知的財産高等裁判所第2部(本多知成裁判長)は、令和5年2月9日、発明の名称を「マグネットスクリーン装置」とする特許に係る特許権侵害訴訟において、拡大先願要件違反により特許は無効とされるべきものとの判決をしました。

本判決は拡大先願における同一性の範囲が特許権侵害訴訟で争われ、同一であると判断された事例として実務上参考になりますので、ご紹介いたします。

ポイント

骨子

特許発明における「長尺部材が、巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートとの摺動接触に起因して回転可能」との構成が引用発明に開示も示唆もされていないとの相違点の主張につき、本判決は以下のように判断しました。

  • 移動するシート状のものと接触する部分をローラーすなわち横断面視が円弧面となる回転可能なものとすること、及び、シートとの摺動接触に起因してローラーが回転するものとすることは、本件特許1の出願当時、周知・慣用手段であり、これは本件特許1のようなマグネットスクリーン装置の分野においても同様であったものと認めることができる。
  • 引用発明1-1において、押さえ部の横断面視の形状を円弧面としているのは、引き出し操作及び巻き取り操作の際に、スクリーン本体が傷付くことを防止するためであるものと認められる。そうすると、乙10公報には、押さえ部の構成を工夫することによって、引き出し操作及び巻き取り操作の際にスクリーン本体が傷付くことを防止することが開示されているといえる。
  • そして、シートと接触する部分を回転可能とすることによる効果も、シートの移動時にシートが傷付くことを防止するというものである。
  • そうすると、引用発明1-1において、横断面視の形状が円弧面である押さえ部を回転可能とし、その結果、押さえ部に接触しながら巻き出され又は巻き取られるスクリーンの摺動接触に起因して押さえ部が回転するものとすることは、当業者が押さえ部の構成の工夫として適宜選択する範囲のものにすぎないと認めるのが相当である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和5年2月9日
事件番号 令和4年(ネ)第10061号
原判決 大阪地判令和4年4月22日・令和2年(ワ)第3297号
控訴人
(一審原告)
泉株式会社
被控訴人
(一審被告)
株式会社近畿エデュケーションセンター
特許番号 特許第6422800号
発明の名称 マグネットスクリーン装置
裁判官 裁判長裁判官 本多 知成
裁判官 浅井 憲
裁判官 勝又 来未子

解説

拡大先願とは

特許出願は出願から18か月を経ると公開されます(特許法64条1項。以下特許法を単に「法」といいます。)。公開された特許出願は、刊行物記載として法29条1項3号所定の公知発明となり、その後に出願された後願を29条1項や2項によって排除することになります。

これに対し、ある特許出願①の出願後、その公開前に特許出願②が出願された場合、出願②の出願時点では出願①はいまだ公開されておらず出願①は特許庁内部で秘密にされていますので、出願②との関係で出願①は公知ではありません。そのため、出願①が法29条1項3号所定の公知発明として出願②を排除することはありません。

この場合の出願①と出願②の関係については、仮に出願①が法39条の先願に該当する場合であれば、出願②は特許を受けることはできず拒絶されることになります。

(先願)
第三十九条 同一の発明について異なつた日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。
(以下略)

もっとも、法39条の先願に該当するかの判断は、2つの特許出願の特許請求の範囲(請求項)を比較することによって行われ、明細書や図面は考慮されません。そのため、出願①の明細書や図面に記載された発明は、たとえそれが出願②の発明と同一であったとしても、39条によって出願②が拒絶される理由とはなりません。

そこで法29条の2は、一定の要件の下、先願の明細書や図面に記載された発明と同一であるときは先願の公開前に出願された後願は特許を受けることができないと定めました。これを拡大先願、あるいは公知の擬制などと呼びます。

これを法39条の先願の対象を明細書等まで拡大した制度と見れば拡大先願との呼称がなじみやすく、法29条によればいまだ非公知である明細書等を一定範囲で公知と同様に取り扱う制度と見れば公知の擬制との呼称がなじみやすいことになります。

拡大先願は審査において特許出願について拒絶すべき理由となりますし(法49条2号)、特許の無効理由にもなります(法123条)。

拡大先願の趣旨

拡大先願の規定が設けられた趣旨は、以下のように説明されています。

①先願の明細書等に記載されている発明はいずれ出願公開により公開されるのだから、それと同一内容の後願は社会に新しい技術を公開するものではない。このような後願に特許権を与えることは特許制度の趣旨に整合しない。

②特許請求の範囲は出願審査の過程で補正により変更され得るから、先願の特許請求の範囲のみに後願排除効を認める制度では、後願が排除される範囲も先願の出願審査が終わらなければ確定しない。しかし、審査請求制度の下では、先願が後願より先に審査されるとは限らない。これに対し、先願の明細書等にも後願排除効を認めれば、このような不都合は発生しない。

③先願の特許請求の範囲のみに後願排除効を認める制度では、先願の出願人としては後願を排除する防衛目的の出願を増やす必要が生じる。これに対し、先願の明細書等にも後願排除効を認めれば、このような防衛出願の必要性は低下し無駄な出願を抑止することができる。

拡大先願の要件

拡大先願を定める法29条の2は下記引用するとおり長い条文となっていますが、その要件をまとめると以下のとおりです。

①先願の特許出願の日が、後願の特許出願の日の前であること
②後願の出願後に、先願の特許掲載公報が発行されるか、先願が出願公開されること
③先願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲、図面に記載された発明と同一であること

第二十九条の二 特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であつて当該特許出願後に第六十六条第三項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した特許公報(以下「特許掲載公報」という。)の発行若しくは出願公開又は実用新案法(昭和三十四年法律第百二十三号)第十四条第三項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した実用新案公報(以下「実用新案掲載公報」という。)の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(第三十六条の二第二項の外国語書面出願にあつては、同条第一項の外国語書面)に記載された発明又は考案(その発明又は考案をした者が当該特許出願に係る発明の発明者と同一の者である場合におけるその発明又は考案を除く。)と同一であるときは、その発明については、前条第一項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。ただし、当該特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願又は実用新案登録出願の出願人とが同一の者であるときは、この限りでない。

実務的に争われることがある要件は上記③です。

同一の判断基準

どのような場合に同一といえるかの判断基準につき、以下に引用する特許庁の審査基準[1]は、後願の請求項における発明と先願の明細書等に記載された発明との間に相違点があっても、「実質同一」である場合は29条の2が適用されるとしています。そして「実質同一」とは、相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいうとしています。

審査官は、本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比した結果、以下の (i)又は(ii)の場合は、両者をこの章でいう「同一」と判断する。
(i) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がない場合
(ii) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合
ここでの実質同一とは、本願の請求項に係る発明と引用発明との間の相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術(注)の付加、 削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいう。

裁判例をみると、知財高判平成30年5月30日・平成29年(行ケ)第10167号においては、

・後願に係る発明が先願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明とは異なる新しい技術に係るものであるかという見地から判断されるべきこと
・その判断にあたっては当業者の有する技術常識を参酌することができること
・両発明に形式的な差異があっても,その差が単なる表現上のものであったり、設計上の微差であるなど、後願の発明が先願の発明とは異なる新しい技術に係るものということができない場合は同一と認められること

が述べられています。
裁判例では、審査基準に類似した考え方を採用するものもありますが、同一との結論に至った判決の中には比較的広めに同一性を判断しているものもみられます。

事案の概要

本件は、下記の本件特許1及び2に係る特許権を有する一審原告・控訴人が、一審被告・被控訴人による製品の製造・販売が本件特許権の侵害に当たると主張して、一審被告に対し製品の製造、販売等の差止め及び損害賠償を求めた事案です。

発明の名称 特許登録番号
本件特許1 マグネットスクリーン装置 第6422800号
本件特許2 マグネットスクリーン装置 第6423131号

一審判決は、被告製品は本件特許1の技術的範囲に属すると判断しつつ、拡大先願要件違反により本件特許1は無効とされるべきものと判断しました。また、本件特許2については、被告製品はその技術的範囲に属さないと判断しました。

これに対して一審原告が控訴したのが本件です。本件の争点は、技術的範囲の属否、無効の抗弁、損害論であり、無効の抗弁には新規性・進歩性欠如の主張も含まれますが、本稿では本件特許1に係る拡大先願要件違反の争点を取り上げます。

本件特許1の特許請求の範囲

一審原告の請求の根拠となった本件特許1の請求項1は、一審判決に先立って訂正審判により訂正がされていました。その訂正後の請求項1につき一審判決において拡大先願要件違反との判断がされたため、一審原告は控訴するとともに、訂正審判により当該請求項を再訂正しました。

再訂正された本件再訂正後発明1は以下のとおりです(下線は再訂正された部分)。

1A 可搬式のマグネットスクリーン装置であって、
1B-1 投影面と該投影面に対向するマグネット面とを備えたスクリーンシート、および
1B-2 スクリーンシートを巻き取るためのロール部材を有して成り、
1C 非使用時ではマグネット面が投影面に対して相対的に内側となるようにスクリーンシートがロール部材に巻き取られており、
1D-1 巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートと接するように設けられた長尺部材、並びに、スクリーンシート、ロール部材および長尺部材を収納するケーシングを更に有して成り、非使用時並びに巻き出し時および巻き取り時において、前記ロール部材および前記長尺部材が前記ケーシングに収納されており、
1D-2 スクリーンシートの巻き出し時又は巻き取り時において長尺部材が投影面と直接的に接し、
1D-3 ケーシングはスクリーンシートの巻き出しおよび巻き取りのための開口部を有し、および
1D-4-1 長尺部材が、該開口部に位置付けられており、かつ、マグネットスクリーン装置が設けられる設置面に対して相対的に近い側に位置付けられるロール部材の下側ロール胴部分に隣接して設けられており、
1D-4-2 前記長尺部材が、巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートとの摺動接触に起因して回転可能となっており、
1D-4-3 前記ケーシングは、取手部と、前記マグネットスクリーン装置の設置時に前記設置面に接するケーシング裏面に設けられたケーシング・マグネットとを有し、前記スクリーンシートの短手端部には、裏面にマグネットを有する操作バーが設けられていることを特徴とする、
1E 可搬式のマグネットスクリーン装置

引用発明

本判決において、本件特許1に対する拡大先願として引用された発明は「引用発明1-1」、それが記載された特許公開公報は「乙10公報」と呼称されていますので、本稿でもそれにならいます。

乙10公報の発明の名称は「マグネットスクリーン」です。

理解に資するため、本判決でも引用された乙10公報の図1を下記に引用します。収納ケース2が本件特許1のケーシングに、押さえ部5が本件特許1の長尺部材に、それぞれ相当します。なお、3が巻取りロール、4がスクリーン本体です。

画像1
(本判決別紙「乙10公報図面」より引用)

また、乙10公報の図4を下記に引用します。図4は、図1のマグネットスクリーンを、スクリーン本体を巻き取っている(又は引き出している)途中の状態で示す図です。(A)は図1のV-V 線での断面図、(B)は図1のW-W線での断面図です。

画像2

(本判決別紙「乙10公報図面」より引用)

判旨

本判決は、控訴人が主張するいずれの相違点についても、本件再訂正後発明1は引用発明1-1に開示されておらず両発明が同一でない旨の控訴人の主張を排斥し、拡大先願要件違反であるとの判断をした一審判決を支持しました。

以下では、控訴審において控訴人が主張した2つの相違点に係る本判決の判断を紹介します。

構成要件1D-4-2について

控訴人の主張は、構成要件1D-4-2では「長尺部材が、巻き出される又は巻き取られるスクリーンシートとの摺動接触に起因して回転可能」との構成があるのに対し、引用発明には押さえ部5を回転可能にする構成は開示も示唆もされていないので、両発明は相違するというものでした。

これに対し本判決は、乙10公報には押さえ部5が回転可能である旨の記載はないことを認定しつつ、先行技術となる公報の記載を引用した上で、次のように周知・慣用手段を認定しました。

これらによると、移動するシート状のものと接触する部分をローラーすなわち横断面視が円弧面となる回転可能なものとすること、及び、シートとの摺動接触に起因してローラーが回転するものとすることは、本件特許1の出願当時、周知・慣用手段であり、これは本件特許1のようなマグネットスクリーン装置の分野においても同様であったものと認めることができる。

そして本判決は、乙10公報の明細書の記載を引用しつつ、引用発明1-1において押さえ部5の横断面視の形状が円弧面となっていることから、次のように、巻き出され又は巻き取られるスクリーンの摺動接触に起因して押さえ部が回転するものとすることは当業者が押さえ部の構成の工夫として適宜選択する範囲のものにすぎないと判断しました。

引用発明1-1において、押さえ部の横断面視の形状を円弧面としているのは、引き出し操作及び巻き取り操作の際に、スクリーン本体が傷付くことを防止するためであるものと認められる。そうすると、乙10公報には、押さえ部の構成を工夫することによって、引き出し操作及び巻き取り操作の際にスクリーン本体が傷付くことを防止することが開示されているといえる。

そして、シートと接触する部分を回転可能とすることによる効果も、シートの移動時にシートが傷付くことを防止するというものである。

そうすると、引用発明1-1において、横断面視の形状が円弧面である押さえ部を回転可能とし、その結果、押さえ部に接触しながら巻き出され又は巻き取られるスクリーンの摺動接触に起因して押さえ部が回転するものとすることは、当業者が押さえ部の構成の工夫として適宜選択する範囲のものにすぎないと認めるのが相当である。

以上の理由により本判決は、引用発明1-1は構成要件1D-4-2に相当する構成を含むものと判断しました。

構成要件1D-4-3について

控訴人の主張は、構成要件1D-4-3ではケーシングに「取手部」が設けられているのに対し、引用発明1-1では収納ケース2には取手部に相当する部材がないというものでした。控訴人はこの点につき、構成要件1D-4-3ではケーシングをスライド移動させてスクリーンシートを巻き出す使用態様のために「取手部」を必須の構成要素とするのに対し、引用発明1-1ではそのような使用態様は想定されていないと主張しました。

これに対し本判決は、引用発明1-1に係る特許公開公報にはケーシングに相当する「収納ケース」に取手がある旨の記載はないことを認定しつつ、公知文献の記載において、ケースから巻き出す形態のスクリーン装置においてケースに取手が設けられているものが開示されていることを指摘しました。

その上で本判決は、次のように、ケースに取手を設けることは周知・慣用手段であったと認定し、収納ケースに取手を設けることは当業者が運搬の便宜等のため必要に応じて適宜選択できることであると判断しました。

本件特許1の出願当時、本件再訂正後発明1のようなマグネットスクリーン装置の技術分野において、ケースに取手を設けることは周知・慣用手段であったと認められる。そして、引用発明1-1において収納ケースに取手を設けることは、当業者が、運搬の便宜等のため、必要に応じて適宜選択できることであると認められる。

なお、ケーシングを移動させてシートを巻き出すために「取手部」が必須であるという控訴人の主張は、採用されませんでした。

以上の理由により本判決は、引用発明1-1は構成要件1D-4-3に相当する構成を含むものと判断しました。

コメント

拡大先願の判断は先願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲、図面に記載された発明と後願発明とが同一か否かを見るものですが、新規性の判断と比較しても同一性の範囲が広く判断されることがあります。

本判決も、先願発明と相違する後願発明の構成が周知・慣用技術(手段)であることや作用効果も共通であることといった論理を用いつつも、結論として比較的顕著な相違点について広く同一性の範囲が認められたものとの印象を受け、一つの知財高裁の判断傾向を示すものとして参考になるのではないかと思われます。

 

脚注
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[1] https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0300.pdf

 

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(文責・神田雄)