知的財産高等裁判所第1部(大鷹一郎裁判長)は、本年(令和5年)6月8日、新聞記事をスキャンした多数の画像データを社内イントラネットで共有していたことから著作権侵害が認められた事案の控訴審判決において、報道を目的とする新聞記事が著作物と認められるためには作成者の何らかの個性が発揮されていれば足りるとする一方、その内容には様々なものがあり得ることから、新聞記事であることをもって直ちに著作物ということはできず、また、著作物であるとしても、新聞社の著作物とは限らないことから、内容を確認できない記事について著作物性を認めることはできないとの判決をしました。
この事件については、東京地裁の原判決についてリーガル・アップデートで紹介していますので、ここでは、原判決と判断が相違する部分のうち、内容が特定されていない記事に関する著作物性の判断の点に焦点をあてます。
ポイント
骨子
内容が特定された新聞記事について
- 平成30年度掲載記事・・・は、事故に関する記事や、新しい機器やシステムの導入、物品販売、施策の紹介、イベントや企画の紹介、事業等に関する計画、駅の名称、列車接近メロディー、制服の変更等の出来事に関する記事であるところ、そのうち、事故に関する記事については、相当量の情報について、読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されるなど表現上の工夫をし、それ以外の記事については、いずれも、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせたり、関係者のインタビューや供述等を、適宜、取捨選択したり要約するなどの表現上の工夫をして記事を作成していることが認められ、各記事の作成者の個性が表れており、いずれも作成者の思想又は感情が創作的に表現されたものと認められるものであり、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」であるということはできない。
- また、著作物といえるための創作性の程度については、高度な芸術性や独創性まで要するものではなく、作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り、報道を目的とする新聞記事であるからといって、そのような意味での創作性を有し得ないということにはならない。
内容が特定されていない新聞記事について
- 新聞記事においては、訃報や人事異動等の事実をそのまま掲載するものから、主題を設定して新聞社としての意見を述べる社説まで様々なものがあって、記載する事項の選択や記事の展開の仕方、文章表現の方法等において記者の個性を反映させる余地があるとしても、新聞記事であることのみから当然に著作物であるということはできない。
- また、新聞記事の中には、通信社や企業等から提供された情報や文章をそのまま掲載するものや、第三者から寄稿されたものもあり、当該記事を掲載した新聞の発行者が当然にその著作権を有するということもできない。
- さらに、1審原告が指摘する裁判例は、著作権等管理事業者であるJASRACが、その管理する著作物である楽曲を許諾なくライブ会場で演奏する者に対して著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求めた事案であり、上記裁判例は、本件とは、著作物の種類が異なるなど事案を異にするというべきであり、本件に適切でない。
判決概要
裁判所 | 知的財産高等裁判所第1部 |
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判決言渡日 | 令和5年6月8日 |
事件番号 事件名 |
令和4年(ネ)第10106号 損害賠償請求控訴事件 |
当事者 | 一審原告 株式会社中日新聞社 一審被告 首都圏新都市鉄道株式会社 |
原判決 | 東京地判令和4年10月6日 令和2年(ワ)第3931号 |
裁判官 | 裁判長裁判官 大 鷹 一 郎 裁判官 遠 山 敦 士 裁判官 天 野 研 司 |
解説
著作物とは
著作物の定義
著作物の意味は、以下のとおり、著作権法2条1項1号により、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されています。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(略)
著作物の要件
上に紹介した定義規定に見られるように、著作権によって保護される著作物と認められるためには、以下の要件を満たすことが必要です。
① 「思想又は感情」の表現であること
② 創作性があること
③ 表現であること
④ 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであること
創作性と時事の報道
創作性とは
著作物の要件のうち、創作性とは、一般に、著作者の個性の発揮を意味するものとされ、独創性や高度の創造性は求められません。言語の著作物について見ると、記事の見出しについてありふれた表現であるとして著作物性を否定した東京地判平成16年3月24日平成14年(ワ)第28035号、知財高判平成17年10月6日平成17年(ネ)第10049号「ヨミウリ・オンライン事件」判決がある一方、短文の交通安全スローガンに創作性を認めた東京地判平成13年5月30日平成13年(ワ)第2176号「交通安全スローガン事件」判決のような例もあります。
また、近年は、表現物単体で創作性を判断するのではなく、他者の表現行為との関係で表現の選択に幅があるか、つまり、ある表現に著作物性を認めたとしても他者になお創作を行う余地があるような表現について創作性を認めるべきであるとの考え方が有力に唱えられており、これに沿う裁判例も現れています(東京高判平成14年10月29日平成14年(ネ)第2887号等「ホテル・ジャンキーズ事件」判決、上記ヨミウリ・オンライン事件の各判決等)。いわゆる応用美術の文脈でも、知財高判平成28年10月13日平成28年(ネ)第10059号「エジソンのお箸事件」判決は、「選択の幅」の問題に触れて、工業製品の著作物性を否定しています(「エジソンのお箸事件」の解説はこちら)。
時事の報道に関する著作権法の規定
著作物の意義に関し、著作権法10条2項は、以下のとおり、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」は、著作物に該当しないことを定めています。
(著作物の例示)
第十条 (略)
2 事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、前項第一号に掲げる著作物に該当しない。
(略)
この規定は、報道を目的とする新聞記事などの著作物性を類型的に否定するものではなく、創作性を欠くためにもともと著作物の定義に該当しないものについての確認的規定と解されており、報道記事であっても、表現に記者の個性が現れていれば著作物性が否定されることはありません。
なお、ニュース記事の見出しの著作物性を否定したヨミウリ・オンライン事件の知財高裁判決も、以下のとおり述べ、記事見出しであるからといって直ちに著作権法10条2項によって著作物該当性が否定されることはなく、個別判断によるべきことを述べています。
ニュース報道における記事見出しであるからといって,直ちにすべてが 著作権法10条2項に該当して著作物性が否定されるものと即断すべきものではな く,その表現いかんでは,創作性を肯定し得る余地もないではないのであって,結 局は,各記事見出しの表現を個別具体的に検討して,創作的表現であるといえるか 否かを判断すべきものである。
その他、著作物と時事の報道の関係に関する詳細や、新聞記事を巡る著作者の権利やその制限、侵害に対する法律上の救済等の詳細については、原判決の解説をご覧ください。
事案の概要
本件は、新聞社である株式会社中日新聞社が原告となり、つくばエクスプレスを運営する首都圏新都市鉄道株式会社を被告として訴えた事案です。被告は、原告が発行する「東京新聞」の新聞記事を原告に無断でスキャンして画像データを作成し、社内イントラネットに掲示して従業員がアクセスできるようにしていたところ、原告は、この行為が新聞記事について原告が有する複製権及び公衆送信権を侵害したと主張しました。
被告は、一部の記事は著作権法10条2項の「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」に該当するものとして、あるいは、具体的な記事が特定されていないことを理由に著作物性を争いましたが、原判決は、以下のとおり、個別の新聞記事について逐一判断を示すことはせず、記事には表現上の工夫があるものとして、著作物性が認められる旨の包括的な判示をしました。
・・・掲載記事は、事故に関する記事や、新しい機器やシステムの導入、物品販売、施策の紹介、イベントや企画の紹介、事業等に関する計画、駅の名称、列車接近メロディー、制服の変更等の出来事に関する記事である。そのうち、事故に関する記事については、相当量の情報について、読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されるなどされており、表現上の工夫がされている。また、それ以外の記事については、いずれも、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせたり、関係者のインタビューや供述等を、適宜、取捨選択したり要約するなどの表現上の工夫をして記事を作成している。したがって、・・・掲載記事は、いずれも創作的な表現であり、著作物であると認められる。
原判決に対しては、双方当事者が控訴をしていますが、控訴審でも、被告の社内イントラネットに掲載された新聞記事の数量とその著作物性が争点とされています。
判旨
上述のとおり、被告は、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」に該当することや、そもそも記事の内容が特定されていないことを理由として著作物性を争っていました。これに対し、原判決は、包括的に著作物性を認めたのですが、本判決は、両者を区別して判断を示しています。
内容が特定された新聞記事について
まず、被告のイントラネットに掲載された内容が特定されている記事については、本判決も、以下のとおり述べて著作物性を認めました。
平成30年度掲載記事・・・は、事故に関する記事や、新しい機器やシステムの導入、物品販売、施策の紹介、イベントや企画の紹介、事業等に関する計画、駅の名称、列車接近メロディー、制服の変更等の出来事に関する記事であるところ、そのうち、事故に関する記事については、相当量の情報について、読者に分かりやすく伝わるよう、順序等を整えて記載されるなど表現上の工夫をし、それ以外の記事については、いずれも、当該記事のテーマに関する直接的な事実関係に加えて、当該テーマに関連する相当数の事項を適宜の順序、形式で記事に組み合わせたり、関係者のインタビューや供述等を、適宜、取捨選択したり要約するなどの表現上の工夫をして記事を作成していることが認められ、各記事の作成者の個性が表れており、いずれも作成者の思想又は感情が創作的に表現されたものと認められるものであり、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」であるということはできない。
本判決は、上記に続けて、以下のとおり、新聞記事に著作物性が認められるためには、高度な芸術性や独創性まで求められるわけではなく、「作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り」ると述べています。
また、著作物といえるための創作性の程度については、高度な芸術性や独創性まで要するものではなく、作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り、報道を目的とする新聞記事であるからといって、そのような意味での創作性を有し得ないということにはならない。
内容が特定されていない新聞記事について
他方、本判決は、内容が特定されていない新聞記事については、著作物性を認めることはできないとの判断を示しました。
この点、原告は、知財高裁平成28年10月19日判決同年(ネ)第10041号を引用し、過去の著作権侵害行為を原因とする損害賠償請求をするにあたっては、被侵害著作物を個別に特定する必要はないと主張していましたが、判決は、以下のとおり、新聞記事には様々なものがあり、新聞記事であることから一律に著作物性を認めることはできないとして原告の主張を排斥しました。
新聞記事においては、訃報や人事異動等の事実をそのまま掲載するものから、主題を設定して新聞社としての意見を述べる社説まで様々なものがあって、記載する事項の選択や記事の展開の仕方、文章表現の方法等において記者の個性を反映させる余地があるとしても、新聞記事であることのみから当然に著作物であるということはできない。
また、本判決は、以下のとおり、新聞記事の場合、仮に著作物性があったとしても、新聞社が著作権者であるとは限らないということも、原告の主張を排斥する理由としています。
また、新聞記事の中には、通信社や企業等から提供された情報や文章をそのまま掲載するものや、第三者から寄稿されたものもあり、当該記事を掲載した新聞の発行者が当然にその著作権を有するということもできない。
さらに、原告が引用した上記裁判例は、音楽著作物に関するものであるところ、判決は、以下のとおり、ライブ会場で演奏する楽曲が問題になった事件と本件とは、事案が異なると述べました。
さらに、1審原告が指摘する裁判例は、著作権等管理事業者であるJASRACが、その管理する著作物である楽曲を許諾なくライブ会場で演奏する者に対して著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を求めた事案であり、上記裁判例は、本件とは、著作物の種類が異なるなど事案を異にするというべきであり、本件に適切でない。
結論
以上の判断によれば、内容が特定されていない新聞記事について著作権侵害が否定されることになるため、認定される損害額も減額されることとなり、判決は、原判決を一部変更しました。
コメント
原判決は、個別の記事について著作物性にかかる認定判断を示さず、内容が特定されていないものも含め、包括的に著作物性を認めたのに対し、本判決は、内容が特定されていないものについては著作物性を否定しました。新聞記事と、ライブハウスで演奏されるような音楽著作物との間に違いがあることは確かで、新聞記事について、内容が特定されないままに著作権侵害を認めるのはハードルが高いように感じられます。
本件と同様に、報道目的の大量の表現物の著作権侵害が問題になった例としては、上で紹介したヨミウリ・オンライン事件がありますが、同事件においても、原告は、やはり、いくつかの記事見出しを例に挙げて著作物性があることを主張し、大量の見出しの利用行為について著作権侵害の立証をしようとしていましたが、裁判所(知財高裁)は、記事見出しの著作物性が一律否定されるものではないものの、「ニュース報道における記事見出しは、報道対象となる出来事等の内容を簡潔な表現で正確に読者に伝えるという性質から導かれる制約があるほか、使用し得る字数にもおのずと限界があることなどにも起因して、表現の選択の幅は広いとはいい難く、創作性を発揮する余地が比較的少ないことは否定し難いところであり、著作物性が肯定されることは必ずしも容易ではないものと考えられる。」とし、個別判断によるべきであるとしました。
もっとも、本件で問題になっている新聞記事の本体については、記事見出しほど選択の幅が限られているということはなく、イントラネットに掲載された他の記事から、どのような記事が掲載されていたかをある程度合理的に推認する余地もあると思われ、原判決が、掲載された著作物の本数を保守的に推認した上で損害計算に算入したことには一定の合理性も感じられるところです。今後の同種事案における判断もみてみたいものです。
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(文責・飯島)