知的財産高等裁判所第1部(本多知成裁判長)は、令和5年11月8日、商品売買契約の買主が購入商品につき第三者から特許権に抵触するとの警告を受けた事案において、第三者の工業所有権との抵触について売主の負担と責任で処理解決する旨の売買契約上の規定への違反を理由として買主が売主に対して損害賠償を請求した訴訟にて、当該規定に基づく具体的な義務の内容を認定したうえで、売主に義務違反はないと判断しました。

対象の契約条項は、商品が第三者の工業所有権に「抵触した場合には」売主が処理解決等をするとの文言であったにもかかわらず、本判決では、商品が特許権に抵触することを理由に買主が第三者から侵害警告を受けたときについても、売主には一定の協力をする義務が発生すると判断されています。

知的財産権侵害に係る補償を定める契約条項について判断した裁判例は少ない中、本判決はそのような条項の解釈について売主のリスクとなる可能性のあるものであるため、その判断をご紹介いたします。

ポイント

骨子

  • 商品売買の基本契約書における「被控訴人は、・・・商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし、控訴人には損害をかけない。」との条項について、「控訴人が第三者から被控訴人が控訴人に販売した商品が特許権等に抵触することを理由に侵害警告を受けたときには、被控訴人は、本件特約に基づき、控訴人の求めに応じて控訴人に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、控訴人が必要な情報の不足により敗訴し、または交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務も負うものと解される」との判断がされました。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和5年11月8日
事件番号 令和5年(ネ)第10064号
原判決 大阪地判令和5年4月20日・令和2年(ワ)第7001号
裁判官 裁判長裁判官 本多 知成
裁判官 遠山 敦士
裁判官 天野 研司

解説

知的財産権の非侵害保証とは

売買契約等の契約書において、目的物が第三者の知的財産権を侵害しないことを保証する旨の規定が設けられることがあります。例えば以下のような規定です。

第X条

1.売主は、売主の商品が、第三者の知的財産権その他の権利を侵害しないことを保証する。

2.売主は、売主の商品に関し、第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、自己の費用と責任でこれを解決するものとし、買主に生じた一切の損害を賠償する。

本稿では、この規定例における1項を保証条項、2項を補償条項といい、まとめて保証・補償条項といいます(2項は特許補償条項などと呼ばれることもあります。また、1項2項をまとめて保証条項と呼ぶこともあります。)。

この種の条項が設けられる契約類型は売買契約に限られず、ライセンス契約や、業務委託契約、製造委託契約等でも見られます。また、保証の対象も知的財産権の非侵害に限られず、例えばライセンス契約ではライセンス権限の存在など、契約の内容に応じて設計されます。

もっとも、本稿では、以下で取り上げる判決に合わせ売買契約(取引基本契約)における知的財産権の非侵害保証に焦点を当てます。

保証[1](Warranty)や補償(Indemnify)は、英米法に起源を有する概念ですが、日本法を準拠法とする日本語の契約書でも頻出する規定となっています。そこでは、英米法での考え方を参考にしつつも、必ずしもそれに拘束されない解釈が日本法や当事者の合理的意思を参酌して行われることになります。

保証条項

非侵害保証条項は、売買目的物が第三者の知的財産権やその他の権利を侵害しないことを約束する条項です。

もっとも、特許権等の権利について侵害していないことを完全に調査することは困難ですし、特許権等の侵害の有無の判断は専門的知見が必要なうえ専門家の間でも見解が分かれることが珍しくありません。そのため、売主としては「売主が知る限り」侵害していないことを保証する等の限定を入れるなどして、リスク低減を図ることがあります。

補償条項

補償条項は、売買目的物について第三者からの請求等がされた場合に、買主が被った損害を売主が填補することや、売主が一定の防御手段の提供や協力を行うことを内容とする条項です。売主が紛争対応をする旨を定めるなど、紛争に対する対応体制や手続を定めることもあります。

何が起きた場合に補償条項に基づく具体的義務が発生するか、すなわち補償条項のトリガーとなる要件の定め方は複数考えられます。一つは第三者から権利侵害を理由とする請求や申立てがされた等、紛争が発生したことを要件とする定め方です。

これに対し、権利侵害があったことを要件とする定め方もあり、文言上はこちらのほうが売主の具体的義務が発生する範囲は狭いものとなる(第三者から請求があったとしても、権利侵害でなければ具体的義務は発生しない。)と考えられます。

保証・補償条項がない場合どうなるか

契約書において保証・補償条項の定めがない場合、法律のデフォルトルールとしては契約不適合責任(民法562条等)や不法行為(民法709条)の適用可能性があります。しかし、これらの責任については請求可能期間の制限(商法526条等)や不法行為の故意過失の立証の問題等があり、さらに、紛争が起きたが非侵害であったような事案では請求困難であるため、保証・補償条項を契約で合意しておく意味があります。

保証・補償条項の裁判例

保証・補償条項が争点となった裁判例として、知財高判平成27年12月24日・平成27 年(ネ)第10069 号があります。

この裁判例の事案は、兼松株式会社(以下「兼松」)がADSLモデム用チップセットを他社から仕入れてソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」)へ販売していたところ、当該チップセットにつきソフトバンクが特許権者から権利行使を受けたため、ソフトバンクが特許権者に対してライセンス料2億円を支払って和解したというものです。その後、兼松がソフトバンクに対して売買代金を請求したのに対して、ソフトバンクが保証・補償条項違反を理由とする損害賠償請求権との相殺を主張して争いとなりました。

問題となった契約条項は以下のものでした。

第18条

1 売主は、買主に納入する物品並びにその製造方法および使用方法が、第三者の工業所有権、著作権、その他の権利を侵害しないことを保証する。

2 売主は、物品に関し、第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、自己の費用と責任でこれを解決し、または買主に協力し、買主に一切の迷惑をかけないものとする。買主に損害が生じた場合には売主は、買主に対し、その損害を賠償する。

知財高裁判決は、当該事案において特許権利侵害はないため、保証条項への違反はないと判断しました。

これに対し当該事案における補償条項は「第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合」との定めであったため、特許権侵害が認められなくてもなお問題となりました。

2項の補償条項につき知財高裁判決は、売主がとるべき包括的な義務を定めたものであって、具体的な義務の内容は具体的な事情により定まると判断しました。そして同判決は、具体的事情を考慮したうえで、当該事案における具体的な義務として以下の2点を認定しました。

  • ソフトバンクが特許権者との間でライセンス契約を締結することが必要か否かを判断するため、本件各特許の技術分析を行い、本件各特許の有効性、本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を、裏付けとなる資料と共に提示する義務
  • ソフトバンクが特許権者とライセンス契約を締結する場合に備えて、合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を収集、提供する義務

結論としては、兼松はこれらの義務に違反しているとされたものの、ソフトバンクの過失7割、兼松の過失3割として過失相殺がされ、6000万円について兼松の損害賠償債務が認められました。

事案の概要

本訴訟の控訴人(一審原告)は、プラスチックや金属等の金型の製造、販売、輸出入等を目的とする株式会社です。被控訴人(一審被告)は、プラスチック成型用金型の製作等を目的とする株式会社です。また、株式会社大林組が本訴訟の補助参加人となっています。

本件の事案は以下のとおりです。

控訴人(一審原告)と被控訴人(一審被告)とが、被控訴人の製造する商品を控訴人が購入する売買に係る基本契約(以下「本件契約」)を締結していたところ、当該商品が補助参加人の有する特許権に抵触するとして補助参加人から警告がされました。

これにより控訴人は、控訴人が将来にわたって被控訴人から当該商品を購入して第三者に販売することができなくなった等と主張として、以下に記載する本件特約の債務不履行等に基づき、被控訴人に対して損害賠償を請求しました。

本件特約

本判決によると、本件契約には以下の規定がありました。

ア   被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人の製造する「コネクター兼用モルタル接着補助具(特許番号:特許第4162822号)当社商品名「ウォールキャッチャー」を売り渡し、控訴人はこれを買い受け、卸売販売する。

イ   本件契約後に締結される個々の商品の売買契約(個別契約)の内容は、特約を設ける場合を除き、本件契約の定めるところとし、個別契約は、被控訴人の提出する注文書と控訴人の交付する注文請書の交換によって成立する。

ウ   被控訴人は、前記アの商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし、控訴人には損害をかけない(以下「本件特約」)。

関係者及び製品

次項にて本件の事実関係を示しますが、使用されている関係者の略称の意味は以下のとおりです。

長谷工: 株式会社長谷工コーポレーション
穴吹工務店: 株式会社穴吹工務店
大京: 株式会社大京
武新: 武新株式会社
アムテックス: 東レ・アムテックス株式会社
東レ: 東レ株式会社

 

製品の略称の意味は以下のとおりです。

WC: ウォールキャッチャー
SWC: スーパーウォールキャッチャー
WCD: ウォールキャッチャーディスク
LB: ループボンド
SLB: スーパーループボンド

WC、SWC、WCDは本件で被疑侵害品とされた製品であり、コンクリート表面に塗布したモルタルの剥落を防止するモルタル接着補助具等です。

WCはLBと、SWCはSLBと同じ製品です。被控訴人は従来、LBやSLBを生産しアムテックスへ納入していました。控訴人がこれらの製品を取り扱うにあたり、それぞれWCやSWCへと商品名変更がされました。なお、東レは本件で補助参加人が侵害を主張した特許権を補助参加人と共有しています。

事実関係

本件の事実関係を大まかに述べると、

  • 被控訴人は控訴人に対してSWC等の製品を販売し、控訴人はSWCを穴吹工務店や長谷工(武新を通じて)に販売しようとしていた
  • 補助参加人が被控訴人及び控訴人に対し、WC、SWC及びWCDが補助参加人の特許権に抵触する旨の警告を行った
  • 被控訴人は弁理士と共に補助参加人に対して反論・防御活動を行った
  • 補助参加人と長谷工の直接交渉の結果、両者間で和解が成立し、長谷工は控訴人とのSWCの取引を中止した

というものであり、より詳細には以下の時系列表に示すとおりです。

 

平成28年11月
ないし12月頃
控訴人は、補助参加人から特許権侵害に関して呼び出しを受け、控訴人代表者、被控訴人代表者及び被控訴人の依頼を受けた弁理士が補助参加人の事務所に赴いた。補助参加人は、WC、SWC及びWCDが補助参加人の特許権に抵触すると主張したが、被控訴人代表者はこれを否定した。
平成28年12月頃 控訴人は、穴吹工務店との間で、SWCの暫定採用による取引を開始した。
平成28年12月14日 被控訴人は、乙1特許権に係る発明の発明者として記載されているAから、被控訴人代表者が乙1特許権の請求項1記載の発明の共同発明者である旨をAが認める旨が記載された共同開発者証明書を入手した。
平成28年12月28日 控訴人は被控訴人と連名で、SWCの暫定採用を決めていた長谷工に対し、SWCが乙1発明の技術的範囲に属さない旨の見解を通知した。長谷工は、同日、控訴人に対し、補助参加人との話し合いによる解決を希望する旨回答した。
平成29年1月27日 補助参加人は、控訴人、被控訴人及び穴吹工務店に対し、SWCが乙1特許権及び甲4特許権の技術的範囲に属する可能性が高いこと、控訴人、被控訴人及び穴吹工務店が連名で公開しているWCDの施工方法をSWCに使用した場合に甲5特許権の技術的範囲に属する可能性が高い旨を通知した。
平成29年4月5日 補助参加人の事務所において、控訴人、穴吹工務店、大京及び控訴人らの代理人弁理士らと補助参加人との間で協議が行われた。弁理士は補助参加人に対し、各特許権について製品が技術的範囲に属さないこと、あるいは無効理由が存在する旨を主張した。

これに対し、補助参加人は、各特許権について、控訴人及び被控訴人に実施許諾すること、過去の実施については金銭解決を提案した。弁理士は、控訴人、被控訴人及び穴吹工務店は特許問題が解決するまでの間WC、SWC、WCDについて実施に該当する行為をしないこと、過去の実績に基づく金銭解決については控訴人、被控訴人及び穴吹工務店において検討することを回答した。

平成29年7月14日 控訴人代表者は、長谷工及び武新との協議において、長谷工から、社長、副社長その他の役員は補助参加人との特許権に関する問題を十分承知しており、その上で、全く特許権を問題とせず、控訴人から武新を通じてSWCを長谷工が購入する取引の正式承認、平成29年上期以降の物件へのSWCの採用が正式に決まっている旨の説明を受け、被控訴人にその旨報告した。
平成29年7月24日 控訴人代表者は、長谷工及び武新との協議において、長谷工から、SWCを長谷工の標準工法として正式採用することや今後の具体的な購入見込み、今後の課題として、補助参加人の特許権に抵触しない新WCの実現や現行SWCの特許問題に関する法的手段による対処等を示された。また、補助参加人との特許問題に関して、SWCの本採用決定に至るまで役員会議において賛否両論があったが、被控訴人に正義があると判断して正式採用に至った旨の説明を受けた。

控訴人代表者は、同月26日、被控訴人にその旨報告した。

平成30年1月頃 補助参加人の要請により、補助参加人と長谷工の直接交渉が行われ、補助参加人から長谷工に対し、過去の特許侵害ペナルティーを請求しない旨の条件が提示され、補助参加人と長谷工の間で和解が成立した。長谷工は、控訴人に対し、武新を通じた控訴人とのSWCの取引を中止するが、SWCの在庫については補償する旨の意向を示した。

その後、控訴人は、補助参加人に対して特許侵害のペナルティーとして金銭等を支払ったことはなく、長谷工は控訴人から平成30年1月時点の在庫を同年2月及び3月に従前の取引条件で買い取り補償した。

平成30年1月30日 補助参加人は、控訴人及び被控訴人に対し、SWCが乙1特許権及び甲4特許権に係る発明の技術的範囲に属すること、WC、SWC及びWCDによる施工が甲5特許権に係る発明の技術的範囲に属することを理由に、WC、SWC及びWCDの販売の中止を要求し、これに応じない場合は法的手続きをとることを検討せざるを得ない旨の警告書を送付した。
平成30年2月9日 被控訴人は、弁理士を代理人として、補助参加人に対し、補助参加人の侵害主張の根拠が明らかではないため、根拠を具体的に明らかにするよう求める回答書を送付した。
本訴訟の争点及び当事者の主張

本訴訟にはいくつかの争点がありますが、本稿では、本件特約に基づく義務違反の有無の争点を取り上げます。

控訴人は、控訴人が取引の機会を失ったとして、次のような主張をしました。

  • 被控訴人がSWCについて被控訴人代表者が特許権者であることを主張し、補助参加人の権利主張に対し戦う姿勢を示したことから、控訴人は長谷工との取引など今後見込めた取引の機会を失った。
  • 被控訴人が自己の非を認めていれば、補助参加人が提示していた解決策によって、控訴人はSLBを控訴人が開拓したユーザーに販売できたが、被控訴人の認識が変わらなかったため、被控訴人に引き留められる形で、控訴人は補助参加人の解決策を受け入れるタイミングを逸した。

これに対し被控訴人は、そもそも第三者から侵害警告を受け特許権侵害を主張されるにとどまっている本件では被控訴人に紛争対応に関する義務はないとして、次のような主張をしました。

  • 本件特約は、第三者の特許権に抵触した場合に被控訴人が責任を負うものであって、 商品が第三者の特許権を侵害している事実ないし判断が確定した場合に限定され、未だ第三者から特許権侵害を主張されるにとどまっている段階では、被控訴人に紛争対応に関する義務はない。
  • また、紛争が生じた際に、対象商品が特許の構成を具備しているか否かといった見解等を被控訴人が控訴人に伝えなければならない義務もない。
原判決の判断

原判決は、本件特約に基づく一審被告の対応義務の内容について、侵害警告を受けたにとどまるときであっても、一審被告には一審原告の求めに応じて技術的な知見や権利関係等の必要な情報を提供し、情報の不足により敗訴し又は交渉上不利な状況となって損害が発生することのないように協力する義務があると判断しました。

続いて原判決は、一審被告による対応義務の違反の有無を判断し、本件の事実関係に照らして、一審被告が重要な情報の提供を怠ったとか、立証の見込みの乏しい情報を提供したといった事情は認められず、一審原告と補助参加人との交渉が行われたのも、もっぱら一審原告の取引先の意向を受けた一審原告の判断によるものであるとして、一審被告に本件特約上の対応義務違反はないと結論付けました。

このように原審において一審原告の請求が棄却されたため、一審原告が控訴しました。

判旨

本件特約に基づく義務の内容について

本判決は以下のように述べ、本件特約に基づく被控訴人の対応義務の内容について、侵害警告を受けたときには、被控訴人には控訴人の求めに応じて技術的な知見や権利関係等の必要な情報を提供し、情報の不足により敗訴し又は交渉上不利な状況となって損害が発生することのないように協力する義務があると判断しました。

本件契約の締結に当たり本件特約の文言や内容についてXと被告代表者との間で具体的なやり取りがされたものとはいえず、本件全証拠によってもこれを認めることができないところ、本件特約の文言を前提とした一般的な意思解釈を前提にすると、本件特約は、第一義的には、控訴人が第三者から特許権等の侵害を理由に訴えを提起されて敗訴して確定するなど、本件契約の対象商品について特許権等の侵害の事実が確定し、控訴人が損害を被ることが確定した場合の被控訴人の損失補償義務を規定したものと解される。もっとも、本件特約の「万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし」との文言や被控訴人が商品の製造元として控訴人よりも技術的な知見等の情報を有している立場であったことからすると、本件特約は、単に事後的な金銭補償義務のみならず、被控訴人が、その負担と責任において、紛争を処理解決する積極的な義務をも規定していると解される。そうすると、控訴人が第三者から被控訴人が控訴人に販売した商品が特許権等に抵触することを理由に侵害警告を受けたときには、被控訴人は、本件特約に基づき、控訴人の求めに応じて、控訴人に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、控訴人が必要な情報の不足により敗訴し、または交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務も負うものと解される。

上記判示の内容は、原判決の判断とほぼ同じです。

また本判決は以下のように述べ、被控訴人は、控訴人が経営判断によって不利益を甘受して特許権者と合意した場合にまで控訴人の損害の補償義務を負わないこと、特許権者からの解決策の提案に必ず応じなければならないものではないこと、特許権者に対して訴訟提起や無効審判請求等を講ずべき義務を負うものではないことを判断しました。

他方で、本件特約上の紛争を処理解決する積極的な対応義務は、損害の発生を防止するために控訴人の求めに応じて被控訴人から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供して控訴人が不利な状況とならないようにすべき義務であるから、被控訴人が同侵害の事実を争い、同侵害の事実が確定しておらず、また、被控訴人から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報の提供が行われていたにもかかわらず、控訴人が、その経営判断等により、特許権侵害等を主張する第三者との間で控訴人の不利益を甘受して被控訴人が控訴人に販売した商品の取り扱いについて合意したような場合において、控訴人の損害の補償義務までを被控訴人が負うものではなく、また、特許権侵害等を主張する第三者への被控訴人からの対抗手段としては、自らに有利な主張をし、その根拠資料を示して交渉するなどの手段も存在するものであって、そのような場合に、当該第三者からの解決策の提案に必ず応じなければならないものではなく、加えて、特許権侵害等を主張する第三者に訴訟提起や無効審判請求等までの対抗手段を講ずべき義務を被控訴人が負うものとも解されない。

本件特約に基づく義務違反の有無について

続いて本判決は、被控訴人による対応義務の違反の有無を判断し、対応義務違反はないと結論付けました。本判決がその判断の基礎として、被控訴人から控訴人に対する技術的知見や情報の提供について摘示した事実関係は次のとおりです。

  • 平成28年11月ないし12月頃、控訴人が補助参加人から最初に呼び出しを受けた際、弁理士に依頼して協力を求めると共に、控訴人がWC及びSWCの取引を継続できるよう、補助参加人に対して、特許権侵害を否定する対応をとったこと
  • 被控訴人がLBやSLBの開発過程において重要な発案をし、商品の具体化及び実現に深く関与していたことから、補助参加人の主張に理由がなく、乙1特許権には共同出願違反の無効理由があって、補助参加人の主張には十分対抗できるものと判断し、同年12月14日には、乙1特許権の発明者から共同開発者証明書を入手し、速やかに被控訴人代表者が乙1発明の発明者であることを裏付ける証拠の収集を行ったこと
  • 控訴人及びその取引先であった穴吹工務店の依頼した弁理士にもLB及びSLBの開発経緯を説明し、乙1特許権に係る出願前のFAX等の重要な資料の提供を行って、平成29年4月5日に弁理士が補助参加人に対し、特許権非侵害や無効の主張をする前提となる情報を提供したこと
  • 控訴人の取引先であった長谷工に対してもLB及びSLBの開発経緯を説明し、資料を提供し、その結果、平成29年7月頃までに、長谷工が補助参加人との特許権問題について被控訴人の主張が正しいためSWCを採用する旨の決断に至ったこと
  • 被控訴人代表者は、乙1発明の主要な構成を全て着想して具体的な構成を創作したと主張し、これを裏付ける資料も存在していたことからすると、補助参加人から特許権侵害の主張を受けた平成28年11月頃から長谷工が武新を通じての控訴人との取引を中止した平成30年3月までの間において、乙1特許権が共同出願違反であって無効である旨の被控訴人の主張には、十分な理由及び根拠資料があり、補助参加人の主張に対抗できる見込みのあるものであったといえること

本判決はこれらの事実に基づき、被控訴人は、控訴人の求めに応じて、控訴人に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、控訴人が必要な情報の不足により交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務を果たしていたと判断しました。

さらに本判決は、本件の事実関係に照らして、控訴人が本件契約に基づく販売事業を断念したのは控訴人がその経営判断により自ら決定した対応であるとも述べ、結論として、被控訴人に本件特約上の義務の違反はないと判断しました。

コメント

本判決について

本判決が示した本件特約に基づく対応義務の内容を前提とした場合に、本件の事実関係の下で売主に義務違反がないとする判断には違和感はありません。もっとも、本件特約に基づく義務内容についての本判決の判断は、本件特約の文言に照らしてどのように考えればよいのでしょうか。

本件特約は以下に再掲するように、商品が第三者の工業所有権に抵触しないことの保証と、万一抵触した場合は売主の負担と費用で処理解決し買主には損害をかけないことを定めるものです。

【本件特約】
被控訴人は、・・・商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する。万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし、控訴人には損害をかけない。

本件特約の文言をそのまま読めば、「抵触した場合」が問題となっており、抵触すなわち権利侵害がない場合には売主に義務はないという解釈が妥当であるように思えます。そして、その場合の「抵触した場合」の解釈としては、抵触すなわち権利侵害が手続的に裁判等で確定している必要はなく、ただ、売主に義務が発生するためには実体的な権利侵害の存在あるいは蓋然性が要件となる[2]、との理解もあり得ると思われます。

これに対して本判決が「抵触することを理由に侵害警告を受けたとき」についても義務の存在を認定する根拠はあまり明瞭ではありません。判決文上その理由にあたるのは、

もっとも、本件特約の「万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし」との文言や被控訴人が商品の製造元として控訴人よりも技術的な知見等の情報を有している立場であったことからすると、本件特約は、単に事後的な金銭補償義務のみならず、被控訴人が、その負担と責任において、紛争を処理解決する積極的な義務をも規定していると解される。

の部分であるようです。

しかし、「積極的な義務」が規定されているとしても、その要件も「抵触した場合」であるというのが本件特約の自然な読み方であると思われます。

商品の製造元であって買主よりも技術的知見や情報を有しているという点は、売主が製造者であれば通常当てはまる事情であり[3]、これを理由とするなら売主が製造者である限り「抵触した場合」等の文言は限定の意味を持たないことになってしまいます。

本判決は、具体的義務の内容を、買主の求めに応じて必要な情報を提供し買主に損害が発生しないよう協力する義務と認定し、特許権者からの解決策の提案に応じることや特許権者への訴訟提起・無効審判請求までの義務はないと判断することでバランスをとっているとの見方もあるかもしれません。

しかしやはり、「抵触した場合」の文言の存在はどう考えられたのかという点や、この契約解釈の理由や射程がやや不明瞭になっている印象を受けます。

確かに、一般に買主は、売主の協力なくして非侵害の主張をするのは困難なことも多く、侵害警告を受けた場合に売主が何も協力しないとすると、個別具体的な事案において妥当性を欠くこともあり得るでしょう。

とはいえ、「抵触した場合」の契約文言に対して、「抵触することを理由に侵害警告を受けたとき」にも売主の協力が契約上の義務であるとまで認定するには、売主のほうが知見や情報が多いというだけでなく、さらに具体的なロジックや理由付けが望まれるように思います。特に、保証条項、補償条項をめぐっては、その文言の表現について契約当事者間で細かな契約交渉がなされた上で合意に至ることも多く、当事者の合理的意思解釈という観点からは、文言に忠実な解釈が求められるべき事案も多いと推測されます。結局、契約文言重視か、製品の性質や買主の知識、立場等事案に応じた解釈重視か、という問題なのかもしれませんが、後者の方向性をとるのであればもう少し踏み込んで具体的な判断基準を示してほしかったところです[4]

契約実務について

契約実務上は、特許の補償条項において「抵触した場合には」と書くか、それとも「抵触を理由とする紛争が生じた場合には」などと書くかについて、違いを意識して文言作成や交渉を行います。

その感覚からすると、「抵触した場合」との要件への該当範囲を拡張するかのような判断には、そう判断すべき合理性や必要性があったとしても、その射程や判断基準が明瞭でなければ契約条項の予測可能性を阻害するのではないかとの懸念があります。

裁判例として本稿で紹介した兼松対ソフトバンクの事件も、契約条項で「第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合」と定めており、このような文言であれば権利侵害が要件でないことは明確です。

契約実務においては、本判決の判断に過度に依存することなく、抵触・権利侵害が要件なのか、それがなくとも第三者から請求を受けるなど紛争が生じた場合に適用がある規定なのかを意識して文言を作成するべきと考えます。後者を求めるなら、兼松対ソフトバンク事件の契約条項のような文言としておくべきでしょう。

 

脚注
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[1] 表明保証(Representation and Warranty)という文言が使われることもあります。この場合、英米法上の元々の意味は、representationは契約締結日時点における一定の事実の存在を約束するものであり、warrantyは契約締結日以降における事実の約束であるとされます。
[2] 売主の立場としては、そのような要件を設けないとおよそ根拠の薄い申立てや請求が大量に来た場合にも売主が対応義務や補償義務を負うことになり、それは売主の責任として過大であるという考え方があり得るでしょう。
[3] 売主が製造者でないケースでも、売主のほうが買主よりは技術的知見や情報を有していることが多いかもしれません。
[4] 例えば本件では過去の事情として、権利行使された特許権に係る発明がなされる過程に売主が関与していたことや、当該特許権の共有者である東レの子会社に対して被疑侵害品と同じ製品を売主が納入していたなどの事実がありますが、判決ではこれらの事情がどのように考慮されたのか、あるいはこのような事情がなくても同じ判断だったのか、判然としません。

 

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(文責・神田雄)