知的財産高等裁判所第2部(本多知成裁判長)は、本年(令和5年)5月18日、すでに非侵害の確定判決がある製品と実質的に同一の製品について、同一の特許権に基づく損害賠償請求訴訟を提起した事案において、紛争の蒸し返すものであって訴訟上の信義則に反するとし、訴えを却下する判決をしました。原判決は、訴えは適法であるとして実体判断を経た上で請求を棄却していたところ、本判決は、訴えを適法とした原判決は不当であるとしてこれを取り消した上で、訴えを却下しています。
ポイント
骨子
- 後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合には、後訴の請求又は後訴における主張は、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
- 控訴人が本件において本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求をし、これに係る主張をすることは、令和2年事件における紛争の蒸し返しにすぎないというべきであり、同事件の当事者である控訴人と被控訴人らとの間で、控訴人の請求について審理をすることは、訴訟上の信義則に反し、許されない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
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判決言渡日 | 令和5年5月18日 |
事件番号 | 令和5年(ネ)第10009号 審決取消請求事件 |
原審 | 東京地判令和4年(ワ)第11889号 |
出願番号 発明の名称 |
特許第4611388号 「入力支援コンピュータプログラム、入力支援コンピュータシステム」 |
裁判官 | 裁判長裁判官 本 多 知 成 裁判官 浅 井 憲 裁判官 勝 又 来未子 |
解説
訴訟の蒸し返しと判決効
民事訴訟の目的は、訴訟当事者間の権利義務を巡る争いを解決することにあるため、判決が確定した後にも同じ争いを蒸し返すことができてしまうと、民事訴訟の意義が失われます。
そこで、民事訴訟法は、以下の114条1項において、確定判決に既判力を認めています。
(既判力の範囲)第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
(略)
既判力とは、判決が確定したときは、そこで決着を見た事項について、別の訴訟で同じ主張をすることはできず、また、裁判所も確定判決と異なる判断をすることはできない、という効力をいいます。
既判力は、以下の民事訴訟法115条1項により、訴訟当事者やこれに準じる人に及びます。
(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲)
第百十五条 確定判決は、次に掲げる者に対してその効力を有する。
一 当事者
二 当事者が他人のために原告又は被告となった場合のその他人
三 前二号に掲げる者の口頭弁論終結後の承継人
四 前三号に掲げる者のために請求の目的物を所持する者
(略)
その結果として、いったん確定判決があると、同じ問題について重ねて訴訟を提起しても、前訴と同じ判断がなされ、請求は棄却されることになります。
既判力と訴訟物の範囲
ここにいう「同じ問題」の範囲について、上記の民事訴訟法114条1項は、既判力が及ぶ範囲を「主文に包含するもの」としています。では、「主文に包含するもの」というのはどういう範囲かというと、一般に、「訴訟物」という概念によって画されるものと考えられています。
この「訴訟物」という言葉は、ドイツ語の「Streitgegenstand」に由来するもので、民事訴訟法の最も基本的な概念とされており、その意義を巡っては、伝統的に見解の対立があります。学説上は、社会的な実態に即した同一の紛争を訴訟物と捉える考え方もありますが、実務的には、訴訟の対象となっている請求権と考えるのが一般です。
特許権侵害訴訟と訴訟物
訴訟物の意味を上記のように捉えた場合、これを特許権侵害訴訟に当てはめると、訴訟物の範囲、つまり、既判力が及ぶ範囲はあまり広くありません。
例えば、侵害品がモデルチェンジをした場合にはモデルチェンジ前の製品に対する判決の既判力はモデルチェンジ後の製品には及びません。また、法的には、差止請求権と損害賠償請求権とは別個の訴訟物と考えられていますので、差止請求権に関する確定判決の既判力は、損害賠償請求権に関する訴訟には及びません。さらには、損害賠償請求権も、損害が生じた対象期間によって訴訟物が異なりますので、ある時点までの実施行為にかかる損害賠償請求権に関する判決が確定したとしても、その後の実施行為にかかる損害賠償請求権に既判力は及びません。
要するに、こういったポイントが相違すれば繰り返し訴訟を提起しても既判力には抵触しないことになりますので、特許権者が、差止及び損害賠償を求める特許権侵害訴訟で敗訴した後に、同一特許権に基づき、特許発明と関係のない部分でモデルチェンジされた製品に対してさらに差止請求訴訟を提起したり、同一製品について前訴の確定判決の対象期間後の期間についての損害賠償請求訴訟を提起したりしても、既判力は及ばないことになります。
訴訟物の同一性を欠く蒸し返しと信義則
しかし、このように、実質的な争点の蒸し返しを認めたのでは、紛争を一回的に解決できなくなり、民事訴訟法の趣旨に反することになります。そこで、最高裁判所は、不動産訴訟の事件ではありますが、最一判昭和51年9月30日昭和49年(オ)第331号民集30巻8号799頁において以下のとおり述べ、実質的な蒸し返しにあたる訴訟は、信義則に反して許されないとの考え方を示しました。
前訴と本訴は、訴訟物を異にするとはいえ、ひつきよう、右Dの相続人が、右Eの相続人及び右相続人から譲渡をうけた者に対し、本件各土地の買収処分の無効を前提としてその取戻を目的として提起したものであり、本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすることに支障もなかつたのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本訴提起時にすでに右買収処分後約二〇年も経過しており、右買収処分に基づき本件各土地の売渡をうけた右E及びその承継人の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
訴訟上の信義則に関しては、民事訴訟法は、以下のとおり、同法2条に規定を置いており、特許権侵害訴訟において争点を蒸し返す訴えや主張は、同規定に基づき却下されることがあります。
(裁判所及び当事者の責務)
第二条 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
以上について、詳細は、知財高判令和2年11月25日令和元年(ワ)第29883号「装飾品鎖状端部の留め具」事件に関するこちらの記事もご覧ください。
事案の概要
本件の原告(控訴人)は、発明の名称を「入力支援コンピュータプログラム、入力支援コンピュー タシステム」とする特許(本件特許)の特許権者で、被告(被控訴人)は、スマートフォンの製造業者(シャープ)とその販売業者(KDDI)です。
原告は、被告らのスマートフォン製品が原告の特許権を侵害するとして、損害賠償を求めましたが、具体的な争点として、属否に関し、被告らのスマートフォン製品にインストールされている「AQUOS Home」というアプリが、本件特許にかかる発明の「操作メニュー情報」という構成を備えているかが争点になっていました。
ところで、この訴訟に先立ち、原告は、被告ら(特にKDDI)に対し、同一特許に基づき、複数回にわたって特許権侵害訴訟を提起していました。特に、そのうちの1件では、モデルは異なるものの、やはりシャープが製造し、KDDIが販売していたスマートフォンが原告の特許権を侵害していないかが問題となり、具体的には、同スマートフォン製品にインストールされていた「AQUOS Home」が「操作メニュー情報」を備えているかが争点になっていました。当該事件では、この構成を充足しないとして原告の請求が棄却され、本訴訟提起前に、判決が確定していました。
このような状況で、本事件の原審裁判所は、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないとして、控訴人の請求を いずれも棄却しました。これに対し、原告が控訴したのが、本判決の事件です。
なお、裁判所HPでは、原判決の判決文を参照することができなかったため、原判決において、訴訟上の信義則の問題についてどのような判断がなされたのか、具体的な内容は不明ですが、上述のとおり、原判決は、実体判断を経由して原告の請求を棄却していることや、後述のとおり、本判決は、訴え提起を適法と認めた原判決の判断は不当であるとして取り消していることから、原告の訴えに理由はないものの、不適法ではないと判断していたものと考えられます。
判旨
判決は、まず、以下のとおり、上記の判例等を引用し、訴訟の蒸し返しは信義則に反して許されないとの一般的な考え方を示しました。
後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合には、後訴の請求又は後訴における主張は、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁、最高裁昭49年(オ)第163号、164号同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁参照)。
その上で、判決は、以下のとおり、前訴訟と本訴訟とを対比し、特許権が同一であることのほか、製品や争点も実質的に同一であるとの認定をしました。
令和2年事件と本件は、当事者を同一とし、侵害されたとされる特許権が同一であり、その特許請求の範囲の請求項1及び3の各発明の技術的範囲への被疑侵害品の属否が問題となっている点も共通する。
本件の対象製品である被告製品は、令和2年事件の対象製品である前訴被告製品と同一シリーズの製品であって、前訴被告製品よりも後に発売されたものと推認されるものの、前訴被告製品から大きな仕様変更がされたことはうかがえず、特に、問題とされているアプリケーションは同一(いずれもAQUOSHome)であって、そのバージョンが異なる可能性はあるとしても、大きな仕様変更がされたこともうかがえず、また、問題となる動作(前記(2)イ及び(3)イ)は同一又は少なくとも実質的に同一である。
そして、令和2年事件と本件における争点は、対象製品(前訴被告製品又は被告製品)にインストールされた「AQUOSHome」と呼ばれるアプリケーション(前訴アプリ又は本件ホームアプリ)における「操作メニュー情報」の有無であるから、争点も同一又は少なくとも実質的に同一であり、そればかりか、当該争点についての控訴人の主張も実質的に同一である。
上記認定に基づき、判決は、本訴訟は、前訴訟の蒸し返しであって、訴訟上の正義に反するとの考え方を示しました。ここでは「正義」の語が用いられていますが、その後の小括の部分では「訴訟上の信義則に反し」との表現が用いられているため、趣旨としては信義則違反を指摘するものと思われます。
そうすると、本件における控訴人の主張は、対象製品に「操作メニュー情報」が存在しないことを理由として、控訴人の被控訴人らに対する本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求に理由がないとの判断が確定した令和2年事件における控訴人の主張の蒸し返しにすぎないというほかない。控訴人は、令和2年事件判決が、「操作メニュー情報」が存在しないと判断した根拠となる前訴被告製品の構成(前訴アプリの動作)と、被告製品の構成(本件ホームアプリの動作)が実質的に同一であり、そのために、被告製品が、前訴被告製品におけるものと同一の理由により、本件特許権を侵害しないものであることを十分認識しながら、本件訴えを提起したものと推認されるのであって、本件において控訴人の請求を審理することは、被控訴人らの令和2年事件判決の確定による紛争解決に対する合理的な期待を著しく損なうものであり、訴訟上の正義に反するといわざるを得ない。
以上の認定判断を経て、判決は、以下のとおり、原判決が訴えを適法として実体判断によって原告の請求を棄却したのは不当であるとしてこれを取り消し、原告の訴えを却下しました。
控訴人の本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下すべきところ、これを適法として本案判決をした原判決は不当であるから、これを取り消し、控訴人の本件訴えをいずれも却下することとして、主文のとおり判決する。
コメント
上述のとおり、原判決は裁判所HPに掲載されていないため、どのような点で原判決と本判決の結論が分かれたのかは不明です。しかし、紛争の蒸し返しに対して、訴訟上の信義則を理由に訴えを却下する事案は以前から散見されるところであり、紛争の一回的解決が特に重要な意味を持つ特許権侵害訴訟においては、実質的な蒸し返しは防止されるべきでしょう。
また、本文中で引用した別の記事でも紹介しているとおり、特許無効審判で有効審決が確定した場合における侵害訴訟での無効主張について、訴訟上の信義則を理由にこれを制限する判決が現れるなど、争点レベルでの蒸し返しは、民事訴訟と行政事件の壁を越えて制限されていることが見て取れます。
本判決は、以上のような裁判例の流れの中で、実務上参考になるものと思われるため、紹介しました。
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(文責・飯島)
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