平成30年5月23日、改正不正競争防止法(以下「改正不競法」といいます。)が成立しました。改正不競法では、第四次産業革命の下、IoTやAIなどの情報革新が進む中で、データの重要性が高まっている状況を背景として、改正前不競法で認められていた営業秘密の保護に加えて、新たに「限定提供データ」の不正取得等に対する差止請求が認められています。
ポイント
- 平成30年5月23日、改正不正競争防止法が成立し、営業秘密には該当しないものの、ID・パスワード等により管理しつつ相手方を限定して提供されるデータが「限定提供データ」として不正競争防止法による保護を受けることが可能となりました。
- 改正不競法の下では、限定提供データに関する不正取得行為、不正開示行為等が「不正競争行為」にあたります。これら「不正競争行為」については、差止請求が認められ、また、損害額の推定規定の適用を受けることができます。他方、刑事罰はありません。
解説
改正までの経緯
第四次産業革命の下、IoTやAIなどの情報革新が進む中で、データの重要性が高まっている状況を背景として、産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会は、平成29年7月より、不正競争防止法の改正について検討を進めており、平成30年1月に、同委員会は、「データ利活用促進に向けた検討中間報告」(以下「中間報告」といいます。)を公表しました。
同中間報告を踏まえ、平成30年2月27日に「不正競争防止法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、平成30年5月23日に成立しました。
施行日
限定提供データの不競法改正は、公布の日から1年6月を超えない範囲において政令で定める日から施行されます(附則1条)。
改正の内容
改正不競法の改正対象と、その内容は次のとおりです。本稿では、①を取り上げます。
① ID・パスワード等により管理しつつ相手方を限定して提供するデータを不正に取得、使用又は提供する行為を、新たに不正競争行為に位置づけ、これに対する差止請求権や損害賠償の特則等の民事上の救済措置を設ける。
② いわゆる「プロテクト破り」と呼ばれる不正競争行為の対象を、プロテクトを破る機器の提供だけでなく、サービスの提供等に拡大する。
限定提供データ
限定提供データとは
限定提供データは、次のとおり定義されています(改正不競法2条7項)。
この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法…により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)をいう。
そして、電磁的方法とは「電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法」とされています。
この定義は、中間報告において、保護客体が次の三要件を有することが必要とされたことを踏まえて立法されたもの考えられます。
ビッグデータを念頭に、保護客体は、以下の要件に該当する電子データの集合物の全部又は一部のデータであって、有用なものとすべきである。
(i)技術的管理性
データを取得しようとする者が、データ提供者との契約で想定される者以外の第三者による使用・提供を制限する旨の管理意思を明確に認識できる、特定の者に限定して提供するための適切な電磁的アクセス制御手段(ID・パスワード管理、専用回線の使用、データ暗号化、スクランブル化等)により管理されているデータであること。(ii)限定的な外部提供性
秘密として管理され、保有者内での利用又は例外的に秘密保持契約を結んだ限定的な者に開示される「営業秘密」とは異なり、データ提供者が、外部の者からの求めに応じて、特定の者に対し選択的に提供することを予定しているデータであること。(iii)有用性
違法又は公序良俗に反する内容のデータを保護客体から除外した上で、集合することにより商業的価値が認められること。
以下、限定提供データの各定義について、重要と思われる点を解説します。
業として特定の者に対して提供する情報
これは、中間報告の「限定的外部提供性」に相当するものと考えられます。中間報告によれば、「データ提供者が、外部の者からの求めに応じて、特定の者に対し選択的に提供することを予定しているデータ」を意味するとされています。
電磁的方法により相当量蓄積
「電磁的方法により相当量蓄積」とは、中間報告の「有用性」に相当するものと考えられます。すなわち、限定提供データの対象として、相当量蓄積することにより「有用性」を有するデータ(ビッグデータ)を意図していることを示すものであると思われます。もっとも、どの程度の量のデータが「相当量蓄積」しているものとみなされるかは現時点では定かではありません。
電磁的方法により管理
「電磁的方法により管理」とは、中間報告の「技術的管理性」に相当するものと考えられます。近時、営業秘密の秘密管理性については、アクセス者が秘密であることを認識できるか否かを重要な判断要素としていますが、限定提供データにも、同様の視点が妥当すると思われます。
また、中間報告では、「電磁的アクセス制御手段により管理」することが必要とされており、改正不競法の条文では、アクセス制御の観点について触れられていません。もっとも、経済産業省の公表資料では、「ID・パスワード等の管理を施した上で提供されるデータ」とされていますので、少なくともこれらが「電磁的方法により管理」に該当することに問題はないと思われますが、これら以外の態様の管理が、本法の管理手段に該当するかはいまだ不透明です。
秘密として管理されているものを除く
本要件は、営業秘密との間で適用範囲を明確化するために設けられたものと考えられます。秘密として管理されている場合には、限定提供データに該当しないため、例えば、データ提供に際して、提供先との間で秘密保持契約を締結している場合には、従前と同様に営業秘密としての保護が図られることになると思われます。
無償で公衆に利用可能となっている情報と同一の限定提供データ
無償で公衆に利用可能となっている情報と同一の限定提供データについては、「不正競争行為」に該当する場合であっても、その取得、使用、開示について、差止請求等はできません(改正不競法19条1項8号ロ)。
営業秘密と限定提供データの比較
定義の比較
営業秘密と限定提供データに関する各規定の定義を比較すると次のとおりです(以下、各表中の太字は相違点を意味します。)。
営業秘密 | 限定提供データ | |
---|---|---|
保有者 | 【改正不競法2条1項7号】
「営業秘密保有者」 営業秘密を保有する事業者 |
【改正不競法2条1項14号】
「限定提供データ保有者」 限定提供データを保有する事業者 |
不正取得 | 【改正不競法2条1項4号】
「営業秘密不正取得行為」 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為 |
【改正不競法2条1項11号】
「限定提供データ不正取得行為」 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により限定提供データを取得する行為 |
開示 | 秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む | ― |
不正開示 | 【改正不競法2条1項8号】
「営業秘密不正開示行為」 営業秘密保有者からその営業秘密を示された場合において、 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で その営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為 |
【改正不競法2条1項15号】
「限定提供データ不正開示行為」 限定提供データ保有者からその限定提供データを示された場合において、 不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的で、 その限定提供データを開示する行為 |
不正取得類型
詐欺、窃盗、脅迫その他の不正の手段により対象データを取得することが禁じられることは、営業秘密であっても(改正不競法2条1項4号)、限定提供データであっても(改正不競法2条1項11号)、変わりありません。
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
【不競法2条1項4号】
営業秘密不正取得行為 又は 営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為 |
【不競法2条1項11号】
限定提供データ不正取得行為 又は 限定提供データ不正取得行為により取得した限定提供データを使用し、若しくは開示する行為 |
著しい信義則違反類型
対象データの保有者から正当に開示を受けた場合であっても、その後、不正の利益を得る目的又は保有者に損害を加える目的(図利加害目的)で、対象データを使用することが不競法違反となり得ることについては、営業秘密であっても(改正不競法2条1項7号)、限定提供データであっても(改正不競法2条1項14号)、変わりません。
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
【不競法2条1項7号】
営業秘密保有者からその営業秘密を示された場合において、 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、 その営業秘密を使用し、又は開示する行為 |
【不競法2条1項14号】
限定提供データ保有者からその限定提供データを示された場合において、 不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的で、 その限定提供データを使用する行為(その限定提供データの管理に係る任務に違反して行うものに限る。)又は開示する行為 |
もっとも、限定提供データについては、営業秘密と異なり、「その限定提供データの管理に係る任務に違反して行うものに限る。」との限定が付されています。これは、中間報告の「横領・背任に相当すると評価される行為態様(委託契約等に基づく当事者間の高度な信頼関係を裏切る態様)で、使用する行為」を対象とする旨の見解を踏まえての立法であると考えられます。
中間報告では「図利加害目的」の具体的内容については、ガイドラインで明確化を図るとしつつも、次の場合を該当例と、非該当例としてそれぞれ挙げています。
<該当例>
- データ提供者が商品として提供しているデータについて、専ら提供者のための分析を委託されてデータ提供を受けていたにもかかわらず、その委託契約において目的外の使用が禁じられていることを認識しながら、無断で当該データを目的外に使用して、他社向けのソフトウェアを開発し、不正の利益を得る行為
- コンソーシアムやプラットフォーマー等のデータ提供者が会員にデータを提供する場合において、第三者への提供が禁止されているデータであることが書面による契約で明確にされていることを認識しながら、当該会員が金銭を得る目的で、当該データをデータブローカーに横流し販売し、不正の利益を得る行為
<非該当例(契約違反には該当する可能性あり)>
- データ提供者とデータ取得者間で契約の解釈に争いがあり、取得者は契約で定められた目的の範囲内だと考え、そのデータを使用する行為
- データ提供者との契約内容を知らないデータ取得者側の社員が、提供を受けたデータを過失で第三者に提供する行為
転得類型
転得類型については、不正取得後の開示および著しい信義則違反類型における開示(不正開示行為)により、対象データを取得した場合に規制の対象となります。
具体的には、不競法の適用が問題となる場面としては、①取得の際に、不正な経緯を知って取得した場合(取得時悪意類型)と、②不正な経緯を知らずに取得しても、不正開示行為が介在していたことを知った場合(取得後悪意類型)の2つがあります。
①取得時悪意類型
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
【不正取得(不競法2条1項5号)】
その営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで 営業秘密を取得し、又は その取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為 |
【不正取得(不競法2条1項12号)】
その限定提供データについて限定提供データ不正取得行為が介在したことを知って 限定提供データを取得し、又は その取得した限定提供データを使用し、若しくは開示する行為 |
【不正開示(不競法2条1項8号)】
その営業秘密について営業秘密不正開示行為であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで 営業秘密を取得し、又は その取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為 |
【不正開示(不競法2条1項15号)】
その限定提供データについて限定提供データ不正開示行為であること若しくはその限定提供データについて限定提供データ不正開示行為が介在したことを知って 限定提供データを取得し、又は その取得した限定提供データを使用し、若しくは開示する行為 |
②取得後悪意類型
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
【不正取得(不競法2条1項6号)】
その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないで その取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為 |
【不正取得(不競法2条1項13号)】
その取得した後にその限定提供データについて限定提供データ不正取得行為が介在したことを知って その取得した限定提供データを開示する行為 |
【不正開示(不競法2条1項9号)】
その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正開示行為があったこと若しくはその営業秘密について不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないで その取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為 |
【不正開示(不競法2条1項16号)】
その取得した後にその限定提供データについて限定提供データ不正開示行為があったこと又はその限定提供データについて限定提供データ不正開示行為が介在したことを知って その取得した限定提供データを開示する行為 |
営業秘密であっても、限定提供データであっても、その規制内容は概ね重なりますが、違いがないわけではありません。
第1に、①②いずれの類型についても、限定提供データについては、取得又は事後的把握の際の主観的要件に重過失が含まれていません。つまり、不正行為の存在又は介在を知っていること(悪意)が必要とされています。この点、中間報告では、次のように、転得者の悪意及び取得したデータが原告のデータであることを立証するとされており、現実の利用のハードルは高いと言えます。
「悪意」とは、ある事実を知っているという意味であり、単に疑わしいと思うだけでは足りない…。取得するデータについて、不正行為が介在していることを認識している必要がある。原告(データ提供者)は、転得者の悪意及び転得者が取得したデータが原告のデータであることを立証することとなる。
第2に、②取得の後に不正行為の存在又は介在を知った場合には、限定提供データの開示は禁止されますが、その使用は禁止されていません。
また、開示についても、次のとおり、事後的に悪意に転じた場合であっても、権限内の利用であれば、不正競争行為には、該当するものの、差止請求等の対象外とされています。
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
【不競法19条1項6号】
取引によって営業秘密を取得した者(その取得した時にその営業秘密について営業秘密不正開示行為であること又はその営業秘密について営業秘密不正取得行為若しくは営業秘密不正開示行為が介在したことを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)がその取引によって取得した権原の範囲内においてその営業秘密を使用し、又は開示する行為 |
【不競法19条1項8号イ】
取引によって限定提供データを取得した者(その取得した時にその限定提供データについて限定提供データ不正開示行為であること又はその限定提供データについて限定提供データ不正取得行為若しくは限定提供データ不正開示行為が介在したことを知らない者に限る。)がその取引によって取得した権原の範囲内においてその限定提供データを開示する行為 |
これは、中間報告が、次のとおり、事後的に悪意に転じた場合であっても、許容される場合があるとしたことを反映したものです。
取得時に不正行為(①又は⑤)が介在したことを知らずに取得した者が、その後、不正行為の介在を知った(悪意に転じた)場合、悪意に転じた後に、当該データを、⑧’:第三者に提供する行為
を「不正競争行為」とし、救済措置を設けるべきである。ただし、転得者が悪意に転じる前の取引で定められた権原の範囲内での提供は、適用除外とすべきである。なお、悪意に転じる基準、「権原の範囲」等については、ガイドライン等において、明確化を図る。
不正競争行為により生じた物の取扱い
営業秘密については、不正競争行為により生じた物の譲渡等が禁じられていますが、限定適用データに関しては類似する規定がありません。
営業秘密 | 限定提供データ |
---|---|
第四号から前号までに掲げる行為(技術上の秘密(営業秘密のうち、技術上の情報であるものをいう。以下同じ。)を使用する行為に限る。以下この号において「不正使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為(当該物を譲り受けた者(その譲り受けた時に当該物が不正使用行為により生じた物であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)が当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為を除く。) | (該当なし) |
これは、中間報告で次のとおり述べられていることを踏まえたものと考えられます。そのため、例えば、不正取得した生データを用いて学習用データセットを作成する場合には、この学習用データセットの提供は「データの不正使用により生じた物」の譲渡とみなされないものの、学習用データセットから、生データが復元可能な場合には、生データの不正提供として、不正競争行為を構成することになります。
データの不正使用により生じた物(物品、AI学習済みモデル、マニュアル、データベース等)の譲渡等の行為は、対象とすべきではない。(ただし、成果物から元データが取得できる場合は、その限りにおいて、データの不正提供に該当する。)
不正競争防止法上の救済
限定提供データに関する不正競争行為については、差止請求が可能であり、また、損害賠償請求について、損害額の推定規定の適用を受けることができます。他方、刑事罰の適用対象とはされていません。
経過措置
改正不競法施行日前に行われた限定提供データ不正取得行為又は限定提供データ不正開示行為に相当する行為により取得した限定提供データについては、施行後に、使用相当行為を継続する場合(ただし著しい信義則違反類型に相当する場合)であっても、改正不競法の適用対象とはなりません(附則2条)。著しい信義則違反類型の転得者についても同様です。
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(文責・松下)