中小企業庁は、令和3年3月31日、「知的財産取引に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を公表しました。

本ガイドラインは、大企業と中小企業間における知的財産に係る取引について、問題事例を防止するとともに、知的財産取引における企業間の共存共栄を推進する観点で策定されたものです。

その内容は、中小企業庁、公正取引委員会、下請Gメン及び特許庁が調査又は収集した問題事例(片務的な契約の締結、ノウハウの開示強要など)の検討を踏まえ、取引の段階に応じて、それぞれ「あるべき姿」と注意点を提示するものです。

本ガイドラインの基本的視座は、中小企業が不当に不利な立場に置かれないことを目指すというものと見られますが、中小企業のみならずその取引の相手方となる大企業にとっても、知的財産取引実務において参考になると思われますので、ご紹介します。

本ガイドラインのポイント

  • 契約締結前においては、相手方が秘密として管理する情報の取得や開示を強要しない。また、交渉や工場見学等においても、相手方の意思に反してノウハウや秘密等を知り得る行為をしない。
  • 試作品製造・共同開発等においては、無償の技術指導・試作品製造等の強制や、相手方のノウハウの無承諾使用をしない。また、共同開発の成果は、技術やアイディアの貢献度によって決めることを原則とし、これと異なり相手方の成果を自社に単独帰属等させる場合は相当の対価を支払う。
  • 製造委託・製造販売・請負販売においては、契約の目的に照らして合理的に必要な範囲を超えて相手方の技術情報等の提供を求めず、これを求める場合は相当の対価を支払う。また、監査や品質保証等の観点から秘密情報の開示を受ける必要がある場合には、あらかじめ監査等を必要とする箇所を明らかにし、監査等の目的を超えた秘密情報の取得をしない。
  • 特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償許諾については、取引と関係のない相手方独自の発明について、事前報告や出願等の内容の修正を求めるなど、相手方が単独で行うべき出願等に干渉しない。また、相手方が生み出した特許権等について、相当の対価を支払うことなく譲渡、自社への単独帰属や実施許諾等を強要しない。
  • 知財訴訟等のリスクの転嫁については、自社の指示に基づく業務の知的財産権上の責任を中小企業等に一方的に転嫁しない。

解説

本ガイドラインの特徴

本ガイドライン7頁によると、本ガイドラインの特徴は次のように理解することができます。

  •    本ガイドラインは、特許権、商標権、意匠権や著作権に限らず、営業秘密・ノウハウ(有益なデータ含む)を含む広義の知的財産を対象とする。
  • 本ガイドラインは、取引の段階に応じ、知的財産にかかわる取引におけるあるべき姿を記載している。
  • その際、大企業と中小企業との間の対等な取引関係を実現するという観点から、注意すべき事項について特定の法令にかかわらず整理している。
  • 競争法等の法令上問題となる行為類型については、必要に応じて解説を付している。

前提資料として本ガイドラインは、以下の4つの資料をもとに問題事例を取引の段階ごとに整理しています。

  • 中小企業庁実施のヒアリング調査
  • 公正取引委員会報告書「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査」
  • 「下請Gメン」によるヒアリング調査
  • 特許庁に寄せられた相談事例

また、本ガイドラインの公表と同時に、次の4つの契約書ひな形も公表されています。

  • 秘密保持契約書
  • 共同開発契約書
  • 知的財産権の取扱いに関する契約書(開発委託契約)
  • 知的財産権の取扱いに関する契約書(製造委託契約)

なお、本ガイドラインは、研究開発型企業に特化した問題を取り扱うものではなく、研究開発型企業に関する内容については公正取引委員会と経済産業省が作成するガイドラインを参照するのが望ましいと記載しています(本ガイドライン1頁)。これは「スタートアップとの事業連携に関する指針」を指すものとみられます。同指針については別の記事においてご紹介しています。

本ガイドラインをどう捉えるか

本ガイドラインが挙げる問題事例は、独占禁止法(特に、優越的地位の濫用)や下請法の観点から法的に問題となりうるものを含む一方、直ちに何らかの法令違反に該当するか否か明確でないものも含まれるように思われます。

しかし、後者の場合であっても、そこに挙げられるような取引は行政当局の目から見て問題がありうる取引であるということを、大企業と中小企業の双方に啓蒙する意味が本ガイドラインにはあるものと考えられます。取引当事者となる企業が「これくらいが普通」という感覚の下で要求したり受け入れたりしている部分があるとすれば、その感覚に一石を投じることで取引の適正化を目指すガイドラインではないかと思われます。

その意味で、法令違反をしないという最低ラインを超える「あるべき姿」を提示しているガイドラインといえそうです。

以下、本稿では、本ガイドラインの項目に沿って、記載された事例の要約と「あるべき姿」を紹介します。

【本ガイドラインの項目】

  • 契約締結前(取引交渉段階・工場見学等)
  • 試作品製造・共同開発等
  •  ➢ 試作品製造・技術指導
     ➢ 共同研究開発における成果の権利帰属

  • 製造委託・製造販売・請負販売等
  •  ➢ 契約に含まれない技術資料等の開示
     ➢ 技術情報等の提供を受ける場合の対価・技術情報の活用
     ➢ 金型設計図面等の提供
     ➢ 工場監査・QC(品質管理)・品質保証関係

  • 特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾
  •  ➢ 特許出願への干渉(出願内容の報告・修正、共同出願の強制)
     ➢ 知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾の強要

  •   知財訴訟等のリスクの転嫁

契約締結前(取引交渉段階・工場見学等)

本ガイドライン(本ガイドライン9頁)が挙げる事例(本ガイドライン9頁)を要約すると次のとおりです。

①  当社の工場見学を行うことを相手方が検討している。しかし、何度依頼しても機密保持契約に応じてくれない。
②  取引先である相手方の秘密は厳格に守る必要がある一方で、相手方は当社の開示した技術を無償で様々なビジネスに用いることができ、かつ、相手方のクライアントに開示できるなど、片務的な契約になっている。
③  得意先である相手方による工場見学を受け入れたが、相手方によりノウハウを奪われ相手方社内で内製化された。
④  取引先から、当社のノウハウを書面にして提出するよう指示された。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン8頁)。

 相手方が秘密として管理する情報(以下「秘密情報」という)については、相手方の事前の承諾を得ることなく、取得し、又は、開示を強要してはならない。
相手方の秘密情報を知った場合には、これを厳に秘密に保持するものとし、相手方から事前に明示的に承諾を得ることなく利用し、又は、第三者へ開示してはならない。

 当事者の意思に反するような形で事前に秘密保持契約を締結することなく、取引交渉や工場見学等、相手方のノウハウや技術上又は営業上の秘密等を知り得る行為をしてはならない。この場合において、一方当事者のみが秘密保持義務を負う内容のものであってはならない。
一方、秘密保持契約を締結する場合においても、当事者が機密保持契約を締結する目的に照らして、必要以上に秘密情報を提供する企業の事業活動を制限しないように配慮しなければならない。

さらに本ガイドラインでは、「ノウハウや技術上又は営業上の秘密が漏えいすれば、当該企業の強みが失われかねないことから、取引開始前であっても秘密保持契約の締結を求めることは当然のこと」とも記載されています(本ガイドライン8頁)。

本ガイドラインではまた、不正競争防止法上の営業秘密に該当する情報については、これを不正取得等する行為は不正競争に該当し民事・刑事の責任が発生する旨もコメントされています(本ガイドライン8頁)。

もっとも、受け入れ側の同意を得た上で情報を入手する行為が、不正競争防止法上の不正取得行為に該当するとは必ずしもいえないと思われますので、やはり秘密保持契約による手当てを考える必要があります。

試作品製造・共同開発等

試作品製造・技術指導

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン10頁)を要約すると次のとおりです。

①  相手方から製造委託を受けていたが、ある時から相手方は別企業に発注先を変更し、当該別企業に対して無償で技術指導をするよう当社に強制した。
②  相手方から継続的に製造委託を受けているが、当該製造委託に関係がない技術指導を、当社の負担により別企業に行うよう相手方から指示された。
③  試作品を納品した際、内製化しない旨の誓約書を締結したにもかかわらず、相手方が内製化を進めたことが判明し、抗議したところ、内製化した証拠を見せるように反論された。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン9~10頁)。

 競合する取引先への技術指導、試作品の製造や技術指導、実験等を意に沿わない形で強制してはならない。
また、試作品等の製造を依頼する場合には、実費(材料費、人件費等)は当然のこととして、技術に対する対価、利益を含む適切な対価を支払わなければならない。

試作品の製造を依頼した場合における試作品そのもの又は技術指導の過程で得た情報を秘密情報として取扱うこととし、その企業が蓄積してきた知識・経験などを含むノウハウを相手方の事前の書面による承諾を得ることなく、他の目的に利用し、複製し、又は、第三者に開示してはならない。

「あるべき姿」で言及されている「試作品の製造を依頼した場合における試作品そのもの又は技術指導の過程で得た情報を秘密情報として取扱う」ことを実現するためには、その旨を契約書によって定めておくべきと考えられます。

共同研究開発における成果の権利帰属

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン11頁)を要約すると次のとおりです。

①  共同研究において、成果である新技術は当社の技術によるものであったのに、発明の寄与度に関係なく全て相手方に帰属する契約書を締結させられた。
②  共同研究において、相手方の業務に関係がない分野の技術も含めた全ての権利を相手方に単独帰属するように打診された。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン10頁)。

 共同研究開発によって得られた成果の帰属は、技術やアイディアの貢献度によって決められることが原則である。特に、もっぱら中小企業のみが技術やノウハウ、アイディアを提供している場合であって、大企業あるいは親事業者のみに単独で帰属させるときには、原則としてノウハウ等の広義の知的財産権を含む適切な対価を支払わなければならない。その際、技術等を提供した中小企業が望めば、共同研究の成果を同社も利用できるよう、無償で実施権を設定する、もしくは優先的に専用実施権を得る権利を付与するなど、共同研究に携わった中小企業の利用可能性に配慮しなければならない。

さらに、本ガイドラインに付随する共同開発契約書のひな形では、中小企業がすでに保有している技術を契約書上明示することにより、共同開発を通じて得られる成果との混同を防止するべき旨もコメントされています。

この点に関しては、特許出願できる技術はあらかじめ出願しておくことによっても、自社がすでに保有していた技術であることを明確にすることができます。

製造委託・製造販売・請負販売等

契約に含まれない技術資料等の開示

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン11頁)を要約すると次のとおりです。

①  製造委託を受託したところ、相手方から定期的かつ詳細な報告が求められたほか、製造現場を動画で撮影されることで、ノウハウを吸い上げられてしまった。
②  相手方のプライベート・ブランドの製造を受託していたところ、当社の自社商品のレシピなどの技術情報を無償で開示するように要求された。
③  製造委託を受託していたところ、受託前に必要な情報を提供していたにもかかわらず、受託していた製品とは関係ない他の製品の情報、その他データなどの技術情報等を無償で提供するように要請された。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン11頁)。

製造委託にあたり、委託本来の目的に照らして合理的に必要と考えられる範囲を超えて、相手方の有するノウハウ、アイディア、レシピ等の技術上又は営業上の秘密情報、又は技術指導等(以下総称して「技術情報等」という。)の役務の提供を求めてはならない。

さらに本ガイドラインでは、「製造現場には様々な技術上又は営業上の秘密情報などがあり、当該企業の競争力の源泉になっている。これらの情報を大企業・親事業者が得ることは、中小企業の成長機会を奪うことになる」とも記載されています(本ガイドライン11頁)。

技術情報等の提供を受ける場合の対価・技術情報の活用

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン12頁)を要約すると次のとおりです。

①   製造委託を受託していたところ、当社が製造している製品について、再現可能なまでの技術情報等を無償で提供するように相手方から要請された。
②   製造委託を受託していたところ、製品は不具合がなかったにもかかわらず、製造に必要な情報をすべて提供するように要請された。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン12頁)。

 技術情報等の提供を受ける場合には、当該技術情報を作出するにあたり必要となった費用や工数に応じた人件費等を含む相当な対価を支払わなければならない。
また、技術情報等の提供を受けた大企業または親事業者は、厳重に管理をするとともに、当該技術情報等を保有する中小企業に対して事前に明確な承諾を得ることなく、または当事者間での約束に反する態様で、第三者へ開示し、又は、契約の目的を超えて当該技術情報等を利用してはならない。

さらに本ガイドラインでは、技術情報の対価を製造委託の総価に含めることも可能であるが、技術情報の対価について確実に支払われるよう、技術情報の対価について明確な合意がなされるべきである旨も記載されています(本ガイドライン12頁)。

金型設計図面等の提供

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン13頁)を要約すると次のとおりです。

①  金型の製造を依頼されたが、金型の設計図面もあわせて納品するように要請された。しかし、発注額は設計図面の分は含まれなかった。
②  金型の製造委託を受託していたが、相手方の意向で金型の設計図面もあわせて納品する契約に変更することになった。しかし、発注額に変更はなかった。
③  金型の製造委託を受託したところ、相手方から設計図面の提出を要請されたが断った。その後、相手方から「設計図面を提出しないと今後の取引に影響がある」といわれてしまった。
④  主要取引先である相手方に設計図面を渡したところ、相手方の他の取引先である海外企業に類似の製品を作られた。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン12頁)。

 製造委託の目的物とされていない、金型の設計図面、CADデータその他技術データの提供を、当事者の意に沿わない形で強制してはならない。
当該技術データ等の提供を求め、又はこれを利用する場合には、製作技術やノウハウの創造に要した費用、人件費等を含む相当な対価を支払わなければならない

さらに本ガイドラインでは、本項目と類似の例は、公正取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」や「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」においても示されていると記載されています(本ガイドライン12頁)。

これは、本項目の事例は独占禁止法や下請法上の問題となる可能性がある事例であることを示唆する趣旨と考えられます。

工場監査・QC(品質管理)・品質保証関係

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン13頁)を要約すると次のとおりです。

①   営業秘密に関する情報も含めてQC工程表に記載させられるほか、製造工程を動画にして無償提出するように強要された。
②   受託した製造委託契約の中で、両社のどちらが取引を終了させる場合でも、製造方法等の営業秘密を含めた全ての情報を委託者に引き継ぐような契約を締結させられた。
③   製造委託契約により、必要性がない場合でも、委託者が指定する者全て(委託者の社員だけではなく第三者も含む)の工場見学に応じることを義務付けられている。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン13頁)。

監査や品質保証等(以下、監査等)により、相手方のノウハウや技術上・営業上の秘密等(以下、「ノウハウ等」という。)の提供を受ける必要がある場合には、あらかじめ監査等を必要とする箇所を明らかにし、また、監査等の目的を達成するために必要な範囲を超えてノウハウ等の提供を求め、又は知りうる行為をしてはならない。

さらに本ガイドラインでは、「製造委託等を委託する前などに契約条件とともに、あらかじめ監査等に必要とする箇所を明示することで、受託側があらかじめ情報開示の範囲が適切か判断し、条件によって受託すべきかどうか判断できるようにすべき」とも記載されています(本ガイドライン13頁)。

特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾

特許出願への干渉(出願内容の報告・修正、共同出願の強制)

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン14頁)を要約すると次のとおりです。

①   製造委託を受託しているが、受託内容に直接関係ない特許出願についても委託者に報告する義務があり、委託者から出願内容について要請を受け、共同出願にさせられることがある。
②   完全に自社開発していた技術の特許出願について、主要取引先である相手方から共同出願にするように依頼された。それによって、当社が第三者にライセンスすることや、当該特許を用いた製品の販売先について、相手方から制限を受けた。
③   主要取引先である相手方の防衛のために共同出願で特許を出願することとなり、その際に当社の営業秘密を出願する必要があった。
④   共同開発において、開発にあたってのアイディアや技術的な貢献内容は当社が主であったにもかかわらず、相手方のみが単独で出願することとなった。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン14頁)。

取引とは直接関係のない又は中小企業が独自に開発した発明その他これに係る独自の改良発明等の出願、登録等について、事前報告や出願等の内容の修正を求めるなど、企業が単独で行うべき出願等に干渉してはならない。

特許を出願すればその内容は一般に公開されますので、自社の営業秘密を特許出願されてしまうと、営業秘密として維持することはできません。そのため、自社の意に反して営業秘密を特許出願されてしまうことには要注意です。

知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾の強要

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン15頁)を要約すると次のとおりです。

①   主要取引先である相手方から特許権の持分の一部を無償譲渡するように要請され、さらに、当社が第三者に実施許諾をするときのみ、相手方の承諾を得る必要がある契約を締結させられた。
②   取引の中で生じた技術に関わる権利をすべて相手方に帰属させるような契約を、納品後に、締結させられた。
③   当社から相手方に開示したアイディアや技術等の知的財産を、相手方が無償かつ無制限に使用できるというライセンス条項を締結させられた。
④   主要取引先である相手方の希望で、当社の競合企業にライセンスするなど、当社の意に反するライセンスを強制されている。
⑤   当社の特許権について、主要取引先である相手方に対して常に最恵待遇でライセンスする義務を一方的に負わされている。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン14頁)。

 相手方が生み出した特許権等について、相手方に対し、無償による譲渡を強要したり、相当の対価を支払うことなく自社に単独帰属することを強要してはならない。
また、相手方が生み出した特許権等の知的財産権について、自社が相手方に対し、相当の対価を支払うことなく相手方又は第三者への実施許諾を強制してはならない。

なお、「あるべき姿」の後半部分に「相手方又は第三者への実施許諾を強制してはならない」とありますが、これは「自社又は第三者への実施許諾を」と読むほうがしっくりくるように思います。つまり、例えば当事者XとYの間で、Xが生み出した知的財産権について、Yが、相当の対価を支払うことなくY又は第三者への実施許諾を強制してはならないということを述べる意図かと思われます。

知財訴訟等のリスクの転嫁

本ガイドラインが挙げる事例(本ガイドライン16頁)を要約すると次のとおりです。

相手方からの指示に基づく業務にも関わらず、知的財産権に関する訴訟等が生じた場合、自社がその責任を負うという契約条件を押し付けられた。

本ガイドラインが示す「あるべき姿」は次のとおりです(本ガイドライン15頁)。

発注者の指示に基づく業務について、知的財産権上の責任を、中小企業等に一方的に転嫁してはならない。

さらに本ガイドラインでは、受注した製品について、発注者が指定する仕様を満たすためには第三者の保有する特許権で保護された技術を使用する必要があるにもかかわらず、発注者が、当該特許権に係るライセンスを受けておらず、かつ、当該ライセンスの取得費用の負担もしない中で、当該製品に係る知的財産権に関する紛争の一切の責任を転嫁させる旨を契約に定めることは問題となる旨も述べられています(本ガイドライン16頁)。

コメント

本ガイドラインが挙げる事例や問題の中には、契約書において適切な定めを設けることで対処できるものが含まれます。それらについては、契約書の作成過程で契約条項の内容をよく検討し、文言の修正を求めることをまずは目指すべきであり、契約書作成をおろそかにしないことが重要と言えます。

他方、本ガイドラインが挙げる事例や問題の中には、契約書の定めと関係なく事実上要求されるものもあります。

本ガイドラインは前記のとおり、各行政機関が調査又は収集した事例を踏まえて作成されたものですが、行政機関に認知されるに至ったそれらの事案は、当事者間で契約交渉や契約内容の変更を求める余地がなかったり、契約書に定めがない事柄であるのに相手方の要求に応じざるを得なかったりした事案であると思われます。このような事象が生じる原因の多くは、当事者間の力関係によるものと推測されます。

取引上の力関係に応じて契約において自社に有利な条件を獲得しようとすることは必ずしも常に法的に否定される行為ではなく、実務上もしばしば行われていることではあります。しかし、それが行き過ぎると優越的地位の濫用等の法令違反、あるいは少なくとも適正・対等な取引という観点からは問題視されるべきものになることが、本ガイドラインによって改めて示されています。

行き過ぎとなりかねない事案を当事者らが自ら是正するための指針として活用されることが、本ガイドラインが策定された狙いなのではないでしょうか。

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(文責・神田)