「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が改正され、令和5年3月27日に告示されました。また、同改正に沿った「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス」も令和5年4月17日に改訂されています。

倫理指針の内容を理解するには、個人情報保護法の正しい理解が必要になります。

本稿では、インフォームド・コンセントの手続等のうち、(2)「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」(3) 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合に要求される手続について解説します。

なお、インフォームド・コンセントの手続の概要、及び(1)「新規に試料・情報を取得する場合」に要求される手続については、前稿をご参照ください。

ポイント

骨子

  • 倫理指針は個人情報保護法の上乗せ規制であり、インフォームド・コンセントは個人情報保護法における同意以上の内容を要求するものです。
  • 「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」については、試料を用いる場合は原則として口頭でのICが、試料を用いない場合は適切な同意が要求されます。
  • 「他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合」については、試料・要配慮個人情報を提供する場合には口頭でのICが、それ以外の情報の提供の場合には適切な同意が、原則として要求されます。

解説

前回はインフォームド・コンセント(IC)の手続の概要、及び(1)「新規に試料・情報を取得する場合」に要求される手続について説明しました。今回はそれに続き(2)「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」(3) 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合に要求される手続について説明します。

(2) 「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」のIC手続等

「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」と個人情報保護法のデフォルト・ルール

「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」とは、過去に別の研究を実施した際に取得した情報を用いる場合や、診療など研究以外を通じて得た試料・情報を用いる場合などが想定されています。

個人情報保護法の観点からは、取得時に特定した利用目的の変更の場面であり、元の利用目的と相当の関連性があると合理的に認められる場合を除き、本人の同意が必要となります(法17条2項)。

なお、もともと別の目的で保有している試料・情報を研究に用いることになるため、新規に取得する場合と異なり、匿名加工情報や仮名加工情報といった、すでに加工された情報も含まれうることとなります。

IC手続等の概要

要求される手続きは、下表のとおりです。

  原則(①) 例外
匿名加工情報等(②) 既に同意を得ている研究の目的と相当の関連性(③) 包括的同意+事後特定(④) 仮名加工情報の作成(⑤) 個情法上の例外(⑥)
試料を用いる研究 口頭IC+記録

※IC困難+通知

→適切な同意でも可

手続き不要 ※IC困難+通知又は公表 オプトアウト (記載なし) オプトアウト

※研究の実施困難であることが条件

試料を用いない研究 適切な同意 手続き不要 通知又は公表 オプトアウト オプトアウト オプトアウト
既存試料を用いる場合

採取した試料そのものを取り扱うため、単なる情報の利用の場合よりも手続が重くなっており、原則として、ICが必要です(口頭でも足りますが、記録の作成は必要)。ただし、ICを受けることが困難な場合であって、利用目的など所定の事項を通知した場合は、「適切な同意」を得ることで良いとされています(ただし、ICが困難な場合には、「適切な同意」も困難ではないかとの批判はあるところです。)。

例外として、まず、用いる試料が、以下のいずれかに該当する場合する場合(上記表②)は、個人情報保護法上、本人の同意は不要であることから、IC手続は不要とされています(②)。なお、匿名加工情報については、以前はICが困難であることが要件とされていましたが、仮名加工情報の場合との整合性から削除されています。

① 当該既存試料が、既に特定の個人を識別することができない状態にあるときは、当該既存試料を用いることにより個人情報が取得されることがないこと

② 仮名加工情報(既に作成されているものに限る。)

③ 匿名加工情報

④ 個人関連情報

また、別の研究では既に同意を得ている場合であって、当該研究の目的と相当の関連性があると合理的に認められる場合(上記表③)は、個人情報保護法上は、本人の同意は不要であることから、新しい利用目的を通知・公表すれば足りることとなります。

従って、この場合は、倫理指針上も、ICが困難である場合に限り、試料・情報の利用目的及び利用方法といった所定の事項を通知・公表することで足りるとされています。

さらに、別の研究での試料の取得時に包括的な同意を取得し、その後、研究の内容が特定された場合(上記表④)は、オプトアウトの手続きをとることにより、あらためてICや適切な同意を経ることなく、試料の利用が可能となります。

また、個人情報保護法上の学術研究の例外又は公衆衛生の例外などに該当する場合(上記表⑥)は、個人情報保護法上は利用目的の変更についても同意が不要であることから、「当該既存試料を用いなければ研究の実施が困難である」場合に限り、オプトアウトによる利用が可能となります。

なお、⑥につき、今回の改正前は、「社会的重要性の高い研究」であることが要件とされていましたが、当該要件は今回の改正で削除され、代わりに「当該既存試料を用いなければ研究の実施が困難である」要件が追加されている点に注意が必要です。

試料を用いない場合(既存情報を用いる場合)

試料を用いず、既存情報のみを用いる場合についてはICは不要であり、「適切な同意」で足りるとされています。また、以下の場合は例外として適切な同意は不要とされています。

まず、用いられる情報が、以下のいずれかに該当する場合する場合(上記表②)は、個人情報保護法上、本人の同意は不要であることから、手続は不要とされています。

② 仮名加工情報(既に作成されているものに限る。)

③ 匿名加工情報

④ 個人関連情報

また、別の研究では既に同意を得ている場合であって、当該研究の目的と相当の関連性があると合理的に認められる場合(上記表③)についても、試料を用いる場合と同様の理由から、通知・公開することで足りるとされています(ただし、試料の場合とことなり、IC困難までは不要です)。

また、包括的同意を取得している場合で、その後、研究の内容が特定された場合(上記表④)や、個人情報保護法上の例外に該当する場合(上記表⑥)については、オプトアウトによる利用が可能とされています。なお、⑥については、試料を用いる場合と異なり、「当該既存試料を用いなければ研究の実施が困難である」要件は課されていません

また、新たに仮名加工情報を既存の情報から作成する場合(上記表⑤)は、これまで、加工前の生の個人情報を扱うこととなるという理由から、原則としてICが必要とされていました。しかし、個人情報保護法上、仮名加工情報の作成には、本人の同意が不要であること、及び、加工の時期によってICの要否が異なるのは不合理であることから、今回の改正で、新たに仮名加工情報を作成する場合については、オプトアウトによることが認められることとなりました。

(3) 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合

「他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合」と個人情報保護法のデフォルト・ルール

「他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合」とは、具体的には、多機関共同研究などにおいて、共同研究先にデータを提供する場合などが想定されています。

個人情報保護法の観点からは、個人データを第三者に提供する場合、個人情報保護法上、原則として、あらかじめ本人の同意を取得する必要があります(法27条1項)。また、取得時に特定した利用目的の変更にもあたり、本人の同意が必要となります(法17条2項)。

IC手続等―試料・要配慮個人情報を提供する場合

既存試料・要配慮個人情報を提供する場合に要求される手続きは、下表のとおりです。原則として、口頭IC+記録が要求されますが、ICが困難である場合に限り、①ないし④の例外が認められています。

原則 口頭IC+記録
例外―IC困難であり、かつ下記に該当する場合
既存試料のみ、かつ個人を識別することができない+提供先で個人情報が取得されない(①) 手続不要
包括的同意+事後特定(②) オプトアウト
個情報の例外要件に該当+(既存試料の場合、実施困難)(③)
通知+適切な同意(④)

①の場合は、個人が特定されないため、個情法上は、提供にあたって本人同意が不要であり、倫理指針上もIC手続は不要となります。

既に包括的に同意を取得しているときは(②)、その後、提供先等を含む研究内容が特定された場合にオプトアウトの手続きによって提供が可能となっています。

また、個人情報保護法上の学術研究の例外又は公衆衛生の例外などに該当する場合についても、個人データの提供について個人情報保護法上は同意が不要であることから、オプトアウトの手続きによることが可能となっています(③)。

そして、上記①ないし③に該当しない場合であっても、研究対象者に対して試料・情報の利用目的及び利用方法といった所定の事項を通知した場合については、「適切な同意」を得ることで足りるとされています(④)。

IC手続等―情報(非要配慮個人情報)を提供する場合

情報(非要配慮個人情報)を提供する場合に要求される手続きは、下表のとおりです。原則として、適切な同意が要求されますが、①ないし④の例外が認められています(なお、試料・要配慮個人情報と異なり、IC困難までは要求されていない点に注意が必要です。)。

原則 適切な同意
例外―下記に該当する場合
個人関連情報の提供+提供先で個人情報として取得しない(①) 手続不要
個人関連情報の提供+提供先で個人情報として取得する(②)+個情法の例外要件に該当
個人関連情報の提供+提供先で個人情報として取得する(③)+提供先において適切な同意を取得
適切な同意困難+匿名加工情報(④)
包括的同意(⑤) オプトアウト
適切な同意困難+個情法の例外規定に該当(⑥)

①の場合は、個人が識別されないことから、倫理指針上も手続きは不要とされています。

また、②の場合であっても、個情法上の例外規定に該当する場合については、個情法上同意が不要となることから、倫理指針上も手続き不要とされています。

提供先で適切な同意を得ていることを確認した場合についても、本人から同意が得られていることから、手続き不要とされています(③)。

匿名加工情報の提供(④)については、個情法上、本人同意は不要です。但し、倫理指針上は、適切な同意が困難である場合に限り、同意が不要とされています。

上記①ないし④に該当しない場合であっても、一定の場合に、オプトアウトによる提供が認められています。

まず、既に包括的に同意を取得しており、その後の研究での提供先等を含む研究の内容が特定された場合に、オプトアウトでの提供が可能となっています(⑤)。また、個人情報保護法上の学術研究の例外又は公衆衛生の例外などに該当する場合についても、ICや適切な同意を経ることなく、オプトアウトによる情報の提供が可能となります(⑥)。

コメント

倫理指針におけるIC等の手続のうち、(2)「自らの研究機関において保有している既存試料・情報を研究に用いる場合」(3) 他の研究機関に既存試料・情報を提供しようとする場合に要求される手続について概観しました。倫理指針と個人情報との関係は改訂を経てかなり整理されましたが、まだ一読しただけではわかりづらいところも多いかと思いますので、整理の一助となればと思います。

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(文責・秦野)