ポイント

知的財産高等裁判所は、本年9月28日、特許無効審判における一事不再理を規定した特許法167条の解釈について、平成23年改正によって対世効が否定された現在、特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視すべきであるとの判断を示しました。(判決原文)。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 平成28年9月28日
事件番号 平成27年(行ケ)第10260号 審決取消請求事件
裁判官 裁判長裁判官 髙 部 眞規子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 鈴 木 わかな
特 許 「ロータリーディスクタンブラー錠及び鍵」(特許第4008302号)
原審決 特許庁平成27年11月25日・無効2015-800069号

 

解説

特許無効審判とは

特許無効審判とは、特許庁において、特許を無効にすることについての審判です。特許無効審判は、特許庁における手続きであり、また、審理の対象は特許の客観的な有効性であって、具体的当事者間の権利義務を取り扱うものではありませんが、特許の有効性は、特許権侵害という私法上の権利関係に影響するため、しばしば当事者間の紛争解決手段の一部として利用されます。

一事不再理とは

一事不再理とは、いったん審決がなされた特許無効審判や延長登録無効審判(以下特許無効審判を例に説明します。)について、同一の無効理由によって審判が繰り返されることを禁止する考え方です。
根拠となる特許法167条は、「特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定し、「同一の事実及び同一の証拠」の範囲で蒸し返しを禁じています。

類似の制度との違い

特許法167条の性質については、特に、民事訴訟法における既判力との比較において法的性質が論じられ、両者は同種の制度であるとする説もあります。

他方、既判力は、同一当事者間の訴訟で、裁判所が過去の訴訟と異なる判断をしてはならないとするもので、訴え提起そのものが封じられるわけではないのに対し、一事不再理は、審判請求そのものが封じられます。

また、立法経緯を見ると、既判力は、紛争解決という民事訴訟の目的達成のために必須の効力として導入されたものであるのに対し、一事不再理は、第一次世界大戦前後の社会情勢を背景に、特許権強化の一環として導入された政策的制度となっています。

平成23年特許法改正と一事不再理

特許法167条は、かつては、いったん審決が確定すると、「何人も」「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて特許無効審判を請求することはできないと規定していました。
このような規定は、オーストリアの制度から導入されたもので、上述のとおり、特許権強化が目的でしたが、母国であるオーストリアでも、裁判を受ける権利を侵害するものとして違憲とされ、廃止されました。

わが国でも、対世効を有する一事不再理は第三者の審判を受ける権利を害するものとして批判を受ける一方、そのような弊害を最小化するため、「同一の事実及び同一の証拠」の範囲を限定的に解すべきであるとする考え方がありました。

このような議論を背景に、平成23年特許法改正に際し、特許法167条の「何人も」という文言が削除され、一事不再理が及ぶ主観的範囲が「当事者及び参加人」に限定されました。つまり、誰かが特許無効審判を請求し、不成立審決がなされたとしても、「当事者及び参加人」以外の者であれば、「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて、改めて特許無効審判を請求することができるようになりました。

平成26年の法改正でいわゆる公益的無効理由についても当事者適格として利害関係人であることが要求されるようになるなど、特許無効審判は、より当事者主義的な紛争解決制度に変容しているといえるでしょう。

平成23年改正後の判決

知財高判平成26年3月13日平成25年(行ケ)第10226号「KAMUI」事件

平成23年後の特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」の解釈を巡り、その範囲を広く解したものとしては、知財高判平成26年3月13日平成25年(行ケ)第10226号「KAMUI」事件があります。この判決は、商標登録無効審判の審決取消訴訟におけるものですが、特許法167条は、商標法56条1項により、商標登録無効審判にも準用されているため、「同一の事実及び同一の証拠」の解釈が示されることとなりました。

この判決は、平成23年改正特許法167条における「同一の事実及び同一の証拠」の解釈を示すにあたり、まず以下のように述べ、一事不再理の主たる趣旨は以下の4点にあるとしました。

  1. 同一事項に係る主張及び証拠に基づく矛盾する複数の確定審決が発生することを防止すること
  2. 無効審判請求等の濫用を防止すること
  3. 権利者の被る無効審判手続等に対応する煩雑さを回避すること
  4. 紛争の一回的な解決を図ること

商標法56条1項が準用する特許法167条は,「特許無効審判・・・の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない」旨規定する。
同条は,当事者(参加人を含む。)の提出に係る主張及び証拠等に基づいて判断をした審決が確定した場合には,当事者が同一事項に係る主張及び立証をすることにより,確定審決と矛盾する判断を求めることは許されず,また,審判体も確定審決と矛盾する判断をすることはできない旨を規定したものである。同条が設けられた趣旨は,①同一事項に係る主張及び証拠に基づく矛盾する複数の確定審決が発生することを防止すること,②無効審判請求等の濫用を防止すること,③権利者の被る無効審判手続等に対応する煩雑さを回避すること,④紛争の一回的な解決を図ること等にあると解される。

その上で、判決は、立証命題を基準に「同一の事実及び同一の証拠」の判断を行い、立証命題の同一性がある限り、証拠方法が相違することが直ちに証拠の実質的同一性を否定する理由にはならない、との考え方を示しました。

そうすると,無効審判請求においては,「同一の事実」とは,同一の無効理由に係る主張事実を指し,「同一の証拠」とは,当該主張事実を根拠づけるための実質的に同一の証拠を指すものと解するのが相当である。そして,同一の事実(同一の立証命題)を根拠づけるための証拠である以上,証拠方法が相違することは,直ちには,証拠の実質的同一性を否定する理由にはならないと解すべきである。このような理解は,平成23年法律第63号による特許法167条の改正により,確定審決の第三者効を廃止することとし,他方で当事者間(参加人を含む。)においては,紛争の一回的解決を実現させた趣旨に,最も良く合致するものというべきである。

知財高判平成27年8月26日平成26年(行ケ)第10235号「洗浄剤組成物」事件

知財高判平成27年8月26日平成26年(行ケ)第10235号「洗浄剤組成物」事件は、一事不再理効の客観的範囲に関し、主引例が異なる場合と副引例が異なる場合のそれぞれについて考え方を示しています。

同判決は、まず、以下のように述べ、主引用発明が異なる場合には、当然無効理由も異なり、一事不再理効は及ばないと述べています。

特許発明が出願時における公知技術から容易想到であったというためには,当該特許発明と,対比する対象である引用例(主引用例)に記載された発明(主引用発明)とを対比して,当該特許発明と主引用発明との一致点及び相違点を認定した上で,当業者が主引用発明に他の公知技術又は周知技術とを組み合わせることによって,主引用発明と,相違点に係る他の公知技術又は周知技術の構成を組み合わせることが,当業者において容易に想到することができたことを示すことが必要である。そして,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なれば,特許発明との一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになるのであるから,主引用発明が異なれば,無効理由も異なることは当然である。

続いて、同判決は、主引用発明に組み合わせる公知技術や周知技術が異なる場合も、「同一の事実及び同一の証拠」による審判請求とはいえない旨判示しています。

また,主引用例は,特許発明の出願時における公知技術を示すものであればよいのであるから,甲1文献のように出願時における周知技術を示す文献であっても,主引用例になり得ることも明らかであり,これを主引用例たり得ないとする理由はない。さらに,主引用発明が同一であったとしても,主引用発明に組み合わせる公知技術又は周知技術が実質的に異なれば,発明の容易想到性の判断における具体的な論理構成が異なることとなるのであるから,これによっても無効理由は異なるものとなる。よって,特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。

なお、この判決は、「主引用発明が同一で、これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も、いずれも異なる無効理由となるというべきであり」と述べていますが、そのすぐ上で「主引用発明に組み合わせる公知技術又は周知技術が実質的に異なれば」と述べているように、組み合わせる発明が実質的に異なるものであることが上記の考え方の前提になっているものと考えられます。

原審決

本件において、控訴人(審判請求人)は、進歩性欠如の主張に際し、過去に請求不成立で確定した特許無効審判に用いたものと同一の主引例を用いつつ、いくつかの副引例を追加して前審で主張されていなかった周知技術に関する主張をしました。

これに対し、被控訴人(被請求人)は、一事不再理に抵触するとの主張をしましたが、原審決は、新たな周知技術の主張がある以上同一の証拠による審判請求とはいえないとして、これを排斥しました。

原審決は、その上で実体判断を行いましたが、その際、本件発明、主引用発明、一致点・相違点のいずれにおいても、過去の審判事件の審決と実質的に同一の認定をし、かつ、新たに追加された周知例は、開示された発明の技術目的が異なり、主引用発明に適用することが容易であったとはいえず、また、そもそも相違点にかかる構成を認識できる記載もないとして、結論として進歩性を肯定しました。

判決要旨

本判決は、以下のように述べ、特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」について、紛争の蒸し返し防止の観点から解釈すべきであることを明らかにしました。

特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと規定している。同条の趣旨は,排他的独占的権利である特許権(同法68条)の有効性について複数の異なる判断が下されるという事態及び紛争の蒸し返しが生じないように特許無効審判の一回的紛争解決を図るために,当事者及び参加人に対して一事不再理効を及ぼすものと解される。先の特許無効審判の当事者及び参加人は,同審判手続において無効理由の存否につき攻撃防御をし,また,特許無効審判の審決の取消訴訟が提起された場合には,同訴訟手続において当該審決の取消事由の存否につき攻撃防御をする機会を与えられていたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」について狭義に解するのは,紛争の蒸し返し防止の観点から相当ではない。

さらに、判決は、一事不再理に対世効が認められていた平成23年改正前は、「同一の事実及び同一の証拠」について拡張的解釈をすることに問題があったものの、現在は、むしろ、一回的紛争解決を重視すべきであるとの考えを示しました。

平成23年法律第63号による改正前の特許法167条においては,一事不再理効の及ぶ範囲が「何人も」とされており,先の審判に全く関与していない第三者による審判請求の権利まで制限するものであったことから,「同一の事実及び同一の証拠」の意義を拡張的に解釈することについては,第三者との関係で問題があったということができる。しかし,上記改正によって第三者効が廃止され,一事不再理効の及ぶ範囲が先の審判の手続に関与して主張立証を尽くすことができた当事者及び参加人に限定されたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」の意義については,前記・・・のとおり,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して解するのが相当である。

判決は、あてはめにおいても、以下のように述べています。

・・・このように,確定した前件審決と主引用例が同一であり,まして,多数の副引用例も共通し,証拠を一部追加したにすぎない本件審判の請求は,「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものと解するのが,前記・・・の特許法167条の趣旨にかなうものというべきである。

実務への示唆

本判決は、紛争の一回的解決の観点から、対世効廃止後の特許法167条において、「同一の事実及び同一の証拠」の範囲を広く捉えるKAMUI事件判決と同じ考え方に立つもので、一事不再理の主観的範囲と客観的範囲を連動させて捉えた興味深い判決と思われます。特許無効審判は、客観的な特許の有効性判断という目的を持ちつつも、制度や法解釈においては、今後も、紛争解決に主眼を置く、より民事訴訟に近い制度になっていくのかもしれません。

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(文責・飯島)