中小企業庁は、令和6(2024)年10月、「知的財産取引に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を改正しました。
本ガイドラインは、大企業と中小企業間における知的財産に係る取引について、問題事例を防止するとともに、知的財産取引における企業間の共存共栄を推進する観点で令和3年に策定されたものです。その全体概要は既に別記事でご紹介しました。
今回の改正は、本ガイドラインにおける「第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」の項目を加筆するものであり、契約における知的財産権の非侵害保証・補償にも関連します。実務上も関心の高いところと思われますので、ご紹介します。
本ガイドラインの改正ポイント
- 発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に生じる知的財産権上の責任や負担を、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
- 発注者が希望する目的物において第三者が有する知的財産権を侵害しないことの保証に係る責任の所在については、発注者、受注者間の明示的な協議の上で決定するものとし、受注者に例外なく一方的に保証責任を転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
- 発注者が希望する目的物の製造等に当たり、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、その使用に要する費用その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
解説
本ガイドラインの特徴
本ガイドラインは、営業秘密、ノウハウ、データを含む広義の知的財産を対象として、取引の段階に応じ、知的財産に関わる取引におけるあるべき姿を記載し、大企業と中小企業との間の対等な取引関係を実現するという観点から注意すべき事項を整理するものです[1]。
実際に本ガイドラインでは「あるべき姿」との表題の下に指針が記載され、さらに解説が付されています。
また、本ガイドラインに付随して、次の4つの契約書ひな形も公表されています。
- 秘密保持契約書
- 共同開発契約書
- 知的財産権の取扱いに関する契約書(開発委託契約)
- 知的財産権の取扱いに関する契約書(製造委託契約)
本ガイドラインをどう捉えるか
本ガイドラインが挙げる問題事例は、独占禁止法(特に、優越的地位の濫用)や下請法の観点から法的に問題となりうるものを含む一方、直ちに何らかの法令違反に該当するか否か明確でないものも含まれるように思われます。
しかし、後者の場合であっても、そこに挙げられるような取引は行政当局の目から見て問題がありうる取引であるということを、大企業と中小企業の双方に啓発する意味が本ガイドラインにはあると考えられます。
その意味で、法令違反をしないという最低ラインを超える「あるべき姿」を提示しているガイドラインといえそうです。
本ガイドラインの項目
本ガイドラインの項目は以下のとおりです。令和6年の改正が行われたのは「5. 第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」であり、同項目における「あるべき姿」と解説が大きく加筆されています。
【本ガイドラインの項目】
1.契約締結前(取引交渉段階・工場見学等)
2.試作品製造・共同開発等
3.製造委託・製造販売・請負販売等
4.特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾
5.第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁
知的財産権の非侵害保証とは
本ガイドライン令和6年改正の対象となった「5. 第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」の項目は、契約書におけるいわゆる知的財産権の非侵害保証・補償条項に関連します。
非侵害保証条項とは、目的物が第三者の知的財産権やその他の権利を侵害しないことを約束する条項です。
補償条項とは、目的物について第三者からの請求等がされた場合に、買主・発注者が被った損害を売主が填補することや、売主・受注者が一定の防御手段の提供や協力を行うことを内容とする条項です。売主・受注者が紛争対応をする旨を定めるなど、紛争に対する対応体制や手続を定めることもあります。
こうした条項については、売買契約においてそれが問題となった最近の知財高裁判決とともに別記事にて説明していますので、ご参照ください。
以下、本稿では、令和6年に改正された本ガイドライン及び契約書ひな形の内容を紹介します。
本ガイドライン改正の経緯
本ガイドラインの令和6年改正に至った経緯については、中小企業庁から以下のとおり、ヒアリングの中で中小企業庁が問題と考える契約が発見されたことから、注意すべきポイントの明確化を図ったものと説明されています[2]。
中小企業庁の知財 G メンによるヒアリングを行う中で、「受注者から発注者への納品物又は納品物を組み込んだ製品について、第三者との間で知的財産権に関する紛争が生じたときは、発注者は、受注者の責任の有無にかかわらず、紛争解決に係 る責任や負担の一切を、例外なく一方的に受注者に転嫁できる(以下、「責任転嫁行為」という。)」と解釈できる可能性がある契約を締結していた大企業を、複数社発見しました。
責任転嫁行為については、ガイドライン上ですべきでない行為として定めているため、これらの大企業に対して、契約の再締結等を求める改善要請を実施したところです。この要請に加え、類似の契約が他の企業にも存在する可能性があること、また、今後も新規に締結される可能性があることを踏まえ、大企業・中小企業ともに注意すべきポイントの明確化と、未然防止策の強化を目的として、ガイドライン及び契約書ひな形の改正を行います。
このような経緯から、令和6年改正は、目的物に係る知的財産権侵害の責任や負担を中小企業である受注者が負わされる事例を念頭にしたものと理解することができます。
本ガイドラインが示す「あるべき姿」
令和6年改正後の本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです[3]。
発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に生じる知的財産権上の責任や負担を、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
発注者が希望する目的物において第三者が有する知的財産権を侵害しないことの保証に係る責任の所在については、発注者、受注者間の明示的な協議の上で決定するものとし、受注者に例外なく一方的に保証責任を転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
発注者が希望する目的物の製造等に当たり、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、その使用に要する費用その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
令和6年改正前の「あるべき姿」は、「発注者の指示に基づく業務について、知的財産権上の責任を、中小企業等に一方的に転嫁してはならない。」という一文があるのみでした。
令和6年改正後の「あるべき姿」第1段落は、上記令和6年改正前の一文に対し「負担」や「例外なく」を追記し、さらに「その旨を契約に定めてはならない」ことも加筆したものです。
他方、第2段落と第3段落は新設された記述であり、第2段落は非侵害保証に関するものとなっています。
なお、第1段落を改正の前後で比較すると、改正前に「中小企業等」となっていた文言が「受注者」に変更されているかのように見えます。
もっとも、この点について中小企業庁は、令和6年改正に際して行われたパブリックコメントの回答において、「取引の関係性を重視して文言を修正しておりますが、ご指摘のとおり本ガイドラインは受注者が中小企業である取引を対象としております。」と述べています[4]。そのため、当該文言変更は対象を中小企業から拡大する意図というわけではないと解されます。
また、上記の「あるべき姿」の各段落、及び後述する解説の各所においても、「例外なく一方的に」転嫁してはならないとの記載があります。この「例外なく一方的に」の意味について中小企業庁から明示的な説明はありませんが、パブリックコメントに一つ参考になる回答がありますので紹介します。
そこでは、たとえば発注者から受注者に対しての対価において責任・負担に係る対価が織り込まれており、かつ、両当事者間で協議・交渉した経緯があれば、「例外なく一方的に転嫁」されるものであったとしても問題はない点を明記すべきであるといった意見が提出されたのに対し、中小企業庁から「両当事者間で協議・交渉した経緯があれば、「例外なく一方的」なものでは無いと考えますので、原案のとおりとさせていただきます。」との回答がされています[5]。
本ガイドラインにおける解説(紛争解決責任について)
解説(本ガイドライン16~17頁)における第1段落は、以下のとおり、発注者の指示に基づく業務について第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合、その紛争解決に係る責任や負担を受注者に例外なく一方的に転嫁することや、その旨を契約に定めることは適正な取引とはいえないと述べています。
発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合、当該紛争の解決に係る責任や負担(以下、「紛争解決責任」という。)を受注者に例外なく一方的に転嫁させることや、その旨を契約に定めることは適正な取引とはいえない。
「あるべき姿」の第1段落に関連する解説とみることもできますが、特に「第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合」についての記述となっています。
この記述に続き、同段落では以下のとおり、帰責事由の所在によって場合を分け、
- 発注者にのみ帰責事由が存在するとき(例:専ら発注者の決定した仕様そのものが第三者の知的財産権を侵害しているとき)は、発注者が自ら紛争解決責任を負うべき
- 受注者にも一定の帰責事由があるときは、各々の帰責事由の内容や、各々が獲得した利益等を考慮した結果、正当といえる範囲で紛争解決責任を分担すべき
との考え方が具体化されています。
例えば、当該紛争について、専ら発注者の決定による仕様等そのものが第三者が有する知的財産権を侵害している等、発注者にのみ帰責事由が存在するときは、発注者が自ら紛争解決責任を負わなければならない。また、受注者にも一定の帰責事由があるときは、発注者と受注者は、各々の帰責事由の内容や、各々が獲得した利益等を考慮した結果、正当といえる範囲で紛争解決責任を分担すべきであるという観点から、発注者は、こうした事情を考慮することなく、受注者に対し、一切の紛争解決責任を例外なく一方的に転嫁してはならない。
なお、上記の解説における「専ら発注者の決定による仕様等そのものが第三者が有する知的財産権を侵害している等」の「専ら」は、パブリックコメントを経て追加された文言です[6]。
この点に関して、パブリックコメントでは、受注者が作成した仕様を発注者が承認するプロセスについても「発注者が決定した」とみなされると、ほとんどのケースにおいて発注者が紛争解決責任を負うこととなるといった意見が出されていました[7]。中小企業庁はこの意見への対応として「専ら」を追記したものであり、この経緯は「発注者にのみ帰責事由が存在するとき」の解釈上も参考になるでしょう。
本ガイドラインにおける解説(保証責任について)
解説における第2段落は、「あるべき姿」の第2段落の保証責任に対応するものとみられます。
同解説部分では以下のとおり、目的物が第三者の知的財産権を侵害しないことの保証責任や、保証に係る調査の実施、その費用の負担については、仕様の決定において各々が果たした役割等の事情を踏まえ明示的に協議して、適切に分担すべきことを述べるとともに、これについても、受注者に例外なく一方的に転嫁したり、その旨を契約に定めたりしてはならないとしています。
同様に、目的物について第三者が有する知的財産権を侵害しないことに係る保証責任、保証に係る調査の実施及びそれに要する費用その他の負担については、当該目的物の仕様等の決定において発注者、受注者各々がどのような役割を果たしたか等の事情を踏まえ明示的に協議の上、適切に分担することとし、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。
その上で、以下のとおり例示として、目的物の仕様等を発注者が決定し、その決定に受注者が関与していない場合は、非侵害調査は発注者が自らの負担で行わなければならないと述べています。
例えば、発注者が自ら目的物の仕様等を決定し、その決定に受注者が関与しておらず、かつ、第三者が有する知的財産権を侵害していないことに係る調査が必要となるときは、原則として、発注者が自らの負担で当該調査を行わなければならない。
本ガイドラインは、この解説で上記のとおり「明示的」な協議を強調し、協議の前提事情としては目的物の仕様決定に果たした役割を挙げています。
この「明示的」の意味について、中小企業庁は、パブリックコメントでの回答において、「明示的に」とは当事者間において協議をしたことについて明確に認識ができていることが必要であるとの見解を示しています[8]。
さらに、パブリックコメントでの回答においては以下のとおり、委託業務の内容や当該知的財産に対する知見がどちらにあるのかといったことも考慮されるかのような記載があり、参考になります[9]。
知財侵害がないことを保証するに際しては、①委託に係る業務の内容、②関連する知財に対する知見の高さ、③当該知財に関する調査の内容、④仕様や設計が発注者側の決定によるものなのか受注者側の提案によるものなのか、等の事実関係が事案によって様々であり、事前の協議が特に必要であるとの考えの下、「明示的に協議」が必要との記載にしております。
本ガイドラインにおける解説(第三者からの訴訟提起時について)
解説における第3段落は、以下のとおり、受注者に帰責事由がないにもかかわらず第三者が受注者に対して訴訟を起こしたときの対応について、発注者は原則として、目的物の仕様決定の経緯や指示の内容についての受注者からの開示要請や、受注者への求償等に応じるべきことを述べています。
また、受注者に帰責事由がないにもかかわらず、第三者が受注者を相手に訴訟を起こしたときは、原則として、発注者は、受注者からの、目的物の仕様等の決定に係る経緯や受注者に対する指示の内容等を開示する旨の要請や、当該紛争によって受注者に生じた第三者への損害賠償についての求償等に応じなければならない。
また、本ガイドラインは上記の記述に続き、ここでいう「指示」は、「第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて目的物を製造等するよう明確に指示すること」にとどまらず、結果として第三者が有する知的財産権を侵害することとなるきっかけとなった行為も含まれ得るとして、以下のケースをその例として挙げています。
- 第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて生産すべきことについての、口頭やメールでの示唆
- 第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて生産しなければ、他の製品も含めて取引を停止する等、受注者側に不利益を被らせることの示唆
本ガイドラインにおける解説(第三者からのライセンス取得について)
解説における最後の段落では、以下のとおり、発注者が希望する目的物の製造等において第三者の知的財産権を使用する必要があるときは、その使用料や事務負担等について発注者・受注者が明示的に協議し、その負担割合について決定すべきことを述べています。
さらに、発注者が希望する目的物の製造等において、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、当該知的財産権の使用料、事務その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならず、発注者、受注者が明示的に協議の上、当該負担の割合について決定しなければならない。
これは、「あるべき姿」の第3段落に対応する解説とみられます。
契約書ひな形の改正
令和6年改正における契約書ひな形への変更は、製造委託契約書ひな形へ以下の8条が新設された点です。
第8条 (第三者が有する知的財産権に関する紛争への対応)
1 本業務における目的物又は目的物を組み込んだ製品(以下、「目的物等」という。)について、目的物等に起因して第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じたときは、甲及び乙は、速やかにその旨及びその内容を相手方に通知する。
2 前項の紛争の解決に係る負担について、甲及び乙は、当該知的財産権の侵害に係る自らの責任の範囲において当該負担の責任を負う。
令和6年改正前には、第三者の知的財産権の侵害やこれに関する紛争について、製造委託契約書ひな形には特に規定が設けられていませんでした。
これに対し、新設の8条2項でも、紛争の解決に係る負担について、侵害に係る自らの責任の範囲において負担の責任を負うという内容にとどまっており、具体的な責任内容やその決定の方法についての定めはありません。
この点に関して、パブリックコメントで出された「受託者側の責任範囲が不明確」である旨の意見に対し、中小企業庁は、「契約書ひな形については、発注者と受注者の間で契約締結を検討する際に参考にしていただく事を目的としており、汎用的な記載にしております」と述べています[10]。
また、本ガイドラインに付随する他の契約書ひな形には、改正はなされていません。もっとも、この点について中小企業庁は、パブリックコメントでの回答において、本ガイドラインは製造委託契約のみに限定されるものではなく知的財産に係る取引に広く適用され得るものとの見解を繰り返し表明しています[11]。
コメント
本ガイドラインにおける令和6年改正部分は、典型的には発注者が大企業、受注者が中小企業という取引を念頭に置いたうえで、目的物が第三者の知的財産権を侵害する場合につき受注者に対する一方的な責任転嫁を制限し、受注者が第三者から訴訟提起を受けたが受注者に帰責事由がないケースについては発注者の受注者に対する協力や求償の義務にまで言及したものです。
本稿冒頭にも記載したように、本ガイドラインに沿わないことが直ちに何らかの法令違反を構成するとは限りませんが、本ガイドラインが想定する中小企業を当事者とした取引関係においては参考となるものといえるでしょう。
次に、本ガイドラインの令和6年改正に伴って規定された製造委託契約書ひな形8条2項は、上記のとおり、当事者は知的財産権侵害に係る自らの責任の範囲で紛争解決負担の責任を負う旨の文言となっています。その趣旨は、目的物の仕様等決定への関与の度合いをはじめとする双方当事者の帰責事由を考慮するものと思われますが、この文言の契約条項としての予測可能性は高いものではありません。
実際の契約書作成の場面では、設計・仕様に対する指示など当事者が責任を負う事由の明確化や例示、保証について「知る限り」のような要件、第三者の請求を受けていない当事者の参加機会の付与や協力義務といった内容を盛り込むことが検討されるでしょう。また、発注者・受注者間の損害賠償については、損害の範囲や賠償上限額の設定をすることでバランスをとることも考えられます。
中小企業庁が述べているように、この契約書ひな形は参考にすることが目的であり、このひな形のような文言とするか、それとも別の内容を盛り込むべきかは、個別事案において検討が必要と思われます。
脚注
————————————–
[1] 本ガイドライン7頁参照
[2] 中小企業庁の令和6年7月31日付『「知的財産取引に関するガイドライン」及び「契約書ひな形」の改正(案)に対する意見公募要領』1ページ目
[3] 本ガイドライン15~16頁
[4] パブリックコメント結果No.10-4における「御意見に対する考え方」
[5] パブリックコメント結果No.10-5における「御意見に対する考え方」
[6] パブリックコメント結果No.10-12及び10-15における「御意見に対する考え方」
[7] パブリックコメント結果No.10-12及び10-15における「お寄せいただいた御意見の概要」
[8] パブリックコメント結果No.10-7における「御意見に対する考え方」
[9] パブリックコメント結果No.10-3における「御意見に対する考え方」
[10] パブリックコメント結果No.2における「御意見に対する考え方」
[11] パブリックコメント結果No.10-2、10-8~10-11、10-14、12における「御意見に対する考え方」
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(文責・神田雄)