総務省は、令和元年8月9日、平成29年7月21日付け「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン【第5版】」の改訂版である「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン【第6版】」(以下「本ガイドライン」といいます。)を公表しました。
本ガイドラインは、テレビジョン放送を行なう放送事業者と製作会社との間で行われる番組製作委託取引に関して、主に下請法及び独占禁止法との関係で注意すべき点をまとめたものであり、あるべき取引の指針を示したものとして参考になるため、そのポイントを解説します。

なお、本解説では、実際の取引の流れ、すなわち①取引の開始から、②発注、③発注内容の変更・やり直し、そして④代金の支払いまでの流れに沿って、それぞれの段階における本ガイドラインの内容を概観します。

ポイント

骨子

  • 本ガイドラインは、放送事業者と製作会社との間の番組製作委託取引に関して、主に下請法及び独占禁止法上注意すべき点を示したものです。
  • 本ガイドラインは、主に、下請法について、3条書面の交付義務、下請代金の支払遅延及び減額の禁止、不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止、並びに買いたたきの禁止に関して、独占禁止法について、優越的地位の濫用に関して、番組製作委託取引上問題となりやすいポイントを、「<基本的な考え方>」を示した上で、「<問題となりうる取引事例>」及び「<望ましいと考えられる事例>」を挙げるという構成で解説しています。

「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン」の改訂履歴

第1版 平成21年2月25日
第2版 平成21年7月10日
第3版 平成26年3月10日
第4版 平成29年3月31日
第5版 平成29年7月21日
第6版 令和元年8月9日

解説

前提-ガイドラインとは

ガイドラインには様々なものがあるところ、いずれも法令そのものではないという点では共通しています。そのため、ガイドラインには法令のような法的拘束力はありませんが、行政処分等の基準として機能することも多いため、実務上重要な役割を担っています。
ガイドラインのうち多くのものは、特定の事業分野に対する、特定の法令の解釈等を定める内容となっています。そこで、ガイドラインを検討するにあたっては、まず、「誰に対する」「どの法令」に関する解釈等を示したものなのかを確認する必要があります。

本ガイドラインの位置付け

「誰に対する」-対象となる事業者

本ガイドラインの対象となる事業者は、放送事業者のうち、地上基幹放送、衛星基幹放送、衛星一般放送、有線テレビジョン放送等のうちテレビジョン放送を行なう者です(本ガイドライン4頁)。
より具体的には、本ガイドラインは、上記放送事業者と製作会社との間の番組製作委託取引を対象としています。

「どの法令」-対象とする法令

本ガイドラインは、主に、下請法及び独占禁止法を対象としており、その中でも特に以下の条文に焦点を当てるものです。

下請法3条 書面の交付義務
下請法4条1項2号 下請代金の支払遅延の禁止
下請法4条1項3号 下請代金の減額の禁止
下請法4条2項4号 不当な給付内容の変更・やり直しの禁止
下請法4条1項5号 買いたたきの禁止
独占禁止法2条9項5号ハ 不公正な取引方法-優越的地位の濫用
本ガイドラインの構成

本ガイドラインは、概ね、各テーマにつき「<基本的な考え方>」を示した上で、「<問題となりうる取引事例>」及び「<望ましいと考えられる事例>」を挙げるという構成となっています。

それぞれの項目において、下請法に関する一般的な解説をする際には、主に以下の資料等が引用されています。

また、独占禁止法については、主に以下の指針が引用されています。

改訂の主なポイント

本ガイドラインによる改訂の主なポイントは、次の5点です。

① 全体構成が、具体的な問題事例とその解説を中心とした構成から、各テーマ毎に再構成・整理され
ました。
② 下請法の対象となる取引の範囲や定義が明確になりました。
③ 放送事業者と製作会社との間の事前協議の重要性がさらに強調されました。
④ ベストプラクティス(望ましいと考えられる事例)が追加されました。
⑤ 本ガイドラインの概要版が作成されました。

①取引の開始

下請法との関係-「情報成果物作成委託」(下請法2条3項)

下請法は、「親事業者」(同法2条7項)と「下請事業者」(同法2条8項)との間で行われる取引のうち4つの類型のもの(製造委託、修理委託、情報成果物作成委託及び役務提供委託)に適用されるところ、本ガイドラインでは、主に「情報成果物作成委託」(同法2条3項)が想定されています。

ここで、情報成果物作成委託(ただし、プログラムの情報成果物作成委託を除く)において、放送事業者が「親事業者」に、製作会社が「下請事業者」に、それぞれ該当するか否かは、下図のとおり、両者の資本金の額によって決まります(本ガイドライン5頁)。

また、下請法は、「情報成果物作成委託」を、次のとおり定義しています(同法2条3項)。

この法律で「情報成果物作成委託」とは、事業者が業として行う提供若しくは業として請け負う作成の目的たる情報成果物の作成の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること……をいう。

この定義はわかりにくいですが、本ガイドラインとの関係でいえば、要するに、放送事業者が、製作会社に対し、放送するテレビ番組やテレビCM、映画、アニメーション、放送素材等といった「情報成果物」(同法2条6項2号参照)の製作を委託することが「情報成果物作成委託」に該当します。

これを踏まえて、本ガイドラインでは、下図のとおり、放送コンテンツの製作に関する放送事業者と製作会社との間の契約形態を、業務委託と派遣とに分けた上で、業務委託が、情報成果物作成委託と役務提供委託とに分類されると整理しています。その上で、下請法が適用されるのは、情報成果物作成委託(及び役務提供委託のうち再委託に係るもの)であるとしています(本ガイドライン10~11頁)。

独占禁止法との関係-「優越的地位」に関する考え方

放送事業者が製作会社に対して独占禁止法上の優越的地位にあるか否かについては、一般的な場合と同様に、役務取引ガイドライン等で示された考え方に基づき、個別に検討されることになります。
もっとも、本ガイドラインでは、一般に、放送事業者は製作会社に対して取引上優位にある可能性が高いと整理されています(本ガイドライン8頁)。

②発注

書面の交付(本ガイドライン・第1章関連)

下請法上、親事業者には、下請事業者に対して情報成果物作成委託をした場合、直ちに、下請代金支払遅延等防止法第3条の書面の記載事項等に関する規則 1条1項各号の事項が記載された書面(3条書面)又は電磁的記録を交付する義務があります(同法3条)。

<問題となりうる取引事例>

  • 3条書面が発注時ではなく製作終了時に交付される場合
  • 発注時に交付される書面(及びその後の補充書面)に金額等の3条書面として求められる事項が記載されていない場合等

<望ましいと考えられる事例>

  • 予めひな形やシステムを整備することで、3条書面が適切に作成・交付されるようにしている場合等

なお、上記「①取引の開始」記載の考え方によれば下請法の対象とならない取引であっても、特に、下記の場合には、適切な書類を交付すること又は契約書・覚書等を締結することが推奨されています。

  • 製作会社又は放送事業者から要請があった場合
  • 金額が大きい場合
  • 個人情報を扱う場合
  • 海外での業務など、安全管理上の懸念がある場合
買いたたき①-取引価格の決定(本ガイドライン・第2章関連)

下請法上、親事業者が下請事業者に対する発注に際して下請代金の額を決定するときに、発注した内容と同種又は類似の給付の内容に対して通常支払われるべき対価と比較して著しく低い下請代金の額を不当に定めることは禁止されています(同法4法1項5号)。
買いたたきに該当するか否かの判断においては、下請代金の額そのものの他、その額の決定にあたって親事業者と下請事業者との間で十分な協議が行われたかどうかも考慮されます。この点について、本ガイドラインでは、放送事業者と製作会社との間で認識の乖離が生じている、すなわち放送事業者としては十分な協議を行ったと認識していても、製作会社としては十分な協議の機会が与えられなかったと感じるといった事態が生じやすいことが指摘されています。

<問題となり得る事例>

  • 放送事業者が、製作会社に対し、一方的に、当該製作会社が継続的にその製作を請け負っていた番組の製作費を従来の発注金額よりも減額する旨を通知した場合等

<望ましいと考えられる事例>

  • レギュラー番組の製作費の削減や予算超過の場合の対応にあたっては、一方的な通知ではなく、双方協議を尽くした上で決定している場合等
買いたたき②-著作権の帰属(本ガイドライン・第3章関連)

著作権法上、放送番組は「映画の著作物」(同法2条3項)に該当するところ、「映画の著作物」の著作権は、原則として、「映画製作者」、すなわち「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者」(同法2条1項10号)に帰属します(同法29条)。ここでいう「発意」とは企画構想・製作の意思を意味し、また「責任を有する者」とは、製作に関する法律上の権利・義務の主体であって、経済的な収入・支出の主体になる者を意味します。
そのため、例えば、完全製作委託型番組では、放送事業者ではなく、製作会社が、当該番組の著作権者となる可能性があります。また、完全製作委託型番組以外の、例えばある番組中のコーナー等であっても、製作会社の発意と責任により製作されたものであれば、製作会社に著作権が帰属することになります。

このような制度に基づき、放送事業者ではなく、製作会社に著作権が帰属する番組において、仮に、契約書に「番組の著作権は、放送事業者に帰属する。」との定めがあった場合、当該著作権は、一旦製作会社に帰属した後、製作会社から放送事業者に対して譲渡されたと評価されます。

そのため、このような場合において、当該著作権の譲渡対価について十分な協議が行われず、定められた下請代金の額が、通常支払われるべき対価と比較して著しく低いと評価されるときは、下請法上の買いたたきに該当し、同法4条1項5号に違反することになります。
なお、本ガイドラインでは、ここにいう譲渡対価についての十分な協議の有無についても、前述した下請代金の額の決定に関する事前協議の有無と同じく、放送事業者と製作会社とで認識の乖離が生じていると指摘されています。

また、独占禁止法上も、著作権法上製作会社に帰属すべき著作権を放送事業者に譲渡させることについては、優越的地位の濫用の問題を生じる可能性があります(役務提供ガイドライン ・第2・7参照)。

<問題となりうる取引事例>

  • 完全製作委託型番組の製作委託において、契約書上、放送事業者に番組や素材の著作権が帰属すると記載されているが、製作委託の対価にとしては、当該著作権の譲渡に係る価格は明記されておらず、その協議もない場合等

<望ましいと考えられる事例>

  • 完全製作委託番組の製作委託において、製作会社に著作権が帰属するようにしている場合
  • 著作権の帰属について、製作会社の要望を聞きながら事前の協議を十分に行っている場合
  • 製作会社が放送事業者に対して著作権を譲渡する場合には、当該譲渡に係る価格を製作委託費とは別に明示している場合等

なお、本ガイドライン第3章では、上記の他、「放送番組に用いる楽曲に関する取引」(第3章・2)及び「アニメ制作に関する取引」(第3章・3)について、独立した項目を設けて、下請法上、独占禁止法上又は取引上問題となりうる事例が紹介されています。
このうち後者のアニメ制作に関する取引については、経済産業省が令和元年8月9日に公表した「アニメーション制作業界における下請適正取引等の推進のためのガイドライン」もご確認下さい。

【いわゆる「完パケ逃れ」について】
本ガイドラインには明記されていませんが、完全製作委託型番組として、本来的には、放送事業者ではなく、製作会社が著作権者となるべき番組について、製作会社が著作権を保有することを防ごうとする動き(=「完パケ逃れ」)が放送事業者で行われている事例が複数報告されているようです(「放送コンテンツの適正な製作取引の推進に関する検証・検討会議(第7回)放送コンテンツ適正製作取引推進ワーキンググループ(第4回)合同会合 議事概要」2頁)。
そのため、放送事業者及び製作会社ともに、以下の事例が「完パケ逃れ」として注意を要するものであることについて、十分に認識しておく必要があります。

  • 完全製作委託型番組において、放送事業者が、製作費用の一部を負担するなど部分的又は形式的な関与をすることによって、製作会社が当該番組の著作権者となることを防ごうとする場合

③発注内容の変更・やり直し(本ガイドライン・第4章関連)

下請法上、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、発注内容を変更し、又は受領後に給付をやり直させることにより、下請事業者の利益を不当に害することは禁止されています(同法4条2項4号)。
この点について、本ガイドラインでは、発注内容の変更ややり直しが発生した場合におけるその後の費用の取扱いにつき十分な協議が行われたか否かについては、放送事業者と製作会社とで認識の乖離が生じていると指摘されています。

また、独占禁止法上も、優越的地位にある委託者が、受託者に対し、役務の提供を受ける過程でその内容について了承したにもかかわらず、提供を受けた後に受託者にやり直しをさせる場合等には、優越的地位の濫用として不公正な取引方法に該当し、違法となると整理されています(役務提供ガイドライン ・第2・4・(2)参照)。

<問題となりうる取引事例>

  • 放送事業者が、製作会社に対し、3条書面や契約書の範囲を超えた業務を追加発注したが、対価に変更はなく、当該追加発注によって製作会社に生じた追加費用も支払われない場合等

<望ましいと考えられる事例>

  • 製作会社に責任がない場合において、出演者や番組内容の変更等、契約時に想定した内容を変更せざるを得ないときは、放送権購入の費用を安くし、又は追加作業にかかる費用を製作会社に対して支払っている場合
  • 製作の途中段階で放送事業者と製作会社の双方が中身を確認することによって、やり直しの発生を防いでいる場合等

④代金の支払い

下請代金の減額(本ガイドライン・第5章・1関連)

下請法上、親事業者が、下請事業者の責に帰すべき事由がない場合に、下請代金を減額することは禁止されています(同法4条1項3号)。

<問題となりうる取引事例>

  • 放送事業者が出演者に対して出演料を支払うドラマにつき、出演料が想定よりも高額になった場合において、当該放送事業者が下請代金を減額したとき

なお、下請代金の減額については、望ましいと考えられる事例は紹介されていません。

支払期日の起算日(本ガイドライン・第5章・2関連)

下請法上、下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して、60日以内の期間内で定めなければならず(同法2条の2第1項)、また定められた支払期日までに支払代金を支払わないことは禁止されています(同法4条1項2号)。なお、下請代金を手形によって支払う場合には、手形サイトは120日以内(将来的には60日以内に短縮する努力義務あり)でなければならないとされています(同条2項2号、公正取引委員会「下請代金の支払手段について 」(平成28年12月14日))。

<問題となりうる取引事例>

  • 放送日を起算日とした支払制度を採っている場合において、情報成果物の受領日と放送日とが開くことにより、下請代金の支払いが受領日から60日を超えたとき等

<望ましいと考えられる事例>

  • 受領日から60日以内との制限を遵守するために、納入日を起算日として、当月末締め・翌月末現金払いとしている場合
  • 放送事業者が、製作会社に対し、製作費の一部前払いをするよう努めている場合
  • 製作会社が、放送事業者に対し、情報成果物の納品後速やかに請求書を送付するようにしている場合等

その他

本ガイドラインには、参考資料として、以下の資料等が添付されています。

  • 「放送番組の製作委託にかかる契約見本(契約書の必要事項)」
  • 「情報成果物作成委託発注書(当初書面)の例」

コメント

本ガイドラインの内容自体は、従前のガイドラインの内容を大きく変更するものではありません。
もっとも、本ガイドラインの公表により、放送事業者と製作会社との間で行われる番組製作委託取引において注意すべき点が、より明確になったといえます。そこで、対象となる放送事業者及び製作会社においては、本ガイドラインの公表を機に、改めて自社が関わる取引が本ガイドラインに沿ったものとなっているかどうか確認してみてはいかがでしょうか。

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(文責・増田)