本連載では、「DX時代の法務・知財」と題し、新しいタイプのITビジネスに関連する契約類型や法令について解説するとともに、そのようなビジネスを保護するための権利の取得・活用の考え方についても解説します。

政府が推進するデジタルトランスフォーメーション(DX)においては、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出が求められています。新たなビジネスモデルの開発段階では、従来にはなかったIT関連の契約類型への対応が迫られており、契約上のリスクを見誤れば、自社の知的財産が流出するおそれがあります。また、開発委託契約や職務発明規程といった従来の契約類型についても、対応を誤れば自社の知的財産を失うおそれがあり、決して軽視してはなりません。そこで、「開発段階における契約」では、これらの契約類型に関する検討のポイントや法令・ガイドラインについて解説します。

連載「DX時代の法務・知財」(Vol. 4):開発段階における契約②――外部への開発委託契約」で述べたとおり、SaaSプロダクトやモバイルアプリの開発を外部に委託する場合には、当該取引に下請法が適用されることがあります。今回は、下請法の概要を紹介したうえで、開発委託者の観点から、外部への開発委託に関して押さえておくべき下請法のポイントを解説します。

連載記事一覧

Vol.1 DX時代に求められる法務・知財の視点
Vol.2 開発段階における契約①――プラットフォーム事業者との契約
Vol.3 デジタルプラットフォーム取引透明化法
Vol.4 開発段階における契約②――外部への開発委託契約
Vol.5 社内開発と知的財産権の確保を巡る留意点
Vol.6 事業化段階における契約①――利用規約(総論)
Vol.7 外部への開発委託と下請法
Vol.8 事業化段階における契約➁
  ――利用規約(責任制限条項・契約内容の一方的変更・SaaS利用規約)

Vol.9 事業化段階における契約③――プライバシーポリシー
Vol.10 事業化段階における契約④――販売代理店契約

ポイント

検討のポイント

  • 前提として、取引の内容と、取引当事者の資本金(又は出資の総額)によって下請法適用の有無を判断する必要があります。下請法が適用されるときは、開発委託者は、親事業者として、下請法上の親事業者の義務及び禁止事項を遵守する必要があります。
  • 下請法の基本的な考え方や外部への開発委託特有の下請法上の問題については、公取委等が公表している下請法関連の資料が参考になります。
  • SaaSプロダクトやモバイルアプリの著作権を開発委託者に帰属させるときは、買いたたき(下請法4条1項5号)のリスクを低減させるためには、下請事業者との十分な協議を経たうえで、著作権譲渡の対価を考慮した委託代金を設定する必要があります。
  • 成果物の検査・検収の遅れを理由に支払期日を延ばすことはできないため、支払期日までに代金を支払わなければ下請代金の支払遅延(下請法4条1項2号)に該当し、また、代金の支払が給付受領後60日を超えて行われた場合には、年6%の遅延利息が生じます(下請法4条の2)。
  • アジャイル開発におけるSaaSプロダクトの改良について、不当な給付内容の変更及び不当なやり直し(下請法4条2項4号)のリスクを低減させるためには、下請事業者と密接なコミュニケーションをとりながら、どこまでが当初の契約範囲内であり、どこからが別契約となる改良であるかについて、可能な限り契約で明らかにしておく必要があります。

解説

下請法とは

下請法とは、正式名称を「下請代金支払遅延等防止法」といい、独占禁止法上の優越的地位の濫用規制(独占禁止法2条9項5号)を補完する法律です。

下請代金の支払遅延等、下請事業者に不利益を課す行為は、優越的地位の濫用(自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、相手方に対して一定の不利益を課す行為)に該当し、独占禁止法違反となる可能性があります。しかし、優越的地位や不利益行為の有無の認定はケースバイケースの判断となるため、迅速な下請事業者保護が期待できません。そこで、下請法は、優越的地位の有無を取引当事者の資本金(株式会社以外では出資の総額)を用いて形式的に定め、違反行為の類型(禁止事項)を具体的に定めることにより、迅速な下請事業者保護を図ろうとしています。

下請法の適用対象

下請法の適用対象は、取引の内容と、取引当事者の資本金(又は出資の総額)によって決まります。

下請法が適用される取引は、製造委託、修理委託、情報成果物作成委託及び役務提供委託です(下請法2条1~4項)。役務提供委託以外においては、親事業者と顧客との取引に関して下請事業者に業務を委託する場合のみならず、親事業者が自ら使用する物品の製造等を業として行う場合にこれを委託する場合も含まれます。他方、役務提供委託においては、自ら用いる役務について下請事業者に委託することは含まれません。

そして、これら取引内容に応じて資本金基準(出資の総額でも同じ)が設けられており(下請法2条7項・8項)、取引当事者が下表の「親事業者」「下請事業者」に該当するとき、下請法が適用されます。

① 3億円の資本金基準

  • 物品の製造委託・修理委託
  • 情報成果物作成委託(プログラム作成のみ)
  • 役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理のみ)
親事業者 下請事業者
資本金3億円超 資本金3億円以下(個人を含む)
資本金1千万円超3億円以下 資本金1千万円以下(個人を含む)

② 5千万円の資本金基準

  • 情報成果物作成(プログラム作成以外)
  • 役務提供委託(運送、物品の倉庫における保管及び情報処理以外)
親事業者 下請事業者
資本金5千万円超 資本金5千万円以下(個人を含む)
資本金1千万円超5千万以下 資本金1千万円以下(個人を含む)

SaaSプロダクトやモバイルアプリの開発委託は、プログラム作成を委託する情報成果物作成委託に該当するため、①3億円の資本金基準が適用されます。要求定義書や設計書の作成といったプログラミング作業が伴わない取引も基本的にはプログラム作成を委託する情報成果物作成委託に該当します(後述の情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン61~62頁)。

親事業者の義務

取引条件の明確化のため、親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をしたときは、直ちに、給付内容、下請代金額、支払期日、支払方法等を記載した書面を交付する義務があります(下請法3条)。また、親事業者は、下請事業者の給付、給付の受領、下請代金の支払等について記載した書面を作成・保存する義務があります(下請法5条)。

また、下請代金の支払期日は、給付受領日から起算して60日以内で、かつ、できる限り短い期間内で定める必要があります(下請法2条の2)。「○月○日まで」「納品後○日以内」といった記載は、支払の期限にすぎず、具体的な日が特定できないため認められません(後述の講習会テキスト35頁)。支払遅延があれば、親事業者は、給付受領日から起算して60日を経過した日から実際の支払日まで、年14.6%の遅延利息を支払う義務があります(下請法4条の2、下請代金支払遅延等防止法第4条の2の規定による遅延利息の率を定める規則)。

親事業者の禁止事項

親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をしたときは、以下の行為が禁止されます。各行為の具体的内容については、後述の講習会テキスト39~88頁をご参照ください。

  • 受領拒否の禁止(下請法4条1項1号)
  • 下請代金の支払遅延の禁止(下請法4条1項2号)
  • 下請代金の減額の禁止(下請法4条1項3号)
  • 返品の禁止(下請法4条1項4号)
  • 買いたたきの禁止(下請法4条1項5号)
  • 購入・利用強制の禁止(下請法4条1項6号)
  • 報復措置の禁止(下請法4条1項7号)
  • 有償支給原材料等の対価の早期決済の禁止(下請法4条2項1号)
  • 割引困難な手形の交付の禁止(下請法4条2項2号)
  • 不当な経済上の利益の提供要請の禁止(下請法4条2項3号)
  • 不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止(下請法4条2項4号)

下請法違反に対する措置

公正取引委員会(公取委)は、親事業者及び下請事業者に対して定期的な書面調査を実施しています。公正取引委員会「年次報告」(令和元年度)253~254頁によれば、2020年度においては、親事業者6万名、下請事業者30万名を対象に書面調査を実施し、新たに着手した下請法違反被疑事件が8515件、このうち書面調査により発覚したものが8360件(残りは下請事業者等からの申告によるもの)であるとのことです。下請法違反行為は、書面調査によって容易に発覚し得るといえます。

そして、上記年次報告254頁によれば、2020年度において、公取委は、8315件の下請法違反被疑事件を処理し、8023件について違反行為又は違反のおそれのある行為を認め、このうち7件については必要な措置をとるべきことの勧告・公表を行い、残り8016件については指導を行いました。

親事業者が禁止事項に違反した場合については、親事業者の努力による問題解決を図る趣旨で、独占禁止法上の排除措置命令や課徴金納付命令のような強制力のある措置は用意されておらず、上記の勧告(行政指導)が最も厳しい措置に当たります。しかし、親事業者が勧告に従わなければ、独占禁止法違反(優越的地位の濫用)を理由に排除措置命令や課徴金納付命令の対象になり得ます(下請法8条)。

公取委等の資料

公取委等が公表した下請法関連の資料は多岐にわたりますが、外部への開発委託との関係で法務・知財担当者が参照すべきものとしては、以下が挙げられます。

下請法の基本的な考え方については、講習会テキストがわかりやすく整理しています(実務上は、公取委の執行方針を示した「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(平成15年12月11日公正取引委員会事務総長通達第18号・平成28年12月14日改正)も重要ですが、講習会テキストのほうが内容面で充実しています)。また、外部への開発委託特有の下請法上の問題については、情報サービス・ソフトウェア産業ガイドラインが参考になります。資本金基準等によって下請法が適用されない場合には、役務委託取引ガイドラインも参照しつつ、優越的地位の濫用の成否を検討することになります。

外部への開発委託に関して押さえておくべき下請法のポイント(開発委託者の観点から)

買いたたきの禁止

○作成する情報成果物に関する知的財産権の譲渡対価の設定について

  • 情報成果物作成委託において給付の内容に知的財産権が含まれている場合、当該知的財産権の対価について、下請事業者と十分に協議することなく、一方的に通常支払われる対価より著しく低い額を定めることは買いたたきに該当する おそれがある 。
  • なお、給付の内容に知的財産権を含まない場合において、下請事業者に発生した知的財産権を、作成の目的たる使用の範囲を超えて親事業者に無償で譲渡・許諾させることは不当な経済上の利益の提供要請に該当する。

(情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン34頁)

SaaSプロダクトやモバイルアプリの著作権については、委託業務前から開発会社や第三者に帰属していたものを除き、成果物の引渡しとともに開発委託者に帰属させる旨を開発委託契約で取り決めることが多いと思われます(連載「DX時代の法務・知財」(Vol. 4):開発段階における契約②――外部への開発委託契約「知的財産権の帰属」参照)。買いたたき(下請法4条1項5号)のリスクを低減させるためには、下請事業者との十分な協議を経たうえで、著作権譲渡の対価を考慮した委託代金を設定する必要があります。

下請代金の支払遅延の禁止

○情報成果物の検査の遅れを理由とする支払遅延について

  • 以下の場合は、支払遅延に該当し、下請法違反となる。

親事業者は,下請事業者にプログラムの作成を委託し、検収後支払を行う制度を採用しているところ,納入されたプログラムの検査に3か月を要したため、下請代金が納入後60日を超えて支払われていた場合

  • 検査が終了していなくても、情報成果物の受領後60日以内に定めた支払期日までに下請代金を支払う必要がある。

(情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン40~41頁)

装置のような有体物と異なり、SaaSプロダクトやモバイルアプリの開発委託においては、外形的に成果物の内容を確認できないため、検査・検収に一定の時間を要する場合があります。しかし、検査・検収の遅れを理由に支払期日を延ばすことができるわけではありません。その結果、支払期日までに代金を支払わなければ下請代金の支払遅延(下請法4条1項2号)に該当し、また、代金の支払が給付受領後60日を超えて行われた場合には、前述のとおり、年14.6%の遅延利息が生じます(下請法4条の2)。

なお、「①注文品が委託内容の水準に達しているかどうか明らかでない場合であって、②あらかじめ親事業者と下請事業者との間で、親事業者の支配下に置いた注文品の内容が、一定の水準を満たしていることを確認した時点で受領とすることを合意している場合」であれば、納期前に成果物を預かって検査することも可能ですが、納期日に成果物が親事業者の手元にあれば、検査完了の有無にかかわらず、納期日が受領日とされます(情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン39~40頁)。

不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止

○アジャイル開発に当たっての留意点

  • アジャイル開発の場合、短期間の小規模開発(イテレーション)を複数サイクルにわたり反復するなど仕様を柔軟に変更しながら開発していくことが前提となるが、下請法の適用を受ける取引においては、親事業者が、下請事業者に当初の仕様と異なることを行わせたり、やり直しを行わせたりすることによって新たに費用が発生する場合(下請事業者に責任がないのに下請事業者に当初示した回数を超えてイテレーションの回数を増やし、下請事業者の給付を受領する期日を過ぎてイテレーションを実施させる場合など)に、親事業者がその費用を負担しないときは、不当な給付内容の変更・やり直しとして下請法に違反することとなる。
  • なお、発注時点で給付の内容(仕様)を詳細に3条書面に記載することが困難な場合もあろうが、給付の内容を下請事業者が理解できるように可能な限り明確に記載する必要がある。一方、当初、給付の内容を定められなかった場合には、給付の内容が確定した後、直ちに補充書面を交付する必要がある(このような発注は、給付の内容が定められないことについて正当な理由がある場合のみ認められる。)。また、給付の内容を変更した場合はその内容及び理由を5条書類に記載し、保存する必要もある。また、取引の実態からみて新たな委託をしたと認められる場合には、3条書面を改めて交付する必要がある。
  • 下請法の適用を受けないものであっても、ユーザーとベンダ間で、又はベンダとベンダ間で、情報ツールも活用するなどして業務に関するコミュニケーションを密に取り合い、各サイクルにおける仕様を可能な限り明確にするとともに、お互いにそれを理解しておく必要がある。

(情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン46~47頁)

近年、アジャイル開発(開発対象を機能ごとに分けて設計・開発・リリースを行き来し、運用結果や顧客の反応等に応じて素早く改良していく開発手法)がSaaSプロダクトの開発についても注目されています(連載「DX時代の法務・知財」(Vol. 4):開発段階における契約②――外部への開発委託契約「アジャイル開発」参照)。不当な給付内容の変更及び不当なやり直し(下請法4条2項4号)のリスクを低減させるためには、下請事業者と密接なコミュニケーションをとりながら、どこまでが当初の契約範囲内であり、どこからが別契約となる改良であるかについて、可能な限り契約で明らかにしておく必要があります。

不当な経済上の利益の提供要請

○その他、不当な経済上の利益の提供要請に当たる場合

  • 以下の場合は、不当な経済上の利益の提供要請に該当し、下請法違反となる。

親事業者は、ソフトウェアの作成を委託している下請事業者の従業員を親事業者の事業所に常駐させ、実際には当該下請事業者への発注とは無関係の事務を行わせた場合

  • 下請取引に影響を及ぼすこととなる者が下請事業者に金銭、労働力等の提供を要請することは、不当な経済上の利益提供要請に該当するおそれがある 。
  • その他、下請事業者ごとに目標を定めて金銭,労働力等の提供を要請することや、 下請事業者に対して、要請に応じなければ不利益な取扱いをする旨示唆して金銭、 労働力等の提供を要請すること、また、下請事業者が提供する意思がないと表明したにもかかわらず、又はその表明がなくとも明らかに提供する意思がないと認められるにもかかわらず、重ねて金銭、労働力等の提供を要請すること等も、不当な経済上の利益提供要請に該当するおそれがある 。
  • なお、情報サービス・ソフトウェア業界においては、 ユーザー等に対する説明や開発全体のプロジェクトマネジメント業務など、本来親事業者が行うべき業務を契約外・仕様外で下請事業者に行わせている事例が散見される。品質向上の観点から、本来的には親事業者(元請け企業等)が責任を持って行うことが望ましいが、一部、下請事業者に行わせる場合には、 不当な経済上の利益の提供要請とならないよう十分に協議の上、仕様に反映し、適切な対価を支払う必要がある。

(情報サービス・ソフトウェア産業ガイドライン44頁)

意外と多い違反行為類型がこの不当な経済上の利益の提供要請(下請法4条2項3号)です。親事業者は、SaaSプロダクトやモバイルアプリの開発のために自社に出入りする下請事業者の担当者に対し、ついでに自社のシステム関連の作業を頼むこともあるかもしれません。しかし、明確に対価が支払われていなければ、それは不当な経済上の利益の提供要請に該当するリスクがあります。十分な協議と適切な対価の支払が必要です。

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(文責・溝上)

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Vol.8 事業化段階における契約➁
  ――利用規約(責任制限条項・契約内容の一方的変更・SaaS利用規約)

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Vol.10 事業化段階における契約④――販売代理店契約