知的財産高等裁判所第4部(菅野雅之裁判長)は、本年(令和5年)3月9日、特許異議申立ての決定取消訴訟の判決において、いわゆるオープンクレームに対し、引用発明における課題解決手段であって、対象特許の発明特定事項でも願書添付書類で開示されているものでもない事項を「除く」とした訂正について、特許請求の範囲の減縮に該当し、また、新規の技術事項を導入するものではないとする判断を示しました。

これは、平成20年のソルダーレジスト事件大合議判決の考え方にしたがったものですが、具体的なあてはめにおいて実務上参考になると思われますので、紹介します。

ポイント

骨子

  • 訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。
  • そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
  • (訂正事項2は、「積層体」から「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していないとの被告の主張に対し)本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。
  • (「除くクレーム」とする訂正は第三者に明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利益を及ぼす蓋然性が高いとの被告の主張に関し)被告主張のような懸念が仮にあったとしても、それは、訂正後の請求項につき、明確性要件やサポート要件等の適合性を巡って検討されるべき問題というべきであるから、いずれにしても、本件事案において、この点をもって直ちに訂正を認めない理由とすることは相当でない。
  • 訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。
  • 本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。
  • 被告は、・・・訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和5年3月9日
事件番号
事件名
令和4年(行ケ)第10030号
特許取消決定取消請求事件
対象特許
発明の名称
特許第6547817号
「ポリエステル樹脂組成物の積層体」
原決定 特許庁令和4年3月22日
異議2019-701046号
裁判官 裁判長裁判官 菅 野 雅 之
裁判官    本 吉 弘 行
裁判官    岡 山 忠 広

解説

除くクレーム

「除くクレーム」とは

「除くクレーム」とは、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいうものとされています(特許実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4))。審査や特許異議申立て、特許無効審判などで先行技術文献にクレームの範囲に属する記載が発見された場合などにおいて、その先行技術文献に記載された態様をクレームから除外する場合などに用いられることが多く、その意味では、出願時には「除くクレーム」でなかったものの、補正や訂正によって特定の態様を除く記載が追加され、「除くクレーム」になるというのが一般的です。

「除くクレーム」が用いられる局面

クレーム中の一定の幅のある記載からその一部の態様を除外したからといって直ちに進歩性が認められるわけではないため、「除くクレーム」への補正や訂正は、発明の同一性のみが問題となり、進歩性が問われない場合、すなわち、拡大先願要件違反(特許法29条の2)の解消のために補正や訂正が行われる場合によく用いられます。

なお、「除くクレーム」にかかる相違点について容易想到性を否定し、進歩性を肯定した裁判例としては、知財高判平成29年11月7日同年(行ケ)第10032号があります。

オープンクレームとクローズドクレーム

オープンクレームとは、特許発明ないし出願にかかる発明をもって、特許請求の範囲に記載された発明特定事項を包含するすべての発明とするクレームをいい、クローズドクレームとは、特許請求の範囲に記載された発明特定事項のみからなる発明とするクレームをいいます。

例えば、「時針と分針を有する時計」というクレームは、時針と分針を備える時計だけでなく、さらに秒針を備える時計も含まれるため、オープンクレームといえます。他方、「時針と分針のみを有する時計」というクレームは、秒針を含む時計を含まないため、クローズドクレームにあたります。例えば、米国では、こういった構成を「comprising」と表現するか(オープンクレーム)、「consist of」と表現するか(クローズドクレーム)で書き分けられています。

特許異議申立て

特許異議申立てとは

特許は、特許庁による行政処分で、特許登録があると、以下の特許法66条1項により、出願人に特許権が生じます。

(特許権の設定の登録)
第六十六条 特許権は、設定の登録により発生する。
(略)

特許権は対世的権利で、特許権者は、以下の特許法68条本文により、第三者が日本国内で特許発明を実施することを禁止することができます。

(特許権の効力)
第六十八条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(略)

特許法はこうして発明を保護していますが、特許のなかには、瑕疵のあるもの、つまり、本来付与されるべきでない特許もあり、そのような特許があると、第三者の技術利用が不当に害されることになります。

そこで、特許法は、以下の同法113条以下において、特許掲載公報が発行されてから6か月間の期間、誰でも特許に対して異議を申し立てることができることとしています。これが特許異議申立てです。

(特許異議の申立て)
第百十三条 何人も、特許掲載公報の発行の日から六月以内に限り、特許庁長官に、特許が次の各号のいずれかに該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。この場合において、二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。
 その特許が第十七条の二第三項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願(外国語書面出願を除く。)に対してされたこと。
 その特許が第二十五条、第二十九条、第二十九条の二、第三十二条又は第三十九条第一項から第四項までの規定に違反してされたこと。
 その特許が条約に違反してされたこと。
 その特許が第三十六条第四項第一号又は第六項(第四号を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたこと。
 外国語書面出願に係る特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないこと。

特許異議申立ての審理と決定

特許異議申立ての審理は、以下の特許法114条1項により、3名または5名の審判官によって行われ、申立てに理由があるときは取消決定が(同条2項)、理由がないときは維持決定が(同条4項)、それぞれなされます。取消決定が確定すると、その特許にかかる特許権は、初めから存在しなかったものとみなされます(同条3項)。

(決定)
第百十四条 特許異議の申立てについての審理及び決定は、三人又は五人の審判官の合議体が行う。
 審判官は、特許異議の申立てに係る特許が前条各号のいずれかに該当すると認めるときは、その特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)をしなければならない。
 取消決定が確定したときは、その特許権は、初めから存在しなかつたものとみなす。
 審判官は、特許異議の申立てに係る特許が前条各号のいずれかに該当すると認めないときは、その特許を維持すべき旨の決定をしなければならない。
(略)

特許無効審判との関係

なお、特許異議申立期間である6か月を経過した後も、特許法123条1項に基づき、特許異議申立ての取消理由を特許無効審判で主張し、特許の有効性を争うことはできますが、特許無効審判を請求することができるのは、同条2項により、競合関係にある企業などの利害関係人に限定され、さらに、冒認や共同出願違反を理由とする場合には、特許を受ける権利を有する者に限られます。

特許異議申立てにおける訂正請求

訂正請求とは

特許異議申立手続きにおいて、特許庁が特許を取り消す決定をしようとするときは、以下の特許法120条の5第1項に基づき、審判長が特許権者に事前にその理由を通知し、意見書を提出する機会を与えます。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 審判長は、取消決定をしようとするときは、特許権者及び参加人に対し、特許の取消しの理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。
(略)

上記規定に基づき意見書を提出することができる期間においては、特許権者は、意見書を提出するほか、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面の訂正を請求することができます。これが「訂正請求」と呼ばれる手続で、特許無効審判にも同様の制度があります。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 特許権者は、前項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。(略)

特許異議申立ての手続中で行われる訂正は、通常、特許を訂正することによって取消理由を解消することを目的に行われます。

訂正審判との関係

特許異議申立てや特許無効審判とは関係なく願書の添付書類を訂正する手続きとしては、以下の特許法126条1項に定められた訂正審判があります。これは、特許権者が随時請求できる審判手続です。

もっとも、同条2項は、特許異議申立てや特許無効審判が係属した後、その決定または審決が確定するまで、つまり、審決等取消訴訟が提起されたときはその結果を経て決定や審決が確定するまで、訂正審判の請求を制限しています。

(訂正審判)
第百二十六条 特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 特許請求の範囲の減縮
 誤記又は誤訳の訂正
 明瞭でない記載の釈明
 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 訂正審判は、特許異議の申立て又は特許無効審判が特許庁に係属した時からその決定又は審決(請求項ごとに申立て又は請求がされた場合にあつては、その全ての決定又は審決)が確定するまでの間は、請求することができない。

その結果、特許異議申立てや特許無効審判が係属している間は、それらの手続の中での訂正請求によってのみ、訂正が可能になります。

訂正請求の対象

訂正請求は、以下の特許法120条の5第3項により、請求項ごとにすることができ、また、特許異議申立てが請求項ごとに申し立てられているときは、訂正の請求も請求項ごとにすることを要します。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 二以上の請求項に係る願書に添付した特許請求の範囲の訂正をする場合には、請求項ごとに前項の訂正の請求をすることができる。ただし、特許異議の申立てが請求項ごとにされた場合にあつては、請求項ごとに同項の訂正の請求をしなければならない。
(略)

もっとも、請求項ごとに訂正請求をする場合において、訂正にかかる請求項の中に「一群の請求項」があるときは、以下の特許法120条の5第4項により、一群の請求項ごとに訂正を請求する必要があります。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 前項の場合において、当該請求項の中に一の請求項の記載を他の請求項が引用する関係その他経済産業省令で定める関係を有する一群の請求項(以下「一群の請求項」という。)があるときは、当該一群の請求項ごとに当該請求をしなければならない。
(略)

「一群の請求項」の意味については、上記規定で「一の請求項の記載を他の請求項が引用する関係その他経済産業省令で定める関係を有する」ものと規定されており、独立項と従属項の関係に立つ請求項がこれにあたります。なお、上記規定に対応する経済産業省令は特許法施行規則で、一群の請求項については、同規則45条の4が以下のとおり規定しています。

(一群の請求項)
第四十五条の四 特許法第百二十条の五第四項の経済産業省令で定める関係は、一の請求項の記載を他の請求項が引用する関係が、当該関係に含まれる請求項を介して他の一の請求項の記載を他の請求項が引用する関係と一体として特許請求の範囲の全部又は一部を形成するように連関している関係をいう。

さらに、明細書または図面を訂正する場合は、特許法120条の5第9項により、以下の同法126条4項の規定が準用され、訂正の対象となる明細書や図面にかかる請求項ないし一群の請求項のすべてについて訂正の請求をすることが求められます。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 願書に添付した明細書又は図面の訂正をする場合であつて、請求項ごとに第一項の規定による請求をしようとするときは、当該明細書又は図面の訂正に係る請求項の全て(前項後段の規定により一群の請求項ごとに第一項の規定による請求をする場合にあつては、当該明細書又は図面の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全て)について行わなければならない。
(略)

異議申立人の意見書提出機会

特許権者が特許異議申立てにおいて訂正の請求をした場合、以下の特許法120条の5第5項により、異議申立人に意見書の提出機会が与えられます。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 審判長は、第一項の規定により指定した期間内に第二項の訂正の請求があつたときは、第一項の規定により通知した特許の取消しの理由を記載した書面並びに訂正の請求書及びこれに添付された訂正した明細書、特許請求の範囲又は図面の副本を特許異議申立人に送付し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし、特許異議申立人から意見書の提出を希望しない旨の申出があるとき、又は特許異議申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情があるときは、この限りでない。
(略)

審判官は、これらの手続を経て、訂正の当否を審理することになります。

訂正の効果

訂正が認められると、特許法125条の5第9項が準用する以下の特許法128条により、訂正後の願書添付書類に基づいて特許出願や出願公開、特許査定、登録等がなされたものとみなされます。

第百二十八条 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の審決が確定したときは、その訂正後における明細書、特許請求の範囲又は図面により特許出願、出願公開、特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみなす。

特許異議申立てにおける訂正要件

訂正要件の構成

訂正が認められるための要件は、「訂正要件」と呼ばれます。訂正要件は、訂正審判、特許異議申立てにおける訂正請求、特許無効審判における訂正請求でおおむね共通していますが、若干の相違はあります。

特許異議申立てにおける訂正請求については、特許法120条の5第6項に基づき、審判長は、訂正請求が以下の各事項を充足しない場合に、特許権者に意見書の提出機会を付与するものとしており、これらの事項が訂正要件とされています。
① 訂正の目的の適合性(特許法120条の5第2項但書各号)
② 新規事項追加の禁止(特許法120条の5第9項、同法126条第5項)
③ 実質的拡張・変更の禁止(特許法120条の5第9項、同法126条第6項)
④ 独立特許要件(特許法120条の5第9項、同法126条第7項)

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 審判長は、第二項の訂正の請求が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とせず、又は第九項において読み替えて準用する第百二十六条第五項から第七項までの規定に適合しないときは、特許権者及び参加人にその理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。
(略)

訂正の対象と目的

特許異議申立てにおける訂正請求について見ると、まず以下の特許法120条の5第2項は、訂正の対象を「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」に限定するとともに、但書において、その目的を、①特許請求の範囲の減縮、②誤記又は誤訳の訂正、③明瞭でない記載の釈、④他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、の4つに限定しています。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 特許権者は、前項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 特許請求の範囲の減縮
 誤記又は誤訳の訂正
 明瞭でない記載の釈明
 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
(略)

実務的に見ると、特許異議申立てにおいて主張された特許の取消理由を解消するためには、上記①の特許請求の範囲の減縮がよく行われます。例えば、「軸の断面が三ないし八の角からなる正多角形の鉛筆」という特許請求の範囲の記載を「軸の断面が正六角形の鉛筆」とするのは、特許請求の範囲の減縮にあたります。

また、独立項が特許請求の範囲の減縮の訂正により削除される場合に、その従属項との一群の請求項の関係を解消し、従属項の維持を図る場合など、ある請求項が一群の請求項とされないようにする必要がある場合には、上記④の請求項間の引用関係の解消の訂正が行われることもあります。

新規事項の追加の禁止

特許法120条の5第9項は、訂正審判に関して訂正要件を規定した特許法126条5項ないし7項を準用しているところ、そのうち、同条5項は、以下のとおり、訂正は「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」でしなければならないことを定め、当初の願書添付書類に記載のない新規事項の追加を禁止しています。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第二号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。

例えば、「軸の断面が正六角形の鉛筆」という特許発明を「軸の断面が正六角形で、軸の一方の端に消しゴムを備える鉛筆」に訂正する場合、訂正前よりも、消しゴムという要件が付加されることで権利範囲が狭くなるため、特許請求の範囲の減縮にはあたりますが、明細書や図面で消しゴムを備える構成が開示されていない場合には新規事項の追加にあたるため、この訂正は不適法になります。

実質的拡張・変更の禁止

特許法120条の5第9項が準用する同法126条6項は、以下のとおり、訂正により、実質的に特許請求の範囲を拡張または変更することを禁止しています。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。

例えば、「軸の断面が正六角形の鉛筆」という特許発明を、「軸の断面が正六角形の筆記具」に訂正すると、訂正前の権利範囲になかった鉛筆以外の筆記具が権利範囲に含まれることになるため、この要件に違反することになります。

なお、上記の例では、特許請求の範囲の減縮のほか、①の訂正目的のいずれにも該当せず、この点でも訂正要件に反する可能性があります。他方、訂正の目的が誤記・誤訳の訂正にあるときは、用語・訳語の変更により記載の意味が変わり得るため、実質的な拡張や変更が生じやすいといえます。

独立特許要件

特許法120条の5第9項が準用する同法126条7項は、以下のとおり、上記①特許請求の範囲の減縮または②誤記又は誤訳の訂正をするときは、訂正後の発明が「特許出願の際独立して特許を受けることができるもの」であることを求めています。つまり、訂正があったときは、訂正そのものの適法性に加えて、特許出願時を基準時として拒絶理由がないことが改めて要求されることになります。

(訂正審判)
第百二十六条 (略)
 第一項ただし書第一号又は第二号に掲げる事項を目的とする訂正は、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。
(略)

もっとも、特許異議申立てにおける訂正請求については、特許法120条の5第9項第2文が上記の同法126条7項を準用するに際し、以下のとおり、同法126条7項に「第一項ただし書第一号又は第二号」とある部分を「特許異議の申立てがされていない請求項に係る第一項ただし書第一号又は第二号」と読み替えるものとしているため、特許異議が申し立てられている請求項については、独立特許要件は求められません。

(意見書の提出等)
第百二十条の五 (略)
 第百二十六条第四項から第七項まで、第百二十七条、第百二十八条、第百三十一条第一項、第三項及び第四項、第百三十一条の二第一項、第百三十二条第三項及び第四項並びに第百三十三条第一項、第三項及び第四項の規定は、第二項の場合に準用する。この場合において、第百二十六条第七項中「第一項ただし書第一号又は第二号」とあるのは、「特許異議の申立てがされていない請求項に係る第一項ただし書第一号又は第二号」と読み替えるものとする。
(略)

これは、特許異議申立ての手続においては、以下の特許法120条の2第1項によって職権による取消理由の審理が認められているため、独立特許要件に違反する事由があるときは、訂正の可否ではなく、特許取消の可否の問題として審理判断することができるからです。

(職権による審理)
第百二十条の二 特許異議の申立てについての審理においては、特許権者、特許異議申立人又は参加人が申し立てない理由についても、審理することができる。
(略)

訂正にかかる願書添付書類の補正

訂正請求の内容については、以下の特許法17条の5第1項に定める期間に限り、補正をすることができます。

(訂正に係る明細書、特許請求の範囲又は図面の補正)
第十七条の五 特許権者は、第百二十条の五第一項又は第六項の規定により指定された期間内に限り、同条第二項の訂正の請求書に添付した訂正した明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をすることができる。
(略)

補正をする場合として典型的なのは、上記の特許法120条の5第6項により、訂正要件違反について審判長から指摘され、意見書の提出機会を与えられた場合で、この場合には、上記規定により、意見書提出期間が補正の期間とされています。また、同規定により、訂正請求ができる期間に補正することも認められており、審判長からの指摘を待たない自発的な補正ができます。

「除くクレーム」と訂正要件

「除くクレーム」は、特許請求の範囲に記載された発明から、一定の態様を除外する条件を付すものであるため、その条件の付加が新規事項の追加にあたらないかが問題になることがあります。特に、「除くクレーム」は補正や訂正で用いられるため、除外される事項は、出願人が出願時に意識していなかった文献に記載された発明実施態様であることが多く、数値範囲を一部除外するような場合はともかく、特許請求の範囲はもちろん、明細書や図面にも明示的な開示のない事項が除外されることもあり、この点では新規事項の追加が問題になりやすい訂正といえます。

この点についての裁判例としてしばしば引用されるのは、知財高裁(特別部)平成20年5月30日平成 18 年(行ケ)10563 号「ソルダーレジスト事件」判決です。

同判決は、新規事項の追加の判断基準について以下のように述べ、①「明細書又は図面に記載した事項」は、明細書または図面の全ての記載の総合判断によって導かれる技術的事項を指すこと、そして、②このようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するか否かによって「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」といえるかを判断すること、を示しました。なお、平成14年特許法改正によって特許請求の範囲が明細書から分離されたため、「明細書又は図面に記載した事項」との文言は、現在の「明細書、特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項」に相当します。

「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

同判決は、さらに、特許請求の範囲の限定を付加する場合において、①限定事項が明細書や図面に明示的に記載されている場合及び②明示的記載はなくとも、記載から自明である場合には、新規事項の追加とはならないとの考え方を示しました。実際の事案において、新規事項の追加が問題となるのは、ほとんどが特許請求の範囲に限定を付す場合ですので、これが原則的な判断基準となるものと考えられます。

もっとも,明細書又は図面に記載された事項は,通常,当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから,例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。

さらに、ソルダーレジスト事件判決は、「除くクレーム」と新規事項の関係について以下のように述べ、明細書や図面に限定事項の具体的な記載があるかどうかに関わらず、実質的観点から新たな技術事項の導入があるか否かを判断すべきとの考え方を示しました。

(除くクレームの場合),特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。

このような考え方を示した上で、同判決は、以下のとおり、当該事案において、除外の前後で発明の特徴や効果が同様であることを指摘し、「引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものである」としました。

訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内,において」するものということができるというべきところ,上記イによると,本件各訂正による訂正後の発明についても,成分(A)~(D)及び同(A)~(E)の組合せのうち,引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において,使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし,このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため,感光性プレポリマーの溶解性を低下させず,エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず,露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ,引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。

ここでは、「除くクレーム」によって発明の構成が限定されたとしても、選択発明のような場合とは異なり、限定後の発明に特有の作用効果がないことをもって、新たな技術的事項の追加はないとの判断をしているものといえます。

異議決定に対する不服申立て

決定取消訴訟

特許異議申立てにおいて取消決定があったときは、特許権者は、その取消しを求めて、知的財産高等裁判所に出訴することができます(特許法178条1項、知的財産高等裁判所設置法2条2号)。この訴訟は、決定取消訴訟と呼ばれ、出訴が認められる期間は、取消決定の送達があった日から30日間の不変期間とされています(特許法178条3項、4項)。

決定取消訴訟は、以下の特許法179条本文により、拒絶査定不服審判及び訂正審判の審決取消訴訟と同様、特許庁長官を被告として提起する必要があります。しばしば、日本で最も多くの訴訟を抱えているのは特許庁長官であるという、まことしやかな話が出てくる所以です。

(被告適格)
第百七十九条 前条第一項の訴えにおいては、特許庁長官を被告としなければならない。

維持決定に対する不服申立て

他方、特許異議申立てにおいて取消決定があった場合については、以下の特許法114条5項が、異議申立人の不服申立てを制限しています。

(決定)
第百十四条 (略)
 前項の決定に対しては、不服を申し立てることができない。

この場合においても、異議申立人が特許について利害関係を有する場合には、別途特許無効審判を請求し、特許を無効にすることを求めることができますが、そうでなければ、もはや特許の消長を特許庁で争うことはできません。

なお、特許異議申立ては、上記の特許法113条1項のとおり、「何人も」申し立てることができるため、実務的には、「ダミー」と呼ばれる個人や弁理士が申し立てることがよくあります。「ダミー」の背景には、競合他社など、利害関係のある実質的な申立人が存在するのですが、自分の名前で申し立てると、特許権者から侵害行為を疑われたり、紛争を巻き起こしたりすることになるため、「ダミー」を使うわけです。

ここで、当然ながら、「ダミー」には特許権者とは利害関係のない者が選ばれますので、特許異議申立人は、多くの場合、特許無効審判を請求することができません。もちろん、その後ろにいる実質的な申立人は、利害関係があるからこそ「ダミー」を使って特許異議を申し立てているので、必要であれば、特許無効審判を申し立てることもありますが、「ダミー」を使える特許異議申立てと比較すると、ハードルは高くなります。

決定取消訴訟の審理対象

決定取消訴訟は、特許異議申立ての続審に相当する手続ではなく、行政事件訴訟法上の抗告訴訟にあたり、特許庁による決定の違法性一般を審理対象とします。そのため、特許庁の決定の結論が誤っている場合はもちろん、理由中の判断の過程に結論に影響する誤りがある場合や、手続が不適法な場合なども、決定の取消事由になります。

 

この点に関し、特許異議申立ての決定取消訴訟に関する判決ではありませんが、最大判昭和51年3月10日同昭和42年(行ツ)第28号民集30巻2号79頁(メリヤス編機事件)は、特許無効審判の審決取消訴訟において、裁判所は、審判手続で審理されていない無効理由の審理をすることができない旨判示しており、これが決定取消訴訟においても適用されるのかは問題になり得ます。

事案の概要

事案の経緯

本件の原告は、特許第6547817号の特許権者です。本件特許については、令和元年12月20日に特許異議の申立てがされ(異議2019-701046号事件)、特許庁は、令和2年6月2日付けで取消理由通知書を発し、さらに、令和3年1月26日付けで取消理由通知(決定の予告)をしました。

これに対し、原告は、同年3月29日、訂正請求書及び意見書を提出し、同年4月23日、補正書を提出して上記訂正請求書による訂正請求を補正しました(判決中で、補正後の訂正請求は「本件訂正請求」と呼ばれ、訂正そのものは「本件訂正」と呼ばれています。)。

本件訂正に対し、特許庁は、令和3年7月6日付けで訂正拒絶理由通知書を発したため、原告は、同年8月6日、意見書を提出しましたが、特許庁は、令和4年3月22日、本件訂正を認めず、「特許第6547817号の請求項1ないし14に係る特許を取り消す。」との決定(「本件取消決定」)をし、その謄本は、令和4年3月31日、原告に送達されました。

訂正前の特許発明

本件特許において、本件訂正前の特許請求の範囲には14の請求項がありましたが、判決の争点を理解する上で必要なものとして、請求項1と同4を紹介すると、以下のようなものでした。

【請求項1】
少なくとも2層を有する積層体であって、
第1の層が、2軸延伸樹脂フィルムからなり、前記2軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂組成物が、ジオール単位とジカルボン酸単位とからなるポリエステルを主成分として含み、前記ポリエステルが、前記ジオール単位がバイオマス由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸であるバイオマス由来のポリエステルと、前記ジオール単位が化石燃料由来のエチレングリコールであり、前記ジカルボン酸単位が化石燃料由来のテレフタル酸である化石燃料由来のポリエステルとを含んでなり、前記2軸延伸樹脂フィルム中に前記バイオマス由来のポリエステルが90質量%以下含まれ、
第2の層が、化石燃料由来の原料を含む樹脂材料からなり、且つ、バイオマス由来の原料を含む樹脂材料を含まないことを特徴とする、積層体。

【請求項4】
前記樹脂組成物が添加剤をさらに含んでなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の積層体。

なお、請求項2は請求項1の、請求項3は請求項2の、請求項5は請求項4の、請求項6ないし14はいずれも請求項4を含む複数の請求項の従属項でした。

本件訂正の内容

原告は、本件訂正請求において、1ないし9の訂正事項についての訂正を請求しました。ここでは、本判決を理解する上で必要なものとして、訂正事項の1と2を紹介します。

【訂正事項1(請求項4ないし14からなる一群の請求項のうち請求項4に係る訂正)】
特許請求の範囲の請求項4における「請求項1~3のいずれか一項に記載の」との記載を「請求項2または3に記載の」と訂正する。また、請求項4を引用する請求項5ないし14も同様に訂正する。

【訂正事項2(訂正後請求項15に係る訂正)】
特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の引用関係を解消して独立の請求項である請求項15とし、かつ、末尾の「。」の直前に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加する。

上記訂正は、請求項4以下のすべての請求項と請求項1との間の引用関係を解消するとともに、請求項4に「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との文言を付加することで「除くクレーム」とするものであるところ、この「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」は、引用発明における課題解決手段で、本件特許の特許請求の範囲や明細書に開示されているものではありませんでした。

原告は、訂正事項3ないし9でも、請求項5以下の請求項について、訂正事項2と同様の訂正をしています。

本件取消決定の理由の要旨

本件取消決定は、上記の訂正事項2において「(但し、該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるものを除く)」との事項を追加することは、特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」外の構成である、「積層体上」という構成について特定することであり、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に係る発明の「少なくとも2層を有する積層体」そのものの構成や、これを構成する層の性状や形状等の諸元を特定していないから、特許請求の範囲の減縮にあたらず、また、特許法120条の5第2項但書各号の他のいずれにも該当しないとして、訂正要件の充足を否定しました。

その上で、本件取消決定は、訂正前の発明と引用発明とを対比し、訂正前の発明には進歩性がないと結論付けて、本件取消決定をしました。これに対し、特許庁長官を相手方として提起された決定取消訴訟の判決が、本判決です。

判旨

特許請求の範囲の減縮の該当性について

判決は、特許請求の範囲の減縮の該当性について、以下のとおり、訂正前の請求項1の「積層体」には、「第1の層」と「第2の層」以外の任意の層からなる積層体が含まれるところ、「除くクレーム」にかかる「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえるとし、これを特定したうえで「除く」とした場合には、発明が狭まるから、特許請求の範囲の減縮にあたるとしました。

訂正前の請求項1においては、「積層体」について、「少なくとも2層を有する積層体」と特定しているのにすぎないのであるから、ここにいう積層体には、「第1の層」、「第2の層」及びその他の任意の層からなる積層体が含まれることになるところ、「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」も層を形成するものである以上、この任意の層に該当するといえる。したがって、訂正前の請求項1における積層体は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」からなる積層体(以下「積層体A」という。)を含んでいたものである。

そうすると、訂正事項2は、「積層体A」を含む訂正前の請求項1における積層体から積層体Aを除くものといえ、このように積層体を特定したことにより、訂正前の請求項4に係る発明の技術的発明が狭まることになるのであるから、訂正事項2が特許法120条の5第2項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。

この点に関し、被告は、訂正事項2は、「積層体」から「無機酸化物の蒸着膜」及びその上の「ガスバリア性塗布膜」を「積層体」内の構成としたものを除く記載とはなっておらず、「積層体」の外に該当する「積層体」の「上」に、新たに「無機酸化物の蒸着膜」を設け、さらにその上に「ガスバリア性塗布膜」を設けたものを除くとする記載となっているから、「積層体」の範囲自体を減縮していない旨主張していましたが、判決は、以下のとおり、本件発明は、「『第1の層』及び『第2の層』で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、『第1の層』及び『第2の層』を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当する」などとして、この主張を排斥しました。

本件発明は、「第1の層」及び「第2の層」で完結した積層体を特定事項とするものではなく、特許を受けようとする発明を、「第1の層」及び「第2の層」を有する全ての積層体とするいわゆるオープンクレームに該当するものであるから、権利範囲に含まれる具体的層構成を特定するに当たり、積層体の内外を形式的に区別しても意味がない(「第1の層」及び「第2の層」の外部の層も全て、本件発明における積層体の構成要素となる。)。そして、前記アのとおり、訂正事項2における「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」の具体的な内容は、「第1の層」、「第2の層」並びに「無機酸化物の蒸着膜」及び「蒸着膜上に設けられたガスバリア性塗布膜」を備えた積層体であるから、結局、積層体Aと区別できないものである。したがって、訂正事項2は訂正前の積層体から積層体Aを除く訂正であり、「積層体」の範囲を減縮していることになる。

また、被告は、「除くクレーム」とする訂正は第三者に明細書等の記載に関して誤解を与える可能性があり、不測の不利益を及ぼす蓋然性が高いとの主張もしていましたが、判決は、以下のとおり、仮にそのような懸念があるとしても、直ちに訂正を認めない理由とすることはできないとしました。

被告主張のような懸念が仮にあったとしても、それは、訂正後の請求項につき、明確性要件やサポート要件等の適合性を巡って検討されるべき問題というべきであるから、いずれにしても、本件事案において、この点をもって直ちに訂正を認めない理由とすることは相当でない。

新規事項の追加について

被告は、審判段階では、訂正要件のうち、訂正目的の適合性のみを審理判断し、新規事項の追加については指摘をしていませんでしたが、本決定取消訴訟では、本件訂正は新規事項の追加にもあたると主張していました。

この点につき、判決は、以下のとおり、「『該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの』を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではな」い、として、被告の主張を排斥しました。

訂正が、当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものと解すべきところ、訂正事項2によって「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜が設けられてなるもの」を除外することにより、新たな技術的事項が導入されるわけではなく、新規事項が追加されるものではない。

判決は、上記の点につき、以下のとおり、「除くクレーム」とすることが技術的課題に影響しない点を指摘しています。

本件発明の課題は、バイオマスエチレングリコールを用いたカーボンニュートラルなポリエステルを含む樹脂組成物からなる層を有する積層体を提供することであって、従来の化石燃料から得られる原料から製造された積層体と機械的特性等の物性面で遜色ないポリエステル樹脂フィルムの積層体を提供すること(【0008】)であるが、上記除外によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではない。

また、被告は、本件訂正が、引用文献で開示されていた課題解決手段を除外するのは、新たな技術的事項の追加であり、それを除外するのも新たな技術的事項の導入にあたるとの主張をしましたが、判決は、除外後に残された技術的事項には、何ら新しい技術的事項はないことを理由に、この主張を排斥しました。

被告は、前記第3の1⑵アのとおり、訂正事項2は、本件発明の課題に、引用文献の課題解決手段である「該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜」を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとするのであるから、新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。
しかし、訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はないから、被告の主張は採用できない。

被告が主張するとおり、本件の「除くクレーム」は、「『該積層体上に無機酸化物の蒸着膜が設けられ、その蒸着膜上にガスバリア性塗布膜』を追加することで新たな技術的事項を追加し、その追加した事項を前提に、それを除くとする」ものではありますが、そのこと自体をもって新規事項の追加にあたるとはいえず、それが実質的に見て新規事項の追加にあたるかが本件の争点であったといえます。

なお、新規事項の追加に関する判示の冒頭で、判決は以下のとおり、「仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても」という書き出しで判示を始めています。

仮に、本件において、異議手続で審理・判断されていない新規事項の追加の有無について審理・判断することができるとしても、訂正事項2は、新規事項を追加するものとは認められない

これは、原告が、特許異議申立てにおいて審理されていない新規事項の追加について決定取消訴訟で主張をするのはメリヤス編機最判に反するとの主張をしていたことを受けたものと思われますが、判決は、この問題について明示的な判断は避け、上述のとおり、実体的な判断を示しました。

結論

判決は、訂正にかかる判断の誤りは、異議決定の結論に影響する可能性があるとして、取消理由にかかる判断の当否に立ち入ることなく、本件取消決定を取り消しました。

コメント

本件は、オープンクレームにおいて特許請求の範囲や明細書で直接的に開示されていないものの、抽象的に含まれる可能性のある構成を「除く」とする訂正につき、特許請求の範囲の減縮にあたり、また、新規事項の追加にあたらないとしたものです。これは、ソルダーレジスト事件判決が、新たな技術事項の導入があるか否かは、明細書や図面に限定事項の具体的な記載があるかどうかに関わらず、実質的観点から判断するものとした考え方にしたがったもので、同判決の具体的な適用例として、実務上参考になるものと思われます。

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(文責・飯島)