令和5年(2023年)6月7日、不正競争防止法の改正を含む「不正競争防止法等の一部を改正する法律」が可決・成立し、同月14日に公布されました。
本稿では、不正競争防止法の改正のうち、営業秘密・限定提供データの保護強化、外国公務員贈賄の罰則強化・拡充、国外における営業秘密侵害の日本の管轄・日本法適用の明確化について解説します。デジタル空間の商品形態保護についてはこちらをご覧ください。
ポイント
骨子
- データが秘密管理されている場合でも、限定提供データとして保護されることになりました。
- 営業秘密・限定提供データを含む不正競争行為の損害賠償全般に関し、近時の特許法改正と同様、権利者の実施能力を超える部分については実施料相当額の損害を得られること(1項損害と3項損害の重畳適用が可能であること)が明文化されました。また、物の譲渡に加えて、データや役務の提供も対象になるとともに、「技術上の秘密」以外の営業秘密に関するものも対象になりました。
- 営業秘密不正使用の推定について、対象が拡充されました。
- 外国公務員に対する贈賄行為について、法定刑が引き上げられ、処罰対象が拡充されました。
- 国外において日本企業の営業秘密侵害が生じた場合、日本の裁判所に訴訟を提起できること(日本の管轄)と、日本法が適用されることが明確化されました。
- これらの改正事項は、公布の日(2023年6月14日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されます。
改正案の概要
法律名 | 不正競争防止法等の一部を改正する法律 |
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法律番号 | 法律第51号 |
成立日 | 令和5年(2023年)6月7日 |
公布日 | 令和5年(2023年)6月14日 |
施行日 | 一部の規定を除き、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日 |
解説
限定提供データと営業秘密
限定提供データとは、①限定提供性(業として特定の者に提供されること)、②相当蓄積性(電磁的方法により相当量が蓄積されていること)、③電磁的管理性(パスワード等でアクセス制限されていること)の要件を満たすデータをいい、ビッグデータの保護を念頭に、平成30年改正により新たに規定されました。限定提供データを不正に取得・開示・使用等する行為は、2023年現在において刑事罰までは導入されていないものの、不正競争行為として、民事上の差止・損害賠償請求の対象になります(不正競争防止法2条7項、1項11~16号、3条、4条)。
限定提供データの制度が創設された時点では、他者に提供するビッグデータは秘密管理されるものではないという想定の下、定義の中に、「(秘密として管理されているものを除く。)」との文言がありました。しかし、企業実務上、秘密管理性を維持しつつ特定の者に提供されるビッグデータも存在し、その保護が問題になっていました。
営業秘密とは、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3要件を満たす情報をいい、営業秘密を不正に取得・開示・使用等する行為は、不正競争行為として、民事上の差止・損害賠償請求を受け得るほか、刑事罰の対象にもなります(不正競争防止法2条6項、1項4~10号、3条、4条、21条)。
営業秘密の不正使用に関しては、一定の要件の下、被告が営業秘密を使用していると推定する規定が置かれていますが、産業スパイ等の悪質性の高い者に限定されていました。
また、営業秘密の侵害ついて、刑事に関しては、海外での行為も日本の刑事裁判で処罰対象となることが明確化されていましたが、民事に関しては、「侵害の結果が発生した地」(民事訴訟法、法の適用に関する通則法)をどのように判断するか次第で、事案によっては民事裁判の裁判管轄や準拠法が日本・日本法と認められない可能性もある不明確な状況でした。
加えて、営業秘密と限定提供データを含む不正競争行為全般の損害推定規定について、特許法等の最新の改正点が不正競争防止法に反映されていない等の課題がありました。
外国公務員に対する贈賄防止
贈賄による不正な利益を防止し、公正な国際競争を可能とするため、OECD加盟国を中心とする多くの国が、「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」(OECD外国公務員贈賄防止条約)の締約国となっています。我が国も同条約の締約国であり、不正競争防止法において、同条約を担保するための外国公務員に対する贈賄防止規定(禁止規定と刑事罰)が置かれています。
我が国は、2019年のOECDの審査の結果、外国公務員贈賄防止指針の明確化や罰金額の引上げなどが勧告され、対応が求められていました。
なお、外国公務員に対し贈賄を行った場合、日本の不正競争防止法のほか、現地の法律はもちろん、米国の海外腐敗行為防止法(FCPA, Foreign Corrupt Practices Act)等の他国の法律の適用も受ける場合があります。
改正の内容
秘密管理されている限定提供データの保護
改正前は、以下のとおり、限定提供データの定義に「(秘密として管理されているものを除く。)」が含まれており、秘密管理性を維持しつつ特定の者に提供されるビッグデータは保護されませんでした。
改正前 不正競争防止法
第二条
7 この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)をいう。
これに対し、改正後は、「(秘密として管理されているものを除く。)」を「(営業秘密を除く。)」に変更し、秘密管理されている限定提供データも保護対象となるよう、範囲が拡充されました。
改正後も営業秘密は対象外ではあるものの、保護範囲は拡がることになります。
改正後 不正競争防止法
第二条
7 この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(営業秘密を除く。)をいう。
損害賠償の拡充
次に、営業秘密・限定提供データを含む不正競争行為の損害賠償全般に関し、改正前は、権利者の実施能力を超える部分について実施料相当額の損害を得られること(1項損害と3項損害の重畳適用が可能であること)及び実施料相当額の損害について、平時の料率ではなく、侵害を前提とした料率(高料率)を認定できることは、明記されていませんでした。また、対象は物の譲渡に限られ、営業秘密については「技術上の秘密」に関するものに限定されていました。
改正前 不正競争防止法
(損害の額の推定等)
第五条 第二条第一項第一号から第十六号まで又は第二十二号に掲げる不正競争(同項第四号から第九号までに掲げるものにあっては、技術上の秘密に関するものに限る。)によって営業上の利益を侵害された者(以下この項において「被侵害者」という。)が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、被侵害者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、被侵害者の当該物に係る販売その他の行為を行う能力に応じた額を超えない限度において、被侵害者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を被侵害者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
これに対し、改正後は、損害賠償算定に関する上記2点が明文化されることになりました。これらは、近時行われた令和元年特許法等改正と同様の趣旨の改正であり、損害賠償の増額が見込まれます。
同特許法等改正については、こちらの記事をご参照ください。
また、デジタル化に伴うビジネスの多様化をふまえ、物の譲渡だけでなく、データや役務を提供する場合も対象になるとともに、「技術上の秘密」以外の営業秘密に関するものも対象になりました。
改正後 不正競争防止法
(損害の額の推定等)
第五条 第二条第一項第一号から第十六号まで又は第二十二号に掲げる不正競争によって営業上の利益を侵害された者(以下この項において「被侵害者」という。)が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者(以下この項において「侵害者」という。)に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、侵害者がその侵害の行為を組成した物(電磁的記録を含む。以下この項において同じ。)を譲渡したとき(侵害の行為により生じた物を譲渡したときを含む。)、又はその侵害の行為により生じた役務を提供したときは、次に掲げる額の合計額を、被侵害者が受けた損害の額とすることができる。
一 被侵害者がその侵害の行為がなければ販売することができた物又は提供することができた役務の単位数量当たりの利益の額に、侵害者が譲渡した当該物又は提供した当該役務の数量(次号において「譲渡等数量」という。)のうち被侵害者の販売又は提供の能力に応じた数量(同号において「販売等能力相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を被侵害者が販売又は提供をすることができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡等数量のうち販売等能力相応数量を超える数量又は特定数量がある場合におけるこれらの数量に応じた次のイからホまでに掲げる不正競争の区分に応じて当該イからホまでに定める行為に対し受けるべき金銭の額に相当する額(被侵害者が、次のイからホまでに掲げる不正競争の区分に応じて当該イからホまでに定める行為の許諾をし得たと認められない場合を除く。)
イ 第二条第一項第一号又は第二号に掲げる不正競争 当該侵害に係る商品等表示の使用
ロ 第二条第一項第三号に掲げる不正競争 当該侵害に係る商品の形態の使用
ハ 第二条第一項第四号から第九号までに掲げる不正競争 当該侵害に係る営業秘密の使用
ニ 第二条第一項第十一号から第十六号までに掲げる不正競争 当該侵害に係る限定提供データの使用
ホ 第二条第一項第二十二号に掲げる不正競争 当該侵害に係る商標の使用
(略)
4 裁判所は、第一項第二号イからホまで及び前項各号に定める行為に対し受けるべき金銭の額を認定するに当たっては、営業上の利益を侵害された者が、当該行為の対価について、不正競争があったことを前提として当該不正競争をした者との間で合意をするとしたならば、当該営業上の利益を侵害された者が得ることとなるその対価を考慮することができる。
営業秘密の使用等推定規定の拡充
営業秘密に関しては、被告が営業秘密を使用したと証明することが困難であるため、従前より、特に悪質性が高い、①営業秘密へのアクセス権限がない者(産業スパイ等)、②不正取得者等から不正な経緯を知って営業秘密を転得した者には、一定の要件の下、被告が営業秘密を使用していると推定する規定が置かれています。
改正前 不正競争防止法
(技術上の秘密を取得した者の当該技術上の秘密を使用する行為等の推定)
第五条の二 技術上の秘密(生産方法その他政令で定める情報に係るものに限る。以下この条において同じ。)について第二条第一項第四号、第五号又は第八号に規定する行為(営業秘密を取得する行為に限る。)があった場合において、その行為をした者が当該技術上の秘密を使用する行為により生ずる物の生産その他技術上の秘密を使用したことが明らかな行為として政令で定める行為(以下この条において「生産等」という。)をしたときは、その者は、それぞれ当該各号に規定する行為(営業秘密を使用する行為に限る。)として生産等をしたものと推定する。
今回の改正では、推定の対象を、上記①②に加えて、③元々営業秘密にアクセス権限がある者がその営業秘密が記録された媒体等を許可なく複製した場合や、④不正な経緯を知らずに営業秘密を取得した者がその経緯を事後的に知ったにもかかわらず記録媒体等を削除等しなかった場合にも拡充する改正がなされました。
改正後 不正競争防止法
(技術上の秘密を取得した者の当該技術上の秘密を使用する行為等の推定)
第五条の二 技術上の秘密(生産方法その他政令で定める情報に係るものに限る。以下この条において同じ。)について第二条第一項第四号、第五号又は第八号に掲げる不正競争(営業秘密を取得する行為に限る。)があった場合において、その行為をした者が当該技術上の秘密を使用する行為により生ずる物の生産その他技術上の秘密を使用したことが明らかな行為として政令で定める行為(以下この条において「生産等」という。)をしたときは、その者は、それぞれ当該各号に掲げる不正競争(営業秘密を使用する行為に限る。)として生産等をしたものと推定する。
2 技術上の秘密を取得した後にその技術上の秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないで、その技術上の秘密に係る技術秘密記録媒体等(技術上の秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この条において同じ。)、その技術上の秘密が化体された物件又は当該技術秘密記録媒体等に係る送信元識別符号(自動公衆送信(公衆によって直接受信されることを目的として公衆からの求めに応じ自動的に送信を行うことをいい、放送又は有線放送に該当するものを除く。)の送信元を識別するための文字、番号、記号その他の符号をいう。第四項において同じ。)を保有する行為があった場合において、その行為をした者が生産等をしたときは、その者は、第二条第一項第六号に掲げる不正競争(営業秘密を使用する行為に限る。)として生産等をしたものと推定する。
3 技術上の秘密をその保有者から示された後に、不正の利益を得る目的で、又は当該技術上の秘密の保有者に損害を加える目的で、当該技術上の秘密の管理に係る任務に違反して、次に掲げる方法でその技術上の秘密を領得する行為があった場合において、その行為をした者が生産等をしたときは、その者は、第二条第一項第七号に掲げる不正競争(営業秘密を使用する行為に限る。)として生産等をしたものと推定する。
一 技術秘密記録媒体等又は技術上の秘密が化体された物件を横領すること。
二 技術秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は技術上の秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
三 技術秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
4 技術上の秘密を取得した後にその技術上の秘密について営業秘密不正開示行為があったこと若しくは営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないで、その技術上の秘密に係る技術秘密記録媒体等、その技術上の秘密が化体された物件又は当該技術秘密記録媒体等に係る送信元識別符号を保有する行為があった場合において、その行為をした者が生産等をしたときは、その者は、第二条第一項第九号に掲げる不正競争(営業秘密を使用する行為に限る。)として生産等をしたものと推定する。
外国公務員贈賄の罰則強化・拡充
外国公務員に対する贈賄行為(法18条で禁止される行為)に関しては、改正前は、刑事罰(行為を行った役員・従業員と、法人の両方が対象になります)の法定刑が5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその併科という内容に留まっていました。
改正前 不正競争防止法
(罰則)
第二十一条
2 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
七 第十六条、第十七条又は第十八条第一項の規定に違反した者
3 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
これに対し、今回の改正では、刑事罰の法定刑が10年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金又はその併科に引き上げられるとともに、日本企業の外国人従業員による海外での単独贈賄行為も処罰対象に拡充されました。
改正後 不正競争防止法
(罰則)
第二十一条
4 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の懲役若しくは三千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
四 第十八条第一項の規定に違反したとき。
11 第四項第四号の罪は、日本国内に主たる事務所を有する法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者であって、その法人の業務に関し、日本国外において同号の罪を犯した日本国民以外の者にも適用する。
国際的営業秘密侵害事案の手続明確化
今回の改正で、国外において日本企業の営業秘密の侵害が発生した場合にも、日本の裁判所に民事訴訟を提起でき、日本の不正競争防止法を適用することが明確化されました。
改正後 不正競争防止法
(営業秘密に関する訴えの管轄権)
第十九条の二 日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であって、日本国内において管理されているものに関する第二条第一項第四号、第五号、第七号又は第八号に掲げる不正競争を行った者に対する訴えは、日本の裁判所に提起することができる。ただし、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合は、この限りでない。
2 民事訴訟法第十条の二の規定は、前項の規定により日本の裁判所が管轄権を有する訴えについて準用する。この場合において、同条中「前節」とあるのは、「不正競争防止法第十九条の二第一項」と読み替えるものとする。
(適用範囲)
第十九条の三 第一章、第二章及びこの章の規定は、日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密であって、日本国内において管理されているものに関し、日本国外において第二条第一項第四号、第五号、第七号又は第八号に掲げる不正競争を行う場合についても、適用する。ただし、当該営業秘密が専ら日本国外において事業の用に供されるものである場合は、この限りでない。
コメント
今回の改正により、営業秘密や限定提供データの保護等がより充実すると見込まれます。
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(文責・藤田)