知的財産高等裁判所第4部(菅野雅之裁判長)は、令和5年1月31日、靴底に付す単一の色彩のみからなる本願商標について、高度の自他商品役務識別力の獲得を否定し、原告の審決取消請求を棄却しました。

ポイント

骨子

  • (単一の色彩のみからなる商標が商標法3条2項に該当するための要件)
    単一の色彩のみからなる商標が同条同項の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に当たるというためには、当該商標が使用をされた結果、特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力等を獲得していること(独占適応性)を要するものと解するべきである。
  • (本願商標への当てはめ)
    本願商標の構成態様は特異なものとはいえないこと、原告が取り扱う女性用ハイヒール靴の中敷きに「Christian Louboutin」(一部文字を図案化してなるもの)のロゴが付されており、これらの文字の表示から、原告の女性用ハイヒール靴の出所が認識され、又は認識され得ることは否定できないこと、原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色である赤色を靴底に使用した女性用ハイヒール靴を販売していたこと等の諸事情に加え、本件アンケートの調査結果から推認される需要者における本件商標の認知度は限定的であることを総合考慮すると、本願商標は、前記2で示したような、公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)と認めることができないものであることは明らかである。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和5年1月31日
事件番号 令和4年(行ケ)第10089号 審決取消請求事件
審決番号 不服2019-14379号
原告商標 <商標の詳細な説明>
商標登録を受けようとする商標は 、女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色(PANTONE 18-1663TP)で構成される。なお、破線は、商標がどのように使用されるのかの一例を示したものであり、商標を構成する要素ではない。
裁判官 裁判長裁判官 菅 野 雅 之
裁判官    中 村   恭
裁判官    岡 山 忠 広

解説

色彩のみからなる商標について、商標登録が認められるための要件などは、三菱鉛筆商標事件判決における解説をご参照ください。

原告が商標登録出願した商標(以下「本願商標」といいます)は、女性用ハイヒール靴の靴底部分に付すと表示位置は特定されているものの、文字や図形と組み合わせたものではなく、輪郭のない単一の色彩(赤色)のみからなるものであることが、本件訴訟の特徴と言えます。

なお、本件訴訟の原告は、別件訴訟において、女性用ハイヒール靴の靴底部分に赤色を付した商品を販売する他社に対して、不正競争防止法に基づく差止等を請求しましたが、裁判所は、請求を棄却しました。

詳しくは、こちらの記事をご参照ください。

事案の概要

原告は、平成27年4月1日、下記商標について、指定商品を第25類「女性用ハイヒール」として、商標登録出願(商願2015-29921号)をしました。

「商標の詳細な説明」については、「商標登録を受けようとする商標は 、女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色(PANTONE 18-1663TP)で構成される。なお、破線は、商標がどのように使用されるのかの一例を示したものであり、商標を構成する要素ではない。」としました。

<原告商標>

商標の詳細な説明
商標登録を受けようとする商標は 、女性用ハイヒール靴の靴底部分に付した赤色(PANTONE 18-1663TP)で構成される。なお、破線は、商標がどのように使用されるのかの一例を示したものであり、商標を構成する要素ではない。

特許庁より、令和元年7月29日付で、拒絶査定を受けため、原告は、同年10月29日、同拒絶査定に対する不服審判請求(不服2019-14379号)をしました。

これに対し、特許庁は、令和4年5月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」といいます)をし、その謄本は、同年6月7日、原告に送達されました。

本件審決の要旨は、以下の通りでした。

① 商標法3条1項3号該当性 → 『該当』

本願商標は、商品の美感を向上させる目的で取引上普通に採択し使用されているデザイン手法の範疇において、特定位置(靴底)に付されるありふれた単一の色彩(赤色)を表示してなるものであって、その指定商品に係る需要者及び取引者をして単に商品の色彩を表してなるものと認識し、理解されるものであるにすぎない。

したがって、本願商標は、商品の特徴(商品の色彩)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標であるから、商標法3条1項3号に該当する。

② 商標法3条2項該当性 → 『非該当』

本願商標は、その指定商品に係る需要者の間で特定人(原告)の業務に係る商品であることを表示するものとして広く認識されるに至っているものではなく、同様の特徴を備える商品が多数の事業者により製造及び販売されている実情を踏まえると、特定人(原告)に排他的独占的な使用を認めることは、公益上(独占適応性)の観点から支障があるばかりか、自他商品の出所識別標識として機能することが事実上困難であるから、自他商品の出所識別標識として機能し得るものではない。

したがって、本願商標は、その指定商品との関係において使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識できるに至ったものとは認めることはできず、商標法3条2項の要件を具備しない。

そこで、原告は、令和4年8月17日、商標法3条2項該当性の判断の誤りを理由に、本件審決の取消しを求めて、本件訴えを提起しました。

判旨

それでは、本判決の判旨を見ていきましょう。

単一の色彩のみからなる商標の商標法3条2項該当性

裁判所は、本願商標について、単一の色彩のみからなり、その色彩を付する位置を特定した商標であると判断したうえで、以下の通り、単一の色彩のみからなる商標が商標法3条2項に該当するための要件を示しました。

自由選択の必要性等に基づく公益性の要請が特に強いと認められる、単一の色彩のみからなる商標が同条同項の「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に当たるというためには、当該商標が使用をされた結果、特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力等を獲得していること(独占適応性)を要するものと解するべきである。

裁判所は、単一の色彩のみからなる商標については、原則として何人も自由に選択して使用できるものとすべきであることを前提に、「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」に該当すると認められるための要件として、当該商標が使用をされた結果、「特定人による当該商標の独占使用を認めることが公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力等を獲得していること(独占適応性)」との規範を提示しました。

本願商標への当てはめ

裁判所は、以下のように、本願商標の構成態様、使用態様等、アンケート調査結果を検討しました。

ア 本願商標の構成態様

  • 単一の色彩であり、色彩を付する位置は靴底部分に特定されているが、特定の形状、輪郭に限定されるものではないこと
  • 赤色は衣類等のファッション分野で広く用いられてきた色で、色彩としてはありふれたものであって、特異な色彩であるとはいえないこと
  • 赤色は基本色の一つであり、種々の色相があって、「PANTONE18-1663TP」で特定される赤色と同系色の赤色とは厳密に識別することはできないこと
  • 原告ブランドを立ち上げた以前から、靴底に赤色を付した女性用ハイヒール靴の写真が複数掲載されていたこと
  • 靴底に色彩を付すこと自体に何らかの障害があるとも思えないこと等からすると、色彩を付する位置として特異なものということはできないこと

裁判所は、本願商標の構成態様について、上記判断をしたうえで、本願商標の色彩及び色彩を付する位置は、いずれもありふれたもの、ないし普通のものであり、本願商標の構成に特異性は認められない、と判断しました。

本願商標は、・・・その色彩は単一の色彩であり、その付する位置は靴底部分に特定されているが、別紙1 に着色して示された図形の形状、輪郭のものに限定されるものではない。

本願商標の色彩である「赤色」は、古くから「パワーや生命力を表す色」(乙3)として用いられているほか、女性用靴だけではなく衣類等のファッション分野で広く用いられてきた色である(乙4ないし8)。本願商標の色彩は、パントン社が提供する色彩標本のうち「PANTONE 18-1663TP」と特定されているが、「赤色」であり、基本色の1つで(乙2)、色彩としてはありふれたものであって、特異な色彩であるとはいえない。また、「赤色」は、上記のとおり基本色の1つであり、「紫みの赤」、「黄みの赤」の色相も「赤色」と観念されるように(乙1、2)、「PANTONE18-1663TP」で特定される赤色と同系色の赤色とは厳密に識別することはできない(乙33)。

また、本願商標で特定された色彩を付する位置は、女性用ハイヒールの靴底部分であるが、少なくとも、原告が原告ブランドを立ち上げた1991年後半より以前から、靴底に赤色を付した女性用ハイヒール靴の写真が複数掲載されていた(前記1 ア 及び )ことや、靴底に色彩を付すこと自体に何らかの障害があるとも思えないこと等からすると、色彩を付する位置として特異なものということはできない。

本願商標の色彩及び色彩を付する位置は、いずれもありふれたもの、ないし普通のものであり、本願商標の構成に特異性は認められない。

この点について、原告は、本願商標を付した女性用ハイヒール靴が人気を博する以前において靴底に赤色を付した女性用ハイヒール靴は、被告が指摘し得るもので3、4点にとどまるものであって、本願商標の構成態様は、ありふれたデザイン手法ではない旨主張しましたが、裁判所は、以下の通り判断し、原告主張を退けました。

  • デザイン手法の特異性を判断するに当たっては、刊行物の数が問題となるものではないこと
  • 靴底に色彩を付すこと自体に何らかの障害があるとも思えないこと
  • 原告商品の日本国内における販売数量が飛躍的に伸びたのは2005年頃からであること
  • 原告商品の販売数量が増大する以前に、原告商品と類似の商品は市場にほとんど流通していなかった、あるいは、本件審決時に流通する原告商品と類似する商品が、原告商品の人気にあやかって利を得ようとしたものであるなどと決めつけることはできないこと

デザイン手法の特異性を判断するに当たっては、刊行物の数が問題となるものではないし、前示のとおり、靴底に色彩を付すこと自体に何らかの障害があるとも思えないことに加えて、原告商品は、遅くとも1996年(平成8年)から日本において輸入販売が開始された(前記1 ア )ものの、我が国における販売数量(女性用靴全体)が卸売価額で1億円を超え、飛躍的に伸びたのは2004年(平成16年)ないし2005年(平成17年)頃からであること(別紙2参照)等も勘案すると、それ以前に原告商品と類似の商品は市場にほとんど流通していなかった、あるいは、本件審決時に流通する原告商品と類似する商品は、原告商品の人気にあやかって利を得ようとしたものであるなどと決めつけることはできない(前記1 イに示した靴底が赤色の女性用ハイヒールは、その販売価格帯や販売方法等も多種多様な上、独自のブランド名を付したものであり、一見していわゆる模倣品といえるようなものではない。)。

なお、他社商品の販売事例に関する原告の主張については、以下の通り、流通実態の立証責任は原告にあるとして、論難することは当を得ない、と判じました。

商標法3条1項3号に該当する商標が、当該商標の使用の結果、自他商品識別力を獲得していることの立証責任は出願者にあって、こうした流通実態の立証責任は原告にあるというべきであるから、被告が挙げる事例の販売数量等について論難することは当を得ない。

イ 本願商標の使用態様等

裁判所は、ラグジュアリーブランドに関心のある女性を中心にした一定の需要者には、「靴底が赤い」女性用ハイヒール靴は原告ブランドを指すものと認識されているといえる、と認めつつも、以下の点を指摘しました。

  • 赤色の靴底ではなく、原告商品の中敷きの文字の表示から、原告商品の出所が認識され、また、認識される可能性があること
  • 靴底に赤色を付した女性用ハイヒールは、原告商品以外にも少なからず流通しており、当該商品形態を原告が独占的に使用してきたものと認めることはできないこと

原告商品は、中敷きに「Christian Louboutin」(一部文字を図案化してなるもの)のロゴが付されており(前記1 イ)、こうした文字の表示から、原告の女性用ハイヒール靴の出所が現に認識され、又は認識され得ることは否定することができない。

また、我が国においては、靴底が赤色の女性用ハイヒールは、原告商品以外にも少なからず流通しており(前記1 イ)、女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した商品形態を原告が独占的に使用してきたものと認めることはできない。

この点について、原告は、靴底に本件色彩を付した女性用ハイヒール靴は原告の取扱いに係る女性用ハイヒール靴が市場で人気を博するようになるまで極めて珍しいものであったのであるから、仮に数例があるとしても、こうした類似品が発売されるに至った事情を顧慮することなく、靴底に類似の色彩を使用した商品が多数の事業者により販売されている「取引の実情」を挙げて公益上の要請を考慮することは誤りである、と主張しましたが、裁判所は、以下の通り判断し、原告の主張を退けました。

  • 公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)か否かを判断するに当たって、原告商品以外の類似品に係る取引の存在及びその状況を考慮要素とすることは当然のことである
  • 類似品の取引の実情に原告が示唆するような特段の事情(原告商品の人気に乗じて多数の類似品が販売されたという主張)があると認めることができない

公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)か否かを判断するに当たって、原告商品以外の類似品に係る取引の存在及びその状況を考慮要素とすることは当然のことといえるし、これらの類似品の取引の実情に原告が示唆するような特段の事情があると認めることができない

ウ アンケート調査結果

原告の実施したアンケート(対象、結果)は以下のようなものでした。

対象:東京都、大阪府、愛知県に居住し、特定のショッピングエリアでファッションアイテム又はグッズを購入し、ハイヒール靴を履く習慣のある20歳から50歳までの女性3149人

結果:靴底が赤いハイヒール靴を見たことがないものを含め、本願商標を原告ブランドであると想起した回答者は、自由回答と選択式回答を補正した結果で51.6%

裁判所は、このような調査結果を踏まえて、以下の通り、全国の需要者層にまで調査対象を広げると、本願商標の認知度はさらに低下するものとして、本願商標の認知度は限定的なものと言わざるを得ない、と判断しました。

女性用ハイヒール靴の需要者層は、全国の、主として20歳から50歳までの女性が中心であるといえるが、本件アンケートは、ファッション関係にそれなりに関心のある主要都市に居住し、特定エリアでファッションアイテム等を購入する女性を調査対象としたにもかかわらず、本願商標の認知度は半数程度にとどまっており、全国の需要者層にまで調査対象を広げると、本願商標の認知度はこれよりも下回ることは容易に推認されるところである。

本件アンケート調査結果に基づき本願商標に係る客観的な認知度を測ることの当否に係るその他の点につき判断するまでもなく、本件アンケートの調査結果から認定できる需要者における本願商標の認知度は限定的なものであるといわざるを得ない。

小括

裁判所は、本願商標の構成態様、使用態様等、アンケート調査結果を総合的に考慮したうえで、以下の通り、一定の需要者における本願商標の認知度は認めつつも、公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)と認めることができない、と判断しました。

本願商標が使用された原告の女性用ハイヒール靴の販売実績、宣伝広告、受賞歴等によれば、ラグジュアリーブランドに関心のある女性を中心にした一定の需要者には、本願商標が使用された女性用ハイヒール靴は原告ブランドを指すものと認識されていることは認められる。

しかし、本願商標の構成態様は特異なものとはいえないこと、原告が取り扱う女性用ハイヒール靴の中敷きに「Christian Louboutin」(一部文字を図案化してなるもの)のロゴが付されており、これらの文字の表示から、原告の女性用ハイヒール靴の出所が認識され、又は認識され得ることは否定できないこと、原告以外の複数の事業者が本願商標の色彩と同系色である赤色を靴底に使用した女性用ハイヒール靴を販売していたこと等の諸事情に加え、本件アンケートの調査結果から推認される需要者における本件商標の認知度は限定的であることを総合考慮すると、本願商標は、前記2で示したような、公益性の例外として認められる程度の高度の自他商品識別力を獲得している(独占適応性がある)と認めることができないものであることは明らかである。

そのうえで、裁判所は、本件審決を指示し、原告の請求を棄却しました。

不正競争防止法関連事件(令和4年3月30日東京地方裁判所判決)

先にも紹介しましたが、原告より、女性用ハイヒール靴の靴底部分に赤色を付した他社に対して、不正競争防止法に基づく差止等請求がなされた別件訴訟(東京地方裁判所平成31年(ヮ)第11108号)の判決があります。

他社によるゴム製で光沢のない赤色の靴底の女性用ハイヒール靴の製造・販売等が不正競争防止法上の不正競争行為(周知表示混同惹起行為・著名表示冒用行為)に該当するか否かが争われた事案です。

裁判所は、ゴム製の光沢のない赤色の靴底は原告商品には採用されておらず、使用実績がないため、原告の商品等表示として周知であると認めることはできない、と原告表示の商品等表示への該当性を否定しました。

自他商品役務識別力の獲得が主たる争点となる商標登録の可否に関する本判決とは、争点や視点が異なることから、こちらの記事もご参照ください。

コメント

本判決は、世界的にも日本国内でも、一定程度の認知度を得ていると思われる、靴底に付す単一の色彩のみからなる商標に関する判決として、実務上参考になるものとして紹介します。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・平野)