令和5年(2023年)6月7日、商標法の改正を含む「不正競争防止法等の一部を改正する法律」が可決・成立し、同月14日に公布されました。

本稿では、上記法律による商標法改正のうち、他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和と、本改正により導入されるコンセント制度について解説します。

ポイント

骨子

  • 現行法では、他人の氏名を含む商標について、その他人が周知・著名であるかにかかわらず、商標登録に当たり当該他人の承諾が必要でしたが、改正法では、他人の氏名を含む商標の登録を受ける場合、政令で定める要件を満たすこと、及び他人の氏名が周知である場合には当該周知な他人の承諾を得ることの2点が必要とされています。
  • 商標登録しようとする商標(後行商標)が、既に存在する他者の商標(先行商標)と同一又は類似であり、かつ指定商品・役務も同一又は類似である場合、現行法の下では、後行商標は例外的な事情がない限り商標登録を受けることができませんでしたが、本改正により、先行商標の権利者の承諾を取得し、かつ一定の要件を満たすことで、後行商標も商標登録を受けられるようになりました。
  • この改正事項は、公布の日(2023年6月14日)から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日に施行されます。

改正案の概要

法律名 不正競争防止法等の一部を改正する法律
法律番号 法律第51号
成立日 令和5年(2023年)6月7日
公布日 令和5年(2023年)6月14日
施行日 一部の規定を除き、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日

解説

商標法の基本構造

商標法の目的と法律が保護する利益

商標法は、無体物を保護する知的財産法のうち、信用のある商標を保護する標識法に分類され、特許法や著作権法など、人間の創作的活動の結果を保護する創作法とは区別されています。

この点は、商標法1条が以下のとおり、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図りつつ、あわせて需要者(典型的には消費者などの商標に接する顧客)の利益保護をも目的としていることからも、うかがい知ることができます。

(目的)
第一条 この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。

上記のとおり、商標法は「需要者の利益」をも保護するものとしており、法律の改正においても、商標を使用する者の便宜だけでなく、商標に接する需要者の利益の保護、具体的には需要者が商標を基に商品・サービスの出所や品質を把握できる状態を確保する、という観点が重要になります。

商標の基本的な機能

商標は、自己の商品・役務(サービス)と他人の商品・役務とを識別する“自他商品・役務識別機能”を有しており、この機能からそれぞれ、①出所表示機能、②品質保証機能、③宣伝広告機能が派生すると考えられています。

出所表示機能は、商標に接した需要者が一定の出所を認識すること(「この前買ったあの商品」「前に行ったあのお店」など)を指し、必ずしも出所の詳細を知ることができる必要はありません。
同一の商標が付されていれば、当然その商品・役務の出所も同一であると需要者は認識することから、商標は自他商品・役務識別機能の一つとして、出所表示機能を有すると考えられています。

そして、上記のような出所表示機能を有する商標の使用が積み重なると、需要者としては、同じ出所の同じ商標が付された同じ商品・役務である限り、その品質も一定であるとの信頼を抱くことになります。そうすると、商標を使用する者としても、そのような需要者の信頼を裏切ることがないよう、品質の維持・向上に努めることになります。
このような商標の機能は、品質保証機能と呼ばれます。

以上のほか、商標は継続的な使用によって需要者の購買意欲を喚起する、宣伝広告機能も有すると考えられていますが、これらのうち商標法によって保護されるのは出所表示機能と、争いがあるものの品質保証機能の2つと考えられており、宣伝広告機能は商標法によって保護されるものではないとの考え方が一般的です。

商標権の効力

商標登録を受ける場合、登録しようとする商標(典型的には文字や図形などですが、その他にも色彩や音、立体形状についても商標登録が可能です。)のほか、その商標を使用する商品又は役務を指定する必要があります。(商標法6条1項)
そのため、商標権とは、登録商標を指定商品・役務について独占的に使用する権利、と言い換えることができます。
このような商標権の効力は、「専用権」「禁止権」という概念を用いて以下のように把握されます。

登録商標 類似商標
指定商品・役務 専用権(①) 禁止権(②)
類似商品・役務 禁止権(③) 禁止権(④)

商標が登録されると、第三者は登録商標を指定商品・役務に使用できない(表①)だけでなく、登録商標に類似する商標を指定商品・役務に使用できません(表②)。
また、登録商標を指定商品・役務に類似する商品・役務に使用することも禁止され(表③)、さらに類似商標を類似商品・役務に使用することも禁止されます(表④、以上につき商標法37条1号)。
第三者に上記のような禁止権が及ぶ結果、商標権者は登録商標だけでなく、その類似商標を類似商品・役務について使用する権利をも独占的に有するように見えます。
しかし、上記表中の禁止権(②~④)はあくまで、商標権者の専用権(①)を確保するためのものですので、仮に商標権者が①の部分で商標を使用していなければ、登録商標の指定商品・役務における不使用を理由に、商標登録取消の審判を請求される可能性があります。(商標法50条1項)

商標の登録要件

商標法は3条と4条で、それぞれ商標出願の登録要件を定めています。このうち、商標法3条1項1~6号は主として、商標に識別力がない場合を類型化して定めています。
これらのうち1号(普通名称)及び2号(慣用商標)については、特定の商標権者に独占させることが不適当であることから、商標登録の余地はありませんが、他方で3~5号の規定については、これらに該当する場合でもなお、例外的に識別力を獲得していれば、商標登録できるものとされています。(同条2項)

以上に対し商標法4条1項1~19号は、公益及び個人の利益との調整の観点から、商標登録を認めるべきでない場合を定めています。(同項柱書は「前条の規定にかかわらず」としていますので、たとえ商標法3条2項の規定により識別力を有すると判断された商標であっても、4条1項各号のいずれかに当たれば、商標登録できないことになります。)
本記事で解説する商標法の改正は、商標法4条1項8号(他人の氏名を含む商標)、及び同項11号(先行する同一・類似商標の存在)に関する改正となります。

改正の背景

他人の氏名を含む商標の取扱いと問題点

改正前商標法4条1項8号は以下のように定め、他人の氏名を含む商標については、すべて当該他人の承諾が必要であるとしていました。

(商標登録をうけることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
一~七(略)
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
九~十九(略)

上記規定に関して、最判平成16年6月8日・平成15年(行ヒ)第265号(レナードカムホート事件)は、その趣旨が、肖像、氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあると判示しました。
また、知財高判平成28年8月10日・平成28年(行ケ)第10065号(山岸一雄事件)では、原告が、商標法4条1項8号に該当するのは、その氏名を有する他人が周知である場合か、又は商標出願の願書の記載から客観的類型的に、同じ氏名保持者が不快感を感じると判断すべき場合に限られると主張して、同号の限定解釈を試みたのに対し、知財高裁は、上記最判を踏まえて以下のように判示し、商標法4条1項8号は、あくまで文言通りに解釈・適用すべきとしました。

…(商標法4条1項)8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人…の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護すること、すなわち、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという利益を保護することにある…。
(中略)
…同号は、その規定上、「著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称」とし、これらについては著名なものを含む商標のみを不登録事由とする一方で、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称」については、著名又は周知なものであることを要するとはしていない。また、同号は、人格的利益の侵害のおそれがあることそれ自体を要件として規定するものでもない。したがって、商標法4条1項8号の趣旨やその規定ぶりからすると、同号にいう「他人の氏名」が、著名又は周知なものに限られるとは解し難く、また、同号の適用が、他人の氏名を含む商標の登録により、当該他人の人格的利益が侵害され、又はそのおそれがあるとすべき具体的事情の証明があったことを要件とするものであるとも解し難い。すなわち、同号は、他人の氏名を含む商標については、そのこと自体によって、上記人格的利益の侵害のおそれを認め、その他人の承諾を得た場合でなければ、商標登録を受けることができないとしているものと解される。

知財高裁による上記判決後は、特許庁での出願審査や審判においても同様の枠組みで判断されるようになり、人の氏名を含む商標については機械的に、同姓同名の氏名保持者すべての承諾が求められるようになりました。その結果、従来は商標登録が認められてきた他人の氏名を含む商標についても以下のように、商標法4条1項8号により登録を拒絶されるという、不都合な状態が生じるようになりました。


令和5年3月10日「商標を活用したブランド戦略展開に向けた商標制度の見直しについて」
(産業構造審議会 知的財産分科会 商標制度小委員会)6頁より引用

このような状況の下、知財高判令和3年8月30日・令和2年(行ケ)第10126号(マツモトキヨシ事件)は、音商標についてではありますが、以下のように判示して、人の氏名を含む商標であっても、商標法4条1項8号に当たらない場合があることを明らかにしました。

…音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実状に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。

知財高裁が商標法4条1項8号を文言通りに解釈することを明らかにした前記平成28年判決以降、特にデザイナーや創業者個人の氏名をブランド名に用いることが多いファッション業界を中心として商標法4条1項8号の要件緩和を希望する声が上がっており、また氏名を含む商標であっても一定の要件を満たせば商標登録できる諸外国の制度と足並みを揃える必要があることも指摘されていました。
そのような中で、令和3年の知財高裁判決が(音商標についてではありますが)商標法4条1項8号に当たらない場合があることを明らかにしたことで、同号改正の機運が高まりました。

コンセント制度導入のニーズ

商標法4条1項11号は、以下のとおり規定し、先行する他者の商標権の専用権・禁止権が及ぶ範囲では、新たに商標登録を受けられないものとしています。

(商標登録をうけることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
一~十(略)
十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
十二~十九(略)

このような場合、アメリカをはじめとする諸外国では、既に存在する他人の登録商標(先行商標)と同一又は類似の商標であって、指定商品・役務も同一又は類似の場合でも、新たに登録を受けようとする商標(後行商標)の出願人は、先行商標の権利者の同意(consent)を取得することで商標登録を受けることができる、いわゆるコンセント制度が設けられています。
このようなコンセント制度が設けられていない日本においては、特許庁での出願審査における柔軟な対応を可能にするための審査基準の改訂、及び先行する商標権者と後行の商標出願人との間での契約による手当を通じて、一定の解決が図られてきました。

まず審査基準の改訂については、先行する商標権者から、指定商品・役務が類似しない旨の陳述があった場合に、特許庁は、商品・役務の類比判断において、出願人が主張する取引の実情を考慮できること、及び出願人と先行商標の権利者との間に支配関係がある場合、商標法4条1項11号に該当しないものとして取り扱うことが、それぞれ商標審査基準に明記されました。(商標審査基準 第3 十「第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標)」11(4)及び13参照)
ただし、特許庁が取引の実情に基づいて商品・役務を非類似と判断した例は、本記事の執筆時点でわずかに1件のみと極めて少なく、そのような狭き門を突破できなければ、先行商標権者と後行商標の出願人との間に支配関係がない限り後行商標は登録を受けられないため、審査基準の改訂による対応には一定の限界がありました。

そこで、商標法4条1項11号に該当する状態を解消する手段としては、先行する商標権者と後行商標の出願人との間で、商標出願人の地位又は商標権を一時的に譲渡する、アサインバック契約が採用されてきました。
アサインバック契約は、大きく分けて(1)後行商標の使用を希望する者が商標出願を行い、商標法4条1項11号に該当するとして特許庁から拒絶理由通知を受けた後、その出願名義人を先行する商標権者に変更し、登録査定後に名義を元の出願人に戻す方法と、(2)後行商標の出願人の名義はそのまま、先行する商標権を後行商標の出願人に一時的に譲渡し、後行商標の登録後、先行する商標権を元の権利者に再度譲渡する方法の2種類があります。
しかし、いずれの場合も相手方の適切な協力を得られなければ権利移転が実現しないなど一定のリスクを含んでおり、また手続や契約内容も決して簡明なものではなく、契約当事者間での交渉・費用の負担が大きいといった問題がありました。
そのため、コンセント制度を希望する声はなお存在しており、導入に向けて議論が続けられてきたという経緯があります。

改正の内容

他人の氏名を含む商標の登録要件緩和(改正商標法4条1項8号)

改正商標法4条1項8号では、以下(改正部分下線)の通り、周知な他人の氏名を含む商標については、商標登録に際して当該周知な他人の承諾を要するものと規定され、同号は周知な人物の氏名に対する人格的利益を保護するものとして整理されました。

八 他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であつて、政令で定める要件に該当しないもの

また、条文の構造からは分かりにくいですが、第三者による濫用的な商標出願に対応するため、他人の氏名を含む商標は、その氏名が周知であるか否かを問わず、政令で定める要件を満たす必要があるものとされました。政令で定める要件としては、①商標の出願人と、その氏名の他人との間に相当の関連性があること、及び②不正の目的が無いことの2点が検討されています[1]

改正法では、他人の氏名を含む商標のうち、当該他人の承諾を必要とするのは、その他人の氏名が「商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る」ものとされましたが、この「需要者の間に広く認識されている」との要件は周知性と呼ばれ、商標法の他の条文でも同様の文言が用いられています。(商標法4条1項10号、同項19号、7条の2第1項など)
この周知性は、著名性の概念とは異なって、需要者に広く認識されているのが地理的に限られた範囲であってもよく、また特定の商品・役務の分野においてのみ知られている場合にも周知性の要件を満たすものとされています。
改正商標法4条1項8号において、他人の氏名が「商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名」に該当するか否かについては、第33回商標審査基準ワーキンググループ資料1にその詳細が記載されていますが、「他人の氏名が認識されている地理的・事業的範囲を十分に考慮した上で、その商品又は役務に氏名が使用された場合に、当該他人を想起し得るかどうか等に留意する」ものとされています。(同資料9頁)

なお、同資料5頁には、改正後の審査の流れも掲載されており、改正法の下で審査をどのように行うかについては、ワーキンググループによる検討結果が、改正法の施行までに商標審査基準に反映されるものと思われます。

コンセント制度(改正商標法4条4項)

改正商標法4条4項(新設)は以下のとおり、先行商標権者の承諾があった場合は、特許庁が混同を生ずるおそれがないと判断した場合に限り、後行商標について商標法4条1項11号を適用しないものとしており、その結果、他に拒絶理由が無ければ後行商標も登録を受けられるようになりました。

4 第一項第十一号に該当する商標であつても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は、適用しない。

商標法4条4項が、先行商標権者の承諾だけでなく、「混同を生ずるおそれがない」ことも要求しているのは、冒頭に記載したとおり、商標法が商標を使用する者だけでなく、商標に接する需要者の利益をも保護するものである点に起因しています。類似する商品・役務の分野で類似する商標が併存すると、先行商標権者の利益だけでなく、商標によって商品・役務の出所を判別して商品・役務を選択する需要者においても、出所混同によりその利益が害されてしまうおそれがあることから、コンセント制度の導入についてはこれまで、慎重に議論が進められてきました。
そして、需要者の利益保護も考慮した結果、今回の法改正により導入されるコンセント制度は、先行商標権者の同意のみによって後行商標の登録を認める完全型コンセント制度ではなく、同意に加えて特許庁が混同のおそれの有無を審査する留保型コンセント制度となりました。
これは、米国をはじめとする多くの国において導入されているコンセント制度と同様の枠組みです。

制度導入後の審査イメージについては、令和4年11月22日 産業構造審議会知的財産分科会 第10回商標制度小委員会 資料2「コンセント制度の導入」12頁が参考になります。
そこでは、商標法4条1項11号に基づく拒絶理由通知を受けた後行商標の出願人は、先行商標権者との同意書、及び先行商標との間で出所の混同が生じないことを説明する書面を特許庁に提出し、審査官はそれらの書面及び職権による調査を踏まえ、混同を生じるおそれがないかを審査するものとされています。
特許庁が出所混同のおそれの有無を判断するにあたっては、現在のみならず、将来の混同のおそれの有無も審査するものとされており、その際、将来にわたって変動しないといえる事情を考慮することができると考えられています。
令和5年8月31日に開催された、第32回商標審査基準ワーキンググループの配布資料1「コンセント制度の導入に伴う商標審査基準の改訂について」5頁では、将来にわたって変動しないといえる事情として、以下の3つの類型が挙げられています。

① 当事者間で将来にわたって変更しないことが合意された使用態様
② 将来にわたる混同防止・解消のため合意された競業避止等
③ 合意以外にも、使用態様等について将来にわたって変動する可能性がない(低い)といえるようなファクトに基づいた特段の事情

③の特段の事情の例としては、長年特定の商品にのみ当該商標を使用してきたというような事情、及び当事者の業務の性質からして全く領域の異なる事業に進出する可能性がないというような事情が挙げられています。
また同資料6頁では、審査段階での提出資料についても記載があり、将来にわたって変動しないといえる事情の存在を確認(推認)できるのであれば、先行商標権者と後行商標の出願人との間で締結した合意書そのものを提出する必要はなく、合意内容を要約した書面でも足りると考えられる旨が記載されています。
ただしこの点は、商標審査基準においてどのように記載されるか、また実際の特許庁の運用として、どのような書類の提出が今後求められるようになるかを注視していく必要があります。

なお、同一・類似の商品・役務の分野で、同一・類似の商標が併存する場合、出願審査段階では問題がない場合でも、いずれか一方の商標権者による不適切な商標使用により、事後的に混同のおそれが生じることがあり得ます。改正商標法はそのような事態に対応するため、商標権者間においては、混同防止表示の請求ができるものとし(同法24条の4第1号)、また需要者を含む誰でも、商標の不正使用を理由とする商標登録の取消審判を請求できるものとしています。(同法52条の2)

また、商標が併存する場合、一方の商標のみが周知又は著名になることで、併存する商標の使用が、不正競争防止法上の不正競争行為に該当してしまうことがあり得ます。(不正競争防止法2条1項1号、2号)
しかし、このような場合に不正競争防止法に基づく差止請求を認めてしまうと、コンセント制度による商標の併存を認めた改正法の趣旨が没却されます。
そこで、今回の商標法の改正に伴い、コンセント制度により併存することとなった商標については、不正競争防止法上の差止請求を制限するとの法改正がなされました。(改正不正競争防止法19条1項3号)

今回の法改正では、本記事でご紹介した商標法のほかにも、上記のとおり不正競争防止法で大きな改正が複数あります。
不正競争防止法の改正内容について、詳しくは以下の記事をご覧ください。

令和5年不正競争防止法改正①~デジタル空間の商品形態保護~
令和5年不正競争防止法改正②~営業秘密・限定提供データの保護強化等~

コメント

今回の改正により、他人の氏名を含む商標についてはこれまでよりも登録を受けられる可能性が高くなり、また、コンセント制度の導入によって、他の商標権の効力が及ぶ範囲でも新たに商標登録を受けることが可能になりました。
今回新たに導入されるコンセント制度によって商標登録を受けようとする場合は、どのような資料が必要となるか、一般的に登録を受けられる可能性はどの程度かといった点について、改訂後の商標審査基準や特許庁が公表する統計資料などを基に検討していく必要があると思われます。
 

脚注
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[1] なお、改正後商標法4条1項8号は、「A又はBであつて、C」との形で規定しており、C(「政令で定める要件に該当しないもの」)の要件が、A(「他人の肖像若しくは…著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」)とB(「他人の氏名を含む商標」)の双方に掛かるかのような文言となっています。しかし、少なくとも法改正に関する資料などを参照する限り、C(政令要件)はB(他人の氏名を含む商標)にのみ掛かることが想定されているようです。そのような場合、本来的には「A、又はBであつてC」といったように、読点を「又は」の前に置く形で規定すべきであったと思われます。

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(文責・上田)