平成30年5月23日、「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が成立し、商標法第10条第1項の規定が改正されました。過去にリーガルアップデート記事「瑕疵ある商標出願の取扱い」で紹介しましたとおり、特定の出願人による大量商標出願が理由で商標審査が遅延している状況にあり、商標出願してから拒絶理由通知を受けることなく登録に至るまでの期間が、数年前と比べて2~3か月程遅くなっております。その遅延の一因として、大量出願について分割出願が繰り返されることにより、新たな出願の出願日がもとの出願の出願日に遡及し続けるという問題がありましたが、今回の改正により、もとの出願の出願手数料が納付されていることが分割出願の要件に加わり、当該要件を満たさなければ、この遡及効は認められないこととなりました。これにより、商標審査が遅延している状況の改善が期待されます。

ポイント

  • 平成30年5月23日、改正商標法が成立し、商標法第10条第1項が規定する商標登録出願の分割要件に、もとの出願の出願手数料を納付することが追加されました。
  • 改正商標法第10条第1項の規定は、施行日である平成30年6月9日以降の分割出願に適用されます。もとの出願が施行日前であっても、分割出願が施行日後であれば新法が適用されます。
  • 今回の改正により、もとの出願の出願手数料が納付されていることが分割出願の要件に加わり、当該要件を満たさなければ、遡及効は認められないこととなりますので、審査遅延の解消が期待されます。

解説

改正までの経緯

我が国での商標出願件数は、ここ数年で飛躍的に伸びてきており、2016年が161,859件だったのに対し、2017年には190,939件となっております。しかしながら、出願件数増加の一番の要因は、特定の出願人による大量出願であり、全体の出願件数の1割以上がこの出願人によるものだといわれております。この商標出願は、出願手数料を支払っておらず、登録に至らないものが大半を占めますが、出願手数料が支払われていないことを理由に出願が却下されるまでに時間を要するため、当該出願が障害となって、他社の商標登録が遅延してしまうという問題が生じております。

特に、上記大量出願の多くについては、分割出願が行われており、新たな出願の出願日が、もとの出願の出願日に遡及する効果を得られるため、いつまでも抵触関係が解消されず、商標登録が遅延する問題を深刻化させております。

こうした問題を解決すべく、商標法第10条第1項は改正されることとなり、平成30年2月27日に「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、平成30年5月23日に成立しました。

改正商標法における分割出願について

改正商標法第10条第1項の規定は以下のとおりです。なお、下線部が旧法からの変更箇所です。

商標法第10条第1項
商標登録出願人は、商標登録出願が審査、審判若しくは再審に係属している場合又は商標登録出願についての拒絶をすべき旨の審決に対する訴えが裁判所に係属している場合であって、かつ、当該商標登録出願について第七十六条第二項の規定により納付すべき手数料を納付している場合に限り、二以上の商品又は役務を指定商品又は指定役務とする商標登録出願の一部を一又は二以上の新たな商標登録出願とすることができる。

この分割の要件を詳細に説明すると以下のとおりです。以下の要件を満たす新たな商標登録出願は、もとの商標登録出願の時にしたものとみなされます(商標法第10条第2項)。

  1. もとの出願が審査、審判若しくは再審に係属していること。
  2. 新たな出願がもとの出願の商標と同一であること。
  3. 新たな出願に係る指定商品・指定役務が分割出願直前のもとの出願に係る指定商品・指定役務の一部であること。
  4. 新たな出願に係る指定商品・指定役務が、新たな出願と同時に手続補正書によってもとの出願から削除されていること。
  5. もとの出願の出願手数料が納付されていること。

上記1.~4.の要件は、改正前の商標法第10条第1項でも要求されていたものですが、今回の改正により上記5.の要件が加わることになりました。これにより、もとの出願の出願手数料が納付されていない商標登録出願に基づく分割出願には遡及効が認められないこととなりました。

改正商標法第10条第1項の適用関係について

改正商標法第10条第1項の規定は、施行日である平成30年6月9日以降の分割出願に適用されます。したがいまして、平成30年6月9日以前になされた分割出願に関しては、もとの出願の出願手数料が納付されていなくても、分割出願と認められることになります。一方、もとの出願が施行日前になされたものであっても、分割出願日が平成30年6月9日以降であれば、もとの出願の出願手数料が納付されていない場合、遡及効は認められません。新法(改正商標法第10条第1項)が適用されるか否かは以下の図のとおりです。

改正商標法による商標登録遅延状況の改善

平成30年6月21日の時点で、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)において「PPAP」の商標出願・登録状況を検索しますと、23件検索結果が表示されますが、そのうち21件は特定の出願人による商標出願であり、半分以上を分割出願が占めております。このように、大量出願に占める分割出願の割合は少ないものとはいえませんので、改正商標法が施行されることにより、現在の商標登録遅延状況は改善が期待されます。

また、分割出願が繰り返され、出願日が遡及し続ければ、半永久的に先願の地位を確保することになりますが、改正により、もとの出願の出願手数料を支払わなければ、出願日が遡及しないことになりますので、商標登録遅延の程度はかなり解消されることになります。

コメント

商標出願が出願手数料未納により却下されるまでには数カ月要しますので、今回の改正により分割出願の要件が強化されても、商標登録遅延状況が完全に解消されることはありません。しかしながら、分割出願により半永久的に先願の地位を確保され得る改正商標法施行前と比べれば、ある程度先願商標が却下となる時期が見通せる点で、出願人にとっては大いに意義のある改正であるといえます。

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(文責・前田)