以前、リーガル・アップデートで、音楽の著作物の類似性判断が争点となった著作権・著作者人格権侵害事件の東京地裁判決を取り上げましたが、本年(平成28年)12月8日、その控訴審判決がありました。判決は、音楽の4要素である旋律、和声、リズム、形式のうち、旋律が中心的考慮要素となることを改めて示しました。

ポイント

本年(平成28年)12月8日、知的財産高等裁判所において、音楽の著作物について著作権・著作者人格権侵害の成否が争われた事件の控訴審判決がありました。控訴人は、「控訴人は,原告楽曲と被告楽曲のBPM(テンポ)がほぼ同じである点は,両楽曲のいかなる相違点をも打ち消すほどに,同一性を示す根拠となる」と主張したのに対し、知財高裁は、以下のとおり、楽曲についての複製、翻案の判断に当たって中心的考慮要素となるのは旋律であるとの判断を示しました。

  • 楽曲についての複製,翻案の判断に当たっては,楽曲を構成する諸要素のうち,まずは旋律の同一性・類似性を中心に考慮し,必要に応じてリズム,テンポ等の他の要素の同一性・類似性をも総合的に考慮して判断すべきものといえる

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成28年12月8日
事件番号 平成28年(ネ)第10067号
楽曲演奏禁止等請求控訴事件
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 杉 浦 正 樹
原判決 東京地方裁判所平成28年5月19日判決
平成27年(ワ)第21850号

解説

本件の背景

本件では、テレビ番組「しまじろうのわお」で使用される楽曲が募集されたのを受け、原告と被告がそれぞれ条件に沿って作曲し、応募したところ、採用されなかった楽曲の作曲家が、採用された楽曲について、自らの著作権・著作者人格権を侵害したと主張して訴えを提起しました。
楽曲の募集の際には、曲調、アレンジ方法、曲の長さ、歌詞、空白の作り方などの条件が付されていました。

音楽著作権の侵害の成立要件

ある楽曲についてその著作権を侵害したと認められるためには、①両楽曲が同一または類似していること(同一性・類似性)、及び、②もとの作品に依拠していたこと(依拠性)が必要です。

同一性・類似性は、2つの楽曲を客観的に対比することで判断されるのに対し、依拠性は、侵害したとされる側がもとの作品に接したかなどの事情によって判断されます。

音楽著作権の侵害をめぐる先例と類似性の判断手法

音楽著作権をめぐる先例としては、「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件」(最一判昭和53年9月7日)が有名です。この事件の東京地裁判決においては、楽曲の類似性が争われた結果侵害が否定され、東京高等裁判所もこの判断を支持しました。その後、事件の審理は最高裁判所に場を移しましたが、最高裁判所は、依拠性がないことを理由に請求を棄却しました。

類似性の判断について先例とされるのは、「記念樹事件」(東京高判平成14年9月6日)です。この事件では、旋律を中心に、和声、リズム、形式といった音楽の要素を対比して類似性の有無を判断し、結論として、第1審であった東京地方裁判所は類似性を否定しましたが、東京高等裁判所は類似性を認めました。

原判決の概要

本件の原判決は、まず、対比の対象となる楽譜を特定した上で、両楽曲の全体の構成、歌詞の各音に対応する音符の長さ、旋律、テンポなどを認定するとともに、楽曲の募集条件を考慮し、以下のとおり述べて、類似性を否定しました。

原告楽曲と被告楽曲の旋律・・・は,旋律の上昇及び下降など多くの部分が相違しており,一部に共通する箇所があるものの相違部分に比べればわずかなものであって,被告楽曲において原告楽曲の表現上の特徴を直接感得することができるとは認め難い。また,両楽曲は,全体の構成・・・,歌詞の各音に対応する音符の長さ・・・及びテンポ・・・がほぼ同一であり,沖縄民謡風のフレーズを含む点で共通するが,これらは募集条件により歌詞,曲調,長さ,使用目的等が指定されており・・・,作曲に当たってこれに従ったことによるものと認められるから,こうした部分の同一性ないし類似性から被告楽曲が原告楽曲の複製又は翻案に当たると評価することはできない。

なお、原判決は、以下のような事情から、本件では依拠性も認められないと述べています。

原告及び被告Y(注:作曲者)がそれぞれ被告Z(注:音楽出版社の担当者)に対し楽曲の完成及びこれが収められたファイルの保存先を電子メールにより伝えたのが,被告Yにおいては平成25年1月18日午前11時10分,原告においては同日午前11時32分であると認められる一方,電子メールの送信日時については,一般的ないし抽象的な改ざんの可能性があるとしても,本件の関係各証拠上,被告らによる改ざんがあったことは何らうかがわれない。

本判決

原告は、東京地裁における敗訴を不服として知的財産高等裁判所に控訴し、以下のような主張をしました。

特に,原告楽曲と被告楽曲のBPM(テンポ)がほぼ同じである点は,両楽曲のいかなる相違点をも打ち消すほどに,同一性を示す最大の根拠となる。また,両楽曲が実質的に同一の楽曲であることは,両楽曲の歌と伴奏をそれぞれ入れ替えたもの・・・が,聴感上全く違和感なく再生できることからも明らかである。

これに対し、本判決は、以下のように述べて、楽曲の類似性判断に当たって中心的考慮要素となるのは旋律であることを示しました。

楽曲についての複製,翻案の判断に当たっては,楽曲を構成する諸要素のうち,まずは旋律の同一性・類似性を中心に考慮し,必要に応じてリズム,テンポ等の他の要素の同一性・類似性をも総合的に考慮して判断すべきものといえるから,原告楽曲と被告楽曲のテンポがほぼ同じであるからといって,直ちに両楽曲の同一性が根拠づけられるものではない。

その上で、本件では、旋律に多くの相違があり、「被告楽曲から原告楽曲の表現上の特徴を直接感得することができるとは認め難い」と判断しました。

また、「両楽曲が実質的に同一の楽曲であることは,両楽曲の歌と伴奏をそれぞれ入れ替えたものが,聴感上全く違和感なく再生できることからも明らか」との主張についても、「そのようなことが,両楽曲の同一性を直ちに根拠づけるものでないことは明らかである」と述べて採用しませんでした。

コメント

著作権法における類似性は、侵害が問題とされている作品から侵害された側の作品の表現上の本質的特徴を直接感得できるか、という観点から判断されます。
記念樹事件控訴審判決は、この規範の楽曲へのあてはめとして、旋律を中心に、和声、リズム、形式といった音楽の4要素の対比によって判断すべきものとの指針を示しました。

本判決は、記念樹事件の考え方に沿って、音楽の4要素のうち、著作権法上の類似性判断に当たっては、旋律が中心的考慮要素となることを示したものといえます。

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(文責・飯島)