東京地方裁判所民事第47部(杉浦正樹裁判長)は、令和5年4月27日、ヘアドライヤーの「髪へのうるおい1.9倍」「水分発生量従来の18倍」等の広告表現について、原告が誤認惹起の証拠として提出した実験結果には疑義がある等として、各広告表現は品質等誤認惹起行為とは認められないと判断しました。

ポイント

骨子

  • 広告等の表示内容の解釈に当たっては一般消費者の視点に基づき判断するのが相当であるとしても、その表示中に示されたデータ等については、客観的かつ科学的に実証されたものであることを要し、かつ、それで足りると考えられる。そのデータ等の取得に当たって設定されるべき試験条件等についても、法2条1項20号の解釈として何らかの規律が設けられているとは考えられない。
  • 被告各表示は、いずれも被告商品の品質につき誤認を生じさせるものとは認められない。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第47部
判決言渡日 令和5年(2023年)4月27日
事件番号 令和4年(ワ)第14148号 不正競争行為差止請求事件
原告 ダイソン株式会社
被告 パナソニック株式会社
裁判官 裁判長裁判官 杉 浦 正 樹
裁判官    小 口 五 大
裁判官    稲 垣 雄 大

解説

品質等誤認惹起行為とは

不正競争防止法2条1項20号は、商品・役務の広告等に、原産地、品質、内容等について誤認させるような表示をすることを不正競争行為の一つとして規定しています。このような品質等について誤認を惹起させる表示行為を行うと、他の不正競争行為と同様、差止(同法3条)や損害賠償(同法4条)の対象となります。

不正競争防止法
(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為

過去の裁判例としては、酒税法上「みりん」とは認められない調味料のラベルに黒色の大きな書体で「本みりん」、その下に小さく「タイプ」「調味料」と表示した事案について、品質の誤認を惹起する表示行為と認定した「本みりんタイプ調味料」事件(京都地裁平成2年4月25日判決)等があります。

なお、商品やサービスに誇大広告等の不当な表示をした場合、上記の品質等誤認惹起行為のほか、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)の優良誤認表示・有利誤認表示等や、その他の法令の広告規制(例えば、薬機法〔医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律〕の規制等)に該当する場合もあります。

不正競争防止法は競争関係にある事業者間の民事的問題を解決するのが目的であるのに対し、景品表示法は一般消費者の利益の保護が目的で、「事業者」の「一般消費者」に対する表示が対象となり、主に消費者庁による措置命令や課徴金納付命令等の行政処分で規制されます。

1つの不当表示が、複数の法律の違反に該当する場合もあります。

具体的態様の明示義務

不正競争防止法6条には、訴訟で被疑侵害者が侵害組成物等の具体的態様を否認するときは、自己の行為の具体的態様を明らかにする義務が定められています。これは、特許権等の侵害訴訟において被疑侵害者が侵害を否認する場合に、具体的態様を明示する義務(特許法104条の2、実用新案法30条、意匠法41条、商標法39条)と同種の規定です。

不正競争防止法
(具体的態様の明示義務)
第六条 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。

事案の概要

本件は、原告が独自に行った実験に基づき、被告製ヘアドライヤー「ナノケアEH-NA0G」の以下の広告表現が品質誤認惹起行為であると主張して、広告表現の表示差止と抹消を求めた裁判です。

番号 広告表現の内容
被告表示1 (被告の従来商品と比べ)「高浸透ナノイーで髪へのうるおい1.9倍」等
被告表示2 (被告の従来商品と比べ)「水分発生量従来の18倍」等
被告表示3 (イオンなしドライヤーと比べ)「ヘアカラーの色落ちを抑えます」「色が抜けにくい」等
被告表示4 (イオンなしドライヤーと比べ)「摩擦ダメージを抑えます」等
被告表示5 (イオンなしドライヤーと比べ)「摩擦ダメージを抑制」等

※広告表現の詳細は、判決別紙被告表示目録をご参照ください。

判旨

品質誤認惹起行為の基準

東京地方裁判所は、まず、被告表示2の品質誤認惹起表示該当性から検討するものとし、その中で、以下のとおり、誤認惹起表示かどうかは、客観的かつ科学的に実証されたデータ等から一般消費者の視点に基づき判断するのが相当であると判示しました。

品質等誤認表示の不正競争に関しては、法2条1項20号の趣旨に鑑み、広告等の表示内容の解釈に当たっては一般消費者の視点に基づき判断するのが相当であるとしても、その表示中に示されたデータ等については、客観的かつ科学的に実証されたものであることを要し、かつ、それで足りると考えられる。そのデータ等の取得に当たって設定されるべき試験条件等についても、法2条1項20号の解釈として何らかの規律が設けられているとは考えられない。

この点、原告は、「品質誤認表示(法2条1項20号)は、商品の広告が品質を誤認させるものであるかどうかについて、消費者を基準とする。したがって、広告を検証する側は、検証に当たり、①表示に記載又は併記された試験条件が明確である場合にはそれに従い、②試験条件が曖昧な場合や不十分な場合には消費者の視点に立って常識的にこれを解釈して具体的な試験条件を設定し、③記載されていない試験条件については消費者の視点に立って合理的な試験条件を設定すべきであり、広告を表示する側が②や③の場合に上記から外れた試験条件を設定しているときは、当該広告は品質誤認表示に該当するというべきである。」と主張していましたが、原告の主張は採用できないと判断されました。

被告表示2(「水分発生量従来の18倍」等)

東京地方裁判所は、まず、被告表示2の品質誤認惹起表示該当性から検討するものとし、その後被告表示1、3~5の順で検討しているため、本稿でもその順序に沿って判旨を紹介します。
原告は、被告表示2が品質誤認惹起表示であることの根拠として、原告実験2(原告が専門家に委託して行った実験。ドライヤーのイオン吹出口から出る水分をシリカゲルの吸水性能により測定しようとしたもの。)を提出しましたが、東京地方裁判所は、①「原告実験2において測定されたシリカゲルの吸水量が、各ドライヤーのイオン口から発せられる水分量すなわち水分発生量を正しく反映していると見ることについては疑義がある」、②原告実験2でも懸念材料として指摘されている大気中の水蒸気の影響に関し、「原告実験2の精度が問題ないといえる程度に高いといえるのかについては疑問を抱かざるを得ない」として、原告実験2は、その正確性が担保されていることにつき疑義があり、被告表示2が品質誤認惹起表示であることを裏付けるに足りるものとはいえないと判断しました。

被告表示1(「高浸透ナノイーで髪へのうるおい1.9倍」等)

原告は、被告表示1が品質誤認惹起表示であることの根拠として、原告実験1(原告が行った実験。FT-NIR法〔被告表示で示された測定方法〕とKF法で毛束を乾かす前後の水分含有量を測定しようとしたもの。)を提出しましたが、東京地方裁判所は、①「同一の毛髪につき、水道水浸漬・乾燥処理前後の水分量を測定し得るFT-NIR法の方が、KF法よりも適切な方法と考えられる。にもかかわらず、原告実験1においては、FT-NIR法については定量的な測定方法とは位置付けられて」いない、②「KF法の結果は同一の毛髪で水道水浸漬・乾燥処理前後の水分量を測定していない」として、原告実験1の結果が十分に信頼し得るものであるかについては疑義があり、被告表示1が品質誤認惹起表示であることを裏付けるに足りるものとはいえないと判断しました。

被告表示3(「ヘアカラーの色落ちを抑えます」「色が抜けにくい」等)

原告は、被告表示3が品質誤認惹起表示であることの根拠として、原告実験3(原告が行った実験。イオンなしドライヤーとして被告のEH-ND2Bという製品を用いて比較したもの。)を提出しましたが、東京地方裁判所は、①「洗髪・乾燥後の毛束の写真は掲載されていないことから、人間の目から見て実際にどのような色に見えるのか、どの程度洗髪による色の変化(色落ち)があるのかは理解し得ない」、②「比較対象である『イオンなしドライヤー』は、被告商品とは高浸透ナノイー機能の有無のみが異なるものであることを要する」(例えば被告商品につき高浸透ナノイーが機能していない形態で使用することも可能)ところ、風量等の機能が異なるEH-ND2Bを用い、その点に配慮した試験条件により実験が行われたことをうかがわせる記載も見当たらないとして、原告実験3の結果の信用性については疑義があり、被告表示3が品質誤認惹起表示であることを裏付けるに足りるものとはいえないと判断しました。

被告表示4(「摩擦ダメージを抑えます」等)

原告は、被告表示4が品質誤認惹起表示であることの根拠として、原告実験5(原告が行った実験。被告表示で用いられている走査電子顕微鏡(SEM)ではなく、肉眼で毛先の分岐状況を観察したもの。)を提出しましたが、東京地方裁判所は、①「SEM 分析を避ける必要があるほどの支障があったことをうかがわせる記載は見当たらない」、②「2本の髪の毛先の画像が掲載されているが、被告表示4の画像とは倍率も精度も異なることが一見して明らかである」、③比較対象として原告実験3と同じくEH-ND2Bが用いられていたことについて「比較対象の選定の点で必ずしも適切でないことは、原告実験3の場合と同様である」として、原告実験4の結果の信用性については疑義があり、被告表示4が品質誤認惹起表示であることを裏付けるに足りるものとはいえないと判断しました。

被告表示5(「摩擦ダメージを抑制」等)

東京地方裁判所は、まず、被告表示の試験方法に誤記があり訂正が行われたことについて、被告表示5が「枝毛発生率の差」に関するものであることはその表示中の他の記載から明らかであり、上記試験方法が誤記であることは容易に理解し得るし、被告表示5に表示されるデータに係る試験方法が被告表示4によるものと同じものであることも十分に推認し得るとして、誤記の存在をもって直ちに品質を誤認させるものとはいえないと判断しました。
また、原告は、被告表示5が品質誤認惹起表示であることの根拠として、原告実験5(原告が行った実験。誤記訂正前の被告表示5の試験方法に基づき実施。)を提出しましたが、東京地方裁判所は、①誤記訂正前の試験方法で行われた「原告実験5は、被告表示5の検証・確認実験といえるものではない」、②目視での観察結果に基づく点でも被告表示5の検証・確認実験といえるものではない、③比較対象として原告実験3と同じくEH-ND2Bが用いられていたことについて「比較対象の選定の点で必ずしも適切でないことは、原告実験3の場合と同様である」として、原告実験5の結果の信用性については疑義があり、被告表示5が品質誤認惹起表示であることを裏付けるに足りるものとはいえないと判断しました。

具体的態様の明示義務(法6条)

東京地方裁判所は、原告が、被告が裏付けデータ等を開示しないことは具体的態様の明示義務(法6条)及び積極否認の際の理由明示義務(民訴規則79条)に違反すると主張したことについても、「事案に鑑み付言する」として、以下のとおり、同義務等に違反するものとはいえないと判断しました。

「具体的態様」とは、侵害判断のための対比検討が可能な程度に具体的に記載された物の構成又は方法の内容等を意味すると解されるところ、本件においては、被告商品の品質につき誤認を生じさせるものとされる被告各表示に記載された表示内容は、その記載から明確であるといってよく、その基礎となる被告が保有するはずのデータそれ自体及びこれを導く試験条件等につき、被告各表示において開示されたもののほかは開示されていないというに過ぎない。このため、現に原告が各実験により試みているように、本件において主張立証すべき対象は、侵害判断のための対比検討が可能な程度に、被告各表示において既に具体的に示されているといえる。そうすると、本件においては、「侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様」(法6条)が明らかでないとは必ずしもいえない。

また、その点を措くとしても、具体的態様の明示義務に基づき相手方に対して具体的態様の明示を求め得るためには、濫用的・探索的な提訴等を抑止する観点から、当該事案の性質・内容等を踏まえつつ、提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付けを要すると解される。しかるに、本件においては、上記のとおり対比検討すべき表示内容は明確である上、原告実験1~5は、その実験方法が被告各表示の検証・確認実験として不適切であり、また、その結果にはそれぞれ疑義があることを踏まえると、上記の程度の裏付けがされているとはいいがたい。そうである以上、被告の対応をもって具体的態様の明示義務等に違反するものとまではいえない。

なお、冒頭で紹介した景品表示法では、消費者庁長官から表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求められ、そのような資料を提出できなければ、優良誤認表示とみなされるという不実証広告規制があり(景品表示法7条2項)、この場合は表示(広告)主体側が、不当表示でないことの合理的根拠資料を示す必要があります。
これに対し、不正競争防止法は、競争関係にある事業者間の民事的解決を図る法律で、原告(競合の表示が誤認惹起表示だと主張する側)が誤認惹起表示であることを証明する責任を負うのが原則です。

コメント

今回の判決では、原告が提出した実験結果はいずれも疑義があるとして、被告による広告表現はいずれも品質誤認惹起行為ではないと判断されました。
広告表現については、行政当局から景品表示法やその他広告規制の違反を疑われたり、本件のように、他の企業から不正競争防止法違反を主張されたりするリスクもあることから、仮にそのような主張を受けても反論できるよう、適切な根拠に基づいて適切な表現を用いることが重要と考えられます。

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(文責・藤田)