以前リーガル・アップデートで紹介した「エジソンのお箸」事件の控訴審判決がありました(判決全文)。
工業製品の著作物性については、意匠権の保護範囲との関係という観点から、昨今国際的にも議論がなされ、我が国においても、「TRIPP TRAPP」事件判決(知財高判平成27年4月14日)が椅子のデザインが美術の著作物に該当すると判示したことから着目されています。そのような中、「エジソンのお箸」事件において、東京地方裁判所は、著作物と意匠の関係につき、改めて伝統的な判断を示したため、控訴審判決がどうなるか、関心を集めていました。
本判決は、いわゆる「選択の幅」論に立って、箸のような工業製品に創作性が認められることは「極めて限られている」との考え方を示しました。
ポイント
本年(平成28年)10月13日、知的財産高等裁判所は、工業製品の著作物性に関する「エジソンのお箸」の東京地裁判決について、原判決を維持する判断を示しました。対象物は幼児用の練習箸(「エジソンのお箸」)で、幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を容易に習得できるようデザインされたものでした。
訴訟では、エジソンのお箸及びその図画について、著作権(複製権及び翻案権)侵害の成否が争われましたが、知財高裁は、要旨以下の判断を示し、伝統的な解釈を維持しました。
- 実用品であっても美術の著作物としての保護を求める以上,美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく,何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えていることが必要である(これは,美術の著作物としての創作性を認める上で最低限の要件というべきである)。したがって,控訴人の主張が,単に他社製品と比較して特徴的な形態さえ備わっていれば良い(およそ美的特性の有無を考慮する必要がない)とするものであれば,その前提において誤りがある。
- 原告各製品は,幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を簡単に覚えられるようにするための練習用箸であって,その目的を実現するために,2本の箸を連結する,あるいは,箸を持つ指の全部又は一部を固定するというのは,いずれもありふれた着想にすぎない。また,かかる着想を具体的な商品形態として実現しようとすれば,箸という物品自体の持つ機能や性質に加え,練習用箸としての実用性が求められることからしても,選択し得る表現の幅は自ら相当程度制約されるのであって,美術の著作物としての創作性を発揮する余地は極めて限られているものといえる。
- 著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうが,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解すべきである。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
判決言渡日 | 平成28年10月13日 |
事件番号 | 平成28年(ネ)第10059号 |
裁判官 | 鶴 岡 稔 彦(裁判長) 大 西 勝 滋 寺 田 利 彦 |
原判決 | 東京地判平成28年4月27日 |
解説
応用美術をめぐる伝統的な考え方
美的鑑賞の対象としての純粋美術品に対し、実用に供される美的創作物は、「応用美術」と呼ばれ、著作物性が認められるか否かが内外で争われてきました。
著作物の要件との関連では、著作権法2条1項1号の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」という部分の充足が問題となります。
この点、我が国の裁判例は、伝統的に、専ら鑑賞の対象となる純粋美術にのみ著作物性が認められ、工業製品が著作物性を有するのは、著作権法上明示的に著作物性が認められている「美術工芸品」(著作権法2条2項)に限られるとの考えに立っていたと言われています。独立の鑑賞の対象にならない工業製品のデザインは、上記の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」との要件を満たさないものと考えられていたのです。
その背景には、工業デザインなどは、意匠法によって保護されるべきで、著作権法による非常に長い保護には馴染まないとの考え方があります。
TRIPP TRAPP 事件判決
このような伝統的な考え方に対し、知的財産高等裁判所第2部(清水節裁判長、新谷貴昭裁判官、鈴木わかな裁判官)は、以下のように述べて、工業製品(椅子)に著作物性を認めました(知財高判平成27年4月14日)。
著作権法が,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(同法1条)に鑑みると,表現物につき,実用に供されること又は産業上の利用を目的とすることをもって,直ちに著作物性を一律に否定することは,相当ではない。同法2条2項は,「美術の著作物」の例示規定にすぎず,例示に係る「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては,「美術の著作物」として,同法上保護されるものと解すべきである。
この判決をきっかけとして、今後、我が国の裁判所が応用美術についても広く著作物性を認めるようになるのか、議論を呼びました。
「選択の幅」
後述のとおり、本判決は、「選択の幅」という考え方に基づき、工業製品に著作物性を認めるべき場合は限られているとの考え方を示しました。「選択の幅」とは、様々な表現の可能性の中から、ある表現を選択することが創作性の本質である、とする考え方で、著作物の要件のうち、創作性の成否に関係します。
この考え方によれば、箸のように、機能的な観点からデザインの可能性が制約される場合には、創作性が認められる余地は少ない、との結論が導かれやすくなると考えられます。
原判決及び控訴審における原告の主張
裁判例に動きがある中、本訴訟の原判決(東京地判平成28年4月27日)は、以下のように述べて、応用美術は「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に該当せず、著作物にはあたらないとの見解を示しました。
実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではなく,同法2条1項1号の「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」に当たらないというべきである。
また、原判決は、以下のように述べ、応用美術の著作物性が否定される根拠として、著作権の保護が長期間にわたることを指摘しました。
原告は,実用に供される機能的な工業製品やそのデザインであっても,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を肯認すべきである旨主張するけれども,著作権は原則として著作者の死後又は著作物の公表後50年という長期間にわたって存続すること(著作権法51条2項,53条1項)などをも考慮すると,上述のとおり現行の法体系に照らし著作権法が想定していると解されるところを超えてまで保護の対象を広げるような解釈は相当でない・・・。
判旨は、伝統的な裁判例の考え方を踏襲したものといえます。原告は、この判決を不服として控訴しました。
原告は、控訴審において、概要以下の主張をしました。内容的には、TRIPP TRAPP事件の控訴審判決を意識したものと思われます。
- 工業的に大量生産され,実用に供されるものであるからといって,「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは相当でなく,「美術工芸品」に該当しない応用美術であっても,著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を満たすものについては,「美術の著作物」としてこれを保護すべきである。
- 意匠法等の他の法律によって保護されることを根拠として,実用に供される機能的な工業製品ないしそのデザインは,その実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り,著作権法が保護を予定している対象ではないとするのは誤りである。
- 原告各製品は,①キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合された連結箸である点,②1本の箸に人差し指と中指を入れる2つのリングを有し,かつ,他方の箸に親指を入れる1つのリングを有して,合計3つのリングが設けられている点において,他社製品に比べて特徴的な形態を有しており,そこには作者の個性が発揮されていて創作性が認められるから,「美術の著作物」として保護されるべきものである。
本判決
上記の控訴人の主張に対し、本判決は、まず原判決の考え方を承認した上で、以下のとおり、美術の著作物と認められるためには、美的鑑賞の対象となり得るような特性が必要であることを示しました。
実用品であっても美術の著作物としての保護を求める以上,美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく,何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性を備えていることが必要である(これは,美術の著作物としての創作性を認める上で最低限の要件というべきである)。したがって,控訴人の主張が,単に他社製品と比較して特徴的な形態さえ備わっていれば良い(およそ美的特性の有無を考慮する必要がない)とするものであれば,その前提において誤りがある。
また、事実認定として、原告製品には、控訴人(原告)が主張するような共通の特性はないと指摘しました。
原告各製品はいずれも連結箸であるが,必ずしも「キャラクターが表現された円形部材により最上部で結合され」ているとはいえず,せいぜい,原判決が認定するとおり,「箸本体を上部の円形部材等で連結させている」といい得るにすぎない。したがって,前記①の点をもって共通の特徴的な形態とするのは誤りである。
さらに、判決は、いわゆる「選択の幅」論の観点から、箸のような工業製品が、美術の著作物としての創作性を発揮する余地は「極めて限られている」と述べました。
原告各製品は,幼児が食事をしながら正しい箸の持ち方を簡単に覚えられるようにするための練習用箸であって,その目的を実現するために,2本の箸を連結する,あるいは,箸を持つ指の全部又は一部を固定するというのは,いずれもありふれた着想にすぎ・・・(ない)。また,かかる着想を具体的な商品形態として実現しようとすれば,箸という物品自体の持つ機能や性質に加え,練習用箸としての実用性が求められることからしても,選択し得る表現の幅は自ら相当程度制約されるのであって,美術の著作物としての創作性を発揮する余地は極めて限られているものといえる。
加えて、判決は、翻案権侵害の成立について、最一判同13年6月28日を引用し、創作性のない部分について原著作物と同一性を有するとしても翻案には当たらないとの判断を示しました。
著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうが,既存の著作物に依拠して創作された著作物が,思想,感情若しくはアイデア,事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には,翻案には当たらないと解すべきである。
コメント
知財高裁が改めて伝統的な意匠・著作物2分論を維持したことで、この論点について、知財高裁の中でも、2つの意見が並立していることとなります。どのような形で議論が収束するか、興味が保たれます。
なお、本件の当事者間では、別途特許権の侵害及び不正競争防止法違反をめぐる訴訟が存在し(特許権者は訴外の個人)、原告の請求が棄却されています(大阪地判平成25年10月31日/知財高判平成26年4月24日)。また、本件訴訟では、意匠権侵害も争われていましたが、原告は、意匠権に基づく請求を放棄しています。
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(文責・藤田)