新規性喪失の例外期間の延長は、TPP協定が我が国で効力を生ずる日に施行される予定であったところ、TPP協定からの米国の離脱により、TPP協定発効の見通しが立たなくなりました。そのため、今般、TPP協定とは別に、改めて新規性喪失の例外期間の延長を行ったものです。

この点について、平成30年3月8日、米国を除くTPP参加11か国がTPP11協定(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)に署名し、年内発効を目指して各国が国内手続を行っています。我が国においては、同年6月13日にTPP11協定の国会承認がなされ、また、TPP関連法の内容を基本的に維持する「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律の一部を改正する法律」が同月29日に成立し、同年7月6日に公布されました。

したがって、TPP11協定が我が国で発効すれば、それによっても新規性喪失の例外期間の延長が実現しました。その発効を待たずに、今般改正を行ったことについては、同年5月22日に開催された第196回通常国会・参議院経済産業委員会において、宗像直子特許庁長官が次のとおり答弁しています。

そういう中で、TPP交渉で一年ということで合意をしたんですけれども、整備法にも改正規定を盛り込んだのですけれども、アメリカの離脱によってその発効時期が不透明になり、TPP11の協定の発効も各国手続の進捗に左右されるということがございます。そこで、新規性喪失の例外期間がいつ延長されるか施行の見通しが立たないという不安定な状況を解消するために、TPP12やTPP11とは別に、今般の法律改正で速やかに例外期間を延長することといたしたものでございます。

本改正法附則33条により、TPP関連法における新規性喪失の例外期間の延長に関する規定は削除されています。

諸外国の制度

新規性喪失の例外規定は、世界の100を超える国、地域等で設けられていますが、制度の内容は国によって異なります。そのため、我が国において、新規性喪失の例外規定により救済される場合であっても、外国において、同様に救済されるとは限りません。

世界の特許出願件数の約8割を占める、我が国、米国、欧州、中国及び韓国における新規性喪失の例外規定の比較は、次のとおりです。

適用対象 期間 基準日 出願時の手続
日本
(改正特許法30条)
制限なし(ただし、発明、実用新案、意匠又は商標に関する内外国特許庁、国際機関から発行された公報に掲載された場合を除く。) 1年 日本出願日 必要
米国
(米国特許法102条(b))
制限なし 1年 米国出願日又は優先日 不要
欧州
(欧州特許条約55条)
  • 出願人又はその法律上の前権利者に対する明らかな濫用による開示
  • 出願人又はその法律上の前権利者による公式又は公認の国際博覧会への展示
6月 欧州出願日 必要
中国
(専利法24条、審査指南第一部分第一章6.3)
  • 中国政府が主催する又は認める国際展示会で初めて展示
  • 規定の学術会議あるいは技術会議上で初めて発表された場合
  • 他者が出願人の同意を得ずに、その内容を漏洩した場合
6月 中国出願日又は優先日 必要
韓国
(韓国特許法30条)
制限なし(ただし、内外国で、出願公開、登録公告された場合を除く。) 1年 韓国出願日 必要

(特許庁「特許出願におけるグレースピリオドについて」(平成26年11月)、
「外国制度相談QA集(平成29年度)」等をもとに作成)

特に権利者の行為に起因する公開(我が国特許法30条2項に相当するもの)については、欧州及び中国において、新規性喪失の例外が極めて限定的である点に留意が必要です。なお、欧州は、権利者の意に反する公開(我が国特許法30条1項に相当するもの)についても限定的です。

コメント

実際、特許出願前に発明を公開してしまうケースは、大学研究者などにおいて少なくないと思われます。国内出願については、今般の改正により、新規性喪失に対する救済が広がることが期待されます。

もっとも、実務上は、特許査定の可能性を高めるため、新規性喪失の例外規定の適用に頼らずに、特許出願をすることが基本となります。とりわけ、外国出願の可能性がある場合は、上記のとおり、欧州や中国のように新規性喪失の例外が極めて限定的である国も存在するため、特許出願前における発明の公開には慎重な検討を要します。

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(文責・溝上)