知的財産高等裁判所第3部(鶴岡稔彦裁判長)は、本年(平成28年)10月11日、商標登録無効審判において不成立審決の根拠となる証拠を職権で調べた際に当事者に意見を申し立てる機会を与えなかった事案について、審決の取消事由となる手続の瑕疵に該当するとの判決をしました(判決原文)。
 
 

ポイント

骨子

本件は、登録無効審判で職権証拠調べがなされながら商標法所定の意見申立の機会が付与されていなかった事案で、結論として原審決が取り消されました。判決は、意見申立の機会が与えられなかったことから直ちに審決を取り消したのではなく、概要以下のロジックで結論を導きました。

  • 職権証拠調べに際し、相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなかったことは手続の瑕疵に該当する。
  • 職権証拠調べにかかる証拠は、いずれの無効理由との関係でも検討されており、上記手続の瑕疵は結論に影響を及ぼすものといえる。
  • このような場合、その瑕疵が審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる「特別の事情」がない限り、審決取消事由となる。
  • 本件では、「特別の事情」は存在しない。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成28年10月11日
事件番号 平成28年(行ケ)第10083号 審決取消請求事件
裁判官 裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 杉 浦 正 樹
裁判官 寺 田 利 彦
商 標 「コナミスポーツクラブマスターズ」(商標登録第5707700号)
原審決 特許庁平成27年12月1日・無効2015-890053号

 

解説

商標登録無効審判とは

商標登録無効審判とは、商標登録を無効にすることについての特許庁の審判です。商標登録無効審判は、商標の登録の適法性を審理する手続ですが、ある商標が登録可能なものかどうかの判断は、第三者の利害にも大きく影響するため、訴訟と同様、当事者対立構造のもとでの審理が行われます。
 

職権証拠調べとは

民事訴訟では、弁論主義という考え方のもと、原則として当事者が提出した証拠だけが吟味されます。他方、特許庁の審判では、審判官自らが証拠を探索して取り調べる職権証拠調べが認められています。これを職権証拠調べといいます。

しかし、当事者の知らないところで審判官が証拠を発見し、それをもとに審決がなされると、当事者の攻撃防御の機会が失われてしまいます。特に、そのような証拠を根拠に、特許や商標の登録が無効にされると、権利者の利益が大きく損なわれます。そこで、特許法150条5項は、職権証拠調べをした場合に、相当の期間を定めて当事者に意見を申し立てる機会を与えなければならない旨定め、商標法もこの規定を準用しています。
 

事案の概要

本件においては、米国ジョージア州オーガスタの名門ゴルフコースでマスターズ・トーナメントを運営している原告(オーガスタ・ナショナル・インコーポレイテッド)が、「コナミスポーツクラブマスターズ」(商標登録第5707700号)という標準文字商標を登録した被告(コナミホールディングス株式会社)を非請求人として、商標登録無効審判を請求しました。

主張された無効理由は、以下の3点です。

  • 「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」であること(商標法4条1項15号)
  • 「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの」であること(商標法4条1項19号)
  • 「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)

特許庁は、結論において、原告の請求をいずれも排斥し、審判請求は成り立たないとの審決をしました。原告がこれを不服として、知的財産高等裁判所に出訴したのが本件訴訟です。
 

争点

本件においては、審判請求不成立の審決をするに際し、審判官が職権証拠調べを行い、その証拠が審決中でも判断の根拠とされましたが、職権証拠調べを行うにあたり、当事者に意見を述べる機会を与えませんでした。

このことが原審決を取り消す理由となるかが、本件の争点の一つして主張されました。
 

本件の特殊性

職権証拠調べは、審判請求時に当事者が提出していなかった証拠を取り調べ、審判請求を認容する(無効審決をする)場合に利用されることがあります。特に、特許無効審判では、「要旨変更禁止」という考え方のもと、審判請求時に主張した無効理由に加えて新たな無効理由を提出することが制限されているため、かつては、その制限を回避する手段として用いられることもままあったといわれます。このような場合には、権利者の防御の機会を確保という観点から、意見聴取の機会を与えることは重要な意味を持つこととなります。

他方、本件では、審判官は、商標登録を維持するに際し、根拠となる使用状況を調べるために職権証拠調べをしています。その方法は、ネット上で、「スポーツクラブ」及び 「マスターズ」の語を用いた複合キーワード検索を行い、これらの語の使用状況を調べたというものでした。裁判所も、この検索自体は、「必ずしも目新しいものではなく,一般的かつ容易に行われ得るものではある」と述べています。この点では、意見聴取の必要性が問題となる典型的事例とは少し異なった事例といえるかもしれません。
 

判決要旨

判決は、まず、記録上職権証拠調べの結果を被告に通知し、意見申立の機会を与えた形跡がないことを指摘したうえで、以下のとおり、これが手続上の瑕疵にあたると述べました。

法56条が準用する特許法150条は,「審判に関しては,…職権で,証拠調べをすることができる。」(1項)とする一方で,「審判長は,…職権で証拠調べ…をしたときは,その結果を当事者…に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えなければならない。」(5項)と定める。ところが,本件審判手続において,特許庁は,・・・原告に対し,本件職権証拠調べの結果につき通知し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えなかったのであり,この点で本件審判手続には上記規定に違反するという瑕疵があったものというべきである。

 
また、裁判所は、以下のとおり、上記職権証拠調べの結果が審決における無効理由の成否の判断に利用されていることを認定しました。

また,本件職権証拠調べは,具体的にはインターネットにより「スポーツクラブ」及び「マスターズ」の語を複合キーワード検索することで「スポーツクラブ」における「マスターズ」の語の使用例を調査したものであるが,本件審決は,本件商標の法4条1項15号該当性を論ずる中で,本件商標の称呼及び観念につき判断するに当たり,本件商標のように「スポーツクラブ」の文字と「マスターズ」の文字が結合した場合の「マスターズ」の文字部分が持つ出所識別機能の程度を評価する根拠の一つとして,このような本件職権証拠調べの結果である5件のスポーツクラブのホームページに存在する記載を利用している。
さらに,法4条1項19号及び同7号該当性の判断に当たっても,本件審決は,本件職権証拠調べの結果を利用して,本件商標中の「マスターズ」の文字部分が持つ出所識別機能の程度につき検討している。

 
その上で、判決は、本件審判手続の瑕疵が結論に影響を及ぼす可能性のあるものであったことを認定し、さらに、このように、審決の結論に影響を及ぼす可能性のある手続の瑕疵がどのような場合に審決の取消事由となるかを最高裁判所の判例を引用して適示しました。具体的には、実質的な反証の機会があったか、または不意打ちとならないような「特別の事情」がない限り、審決取消事由となると述べています。

そうすると,本件審判手続には瑕疵があり,その瑕疵は,審判の結果である審決の結論に一般的に見て影響を及ぼすものであったものというべきである。このような場合,その瑕疵は,審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情,すなわち,たとえ職権証拠調べの結果の通知がなくとも,これに対する反論,反証の機会が実質的に与えられていたものと評価し得るか,又は当事者に対する不意打ちとならないと認められる事情がない限り,審決取消事由となるものと解される(最高裁判所第一小法廷昭和51年5月6日判決・判例時報819号35頁,最高裁判所第三小法廷平成14年9月17日判決・判例時報1801号108頁参照)。

 
次に、判決は、上で示された規範に基づき、本件において「特別の事情」があったかを検討し、結論としては、反証・反論の可能性がありえた以上「特段の事情」は認められない、と認定しています。

そこで,本件における上記特段の事情の有無を検討すると,本件職権証拠調べは,上記のとおり具体的にはインターネットによる「スポーツクラブ」及び「マスターズ」の語の複合キーワード検索であり,その手法それ自体は必ずしも目新しいものではなく,一般的かつ容易に行われ得るものではある。しかし,原告において,そのような証拠調べが行われることを当然に予期していたとか,予期すべきであったと認めるに足りる証拠はない上,そもそも,本件審判事件においては,被告は原告の主張に対し何ら答弁せず・・・,また,その審理は職権により書面審理とされていた・・・のであるから,本件職権証拠調べの事実を知らない原告にとっては,何らかの追加主張ないし立証が必要であること自体,全く予期し得なかったと考えられるのである。また,本件職権証拠調べの結果それ自体も,本件審決の引用するホームページ上の記載の存在そのものはともかく,これを受けた反証活動や本件証拠調べの結果の評価に関する反論の余地がないとはいい難い。
そうである以上,本件においては本件職権証拠調べの結果に対する反論,反証の機会が原告に対し実質的に与えられていたものとは評価し得ず,また,原告に対する不意打ちとならないと認めるべき事情も見当たらない。すなわち,上記特段の事情の存在は認められない。

 
最後に、判決は、以上の事実認定を受けて、本件における手続きの欠缺は、審決取消事由となると結論付けました。

したがって,本件職権証拠調べの結果の原告に対する通知等を欠くという手続上の瑕疵は,本件審決の取消事由となるものというべきである。

 

実務への示唆

本判決は、手続上の瑕疵のみを検討して審決を取り消したため、実体判断についての拘束力はありません。そのため、特許庁は、上記職権証拠調べの結果について当事者の意見を求めた上で、再度同じ審決をすることができます。この点では、本判決は、紛争の解決よりも、裁判所が特許庁に対して適正手続きの考え方を示すことに主要な意義があると感じられます。ロジックとしては、意見申立の機会を与えなかったことが直ちに審決取消事由となるのではなく、職権証拠調べの結果と審決の内容を対比して、意見申立の機会がなかったことが結論に影響を及ぼすかどうかを判断し、さらに、実質的な反証の機会がなかったかを検討した上で結論を導いていることが着目されます。
 
処分権主義、弁論主義、相対主義といった思想に貫かれた訴訟と、職権主義を基調とする審判とでは、手続の感覚に齟齬が生じることがあり得ますが、本件もその例といえるかもしれません。

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(文責・飯島)