本年(平成28年)5月19日、東京地方裁判所において、音楽の著作物について著作権・著作者人格権侵害の成否が争われた事件の判決がありました。主たる争点は、2つの楽曲の間に同一性・類似性があるか、また、原告の作品に依拠していたか、という2点で、結論として、類似性がないことを理由に請求が棄却されています。楽曲について著作権侵害の判断が示された事例は比較的珍しいため、ここで取り上げたいと思います。

ポイント

  • 原告楽曲と被告楽曲の旋律・・・は,旋律の上昇及び下降など多くの部分が相違しており,一部に共通する箇所があるものの相違部分に比べればわずかなものであって,被告楽曲において原告楽曲の表現上の特徴を直接感得することができるとは認め難い。
  • また,両楽曲は,全体の構成・・・,歌詞の各音に対応する音符の長さ・・・及びテンポ・・・がほぼ同一であり,沖縄民謡風のフレーズを含む点で共通するが,これらは募集条件により歌詞,曲調,長さ,使用目的等が指定されており・・・,作曲に当たってこれに従ったことによるものと認められるから,こうした部分の同一性ないし類似性から被告楽曲が原告楽曲の複製又は翻案に当たると評価することはできない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事46部
判決言渡日 平成28年5月19日
事件番号 平成27年(ワ)第21850号
裁判官 長谷川 浩 二(裁判長)
萩 原 孝 基
中 嶋 邦 人

解説

本件の背景

裁判所の事実認定として若干不明確なところはありますが、本件では、テレビ番組「しまじろうのわお」で使用される楽曲が募集されたのを受け、原告と被告がそれぞれ条件に沿って作曲し、応募したところ、採用されなかった楽曲の作曲家が、採用された楽曲について、自らの著作権を侵害したと主張して訴えを提起したようです。
楽曲の募集の際には、曲調、アレンジ方法、曲の長さ、歌詞、空白の作り方などの条件が付されていました。

音楽著作権の侵害の成立要件

ある楽曲についてその著作権を侵害したと認められるためには、①両楽曲が同一または類似していること(同一性・類似性)、及び、②もとの作品に依拠していたこと(依拠性)が必要です。

同一性・類似性は、2つの楽曲を客観的に対比することで判断されるのに対し、依拠性は、侵害したとされる側がもとの作品に接したかなどの事情によって判断されます。

争点と判断の概要

本件においても、上記の各要件、つまり、原告の楽曲と被告の楽曲との間に類似性があるか、また、被告は原告の楽曲に依拠して被告の楽曲を作曲したかが争われました。

裁判所の判断としては、まず、対比の対象となる楽譜の特定が行われました。原告の楽曲と被告の楽曲では調が異なっていたため、原告は、両者を対比しやすいように移調した楽譜を提出しており、また、移調を度外視しても、原告と被告の主張では、判断対象となる楽曲の楽譜の内容に相違がありました。そこで、裁判所は、以下のように述べ、より類似点が多い原告の主張に基づいて判断をしました。

原告楽曲及び被告楽曲の各楽譜につき,原告は別紙楽譜目録のとおり,被告は別紙被告主張楽譜のとおりである旨それぞれ主張するところ,前者は,各楽曲の終止音の高さが同じになるよう移調された点,被告楽曲の第1小節の8音の高さが同一である点等で後者と異なっており,後者に比し両楽曲の共通点が多いものとなっている。そうすると,前者により著作権等の侵害が否定されるとすれば後者によっても否定されるので,前者に基づく原告の主張の当否につきまず検討することとする。

その上で、裁判所は、両楽曲の全体の構成、歌詞の各音に対応する音符の長さ、旋律、テンポなどを認定するとともに、楽曲の募集条件を考慮し、以下のとおり述べて、類似性を否定しました。

原告楽曲と被告楽曲の旋律・・・は,旋律の上昇及び下降など多くの部分が相違しており,一部に共通する箇所があるものの相違部分に比べればわずかなものであって,被告楽曲において原告楽曲の表現上の特徴を直接感得することができるとは認め難い。また,両楽曲は,全体の構成・・・,歌詞の各音に対応する音符の長さ・・・及びテンポ・・・がほぼ同一であり,沖縄民謡風のフレーズを含む点で共通するが,これらは募集条件により歌詞,曲調,長さ,使用目的等が指定されており・・・,作曲に当たってこれに従ったことによるものと認められるから,こうした部分の同一性ないし類似性から被告楽曲が原告楽曲の複製又は翻案に当たると評価することはできない。

なお、裁判所は、以下のような事情から、本件では依拠性も認められないと述べています。

原告及び被告Y(注:作曲者)がそれぞれ被告Z(注:音楽出版社の担当者)に対し楽曲の完成及びこれが収められたファイルの保存先を電子メールにより伝えたのが,被告Yにおいては平成25年1月18日午前11時10分,原告においては同日午前11時32分であると認められる一方,電子メールの送信日時については,一般的ないし抽象的な改ざんの可能性があるとしても,本件の関係各証拠上,被告らによる改ざんがあったことは何らうかがわれない。

音楽著作権の侵害をめぐる先例と類似性の判断手法

音楽著作権をめぐる先例としては、「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件」(最一判昭和53年9月7日)が著名です。この事件の第1審である東京地方裁判所においては、楽曲の類似性が争われた結果侵害が否定され、東京高等裁判所もこの判断を支持しました。その後、事件の審理は最高裁判所に場を移しましたが、最高裁判所は、依拠性がないことを理由に請求を棄却しました。

類似性の判断について先例とされるのは、「記念樹事件」(東京高判平成14年9月6日)です。この事件では、旋律を中心に、和声、リズム、形式といった音楽の要素を対比して類似性の有無を判断し、結論として、第1審であった東京地方裁判所は類似性を否定しましたが、東京高等裁判所はこれを認めました。その後、最高裁判所は上告を受理しなかったため、東京高裁の判決が確定しています。テレビ番組のエンディングテーマで利用されていた楽曲をめぐり、著名な作曲家の間で争われた事件であり、敗訴した作曲家が日本音楽著作権協会の理事を辞任することになったことなどからも、話題になりました。

この判決においては、両楽曲の対比において、楽譜を対比しつつ、メロディーのはじめと終わりの音が複数箇所同じであることや、メロディーの音の72パーセントが同じ高さの音であることなどが考慮され、類似性が認められました。

コメント

著作権法における類似性は、侵害が問題とされている作品から侵害された側の作品の表現上の本質的特徴を直接感得できるか、という観点から判断されます。とはいえ、これは抽象的な規範ですので、音楽の著作権について、より具体的に、どのような場合に「表現上の本質的特徴を直接感得できる」といえるかが問題となります。この点について、上述のとおり、東京高等裁判所は、記念樹事件において、音楽の4要素である旋律、和声、リズム、形式の対比によるとの判断を示しました。

本判決は、旋律、和声、リズム、形式といった、いわゆる音楽の4要素を明確に切り分けて比較しているわけではありません。本件では、作曲の前提として募集条件による制約があったことが影響したものと思われます。しかし、楽曲の構成要素を客観的に対比している点において、判断手法としては、従来の考え方に従ったものと思われます。

このような対比手法については、本当に、楽譜を切り分けて比較分析することで音楽の類似性を判断できるのか、聴き手がどのような感情を抱くかといった全体的印象から判断しなければ音楽の本質に根ざした類似性判断はできないのではないか、という批判もあります。実は、記念樹事件の判決文でも、「もとより、楽曲の表現上の本質的な同一性が、このような抽象化された数値のみによって図りうるものではないことはいうまでもない」ということが述べられています。他方、裁判所の判決には一定の客観性が必要であり、そのためには、判決文に反映できる判断基準も必要です。なかなか難しい問題といえるでしょう。

2016年12月22日追記

平成28年(2016年)12月8日、本判決に対する控訴審判決がありました。控訴審判決は、音楽の4要素である旋律、和声、リズム、形式のうち、旋律が中心的考慮要素となることを改めて示し、本判決を支持しました。

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(文責・飯島)